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ウォンバット戦闘団#1

 
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 沈黙の内なる野生の呼び声    2013年春の盛りの「1973年のピンボール・マシンのガラスの上に置かれた『万延元年のフットボール』」に関するピンチヒッター調書


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 パンデミック型万延元年のフットボールのゲーム開始のホイッスルが吹き鳴らされたのは1860年の早春のことだ。153年前。吾輩はまだヨチヨチ歩きだった。鬼になっていないどころか、鬼の存在すら知らなかった。となりのトトロ部屋ではユチーキ・フザクーワがウェブスターの英中辞典と首っ引きで福沢諭吉/小永井五八郎/肥田浜五郎/浜口興右衛門/岡田井蔵/根津欽次郎共著の『天井の上の上野精養軒の焼売よりパリの焼き栗売りよりキモチイイ人間と組織の作り方』を翻訳していた。

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 ユチーキ・フザクーワがどうしてもと言うので、吾輩は吾輩の「ユーザー単語辞書」を貸してやった。尻を待ち針でとめられて尻の穴をじっくりがっつり見られたうえに尻毛の本数まで数えられるようでいやだったが、ユチーキ・フザクーワがKOストアでバイトしているケイオーの「いつでもオッケー♪」なトロトロ・ガールたちを三田ででも日吉ででも藤沢ででも好き放題やり放題詰め放題にしていいと言うので、吾輩はさらにラーメン二郎本店の永久無料パスと5000円パスモ100年分と聖徳太子のピン札帯封付き壱萬円煉瓦42個と三浦スイカ5トン、三浦按針二人、ヒップホップベップ・ガジンひときれ、『海を殺した女』75万冊を上乗せさせることを条件に吾輩の「ユーザー単語辞書」を貸してやった。吾輩の「ユーザー単語辞書」とはこういうものだ。全体の1000分の1ほどである。

