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Esprit d'Azur#1 コート・ダジュールの海辺における青いハコフグの秘密(1/2)

 
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海の青さと空の青さが飛行艇乗りの心を洗うのだ。PORCO ROSSO

空にはいく筋かの雲がたなびき、海にはバカンスのヨットの一群が浮かび、青と白とオレンジの街並みが空と海の間で輝きを放っている。虹子は波打ち際にしゃがみ込んで、かれこれ2時間も波と戯れている。世界にただ一頭のミニチュア・セントバーナードのポルコロッソはそのうしろで蟹とドッグファイト中だ。

やめておけ。おまえがかなう相手ではない。相手は生まれてこのかた、ずっとコート・ダジュールの青さに洗われてきたキング・アズール・クラブだ。おまえのなまくらなパンチや米粒のような牙なんぞ、屁とも思っちゃいない。キング・アズール・クラブが振りかざす大鉈、マサカリをよく見てみろ。まさに誇り高き勇者のものだ。微塵の迷いもない。いつ死んでもよしと腹をくくった者のみが持つことのできる「勇者の剣」だ。

だが、あきらめるな。勝てなくても、「まいった」を言わないかぎり負けではない。そのうち、風向きが変わり、運がよくなって、運命の扉が音を立てて開くときが必ずやってくる。そのときまで待てるかどうか、孤独を友とし、痛みを飼いならし、厳粛な綱渡りをつづけられるかどうかが本物かただのカスかの別れ道だ。

わが一番弟子のポルコロッソよ。炎の中心に立て。立ちつづけろ。どれほど熱かろうと炎から顔を背けるな。眼をそらすな。決して尻込みするんじゃない。重要なのはガッツだ。確信だ。何者にも恃まず、何者にも頼らず、何者にも与しない孤高と誇りだ。さらには、本物の一流になろうという持続する志だ。インチキまやかしA()C上っ面おべんちゃらきれいごとおためごかしには眼もくれるな。

吾輩のエールが届いたのか、ポルコロッソはキング・アズール・クラブにさらに詰めより、睨みつけている。

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吾輩はと言えばもうすっかり気分は休暇中の紅の豚である。酒をしこたま飲み、うまいものをたらふく喰う。もちろん、夏服に着替えた女どもの腰つきと足首の切れ味を採点することも忘れない。

酒を飲み、いきのいい魚を食べ、コート・ダジュールの海を眺め、空を見上げ、虹子を見守り、ポルコロッソにエールを送り、女どもを採点する。いい休暇だ。あとはこの七つを繰り返せばいいだけである。物事の本質はたゆまぬ反復と継続の中からのみ発見しうる。

「ねえ、ねえ。コート・ダジュールの海にはハコフグさんはいないんですか?」

虹子が吾輩をふりかえってたずねた。ブルーのコットンリネンのワンピースの裾が波に洗われてたっぷりと濡れている。砂粒もこびりついている。

「虹子ちゃん、残念ながらコート・ダジュールの海にハコフグはいないんだよ。本当に残念だけど」
虹子の眼から青みがかった大粒の涙がひと粒こぼれた。
「泣く? そこは泣くところではないだろうよ、虹子ちゃん。わが愛しきワイルド・アイリッシュ・ローズよ、泣いてはいけないよ。わらとけわらとけ。どうしても泣きたいときは乳首の席替えに夢中でIPPONN GRANDPRIXどころではないホリケンと1994年モナコ・グランプリのセナの激走を思いだしてわらとくんだ」
「だってだって」
「だってもあさってもないんだよ、虹子ちゃん」

吾輩が言うと虹子の表情がそれまでとは打って変わって引き締まった。そして、彼女がこどものころからずっと胸に秘めていた「青いハコフグの秘密」を語りはじめた。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-31 17:31 | Esprit d'Azur | Trackback

女エロ事師と母子家庭スナックと四月の魚入り海鮮10ギガビット・イーサネット・パスタの話

 
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女エロ事師半井小絵の御乱行御乱交を端緒とし、母子家庭スナック誕生を経て、吾輩は四月の魚入り海鮮10ギガビット・イーサネット・パスタを食す。


女エロ事師として勇名を馳せた半井小絵は日本を代表するピンク系気象予報士でもあるわけだが、その半井がまだ全国デビューする前に勤めていたかなり変わったスナックに吾輩は足しげく通ったものだ。「スナック 母子家庭」である。

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「スナック 母子家庭」はロッキード山脈の麓にあった。元々は地元の能天気野郎がグリズリーの小熊を拉致しようとして、母親グリズリーが「母子家庭の小さなしあわせをこわさないでちょうだい!」とばかりに能天気野郎に右フックをお見舞いしたことにより、しわが異常に少ない脳味噌のおさまった頭部はユニコーン川の源流まで吹っ飛び、能天気野郎はおっ死んだ。それが物語の始まりである。

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能天気野郎の家庭は「母子家庭」となった。遺された妻と娘は日々の糧をえるため、お水の花道の裏街道を秋田のクソ田舎から出てきた韓流統一洗脳専売娘の桜田淳子よろしく、「この花はわたしです。やっときれいに咲いたのです。」と言わんばかりに歩むべく、やむなく街場ウォーター・ビジネスの王たる「スナック 母子家庭」を開店開業した。

