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チェロキー・ボーイの恋心とナパームの慈雨

 
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 高慢ちきのメアリーに恋をした嘆きのインディアンはローズガーデンでナパームの雨を見たか?

 その日の朝、ローズガーデンは雨に煙っていた。嘆きのインディアン、チェロキー・ボーイはローズガーデンのバラの香りに身も心もとろけそうだった。うっとりと白い館を見上げ、雨が上がるのを待つチェロキー・ボーイ。メイドのリンがチェロキー・ボーイにやさしく、そして皮肉をたっぷりこめて言う。
「深い川を渡るときには気をつけるのよ。溺れそうなとき、かならずだれかが助けてくれるとは限らないから。たいていの場合は手どころか指一本差し伸べてくれないものなのよ。それが世界の本当の姿なの。いい? 笑顔とやさしい言葉の裏には冷たい裏切りが隠れていることを忘れちゃいけない。クローバーの茎からバラの花は咲かないものと神様が決めているの。 だから、いまのうちに考えなおしたほうがいいわ。手遅れにならないうちに予約を取り消しなさい。そして、雨がやんだら居留地にお帰りなさい」
 しかし、リンの言葉はチェロキー・ボーイの耳には入らない。チェロキー・ボーイは高慢ちきのクィーン・メアリーのことで頭がいっぱいなのだ。
 雨は昼には上がるだろう。そして、晴れた雲間からは幾千億のまばゆいナパームの慈雨が降ってくる。そのことを知らぬまま、チェロキー・ボーイはひそかな恋心を秘め、高慢ちきのクィーン・メアリーに忠誠を誓う。チェロキー・ボーイが狭い居留地から広い世界へ出てゆくのはもうすぐだ。ナパームの幾千億の雨粒がまばゆく降りしきる世界に出てゆくのは。
 そして、あかむけの魂を持つチェロキー・ボーイは世界のただ中でトマホークを振り上げ、叫ぶ。

 ホカヘー! おれにつづけ! ヤタヘー! アヒェヒェ! 戦うにはいい日だ! 死ぬには手頃な日だ! ありがとう!

 チェロキー・ボーイの頭上にナパームの幾千億の雨粒が降りそそぐのはもうすぐだ。白い館の主と高慢ちきのクィーン・メアリーはファックとファットに夢中でそのことには気づかない。


Indian Reservation - The Raiders feat. Mark Lindsay (1971)


The Lament of The Cherokee Reservation Indian
Words and Music by John D. Loudermilk (1959)

They took the whole Cherokee nation
Put us on this reservation
Took away our ways of life
The tomahawk and the bow and knife
Took away our native tongue
And taught their English to our young
And all the beads we made by hand
Are nowadays made in Japan

Cherokee people, Cherokee tribe
So proud to live, so proud to die

They took the whole Indian nation
Locked us on this reservation
Though I wear a shirt and tie
I'm still part redman deep inside

Cherokee people, Cherokee tribe
So proud to live, so proud to die

But maybe someday when they learn
Cherokee nation will return, will return, will return, will return, will return

奴らはチェロキーの国をそっくりそのまま奪いやがった。
奴らは俺たちを狭っ苦しい居留地に放り込みやがった。
奴らは生き方を奪い、トマホークと弓とナイフを奪い、
「母なる言葉」を奪いやがった。
そして、こどもたちには奴らの言葉、英語を教えこんだ。
ハンドメイドだったビーズも、いまじゃ日本製だ。

チェロキーの民よ。チェロキー一族よ。誇り高く生き、誇り高く死のう。

奴らはインディアンの国をそっくりそのまま奪いやがった。
奴らは狭っ苦しい居留地にインディアンを監禁した。
俺はシャツとネクタイを着ちゃいるが魂は本物のインディアンだ。

チェロキーの民よ。チェロキー一族よ。誇り高く生き、誇り高く死のう。

いつか奴らも思い知るだろうぜ。チェロキーの国が帰ってくることを。
帰ってくることを 帰ってくることを 帰ってくることを ・・・

 
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by enzo_morinari | 2013-02-28 19:25 | 沈黙ノート | Trackback