【吾輩、樽犬タルティーヌのユーザー単語辞書(抜粋1000分の1ほど)】

"あんかん","アンダンテ・カンタービレ","普通名詞"
"あんかん","歩くくらいの速度で歌うように","普通名詞"
"うぉば","ウォンバット","普通名詞"
"がん","Domestic Goose","普通名詞"
"がじ","ガジン","差別的人非人的似非エッセイ童話的スヴィドリガイロフ的横浜風名詞"
"がじ","別府雅人","差別的人非人的似非エッセイ童話的スヴィドリガイロフ的横浜風名詞"
"きん","Early Modern Period","普通名詞"
"きん","Modern Period","普通名詞"
"しんぐん","神軍","普通名詞"
"けん","Prosecutor","普通名詞"
"けん","検察官 Prosecutor","普通名詞"
"けん","検察官","普通名詞"
"やかいじけん","八海事件","普通名詞"
"げん","Contemporary","普通名詞"
"げん","contemporary","普通名詞"
"げん","幻師","普通名詞"
"げん","幻師、ゲンゲンムシ","普通名詞"
"げん","ゲンゲンムシ","普通名詞"
"げん","幻師、maki+saegusa","普通名詞"
"げん","言師","普通名詞"
"たいげん","Peacock Terms","普通名詞"
"たいげん","大言壮語","普通名詞"
"にんげん","「人間は存在の声を聞く牧人である」","普通名詞"
"にんげん","人間は存在の声を聞く牧人である。","普通名詞"
"こん","こんにちは。","普通名詞"
"こん","「こんちくしょうめ!」","普通名詞"
"こん","コンフィ","普通名詞"
"こん","CONFIT","普通名詞"
"こん","CONFIT/","普通名詞"
"こん","CONFIT/コンフィ","普通名詞"
"こん","Confit","普通名詞"
"こん","コンブリオ","普通名詞"
"こん","CON BRIO/コンブリオ","普通名詞"
"こん","CON BRIO","普通名詞"
"こん","CON BRIO/元気よく、生き生きと","普通名詞"
"こん","Confirmation","普通名詞"
"こん","コンファメーション","普通名詞"
"こん","『Confirmation』","普通名詞"
"こん","『コンファメーション』","普通名詞"
"こん","コンソメ","普通名詞"
"こん","Consommé","普通名詞"
"さん","Sunday Silence","普通名詞"
"さん","珊瑚礁","普通名詞"
"さん","サンシーブル(可感的なもの)とアンテリジーブル(可知的なもの)","普通名詞"
"さん","サンシーブル(可感的なもの)","普通名詞"
"くろわっさん","Croissant","普通名詞"
"しん","silent as the grave.","普通名詞"
"しん","シンデレラ","普通名詞"
"しん","Cinderella","普通名詞"
"しん","シンデレラ Cinderella","普通名詞"
"しん","シンデレラ CINDERELLA","普通名詞"
"しん","CINDERELLA","普通名詞"
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"しん","チェネレントラ","普通名詞"
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"しん","サンドリヨン","普通名詞"
"しん","灰かぶり姫","普通名詞"
"しん","Cendrillon","普通名詞"
"しん","Cenerentola","普通名詞"
"しん","掃灰娘","普通名詞"
"しん","親和欲求","普通名詞"
"しん","Symphony","普通名詞"
"しん","シンフォニー","普通名詞"
"しん","交響曲","普通名詞"
"しん","神軍","普通名詞"
"しん","神軍上等兵","普通名詞"
"しん","神軍平等兵、日本列島GO'S ON! いつでも過激! どこでも攻撃!","普通名詞"
"しん","神軍平等兵","普通名詞"
"にしん","SILD","普通名詞"
"じん","Gin Rummy","普通名詞"
"じん","ビーフィーター ロンドン・ドライ・ジン47度","普通名詞"
"にんじん","CARROT","普通名詞"
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"にんじん","キャロット","普通名詞"
"すん","スンドゥブ","普通名詞"
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"すん","SUNDUBU-JIJIGAE","普通名詞"
"すん","SUNDUBU JIJIGAE","普通名詞"
"せん","尖筆とエクリチュール","普通名詞"
"せん","『尖筆とエクリチュール』","普通名詞"
"せん","『千と千尋の神隠し』","普通名詞"
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"ぜん","全粒","普通名詞"
"ぜん","全粒粉","普通名詞"
"たん","19581126","普通名詞"
"たん","1958年11月26日","普通名詞"
"たん","昭和33年11月26日","普通名詞"
"たん","淡水魚","普通名詞"
"かいだん","Stairway","普通名詞"
"かいだん","The Stairway to The Think of Nothing Things.","普通名詞"
"すんだん","寸断された身体","普通名詞"
"すんだん","Image morcelée du corps","普通名詞"
"ちん","チンジャオロース","普通名詞"
"ちん","青椒肉絲","普通名詞"
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"ちん","Pepper Steak","普通名詞"
"ちん","chinjao Ro Su","普通名詞"
"ちん","Chinjao Ro Su","普通名詞"
"ちん","Pinyin","普通名詞"
"ちん","PINYIN","普通名詞"
"ちん","Green Pepper Steak","普通名詞"
"てん","……","普通名詞"
"てん","『展覧会の絵』","普通名詞"
"てん","展覧会の絵","普通名詞"
"てん","Tableaux d'une exposition","普通名詞"
"てん","Pictures at an Exhibition","普通名詞"
"かいこてん","Retrospective","普通名詞"
"してん","FULCRUM","普通名詞"
"してん","SUPPORT","普通名詞"
"こぺてん","コペルニクス的転回","普通名詞"
"どん","Dom Pérignon","普通名詞"
"どん","ドン・ペリニョン Dom Pérignon","普通名詞"
"どん","ドン・ペリニョン","普通名詞"
"にん","認知欲求","普通名詞"
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"はん","『判断力批判』","普通名詞"
"はん","『Kritik der Urteilskraft』","普通名詞"
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"はん","""Critique of Judgment""","普通名詞"
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"ばん","棒棒鶏","普通名詞"
"ばん","バンバンジー","普通名詞"
"ばん","BANGBANGJI","普通名詞"
"めんばん","459207038640","普通名詞"
"ぱん","パンタグリュエル(大巨人ガルガンチュアの息子にしてのどからから国王、その名も高きパンタグリュエルのものすごく恐ろしい武勇伝)","普通名詞"
"らいぱ","Pain de Seigle/Rye bread/ライ麦パン","普通名詞"
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"ひときれのぱん","フランチスク・ムンテヤーヌ","普通名詞"
"ひときれのぱん","ひときれのパン","普通名詞"
"ひときれのぱん","F. ムンテヌーヤ","普通名詞"
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"へいめん","地球平面協会","普通名詞"
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"しゃん","ラヴェニュ・デ・シャンゼリゼ","普通名詞"
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"じゅん","『Kritik der reinen Vernunft』","普通名詞"
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"じゅん","""Critique of Pure Reason""","普通名詞"
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"じゅん","""Années de Pèlerinage""","普通名詞"
"らん","ランボルギーニ","普通名詞"
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"らん","LAMBORGHINI","普通名詞"
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"ポトフ","POT-AU-FEU","普通名詞"
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"かりぶー","Caribou","普通名詞"
"ぬーぼー","Nouveau","普通名詞"
"ぽー","PORTRAIT","普通名詞"
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"にゅー","ニューエイジ・ピープルの信奉を集めるガネガネ・ウソッパチマヤカシインチキ・セドナ・ストーン","普通名詞"