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「スナック 母子家庭」は「新しいパパ」になろうと目論むエロ事師、町内の狒狒爺、出会い系脱落者、犯罪者、犯罪者予備軍、西村博之、2ちゃんねるひろゆき下衆外道一味、堀江貴文、堀江貴文系、藤田晋、藤田晋海千山千有象無象サイバーエージェントアメブロ一味系、幻冬舎見城徹角川叛乱五人組銭ゲバZ日一派、ピーチジョン野口美佳勘ちがい逆上せあがり知性教養皆無グループ、秋葉原電器商業組合員、アキバ系、電波系、文系、理系、平衡系、非平衡系、開放系、閉鎖系、オウム系、アレフ系、アレ系、ソレ系、ヤヴァ系、レバ系、ロバ君系、「ベンザエースを買ってください。」系、「あまちゃん」系、甘ちゃんちゃん系、マルチ系、ねずみ講系、自己啓発事故系、ライフダイナミクス系、Lifespring系、ベストグループ系、ライフスペース木乃伊系、ホームオブハート系、ディスカヴァー・トゥエンティワン系、ヤミ金系、街金系、丸金系、丸ビ系、塩ビ系、ソフビ系、カルビ系、ハラミ系、チョソ系、チャン系、バーニング系、ジャニオタ系、ベックソ系、モー娘系、秋元康一味、萩本欽公一味、オヅラトモアキ系、玉置宏系、玉オッキイ系、高橋圭三系、X-JAPAN系、DISCOVER JAPAN系、「嗚呼。日本のどこかに。」系、「そうだ 京都、行こう。」系、N700系で連日連夜の大盛況であった。

「スナック 母子家庭」がテナントとして入っているマンションは治安が悪いことでつとに知られており、暴漢に姉妹が襲われて殺害される事件をはじめ、数々の凶悪事件が頻発する最悪の治安状況であった。なにしろ、凶悪事件発生後にインタビューに答える「マンション住人(犯人ではない!)」がこの有様である。

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治安があまりよくない? おまえが言うな! おまえこそがマンションの治安を悪くしている張本人だろうが!

女エロ事師かつピンク系気象予報士半井小絵に端を発するこれら一連の物語は吾輩を甚だしく消耗させる。しょうがないので、腹いせにお伊勢参り後、四月の魚入り海鮮10ギガビット・イーサネット・パスタ(Sea Food 10 Giga-Bit Ethernet Pasta)をハングアップするほど食すこととする。

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どうか、荒野の1ドル銀貨あるいは夕陽に向かって立ち小便するのを我慢するガンマン、クリントイーストウッド渓谷の期待可能性乃至は逸失利益もしくは人的抗弁の切断ほども吾輩を探さないでいただきたい。四月の魚入り海鮮10ギガビット・イーサネット・パスタを食したのちは「スナック 母子家庭」で酔いしれ、いまは亡き「完璧の母」を思いながら『岸壁の母』を歌う予定の吾輩である。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-30 15:51 | スコブル滑稽面白半分新聞 | Trackback

ノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生と失地回復と第一水曜日の謀略

 
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「醤油ってこわいわねー。第一水曜日のスズキクンニオさんやキムラシカンボさんはそこそこおいしいけど甘ちゃんよねー。お顔はデコデコボコボコしてるけど、マキヤストモローさんは好きー。でも、一番はやっぱり、誰がなんと言おうとノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生だわねー。」と虹子が言ったとたんに猛烈な眠気に襲われ、その場に寝ころんだ。そして、夢をみた。

 夢の中で、吾輩は世界有数の第一水曜失地回復醤油博士だった。失地回復醤油に関することならなんでもこい状態である。


 タカダノ婆にうながされて早稲田通りを我が物顔で横切ると、メルセデスベンツ・アルファロメオの新型車、レコンキスタ・ガルウィングType2に乗ったノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生が蒲田駅前場末風スナックからすっ飛んできた。

「おいおい、きみ。忘れ物だよ。」とノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生は黒縁眼鏡の奥のチバケイ3房眼光をぎろぎろさせた。
「ああ、先生。忘れたんじゃないんですよ。先生におかせられましては手元不如意弥栄と思いまして、なにかの足しにしていただきたかったんですよ。」
「きみねえ、おれは宝石がじゃらじゃらついた時計なんか、趣味じゃないよ。それに、きみにオカモトタロウの心配をしてもらうほど、落魄ぶれちゃいない。」

 そう言うと、ノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生は胸元のポケット・チーフをかっこよく抜いてから、ロレックスの宝石じゃらじゃらプラチナ時計を包み、吾輩によこした。

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「きみねえ、『言多きは退くなり』だよ。肉体言語はつねに磨いておかねばならんよ。いいね?」
「はあ、でも、先生   
「おれに是非を問うな。激しい雪が好き。また、いつか、どこかで。」

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 ノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生はそう言い残すとくるりと踵を返し、夕暮れのコペルニクスたちが忙しなく行き交う黄昏れゆく東京のど真ん中、トーキョー・キング・オブ・ロードを眼にもとまらぬスピードで駆け抜けていった。それがノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生との今生の別れであった。夢からさめ、頬を涙が幾筋も流れ落ちているのがわかったが、ぬぐう必要などこれっぽっちもなかった。