スタンドバイミーの男#4 名前のない馬

 
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驚くべきことに太っちょハンセンは「フェンスの向こう側のアメリカ通り」の歩道をヤマハのタウンメイト90を押して戻ってきた。滝のような汗。泣きっ面。鼻水も垂らしている。顔は真っ赤だ。まるで消防車のホースで水をかけられてアドリア海の自由と放埒の海に真っ逆さまに墜落した直後の紅の豚みたいだった。困憊の太っちょハンセンのことなどおかまいなしにITは言った。

「おれの名はインディアン・ビリー。こいつがキャプテン・アメリカだ」
「か、か、か、カッコイイね・・・。で、 ぼくは?」
「おまえはフトハン、太っちょハンセンだ」
「ぼくだけ情けないじゃないかよう」
「よく耳の穴をかっぽじいて聴くんだ、太っちょハンセン。おまえは”名前負け”という言葉を知っているか?」
「名前負け? なんとなく」
「いまのおまえに太っちょハンセン以外の名前をつけても名前に負けちまうんだ。わかるな?」
「わかったよ。いつかカッコイイ名前をつけておくれよ」
「承知した」
「きっとだよ」
「きっとだ」
「ほんとのほんとにきっとだよ!」
「ほんとのほんとにきっとだとも! いずれおまえが一人前のイージー・ライダーズになった暁にはふさわしい名前を考えてやる。いいな? わかったな?」

フトハンは渋々うなずいた。

「いい子だ。それとな、おれの馬の名はゴドルフィン・ネロ。キャプテン・アメリカの馬はダーレー・アメリカン」
「馬なんかどこにもいないじゃないか」
「おまえの目ん玉は穴なし50円玉か? それともたまご屋のビー玉か?」
「視力は2.0だよ!左右ともだよ!」
「心を落ち着けてよく聴くんだ。寝ていても水を飲んでも空気を吸っても太る男よ。視力が左右とも2.0だろうと、おまえにはものごとの表面、上っ面しかみえていないんだ。心の目でみてみろ。本質を見極めるんだ。表面、上っ面に惑わされるんじゃない。さすれば、われわれの馬たちが嘶き、後ろ足で立ち上がり、トランシング・ホースとなって宇宙の果てまで駆け出そうとしているのがみえるはずだ」
「ぼくには新聞屋のおんぼろカブが2台とヤンキー・ナンバーのDAXしかみえないよ」
「黙れ! 愚か者!」
太っちょハンセンはいまにも泣き出しそうだった。
「わかったよ。で、ぼくの馬の名前は?」
「ない」
「え?」
「おまえの馬に名前はない」
「えええええ! どうしてぼくの馬だけ名無しなのさ!」
「名無し? 名前がない? 名前はいま決まったぞ! 太っちょハンセン! おまえの馬の名は”名前のない馬”、A Horse With No Name だ!」

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太っちょハンセンは轟音とともにその場に崩れ落ちた。その振動の影響で山下公園のほうからマリンタワーがすっ倒れ、氷川丸が沈没する音がはっきり聴こえた。チャーミング・セール中の元町には災害時緊急コード発令を報せるサイレンが鳴り響き、中華街と横浜文化体育館と馬車道と伊勢佐木町は四つ巴の乱闘を始める始末だった。

横浜駅東口のスカイビルは回転部分に大きな亀裂が入り、以後、二度と回転しなくなってしまった。私は太っちょハンセンはイージー・ライダーズの強力な秘密兵器になることを確信して満足だった。夏の空に入道雲からちぎれたひとかたまりのうす桃色の雲が浮かんでいた。ITはその雲を指差し、山村暮鳥の『雲』を大声でうたいはじめた。

おうい雲よ
ゆうゆうと
馬鹿にのんきそうじゃないか
どこまでゆくんだ
ずっと磐城平の方までゆくんか


かくして、太っちょハンセンのヤマハ・タウンメイト90の名は「名前のない馬」に決まった。ムーン・ライダーズとの「小港橋の決闘」がすぐそこに迫っていた。



AMERICA - A Horse With No Name

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名前のない馬/A Horse With No Name
Written by Dewey Bunnell, 1971