 
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by enzo_morinari | 2013-04-30 16:54 | ウォンバット戦闘団 | Trackback

Poisson d'Avril#666 さらばわがアオハルの日々#1

 
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30代半ば。若い。言葉がないほどに若い。もちろん、乾くヒマなき日々であった。ふ。
 
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by enzo_morinari | 2013-04-30 05:55 | Poisson D'Avril | Trackback

鬼に訊け#1 鬼が来た。

 
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鬼が来た。予想もしなかった方角から。


鬼だ。鬼になりたかったんだ。鬼ごっこの話ではない。正真正銘、本物の鬼だ。やっとなれた。いや、鬼になっていたことに気づいた。きのうのことだ。吾輩の修羅の日々の一端を知る古い友人との他愛のないやりとりがきっかけだった。

こどもの頃から「鬼ごっこ」の鬼をやるのが好きだった。自分から志願して鬼役をやった。ほかのこどもたちは鬼を志願する吾輩が理解できないらしく、不思議そうな顔で吾輩をみつめた。怪訝な表情をみせる者もいた。

鬼となって逃げる者たちを追いかけまわすことに快感をおぼえた。わざとぎりぎりのところまで迫り、しかし、捕まえずに追いかける。「オラオラオラ! おうおうおう!」と雄叫びを上げながら。

追う吾輩。逃げる腰抜けども。腰抜けどもが悲鳴をあげるのがたまらなかった。中には地面にへたり込み、大声で泣き出すやつもいた。吾輩はその様子を見ながらゲラゲラと笑った。笑いは止まらなかった。

夕暮れの小学校の校庭に響く泣き声と笑い声。いま思えば世界のなにごとかを象徴していた。泣く者と笑う者という世界のありようを。

自分でも気づかなかった。鬼になっていたことに。鬼とはなにか? わかった。鬼とはなにごとかに一心不乱に打ち込む生きざま、姿そのものだった。鬼はどこにいるのでもない。わが胸中にありだ。

鬼は自分の性根、心、魂からやってくる。鬼は余計なものは容赦なく手加減なく捨てる。切り捨てる。無駄なことは一切しない。それが鬼だ。

ずっと昔、あるテレビ番組で開高健を取り上げていた。副題は開高健本人の名言、「悠々として、急げ」。古代ギリシャの劇作家ソポクレスの『アンティゴネー』第231節に由来する。いい言葉だ。コメンテーターたちの薄っぺらで浅はかな発言をのぞけば、おおむねよくできた番組だった。まだ若い開高健がインタビューに答えたときの言葉には激しく強く深く胸を抉られた。開高健は言った。

外部の敵とはどのようにも戦える。内部の敵、心の闇だけはどうにもならない。

そうか。あの開高健でさえ「鬼」に怯えていたか。思えば、開高健とともに歩いてきたような人生だった。その博学、博識、博覧強記、大伽藍のごときヴォキャブラリー群にはただただ圧倒されつづけた。

風貌、話しぶりとは対照的に、開高大人の小説作品は緻密であり、濃密であり、繊細である。根拠のないひとりよがりにすぎないが、自分の文章を読みなおしていて、「あ、これはどこかで聴いたことのある『話しっぷり』だな」と思うことがある。おぼろげな記憶をたどってゆくと、はたと思いあたる。開高大人がなにごとかについて語るときの、汲めどもつきぬ「豊饒なる饒舌」に吾輩はわれ知らぬうちに強く影響を受けていたのだと。

いまでも、週刊プレイボーイに連載された読者とのQ&Aをまとめた『風に訊け』は折りにつけて読み返す座右の書と言ってもよい本だ。励まされる。叱られる。驚かされる。笑わされる。考えさせられる。そして、モンゴルで巨大なイトウを釣り上げたときの「イトウだ! イトウだ!」と叫ぶ開高大人の永遠の少年のごとき声と満面の笑顔がよみがえる。