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 第一水曜日のスズキクンニオやキムラシカンボも失地回復醤油も眼中になかった。ただただ、ノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生に会いたかった。会って、叱られたかった。事情を察した虹子はミニチュア・セントバーナードのポルコロッソを抱き、吾輩に菩薩様のような眼差しを注いでいる。 まことに、不立文字、一期一会式イチゴ1a号パフェなノムラ(2丁拳銃)シュースケ世界の吾輩であった。

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 下衆外道ロードのど真ん中、センターライン上で、勘ちがい履きちがい基地外の岡本かの子が『母子叙情』満載に「人生は悟るのが目的ではないのです。生きるのです。人間は動物ですから。」と大陰唇をびらびらさせながら大股開きでほざいているのが見えた。
 なにをぬかしやがる。調子っぱずれ、倫っぱずれ、大股開きのポンコツボンクラヘッポコスカタンなんぞには郵便局の道行きさえ聞きたくもない。ポンチ絵書きのポンコツ女房は物静かに退場しやがれてんだ。

 うたたねはかくもティアドロップである。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-30 09:38 | うたたねの記憶 | Trackback

吾輩は世紀末人間ドリルである。#1

 
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吾輩は世紀末人間ドリルである。名はファンドシエクル・マドリガル・マンドラゴラ・マンダラ・マンドリル。世界に風穴をあけるドリルである。轟音。粉砕。ぺんぺん草なし。手加減なし。容赦なし。風通しはいくぶんかよくなるはずだ。鼻息はスコブル荒い。


ありえな〜い? ありえるんです! 信じらんな〜い? 信じるんです! マジ、ムカつくんですけど〜? こちらは100倍ムカついているんです!


本拠地から通りをはさんで徒歩15秒の場所に位置するコンビニエンス・ストアは、いつもたばこ屋がわりに利用している。タスポを持っていないからである。深夜の抑えようのない飢餓感を満足させるためのジャンク・フードの類いの調達先としても重宝している。飢餓にはジャンク・フード。これは譲れぬ。

さて、つい先ほどのことだ。下げたくもない頭を下げ、言いたくもないお愛想を言う局面が終了して、吾輩は心底、不機嫌だった。不機嫌きわまりもなかった。おまけにその局面のさなかにたばこが切れて、苛立ちは限界に近かった。帰還後、ピース・ライトを買うべく、すぐに15秒コンビニに向かった。

晩めしを求める人々でレジ・カウンターはにわかに混みはじめていた。と、3ヶ所あるうちの真ん中のレジ・カウンターがあいた。吾輩の順番は次だったので並んでいた列を離れ、あいたレジ・カウンターの前に立った。すると、腕組みをしていたアルバイトとおぼしき髪を赤くキンキラキンに染めた若い女が不機嫌そうな表情を浮かべ、そっぽを向き、腕組みしたまま右の手で犬猫でも追い払うような仕草をした。もちろん、吾輩がただで済ませるわけがない。

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オウッ! ゴルラァ! おのれ、どういうつもりじゃあ! このボゲェッ! カスゥッ!

生ゴミ女は「いったいなにが起ったの? わたしがなにをしたっていうの?」という表情をしたあと、吾輩の鬼の形相にまみえたとたんにビエンビエ〜ンと泣きじゃくりはじめる。奥の事務所から店長とおぼしきデブが素っ飛んでくる。

オウッ! ゴルラァ! おのれ、どういう教育しとんじゃ! このボゲェッ! ゴルラァ!

デブ店長、平謝り。以下の顛末は省く。ただ、腹立ちはいまに至るもおさまらない。

吾輩はとっくの昔に生ゴミ世代(いわゆる、「ゆとり教育世代」)のクソガキ、小僧っこ、小娘、その親(モンスター・ペアレント)どもを見放し、憎悪し、軽蔑しているので、彼奴らを諭すことも導くことも教えることもいっさいしない。ただひたすら怒鳴り飛ばす。脅す。泣かす。訴訟だって起こす。訴訟はいくらでも受けて立つ。(百年戦争になるところを実質勝訴とも言いうる「即決和解」に持ち込む吾輩に勝てるかな?)

そのようにして、社会にはどうにもならない相手、存在があることを思い知らす。世界にはどう足掻いても太刀打ちできない恐ろしい人間がいるのだということを知らしめる。これは吾輩流の「世直し」である。この国の「滅び」は彼奴らが社会の中心となる頃に完結する。15年? 20年? 30年はかかるまい。

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生ゴミくそガキ小僧っこ小娘ども! 万が一にもオレ様に小生意気な態度、こましゃくれた口をきいたら、おまいらが一生トラウマを抱えつづける言葉、表情、仕草をお見舞いしてやるからな。せいぜい、オレ様と袖触れ合う他生の縁を持たぬように「ありえな〜い、信じらんな〜い神サマ」にでもお祈りしやがれ!

吾輩が彼奴らに言いたいことはただひとつである。


死 ね ば い い の に!