On the first part of the journey
I was looking at all the life
There were plants and birds and rocks and things
There was sand and hills and rings
The first thing I met was a fly with a buzz
And the sky with no clouds
The heat was hot and the ground was dry
But the air was full of sound

旅のはじめに僕は人生のすべてを見渡そうとした。
草花と鳥たちと石ころと宇宙のすべてと砂丘と馬をつなぐ場所があった。
最初に出合ったのはうっとうしい蠅だ。
空には雲ひとつなかった。
熱風が吹きつけ、大地は乾ききっていた。
しかし、僕のまわりには音が満ち満ちていた。

I've been through the desert on a horse with no name
It felt good to be out of the rain
In the desert you can remember your name
'Cause there ain't no one for to give you no pain
La, la ...

僕は名前のない馬に乗って砂漠を渡っていった。
雨に降られずにすむのはごきげんだった。
砂漠では君は自分の名前も思い出せない。
誰もが君を傷つけるからだ。
ラーラーラーララララララララーラ
ラーラーラーララララララララーラ

After two days in the desert sun
My skin began to turn red
After three days in the desert fun
I was looking at a river bed
And the story it told of a river that flowed
Made me sad to think it was dead

2日目、砂漠には太陽が照りつけていた。
僕の肌は赤く焼けはじめていた。
3日目、「砂漠の楽しみ」がみつかった。
僕は川底を見ていた。
「川の物語」を聴くと、死のようで悲しくなった。

You see I've been through the desert on a horse with no name
It felt good to be out of the rain
In the desert you can remember your name
'Cause there ain't no one for to give you no pain
La, la ...

君は名前のない馬に乗って砂漠を渡っていく僕を見る。
雨に降られずにすむのはごきげんだった。
砂漠では君は自分の名前すら思い出せない。
誰もが君を傷つけるからだ。
ラーラーラーララララララララーラ
ラーラーラーララララララララーラ

After nine days I let the horse run free
'Cause the desert had turned to sea
There were plants and birds and rocks and things
there was sand and hills and rings
The ocean is a desert with it's life underground
And a perfect disguise above
Under the cities lies a heart made of ground
But the humans will give no love

9日後、僕は馬を放してやった。
砂漠から海へと抜けたからだ。
そこには植物が生い茂り、鳥が歌い囀り、石ころと宇宙のすべてと砂丘と馬をつなぐ場所があった。
砂漠の海は人生を地底世界に完璧に覆い隠している。
うそとまやかしだらけの都会の地べたの上で「約束の地」を思い描くけれど、誰も愛を与えてくれはしない。

You see I've been through the desert on a horse with no name
It felt good to be out of the rain
In the desert you can remember your name
'Cause there ain't no one for to give you no pain
La, la ...

君は名前のない馬に乗って砂漠を渡っていく僕を見る。
雨に降られずにすむのはごきげんだった。
砂漠では君は自分の名前すら思い出せない。
誰もが君を傷つけるからだ。
ラーラーラーララララララララーラ
ラーラーラーララララララララーラ


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by enzo_morinari | 2013-02-28 09:22 | シンクロニシティ・ストーリーズ | Trackback

スタンドバイミーの男#3 最後のセブンナップ

 
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ハンセンは本牧のPXの前でみつかった。ハンセンはちょうど映画館から出てきたところだった。ポップコーンおばさん特製の溶かしバターがたっぷりかかったペンティ・サイズのポップコーンを貪り食いながら。ハンセンはかなりの肥満児だった。太っちょハンセン。フトハン。それがイージー・ライダーズにおけるハンセンの正式の呼び名となるのは2時間後だ。