悠々として急ぎ、茫洋として繊細だった開高大人もいまはない。中上健次大兄もいない。大森荘蔵先生もみまかった。憂きことのみ多いが、せめて、悠々として、急ぎ足で帰り道をゆくことにしよう。いつか旅は成就する。円環は閉じられる。美しいものを見たくなったら、眼をつぶればいいだけのことだ。

鬼は捕まえた。この手と耳と眼と心と魂で。あてどなく、ただやみくもで他愛のない「鬼ごっこ」はこのあたりで終りだ。よい子はルンルンかまやかしイタリアン・ジェラートでも買っておうちに帰るがよろしかろう。あとは捕まえた鬼を飼いならし、野に放つだけだ。

陽はとっくに落ちているというのにそのことに気づかず、極楽とんぼ能天気に鬼ごっこにかまけている世間知らずの甘ちゃんどもは、せいぜいほんまもんの鬼には気をつけることだ。

鬼はあらゆる場所、あらゆる時間にやってくる。鬼の形相で。ときにはえびす顔で。はたまた仏の顔で。この鬼は魂を喰う。喰らいつくす。恐ろしいが、迷ったら鬼に訊け。いくぶんかの痛み苦しみはともなうが、死ぬほどではない。
 
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by enzo_morinari | 2013-04-29 22:50 | 鬼に訊け | Trackback

飛ばない豚はただの豚だ。捨てない人間はただの馬鹿だ。

 
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飛ぶ豚はいつかどこかに着陸するが、飛ばない豚はどこにも行けない。喰われるのを待つだけだ。


泡の時代が終わったとき、スッテンテンのスッカラカン、信用なし一文無し宿無しになった。そばにいたのは虹子だけだった。すり寄ってきていた三下奴どもは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

カネの切れ目が縁の切れ目とは人間社会における永遠の真理だ。しかし、吾輩は大笑いした。一生のうちにそうそう経験できないことを経験したんだ。ここは一丁、大笑いしてやれということだ。もちろん、残務整理は七面倒くさいことだらけだったし、高くついた授業料が口惜しくもあったが、そんなものはどうということのない過程のひとつにすぎない。時間の経過とともにいつか雲散霧消する些末な問題だ。

あれから23年の間、ずっとじっとナイフを研ぎつづけてきた。虹子とごく限られた者たち以外の誰の言葉も耳に入らなかった。入れなかった。無心? 冗談じゃない。昔も今も煩悩だらけだ。悟り? 寝言は寝てから言ってくれ。無心も悟りも糞食らえだ。吾輩は煩悩そのまま、煩悩をさらけだして生き、のたうちまわり、そして死ぬ。

「いまにこの白刃で世界もろともおまえたちをぶった切ってやる。細切れにしてやる」と思いつづけた。ルサンチマンの塊だった。初めのうちは錆ついていたナイフは日ごと鋭くなっていった。

抜けば玉散る氷の刃。いつの日からか、泡が弾けてから3年も経った頃か。不意にこの世界のすべてを真っぷたつにできるとわかった。それは確信だった。これっぽっちも揺らぎはなかった。これで駄目ならそんな鈍ら刀は折れちまえとも覚悟を決めた。そんな思いの日々だった。

いい年をぶっこいてよく腹がへった。腹は決まっていたがちょくちょく腹の虫が鳴った。鉄管ビールで凌いだ最長は9日だ。ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウどもが「オサレなランチ」やら「豪華絢爛ステキステキのディナー」やらを喰っている頃、吾輩はひたすら我が刃を研いでいた。そんな吾輩の姿を見た虹子が泣き出すこともしばしばだった。

「あのころ、あなたは本物の鬼でした」とはつい最近の虹子の言葉だ。父母に会うては父母を殺し、仏に会うては仏も殺す。そんな日々だった。

「コペルニクス的転回」も「コペルニクス的転回の転回」も「絶対矛盾的自己同一」も「身心脱落本来面目現前」も吾輩の係ではない。それってうめえのか? ダシはきいているか? 歯ごたえはどうなんだ? そんなリアリティのないものは「くそまじめな精神」の持ち主様にでもくれてやれ。さもなきゃ、犬畜生にでも喰わすか糞掻きべら一閃、宇宙の果てまでかっ飛ばしちまえ。

おのれを捨てろだあ? おのれを虚しゅうしろだと? 何度でも言う。寝言は寝て言え。のたうちまわりながらほかの何者にもなりかわりえない吾輩自身のリアルをグリップすること。それが吾輩にとって意味を持つ。