*今夜は腹立ちまぎれに、須藤久監督の『斬殺せよ!』を鑑賞しようと思う。

せつなきもの、それは愛 ── 舞台挨拶の壇上に駆け上がり、いまは亡き野村秋介先生にたしなめられたことがなつかしく思いだされる。

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by enzo_morinari | 2013-05-30 00:08 | 吾輩は世紀末人間ドリルである。 | Trackback

いちばん大事なもの

 
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 夕方、風向きがかわり、海側から潮の匂いをかすかに孕んだいい風が吹いてきた。テラスでプリント・アウトした望月新一氏の「ABC予想」の証明に関する論文、『Inter-Universal Teichmüller Theory Ⅳ: Log-Volume Computations and Set-Theoretic Foundations』を四苦八苦しつつ読みながらゴンチチの『いちばん大事なもの』を繰り返し聴いていたら、ポーがやってきた。いつもはクールなポーが鼻を鳴らし、甘えてくる。そっと抱き上げ、膝にのせた。食い入るように私の顔を見ている。まん丸で大きなふたつの瞳に見つめられるとドキドキした。ドキドキはしたがすごく幸せな気分だった。

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 あのとき、ポーはいったいなにを言いたかったんだろうな。なにを考えていたんだろうな。こんなとき言葉が通じたらいいのだが。でも、言葉は通じなくても、ポーの気持ちはわかる。それは私の考えていることとたぶんおなじだから。
 いちばん大事なもの    理屈ではない。利害や欲得でもない。「いちばん大事なもの」だとふと思えるような刹那の中に、たがいが「いちばん大事なもの」だと思えるような関係の中に、きっと幸福とやらはあるんだろう。

 ポーちゃん、あしたはなにをして遊ぼうかね?

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 ゴンチチ - いちばん大事なもの
 
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by enzo_morinari | 2013-05-29 10:36 | 遠い国から来たポー | Trackback

πな気分で物静かに退場しろ!

 
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 大仰御大層大袈裟大上段な「引退宣言」から42日、また気色胸糞の悪いのが戻ってきやがった。雌伏隠遁の42日だって? 42年じゃなくて? 4.2年でもなくて? 「もう疲れました」「自分らしくあるために休養に専念します」の言は撤回か? そして、復帰(復帰だってえ?!)の第一声が「42日間、待っていてくれてありがとう」ときたもんだ。
「ありがとう」「感謝感激雨あられ」の類いを大量生産大量消費しまくるこの御仁、信じがたいことに還暦間近のいいおとなだ。還暦間近のいいおとなが自分のことを名前(苗字ではなく)で呼ぶ。長期凋落傾向(「長期凋落傾向」もなにも、鼻からエーベックソ/オリコンのタッグによるインチキマヤカシの「数字」にすぎないのだが。だよな? 京急上大岡駅前で青っ洟垂らしていたZ日のマツーラ小僧)からすでに「あのひとは今」となりつつあるポンコツ歌姫様の浜崎あゆみが「あゆはあ~」と自分のことを言うように。これってどうよ? どうなのよ? 本人は至って大まじめではあるのだが。
 一大イベントの復帰を果たし、拍手喝采の中、花道をスポットライト浴びて御登場あそばしたつもりでもあるのか? 消えて清々していられた日々も終っちまった。
 このポンコツボンクラヘッポコスカタンの気色悪さ胸糞悪さは自身の不遇を常に派手派手しくぶら下げて、その大仰御大層大袈裟大上段にふりかぶったまやかしのインチキ看板を他者に見せつけ、見るように強要強制するところにこそある。その言説は100パーセント自身の「不遇」「悲運」「困難」に関するものである。なぜ「不遇」「悲運」「困難」にしか言及しない? めしは喰っていないのか? 風は吹いていないのか? 花が咲き、実を結ぶことはないのか? 政治経済事件等々について思うこと感じることはないのか? リアリティのかけらもない「不遇」「悲運」「困難」にかかわる自己言及の言説などにはいささかの価値もないとは思わないのか? 大所高所から語っているつもりだろうがこのポンコツボンクラヘッポコスカタンの言説にはまったく迫真、切実、生活実感がない。詩だって? 世間知らずの甘ちゃんのたわ言の垂れ流しにすぎまい。AK-69の「One Way, One Mic, One Life, Let's Go!」の1行にすら値しない空虚空疎さだ。
 そして、決定的なのは自身をグリップすることすらできておらず、グリップしようともせず、自身の困難、不遇、悲運を乗り越えられず、乗り越えようともせず、突破口を探さず、探そうともしていないにもかかわらず、他者に対して大仰御大層大袈裟大上段にかまえた「御託」「能書き」「訓戒」を垂れる太々しさ、鈍感さだ。自身の頭のまわりを飛びまわる五月蝿い蠅さえ叩き落とせずに他者の腹の虫の具合についてああでもないこうでもないと御託能書きを並べることを「厚顔無恥」というのである。
 このポンコツボンクラヘッポコスカタン、頻繁に「出会いは宝だ」と宣う。ではその「出会い」はどのような出会いだったのか、出会った相手はいかなる人物だったのか、出会いののちにどのようなことがあり、いかなる言葉を交わし、なにを感じたのかについては一切触れない。「出会いは宝」の一点張り。すべては抽象と独りよがりに終始する。このことはあらゆることについて同じである。不遇、悲運、困難、困憊について語るときもだ。
 不遇、悲運、困難、困憊なら、質と量において、このポンコツボンクラヘッポコスカタンの数十倍数百倍を味わっている者は山のようにいるし、彼らはそれでいながら黙して語らず、日々をのたうちまわりながら生きている。いちいち「ありがとう」「うれしい」「たのしい」「しあわせ」なんぞという甘っちょろさと思惑と手垢にまみれ、腑抜けた空疎な言説を宣わったりもせず、故障した日本語で飾り立てたり、珍妙きわまりもない味つけをしたりせずにだ。
 朝から晩まで「イイネ!」を押す暇があるなら、みずからの不遇困難困憊を乗り越え、突破するための「行為」「行動」にこそ専念すべきだろう。たとえ、100パーセントの不可能を突きつけられた不遇、困難、悲運であってもだ。他者の善意、泣きどころ、弱みにつけ入るなどは言語道断、グロテスクな認知欲求と親和欲求を餌に「取り巻き」「お追従者」「おべんちゃら病罹患者」「きれいごと愛好家」を何百人、何千人増やそうがえられるものなどありはしない。肝心要は自身が一人炎の中心に立って尻込みせぬ覚悟を持っているか、腹を括っているかだけである。その余のことはすべて些事瑣末事にすぎない。
 ところがどっこい、このポンコツボンクラヘッポコスカタンときた日には、醜悪きわまりもない認知欲求と親和欲求を餌に「取り巻き」「お追従者」「おべんちゃら病罹患者」「きれいごと愛好家」どもをこれでもかというくらいに取り込んで悦に入っているばかりか、みずからの不遇、困難、悲運に対してさえ「ありがとう」「うれしい」「感謝」ときたもんだ。もっとも、そこにはひとかけらのリアリティも切実さも生活実感もないのは無論である。
 おまえは神か? ホトケか? 小仏峠の番人将又追い剥ぎ、山賊か? 山賊なら山賊で押しつけがましくするのではなく剥ぎ取りがましくやりやがれ!
 群青烈日居士、野村秋介先生の「言多きは退くなり」という至言をこのポンコツボンクラヘッポコスカタンは百万遍も二百万遍も口にするがよかろう。さすれば、退屈でつまらぬことしか言えぬ「減らず口」も少しは沈黙の重みを持てるかもしれぬ。