「ハンセン! ちょっとこい!」

ハンセンはきょとんとした顔でITを見る。当然だ。見ず知らずの人間に自分の名前とはちがう名前で呼ばれたんだから。

「はやくしろ!このうすのろデブ! 日が暮れちまうじゃねえか!」

ITが怒鳴るとハンセンはポップコーンを撒き散らしながら猛ダッシュでわれわれのところにやってきた。

「あのう、ぼく、ハンセンじゃないよ。人ちがいじゃない?」

ハンセンは息を切らしながら言った。そして、両手を膝につき、頭を低くうなだれる。

「いいや。おまえはきょうからイージー・ライダーズのハンセンだ」
「わけがわからないよ」
「わからなくていい。重要なのは感じる心だ。わかるな?」
「うん。よくわからないけど、とにかく感じる心なんだね、重要なのは。いま見終わった『明日に向かって撃て』の中でもサンダンス・キッドがおなじようなことを言ってたよ」
「そうだろう。おれがサンダンス・キッドの坊やに教えてやったんだからな」
「え!? それ、ほんと?」
「おれはうそとおまわりと算数とリトマス試験紙と先公が大きらいさ」
「でもさ、ぼくはハンセンじゃないんだよ、ほんとに」
「物わかりのわるいやつだな、おまえは。いいか? おまえはいまのいままではハンセンじゃなかった。それはおれも認めよう。しかし、おれに出合った瞬間におまえはハンセンになったんだ。わかるな? そして、これからの人生はイージー・ライダーズのハンセンとして生きていくんだ。自由にワイルドにクールに」
「やっぱりよくわからないけど、なんだかカッコイイな。自由でワイルドでクールなんて」
「だろう? それじゃ、イージー・ライダーズのメンバーになった手始めにバイクを1台かっぱらってきてもらおうかな」
ITが言うとハンセンは飛び上がって驚いた。
「盗むの? 警察につかまっちゃうよ。ブタ箱に入れられるのはいやだよ」
「情けないやつだ。ブタ箱ごときでブルかみやがって」
「そう言われてもいやなものはいやだ」
「自由にワイルドにクールに生きるチャンスを逃すのか? おまえはそれでいいのか? フトハン」
「なに? フトハン?」
「太っちょハンセンだからフトハンだ」
「ひどいなあ。それよりさ、盗まなくたってバイクならうちに何台もあるよ」
「なに!?」
「ぼくんち、新聞屋なんだ。あれ? きみのそのスーパーカブ、朝日新聞のじゃないか」
「そうだ。おれんちも新聞屋だ」
「ぼくんちは毎日新聞だよ!オーケイ。わかった。ちょっと待ってて。すぐに1台持ってくるから」

太っちょハンセンはそう言い残して駆け出した。私とITは太っちょハンセンの丸い背中を見送りながら大笑いした。太っちょハンセンは何度も転びそうになりながら懸命に走り、走りながらときどきポップコーンを食べ、本牧の「フェンスの向こう側のアメリカ通り」に溶かしバターのたっぷりかかったポップコーンを撒き散らした。1970年代初頭におけるもっともファニーかつファンキーな光景だったといまにして思う。

「『明日に向かって撃て』はみたか?」
「うん」
「みたくなったな。フトハンが戻ってきたら三人で一緒にみよう。そのあとはフォートでビリヤードをやろう。イージー・ライダーズ結成のお祝いに」
「いいね」

ITに答えながら、私は初めて『明日に向かって撃て』をみた夏のことを思いだしていた。


『明日に向って撃て!』は小学校5年生の夏休みに横浜本牧のPXの映画館でみた。まだ「フェンスの向こう側のアメリカ」があった頃だ。だだっ広いPXの映画館を出て、私はよく冷えたセヴンナップを飲みながら根岸までひたすら歩いた。そうとでもしなければ『明日に向って撃て!』のラスト・シーン、ボリビア国軍に真っ正面から突っ込んでゆくブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのストップ・モーションから永遠に逃れられないような気がしたからだ。