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物心ついたときからどんどんじゃかすか色んなものを捨ててきた。用がなけりゃ捨てる。当然だ。縁だって捨てた。手加減なし容赦なしで。女房だって娘だって息子だって女だってともだちだって本だってレコードだって捨てまくってきた。大好きな犬さえ捨てたことがある。ヨチヨチ歩きの仔犬を。

赤鬼でも青鬼でもない。捨鬼だ。おかげでいつだって引っ越しは楽チンのチンだった。そうやって数知れぬ別れを繰り返してきた。経験と言えば言えなくもないが、勧めない。ろくなことがないからだ。心だって痛む。鬼の目にも涙だ。

よく捨てることが拾うことに通じるだの、別れて道が開けるだのという生臭坊主が言いそうなことを経験の「け」の字も知らぬような甘ちゃんがぶっこくのを見聞きするが、そのたびに臍が独創茶を沸かす。三枝点が沸かしてくれた茶ならうまくもあろうが、そうではない。甘っちょろいのはピントだけにしておけてんだ。

ここ20数年、身悶え、身も凍るような存在感を持った人物を見かけないのは簡単にお手軽に捨てることが大手を振ってまかり通っているからだろう。まったくもって腹立たしいかぎりだ。

そう簡単に捨てられるなら、別れられるなら、切れるなら、それは元々必要のないものだったんだろう。必要のないものをあれもこれもとぶら下げて得意になっていたんじゃないのか? そういうのを骨折り損のくたびれ儲けてんだ。明瞭簡潔に言うなら愚か者、馬鹿者ということだ。おぼえとけ!

捨てるとき、切るとき、別れるとき。胸のど真ん中あたり、ずっと奥のほうがずんと疼く。痛む。それでいい。なんの不思議もない。別れ別れになるんだからな。以後は一切の関わりがなく、まったく別の道を歩くんだからな。死のうが生きようが、焼いて喰われようが煮て喰われようが知ったこっちゃない。捨てる/切る/別れるとはそういうことだ。

未練? ないね。一切ない。未練のことなら見沢知廉が詳しかったが死んじまったな。しょうがないから鱈と豆腐と長葱と茸の鍋でも喰ってタラタラするがいいや。

「吾輩は世紀末の山頭火だ」と嘯く日々。虹子だけが吾輩の後ろ姿を、時雨ゆく背中を見守りつづけてくれた。虹子が天使、菩薩様だと気づいたのはここ最近だ。

虹子には毎朝毎晩手を合わせている。吾輩の広く深く豊かな心の中で。今度の休みは肩でも揉んでやろう。虹子だけはなにがあっても捨てない。捨てられようはずがない。捨てられるとすれば吾輩のほうだ。なにしろ、仏の顔に泥を塗るどころか刃を向けつづけてきたんだから。三度どころか百遍も二百遍も。これで駄目なら、あとは命を捨てるばかりだ。

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マルコとジーナのテーマ from 『紅の豚』
 
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by enzo_morinari | 2013-04-29 02:16 | 飛ぶ豚、飛ばない豚 | Trackback

On the Road, On the Beat, And Load Out#5 苔院の午後のあとで。

 
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苔院の午後は静かに終りを告げようとしていた。苔院は古刹。イケナイ苔院。もう世界がギシギシジュワジュワと音を立てている。坊主と門前の小僧は習わぬHIP HOPでTHUG LIFEまっしぐらだ。そして、四天王も十羅刹も薬師如来も観世音菩薩も大日如来までもが肌を露わにして踊り狂っている。傍らの奥崎ケンゾーと牡蠣崎柿右衛門はぴくりとも動かない。森の漫才師サルーは暮れなずむ青山通りに向かって言った。

「さて。そろそろ、お互いに本当のことを話そうか」
「そうだな。そろそろ本当のことをな」
「あんたは俺に会うまでの長く退屈な人生をどうやってやりすごしてきたんだ?」
「殺しつづけてきたのさ。人間と世界をね。ついでにエッセドーワーブな存在そのものも。そうとでもしなければ退屈で僕は死んでいたと思う」
「なるほどな。で、きょうまでにいったい何人の人間を殺したんだ?」
「42人。正確には41.33333人。一人はとても人間とは言えないような半端人足だったからね」
「そうか。俺にもおぼえがあるよ。人間とは呼べないような半端人足には。 最後に殺したのは?」
「1999年の春の初め」
「相手は?」
「ガジンというメニエール・ダンスがとてもじょうずな奴だ」
「メニエール・ダンスか! 踊り手は20世紀世界に7人しかいなかったというあのメニエール・ダンスか!」
「そうだ。ガジンはとびきりのメニエール・ダンサーだった。テテ・モントリューの弟のアンヨアンヨ・モントリューの弟子でもある。おまけに、ガジンの趣味はめまいだった。完璧なめまいを起こすとものすごい射精をしていた」
「そんなすごい奴をなぜ?」
「話せば長い」
「長くても話してくれよ。これは信義の問題にも属することだ」
「オーケイ。話すよ。でも、ほんとに長いぜ」
「いいさ。ちなみにどれくらい長い?」
「そうだな。伊藤ビー丸が砂糖A丸になるくらい」