 もうじき赤いちゃんちゃんこを着る魔法使いのお婆さん、ひと皮剥けば強欲悪食の狼だってことはとっくのとうにお見通しだぜ。おわかり? それとも、おかわり? 激烈強烈無類のトラウマになるすさまじいやつを。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-28 01:22 | πな気分♪ | Trackback

夏への階梯#6 昼の12時19分03秒になると停まるバセロン・コンスタンチンのクロノグラフがかかえる厄介事

 
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手に入れてまだ1年も経っていないバセロン・コンスタンチンのクロノグラフが春頃から昼の「12時19分03秒」を指すと決まって動きを停めるようになった。メンテナンスに出したが、馴染みのキャビノチェはしきりに首を傾げながら言った。

「原因がわかりません。すべて分解して、発条もバトンも歯車も雁木車も滑車も一個一個チェックして、必要な部分には??の木で磨きをかけて、丁寧に細心の注意を払って注油しても症状は改善されません。こんなケースは40年の時計師人生でも初めてです。今後、どのように手をつくしても原因を突き止めることはできないというのが私の結論です。よろしければ動作確認済みの同じモデルと交換するようにコンシュマー担当に進言いたしますが」

私はキャビノチェの申し出を丁寧に断った。昼と夜の両方で「12時19分03秒」に停まるというなら現象の原因を突き止められる可能性はわずかながらも残されているが、昼だけというのがいかにも不審である。それはキャビノチェも同意見だった。不審は必ず暴かれ、白日の下にさらされなければならない。

昼の12時19分03秒。思い当たる出来事はある。あれは1985年9月1日、日曜日の真っ昼間、12時19分03秒のことだ。友人の一人でもあったプロサーファーのヨシノ・コージが七里ガ浜駐車場レフト・サイドで何者かに刺殺されたのだ。

その日は「七里ガ浜チャレンジ・カップ」という波乗りのコンペティションが行われていて、七里ガ浜駐車場は波乗り野郎どもとサーファーもどきどもと陸サーファーどもと彼らのステディを自認する脳味噌のしわの少なそうな女どもでごった返していた。

夏休み後初めての休日とあって一般客も大勢七里ガ浜駐車場に来ていた。ヨシノ・コージはそんな衆人環視同然の状況の中で殺された。おそらく、犯人は息を殺してヨシノ・コージの背後に忍び寄り、ヨシノ・コージを刺し殺したのだ。ひと刺しで。ヨシノ・コージのやわらかで健康そのものの肝臓を。素人の仕事ではなかった。捜査官たちの見立てもおなじだった。

ヨシノ・コージは「和製ジェリー・ロペス」と称され、サーフィン情報誌のみならず、多くのメディアが取り上げるほどの人気ぶりだった。哀愁を帯びた面差しはその出生にまつわる困難ともあいまって多くの女どもの心をとらえていた。