夏の盛りの太陽は残酷で容赦なく、私の中のなにもかもを焼きつくそうとしているかに思われた。ボリビア国軍に真っ正面から突っ込んでゆくブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのストップ・モーションが繰り返し繰り返しどこまでも青い夏の空の中に大写しで見え、『Raindrops Keep Fallin' on My Head』のリフが頭の中で鳴りつづけた。ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのストップ・モーションが次のストップ・モーションに切りかわるたびに、私は私の手の中で冷たい汗をかき、みるみるぬるくなっていくセブンナップを飲んだ。そのようにして、私は私の『最後のセブンナップ』を飲み終えた。

『明日に向って撃て!』をきっかけに、私はいわゆる「アメリカン・ニューシネマ」にのめり込んだ。これ以後の数年は1980年代後半とならんでもっとも映画をみた時期でもある。B.J. トーマスが歌う主題歌の『雨に濡れても』は私にとっては、私の「されど我らが日々」を象徴する楽曲でもある。いまでもときどき聴くが、そのたびにやさしくなつかしい気持ちになる。二度と取り戻すことのできないものほど甘くせつなくやさしくなつかしい。

ポール・ニューマン。私の「青春」のある部分の象徴だった。2007年の引退会見をみて、「その日」が近いことはわかっていたが、2008年9月26日、いざ実際にポール・ニューマンの死の報せにまみえると、心がざわついた。ポール・ニューマンは私の少年時代と青春時代のど真ん中で、何者にもなりかわりようのない目映い輝きを放って存在しつづけていたからだ。

ポール・ニューマンは私の、だれにも触れさせない、もっともやわらかく、もっとも輝き、もっとも希望に満ちていて、しかもとりとめなく、あてどない部分と確実に繋がっている。それらは宝石と呼ぶにふさわしい。数年後、そのすべてが粉々に砕け散ったとしてもだ。

ポール・ニューマンの出演作品はすべてみているが、中でも取り分けて印象深く忘れがたいのが『明日に向って撃て! Butch Cassidy and the Sundance Kid (1969)』『ハスラー The Hustler (1961)』『スティング The Sting (1973)』の3作品だ。

ポール・ニューマンはその活躍ぶりと知名度にもかかわらず、長くアカデミー主演男優賞には縁がなかった。ノミネートされるもののずっと受賞をのがしつづけた。ポール・ニューマンの社会運動家としての(アカデミー主催者からすれば「影」ともいえる)キャリアが受賞を阻んだのではないかという穿った見方ができなくもないが、そんなことはもはやどうでもいい些末事にすぎない。ポール・ニューマンは死んだのだし、ポール・ニューマンはスクリーンの中で永遠に生きつづけるのだから。しかも、いつまでも若くせつないままに。

明日は久しぶりにセブンナップを飲んでみよう。「最後のセブンナップ」はとうの昔に飲み終えたが、それとはまたステップのちがう別のセブンナップを。いまなら、『明日に向って撃て!』をみてもあのストップ・モーションに搦めとられる心配もあるまい。あの遠い日の夏に私を襲ったストップ・モーションは「最後のセブンナップ」といっしょに飲み干してしまったんだから。


B.J. Thomas - Raindrops Keep Fallin' on My Head

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by enzo_morinari | 2013-02-27 16:35 | シンクロニシティ・ストーリーズ | Trackback

スタンドバイミーの男#2 ワイルドで行こう

 
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イージー・ライダーズ
逗子の森戸海岸の海に真っ逆さまに沈んでゆく夕陽に赤く照らされながら、スタンドバイミーの男、ITは「イージー・ライダーズを結成する」と宣言した。その翌日、ITは盗んだ新聞屋のホンダ・スーパーカブ90に乗ってやってきた。中学1年の夏休み初日の朝だ。

ITは私の家の玄関前で「ダ~リンダ~リン♪」とホンダ・スーパーカブ90のアクセルを吹かしまくった。けたたましい音だった。世界中のお昼寝中の赤ん坊と眠りの森の美女と何年も大いなる眠りについている大鹿マロイが目を覚ますほどの。