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「えええええっ! 太陽が赤色矮星になっちゃうじゃないかよ!」
「そうだよ。僕の抱えている問題はすべて天文単位が必要なものばかりさ」
「わかった。つきあうよ。話してくれ」
「うん。ガジンには二つ年上のお姉さんがいたんだ」
「うん」
「お姉さんの名はビジン。ブスなのにビジン。不思議だろう?」
「不思議だ」
「そうさ。いまでも不思議でならない。なぜビジンさんはどブスなのにビジンなんて名前なんだろうって。きっと、つらい人生だったろうなって。どブスなのにだれもかれもに”ビジンさん””ビジンちゃん”と呼ばわれつづける人生。引き裂かれまくりの人生。そして僕にヒーメンを引き裂かれた」
「えっ!? ヤっちゃったのか?」
「そうさ。僕は縁をもった女の子とは必ずいたすのさ。だが
「だが?」
「だが、ビジンさんは重度の脳ヘルニアだった。脳が頭蓋骨の継ぎ目から飛び出しちゃうという宿痾の病い。業の病い」
「脳ヘルニアだってええええっ! イーヨを世界に向けて解き放つきっかけになった脳ヘルニア!」
「大江健三郎はビジンさんにヒントをえたんだよ」
「こりゃたいへんなことになってきた」

なにがたいへんなことなのかはわからなかったが、森の漫才師サルーの世界においてはたいへんなことなんだろう。そういうこともある。

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Cocaine - JACKSON BROWNE
 
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by enzo_morinari | 2013-04-28 20:17 | 路上とビート | Trackback

世界ハフュッフェン会議#1

 
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 思えば、芽崎カエルの人生が狂いだしたのは「第35番世界ハフュッフェン会議」にアザブジュバーンス・ドンク・ジュ・スゥイ・タリーズ・オープンテラス代表として向いのドラッグストアの小太りサプリメント女並びに榛色のグレートデーンを連れた白のBentley Azureオープンをいつもスカしてドライヴ・ドライヴの右腕にタトゥー、左手にiPAD愛人マンション365日24時間対応不機嫌女とともに出席したのがきっかけだった。ギャラは安い。旬の野菜とそら豆のキッシュ及びパーネ・ヴィーノな「ひとつの屋根にひとつの部屋セオリー」の知的所有権譲渡のみだ。このていどではマセラティ5台とフェラーリ3台とブガッティ・ヴェイロン1台とブガッティ・ヴァシュロンの設計図並びに目論見書とレナウン・イエイエ女の調子っぱずれな桃色吐息くらいしか手にすることはできない。わかっちゃいるけどやめられない。団塊プープルの佐賀である。葉隠武士である。

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 さて、そもそも「世界ハフュッフェン会議」とはいかなることを話し合う会議であるのか? 残念ながら極秘である。「世界ハフュッフェン会議」について判明しているのはその名と議長がモーツァルトの『交響曲第35番ハフナー』好き(ゆえに「世界ハフュッフェン会議」は常に「第35番世界ハフュッフェン会議」として開催されている)、開催日時天候距離明暗形式の一途並びにハ行変格活用のみである。ハフュッフェン社が自信満々地震バンバン津波ゴーゴーで世界発売するも42体しか売れなかった超激レアギア、「ハフュッフェン人形」の軸芯に「世界ハフュッフェン会議」の全容を解く鍵が仕込まれているとの鮫島事件記者情報があるが(鮫島事件? あ。言っちゃった。公安が夜の闇を引き裂いてリュ・カンボン42番地まで来ちゃう・・・。)、この情報の信用性は『Signifié/Signifiant』並みに低い。"いいんだけど、なぁんか力の抜ける、ナイスなザンネンさを表す形容詞"をあてがいたくなる衝動に引き裂かれんばかりである。ザンネンをとっくのとうに通り越して、ハッキネン・ライコネン・アホネン・ヤリマンネン・ナンヤネン・アホヤネン・アホチャイマンネン・パーデンネン・シカネン・コルホネン・ヴィルタネン・ヴァイタネン・ニエミネン・マキネン・ハマライネン・コスキネン・ヘイッキネン・ヤルヴィネン・ザトペック・ビヨン・ボルグ・マケラ・マッティラ・セッパラ・パイッカラ・キーママー・パトヤ・マッカラ・カーリパー・プンッキ・ロム・ヒキパー・プルスカ・オラヴァ・ナルカイネン・カルフカネルヴァ・ヌンミ・キヴィ寿司だ。(イカネン・ジゴウネン・ヤリマンネン)