ヨシノ・コージは米軍海兵隊の中尉と日本人娼婦を両親に持つ美容師の母親と稲川会横須賀一家の2次団体の総長である父親とのあいだに生まれた。私と同い年だった。

有名人気プロサーファーの死とあって、事件は捜査本部事件となった。すぐさま、「七里ガ浜駐車場におけるプロサーファー刺殺事件捜査本部」が鎌倉駅前の鎌倉警察署に設けられた。

コンペティション当日。優勝候補筆頭であるヨシノ・コージのフリースタイル部門ファスト・セットの出番は最後だった。それまでべた凪だった海面がにわかに盛り上がり、風はオフショアに変わった。30フィートはありそうな美しい波が沖からものすごいスピードで迫ってくる。七里ガ浜駐車場にいるだれもが驚き、わが目を疑っている。当然だ。30フィート・オーバーの波などそうそうお目にかかれるものではない。それも日本で。湘南で。七里ガ浜で。しかも、日本最高峰の競技会で。

ヨシノ・コージは独特のグーフィー・スタイルで大波を完全にコントロールしていた。そして、トップからボトムに向かって一気に滑り降りた。さらに、華麗にボトム・ターンし、再びトップへと駆け上がる。それを何度も繰り返した。波涛をはるかに超えて宙空で宙返りする離れ業はヨシノ・コージのもっとも得意とするものだ。セカンド・セットを待たずに、勝者がヨシノ・コージであることは誰の目にもあきらかだった。冷酷非情な殺人者一人を除いて。「七里ガ浜チャレンジ・カップ」は即時、中止され、無期限延期となった。

結局、ヨシノ・コージ殺人事件は重要参考人が何人か浮上したのみで迷宮入り、公訴時効が成立した。公訴時効は成立したが、私の時効の針は停まったままだ。1985年9月1日日曜日の午後12時19分03秒で。

針は動きはじめた。犯人、殺人者はわかった。殺人者の背後にいる者たちも。のうのうと生き延びていることも判明した。鬼の庭の公判維持に必要な証拠は出そろい、万全の体制で公訴提起。判決は7月26日に下す。

冒頭陳述も証人訊問も情状酌量減刑もない。あるのは判決と刑の執行のみだ。弁護人も傍聴人もいない。いるのは鬼の庭の被告人席に立つ殺人者とその背後にいて胸くその悪くなる笑いを浮かべつづけてきた下衆外道どもと、そして、大審問官でありプロスキューターである私のみ。判決即刑の執行。上訴不可。判決書に添付される署名入りの執行命令書は入手済みである。署名したのは私だ。

七里ガ浜駐車場レフト・サイドで2000トンの雨に打たれるまであと60日と2時間42分

残っていた「12時19分03秒」の問題はそのときすべて解決される。「Q. E. D./Quod Erat Faciendum」の宣言はもうすぐだ。

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by enzo_morinari | 2013-05-27 22:34 | 夏への階梯 | Trackback

多次元ビブリオテカ#4 ガングリオン事態に見舞われた吾輩の右の人差し指にはグルジア系の顔が生えている。

 
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1人も殺さなかったらコメディ作家。1人殺したらサスペンス作家。5人殺したらミステリ作家。10人殺したらホラー作者。100人殺したらバイオレンス作家。1000人殺したらファンタジー作家。10000人殺したら歴史作家。人類を絶滅させたらSF作家。 NA-NA-ON-Twitter


007 表現者は表現の王国の王である。殺戮も冷酷非情も慈悲の雨も思うがままだ。表現の王国においてはなんらの慮りも遠慮も気兼ねも不要である。そうでないなら、表現する意味も価値もない。「身辺雑記」とライフスタイル自慢、暮らし自慢、センス自慢、仲良しごっこ、甘っちょろい認知欲求、親和欲求の類いは町内の老人クラブかゲートボール場ででもやるがいい。ただし、公的年金をすべて返上してからだ。そして、誰もいなくなったら灰色の脳細胞、エルキュール・ポワロの登場だ。後始末はアガサ・クリスティがやる。かくして、「女より軽いのは羽根。羽根より軽いのは空気。空気より軽いのは無」の極意がわかれば文豪。

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by enzo_morinari | 2013-05-27 17:55 | 多次元ビブリオテカ | Trackback

夏への階梯#5 『2000トンの雨』に濡れても

 
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King of Sax. ジェイク・コンセプションが好きだった。もうずっと昔のことだ。音色やインプロヴィゼーション・スタイルも好きだったが、なんと言っても「ジェイク・コンセプション Jake Concepcion」という名前に魅かれた。概念。理解。考え。構想。着想。案。意図。計画。思いつくこと。妊娠。受精。受胎。そして、胎児。コンセプション CONCEPTIONには色々な意味がある。

ジェイク・コンセプションの『Jake Concepcion Plays Standards Misty』を初めて聴いたのは鎌倉七里ガ浜の『珊瑚礁』の山店だった。そのころ、海店はまだ営業しておらず、オーナーのアロハ髭でぶおやじことファンキー牛乳屋も生きていた。

アロハ髭でぶおやじはなにくれとなくよくしてくれた。ただで飲み食いさせてくれるのは無論のこと、そのほかにも20代前半の若造小僧っ子には解決困難な問題についていくつもの道筋を指し示してくれた。