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by enzo_morinari | 2013-04-28 12:13 | 詳細を知らない芽崎カエル | Trackback

多次元ビブリオテカ#3

 
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005 語りつくせぬことについて沈黙するかぎりにおいて、沈黙は金である。「語ること」と「語られること」のあいだには、いかなる冒険者であろうとも征服しえない深い闇が広がっていて、その闇に光をあて、暴きだし、あらわにすることが言葉の祖国に帰還するためには必要だ。その意味において、"沈黙は金、饒舌は銀" なる言葉は語ることができない者の免罪符にすぎない。彼らは永遠に言葉の祖国には帰れない。語れ。まず、語れ。なにより自ら獲得した言葉で語れ。沈黙の話はそれからである。

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006 誰も知ることのない「秘密の入江」で、風に吹かれ、風の歌に耳を傾け、RARE HAWAIIANのオーガニック・ホワイトハニーをたっぷりとかけた悪魔のフォルマッジオ、カッチョ・マルチョを肴にエコール・ノルマル・シューペリウールの1958年を飲み、アルチュール・ランヴォのいくつかの詩編を諳誦し、風向きにあわせてモーツァルトの『狩り』を口ずさみ、仕上げに極上の自家製贅沢オムレット・ライスを食す。これ以上を望むのは世界への宣戦布告である。

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by enzo_morinari | 2013-04-28 03:10 | 多次元ビブリオテカ | Trackback

多次元ビブリオテカ#2

 
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ひょんなことから手に入れた人生の日々が、日ごと消滅すべき新しい理由を提示してくれるとはなんと素晴らしいことであるか。E.M.C.

私が夥しいほどのテクストを読むのは自分の孤独よりも遥かに深く重い孤独にいつの日か出会えるのではないかと期待しているからだ。 E.M.C.

存在を続行するか。あるいは、存在を打ち切るか。お生憎様。どちらも御免蒙る。 E.M.C.

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001「方法的懐疑」というシロモノが吾輩は大嫌いである。もちろん、世界のすべてを疑いたいのだが、その面倒なお遊びは気が向いたときだけにしてもらいたいものだ。

002 アテナイという町は地獄だったろう。あんなちっぽけなところに世界の根本的な問題について激しく対立する人間があれほど多く集まり、おたがいに知り合いで、朝から晩までのべつ幕なしに議論し、喧嘩しなければならなかったのだから。吾輩ならさっさと荷物をまとめてサントリーニ島に永久バカンスに出かけて二度と戻らない。

003 民衆/大衆なる言葉を皮肉、嘲笑、反語を交えずに使う者はそれだけで愚者認定だ。民衆/大衆がどのような運命を辿るかはわかりきっているではないか! 歴史の気まぐれで残酷で容赦ない軛に苦しみつつ耐えること、自分たちを圧し潰す圧政に賛同し、媚び諂うことが民衆/大衆が生まれながらに持つ逃れようのない宿命である。

004 吾輩が世界の中でのたうちまわっているのではない。世界が吾輩の手のひらの上で手足をばたばたさせているだけのことだ。
 
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by enzo_morinari | 2013-04-27 23:26 | 多次元ビブリオテカ | Trackback

異世界レストラン#1 ミセス・クロスティーニとミス・ブルスケッタの立ち位置をめぐる暗闘

 
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 ミセス・クロスティーニとミス・ブルスケッタの立ち位置をめぐる暗闘
 極東極北の漆黒の夜空を轟音とともに凶兆の彗星が超高速で飛翔して焦がし、祇園町の清楚な裏通りを稽古を終えた芸妓の二人連れが楚々として歩き、百獣の王とバッファローの午後のダンス・ダンス・ダンスが終わり、シロクマくんのジャンプ・ジャンプ・ジャンプ・レッスン、「氷山上のアリア」が山場を迎え、ネフェルティティの微笑が昼の光から夜の闇の中へ移ろおうとしているとき、J.S. バッハの『平均律クラヴィーア』とおなじレベルの完璧さでセッティングされたダイニング・テーブル上で、いままさにミセス・クロスティーニとミス・ブルスケッタの積年の恩讐に関する解答が出ようとしている。だが、この闘いはまだ代理戦争であって、闘いの矢面に立っているのは双方の刃の将たちである。本当の闘い、ミセス・クロスティーニこと黒ネフェルティティとミス・ブルスケッタこと白ネフェルティティの立ち位置あるいは役回りをめぐる暗闘はまだその緒にさえ着いていない。

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by enzo_morinari | 2013-04-27 01:01 | 異世界レストラン | Trackback

いつのまにか少女は

 
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         Shooted by maki+saegusa(SAEGUSA FULCRUM POINT)

 
 その少女の存在を知ったのは1982年の冬だった。世界は「火の七日間戦争」から千年を経て腐海に覆われ、さらに悪いことには土鬼どもが東と西に別れて対立し、人々は「冷戦」という名の冷酷非情な心理戦に翻弄されていた。さらには、少数の富める者と多くの貧しき者たち、持てる者と持たざる者は北と南に別れて対峙し、人々は「搾取」という名の桎梏に繋がれて日々を生き延びることに汲々としていた。

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 世界からはありとあらゆる希望と信頼と調和が失われ、人々は懲りもせずに再び石油と金属とプラスチックとセラミックまみれの旧世界の復活を願っていた。「巨神兵」という名の核兵器に頼ろうとさえした。愚かきわまりもないが、いまもそれはなにひとつ変わっていない。「核の傘」の下で雨宿りをしたところで、待っているのはさらなる核の土砂降りだろう。いくら待っても爽やかで健やかで気持ちのよい晴れ間が出ることなどない。

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 恐ろしい致死の森である腐海は刻々と人々が暮らし、生きる世界を飲みこんでいたが、人々はなすすべもなく腐海の浸食を受け入れるしかなかった。そのような世界に少女は現れた。オデュッセイアを助け、恋に落ち、のちにオルレアンの救国の乙女として生まれ変わり、さらに虫めでる姫君として輪廻転生し、ついに少女は人々を青き清浄の地へ導かんとしていつもいい風の吹く谷の小さな村に再び現れたが、少女の再誕に気づく者はアニメージュ王国の一部のオタク族だけだった。彼らは羨望と憧れをこめて、少女を「風の谷のナウシカ」と呼んだ。

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 2年後の1984年春、少女はメーヴェ、カモメという名の風に乗り、颯爽と広い世界に現れた。2年前より少女の翼が少し疲れてみえたのは私の気のせいだったろう。人々は少女を賞賛した。崇める者がいた。少女に恋をする者さえいた。しかし、それも長くはつづかなかった。人間はやはり懲りもせず、この先もずっと「愚かな道」を歩みつづけるのか? 希望と信頼と調和のない道を。わからない。私の残り時間では本当の答えを知ることはできない。

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 少女の存在を知ってからすでに30年が過ぎた。そのあいだに世界はいい方向に変わっただろうか? 私の知るかぎりにおいては「青き清浄の地」はいまだにみつかっていないし、かたちをかえた腐海が世界を飲み込み、さらに広がっているようにさえ思える。
 いつのまにか少女は彼女を知り、なつかしむ人々とその子孫たちの前に遠慮がちに年に春と夏の2回だけ、2時間足らず姿を現すのみだ。風ではなく、電磁波に乗って。様々の思惑と欲得としがらみにがんじがらめにされて。しかたない。それが時間というものの残酷さだ。

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 30年の歳月を経て、少女の翼はとても年老いたように見える。翼のあちこちには傷みや劣化がある。艶も輝きも1982年の頃よりずっと失われている。くすみ、煤けているようにも感じられる。羽ばたきはしなやかさと力強さを失っているし、風切り音にはいまや鋭さがない。全体の動きは緩慢で俊敏さは影を潜めている。千年後には少女の翼は無惨にも折れ曲がり折れ果て風化して、痕跡さえとどめなくなっているだろう。それを押しとどめることは何者にもできない。

 風を使いこなし、風の通り道を知り、風のゆくえを見届ける次代の「風の谷のナウシカ」はいつ登場するのか?

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 いつのまにか少女は - 井上陽水
 
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by enzo_morinari | 2013-04-26 05:43 | ジブリの岸辺 | Trackback