アロハ髭でぶおやじが死んでもう何年にもなるが、アロハ髭でぶおやじが死んで以降の湘南、とりわけて七里ガ浜からは「志」あるいは「真の意味の明るさと陽気さ」が失われた。湘南も七里ガ浜ももはや私のための湘南、私のための七里ガ浜ではない。田舎者どもがオサレなランチやら豪華豪勢ステキステキなディナーやらを喰い、駄菓子を頬張りながらほっつき歩く観光地になってしまった。

まあ、それでいい。アロハ髭でぶおやじのいない湘南にも七里ガ浜にも未練などこれっぽっちもない。このままくだらぬ観光地としてせいぜいゼニ儲けに精を出すがいい。湘南、七里ガ浜のなにがどうなろうと、いまや私の知ったことではない。背を向け、顔を背けるだけのことだ。

「これ、いいから聴いてみろ。いま店にかかっているのがそうだ」と言ってアロハ髭でぶおやじはテーブルの上に1枚のLPレコードのジャケットを無造作に放り投げた。ジェイク・コンセプションの『Jake Concepcion Plays Standards Misty』だった。

アロハ髭でぶおやじの音楽センスには一目置いていたので、夢中でライナーノートを読んだ。「Jake Concepcion」という名前が目を引いた。メインが『Misty』というのもよかったし、『Aa Time Goes By』『Over The Rainbow』『Fly Me To The Moon』をはじめとしてスタンダードの名曲が目白押しだった。

その日、アロハ髭でぶおやじは一日中『Jake Concepcion Plays Standards Misty』を繰り返しかけつづけた。私は「午後の最後の芝生」をいかに燃やすか、ハルキンボ・ムラカーミにどうやって回復不能な一撃を喰らわすか、森の漫才師サルーのガラクタ同然の知性教養にいかに鞭をくれてやるかを考えながら、ビーフサラダを食い、海老みそカレーを喰い、ピッチャーサイズのビールを飲みつづけた。

一日中、『珊瑚礁』に居座った。1980年代後半において七里ガ浜『珊瑚礁』でそのような過ごし方をするのはすでにして伝説あるいは神話とも言いうるレベルの尋常ならざる事態であったようにも思える。

どいつもこいつもやに下がり、自分を失い、大事ななにものかを見失い、世界を失い、心を失い、ただなんとなくクリスタルなふやけた日々を生きていた。それは現在に至るもなにひとつ変わっていない。それどころか、輪をかけて悪くなっている。恥知らずと鈍感さが加わり、さらに悪化した。しかも、質が悪いときている。昔なら街に一人か二人しかいなかった阿婆擦れ、性悪女が徒党を組み、大挙し、大手を振り、肩で風を切って歩いている。野郎どもときた日には一様に腑抜けていて、ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウ編集者が仕掛けた上げ底たっぷりの「ちょいワル(ちょい不良)」などという三下奴以下の無様さを得意げにさらし、鼻高々、いい気になっている始末だ。ふざけやがって。恥を知れ、恥を。たいがいにしておきやがれてんだ。

もうどうしようもない。湘南、七里ガ浜だけでなく、国中がやに下がり、自分を失い、世界を失い、心を失い、恥を知らず、背筋が寒くなるような鈍感さがあふれ返る事態になってしまった。だが、だれが悪いのでもない。だれのせいでもない。元々、そうなる運命だったのだ。

4年後の1989年、私はきな臭い煙りのたなびくマニラのスモーキー・マウンテンの麓の掘建て小屋のバーでジェイク・コンセプション本人に名前の由来についてたずねた。ジェイク・コンセプションはやさしくて静かな笑みを浮かべながら言った。

「すべては神の思し召しだ。そんなことより、酒を飲もうぜ。そして、もっともっと音楽を聴こうぜ。次はおれのおごりだ」

バーテンダーとしても一流のジェイク・コンセプションは見事な手つきでわれわれのグラスに氷を入れ、メイカーズ・マークを注ぎ、「完璧な3フィンガーのオン・ザ・ロックス」を作った。私とジェイク・コンセプションはしたたかに酔いしれ、おしゃべりをし、音楽を聴いた。激しい雨音のせいで会話が成立しなくなったのを潮に私とジェイク・コンセプションは別れを告げ合った。

バーを出るとスモーキー・マウンテンは激しい雨をうけてドブネズミ色に煙っていた。一筋の煙りさえのぼっていなかった。

「どうする?」

かたわらのジェイク・コンセプションにたずねた。

「濡れて帰ろう。どうせ人生も土砂降りだ」
「そうだね。人生も、そして世界も土砂降りだ。Hard Rainy Night in The Worldだ」
「ディランの『HARD RAIN』は好きじゃないがね」
「おれもさ」

私とジェイク・コンセプションはそれぞれが帰るべきそれぞれの方向に別れて歩きだした。2000トンの雨に濡れてもなにも考えられない自分がいた。なにも考えたくなかった。2000トンの雨はさらに強さを増してスモーキー・マウンテンのジャンクな山肌を削っていた。指のあいだを伝って落ちる雨粒が心を削っているようにも思えた。

いくら待っても、道の向うに聳え立つスモーキー・マウンテンが空に届くことはあるまい。思いを伝え、届ける術はすべて失われた。もはや、取りもどすことも新しく作ることもできない。そのようにして人生の日々はすぎゆき、いつか世界は終りを告げる。2000トンの雨の雨音に耳を澄まし、2000トンの雨の雨粒に打たれ、2000トンの雨に濡れても。やがて2000トンの雨があがり、虹がかかっても。

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七里ガ浜駐車場レフト・サイドで2000トンの雨に打たれるまであと60日と8時間42分

やはり、残る問題は「12時19分03秒」だ。

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by enzo_morinari | 2013-05-27 01:30 | 夏への階梯 | Trackback

私のガングリオン、彼女のアテローマ、彼のメラノーマ#1

 
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Cyst Cityの夜は歪で跛行的である。だれの心にも容易に狂気が忍びこむ。E-M-M


丹古母鬼馬二が極秘で出演していたウジェーヌ・イヨネスコの『瘤』へのオマージュのアングラ劇をみた夜、右の人差し指の腹に鋭い痛みを伴うガングリオンが隆起した。ガングリオンはみているうちにどんどん大きくなっていった。

偶然つけたJ-WAVEからこぶ平の虫酸が走りまくる声が聴こえてきたのはなにかの冗談、お愛嬌にしても、チャンネルをかえた先のNHK FMから聴こえてきた曲がエドワード・エルガーの『鼓舞鼓吹』というのは宇宙を支配する巨大な意志の力も少々やりすぎだろう。最近、宇宙を支配する巨大な意志の力のやつは妙にややこしい問題を出題してくる傾向がある。

そう思ったと同時にiPhone 2000-GTRのシルバーメタリックの筐体がヨシムラ手曲げ直管のようにふるえた。黒いシックなスーツを着たJ.P. サルトルの待ち受け画面はポップ・ヨシムラがエグゾースト・パイプを力任せに曲げている画像にかわった。ガールフレンドのヨシムラ・ユミコだ。

「たいへんなのよ! いまから行っていい?」
「どうしたんだよ? 実は僕もたいへんなんだ。タンコブなんだ」
「え? なに? 炭坑夫?」
「炭坑夫じゃないよ! 石炭じゃなくてタ・ン・コ・ブ」
「タンコブですって!? あたしのたいへんもおなじようなものよ!」
「きみのたいへんはどんななんだい?」
「ノーよ!」
「え?!」
「だーかーらー! ノーよ!」
「僕たちの関係性を解消するってこと?」
「ちがう! ちがう! ちーがーいーまーすー! ノーができちゃったのよ! 右の耳たぶに!」
「きみの言っていることはまったく訳がわからない。僕もいろんな不思議世界に首をつっこんできたけど、NOが耳たぶにできるなんて話は聴いたことがないよ。まったく、" OH! NO! "もいいところだ。いまこそ、ダラスの熱い日のジャクリーンの気持ちがわかるよ。それとも、それは否定という世界の新しいタームの象徴として言ってるわけ?」
「ふざけないでちゃんと聴いて! 右の耳たぶにできたノーは500円玉くらいの大きさでファイストス円盤とまったくおなじ模様があるのよ!」
「ますます訳がわからない。それじゃあ訊くけどさ。ノーが500円玉くらいの大きさでファイストス円盤とまったくおなじ模様なら、イエスはビッグカンダタマヌ玉くらいの大きさで模様はロンゴロンゴ・アダムスキー型円盤でFAなのかい?」
「あなたこそなにを訳のわからないこと言ってるのよ! わたしのノーは嚢胞のノーよ! 矢追といっしょにしないでちょうだい!」
「のうほう? まさかきみ、厄介で胡乱で七面倒くさい有機ウーマンになっちゃったわけ? 自然農法がどうとか有機栽培がどうとか親のお通夜や告別式や火葬場でも大声を出すような」
「そののうほうじゃないわよ! 耳たぶに丸っこい袋みたいなのができちゃったのよ!」
「ああ。嚢胞か。なるほど。で、それはいつからできたんだい? 500円玉くらいの大きさでファイストス円盤とまったくおなじ模様の自然農法は」
「あなた、まだわたしをからかってるわね?」
「まさか! からかってなんかいないよ。たのしんではいるけどね」
「とにかく、いまからそっちへ行くからなんとかしてよ」

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ヨシムラ・ユミコはそれだけ言うと電話を切った。ポップ・ヨシムラのエグゾースト・ノートが消音し、「ENGAGEMENT」のアナウンスとともにJ.P. サルトルが眉毛ぼーぼーのボーヴォワールの尻に麻縄を食い込ませている待ち受け画面に変わった。眉毛ぼーぼーのボーヴォワールはスピーチバルーンで「キシキシピャッピャッ」と言っていた。友人のベップ・ガジンが加工してプレゼントしてくれたものだ。

そのベップ・ガジンが深刻なメラノーマ問題をかかえてヨシムラ・ユミコと前後してやってくるとは予想もしない夜だった。窓辺に座っている白いパンダが「アジアの純情」を漂わせながらパラダイムシフト・パフィ・パフェを貪り食っているのが視界の隅に視えた。

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by enzo_morinari | 2013-05-26 18:21 | アテローマ/ガングリオン | Trackback