窓をあけるとホンダ・スーパーカブ90にまたがるどや顔のITがいた。ITはチョッパー・ハンドルのハーレー・ダビッドソンに乗ったデニス・ホッパーとピーター・フォンダがプリントされた『イージー・ライダー』の黒いTシャツを着ていた。

「その重いケツを持ち上げて、とっとと仕度しろ。そして、ママにお別れのキスをしてこい。おれたちには時間がないんだ」
ITはそう言うとTシャツの左袖に巻き込んだハイライトを取り出して口にくわえた。私はもう何ヶ月も洗濯していないリーヴァイス501を履き、ちょっと酸っぱい匂いのするヘインズのTシャツを着てから、台所で朝めしを作っている母親に声をかけた。
「出かける」
「朝ごはんは?」
「いらない」

私は母親を抱き寄せ、キスし、別れを告げた。そして、家を出た。


「きょうからおれたちはイージー・ライダーズだ」
「いかすぜ」
「おれがビリーで、おまえがキャプテン・アメリカだ。いいな?」
「オーケイ。ハンセンはだれにする?」
「そうだな。だれがいいかな。ルート16をかっとばしながら考えよう」
「うん。それがいい。だけど、おれのキャプテン・アメリカ号がない」
「あるよ」
ITは斜め向かいの外人ハウスの玄関脇に停まっているシルバー・メタリックのホンダDAXを指差した。
「そりゃ、ちょっとやばすぎるだろうよ」
「なんにもやばくない。おれたちは自由だ。自由なイージー・ライダーなんだ。ビバ・アメリカだ。Born To Be Wild だ。ワイルドで行くんだ。おぼえとけ」

このようにしてわれらが「イージー・ライダーズ」は結成され、ひと夏のワイルドでMG5でウッドストックで生涯にわたって忘れえぬ冒険の旅は始まった。まずはハンセン探しからだ。

Steppenwolf - Born To Be Wild
 
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by enzo_morinari | 2013-02-27 05:10 | シンクロニシティ・ストーリーズ | Trackback

スタンドバイミーの男#1

 
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【シンクロニシティ・ストーリーズ#1】


スタンドバイミーの男 /シンクロニシティ1丁目1番地1号住人

夜の帳がシンクロニシティの街をおおいつくし、「戸締まり、火の用心」を呼びかけるシンクロニシティ消防局の防災放送とともに、どこからともなく『STAND BY ME』が聴こえてくるとある男のことを思いだす。仮にITとしておく。ITは私の古い友人であると同時に、孤独と困難と困憊と裏切りにまみれた勝ち目のない戦いをともに戦った戦友でもあった。

ITはなにかというと『STAND BY ME』を派手なパフォーマンス付きで歌う男だった。仲間の母親の葬儀であろうが、吉村家で下卑たギトギトのラーメンをむさぼり喰っているときであろうが、セントラルヴィレッジ・ブリッジのたもとで飲酒検問にひっかかり、鬼瓦のようなご面相の警察官に大目玉をくらっていようが、おかまいなしに「ダ~リンダ~リン♪」である。

ITのスタンドバイミー・パフォーマンスは日時、天候、距離、明暗、形式をわきまえぬ無法ぶりでつとに知れわたっており、われわれの住む街シンクロニシティではITがあらわれると、店のシャッターは音を立てておろされ、厳重に戸締まりをする者どもが続出した。痛快といえば痛快、愉快といえば愉快だが、最大の問題はITがケタはずれの音痴であることだった。私はITの歌声を聴いて、少なくとも7度吐いたことがある。絶交を考えたことは数えきれない。

ITの妻から彼の死の知らせを受けたとき、私はMac Miniを起動し、iTunesを起ち上げてプレイリストの「心さびしいときに聴く音楽」を選択し、ベン・E・キングの『STAND BY ME』をダブルクリックした直後だった。「またシンクロニシティだ」と私は思わずつぶやいた。

ジェームズ・ブラウンの死を知ったときも、私は『SEX MACHINE』を聴きながら、JBの牧師の説教のような歌いっぷりをまねて奇声をあげているさなかだった。『SEX MACHINE』が山場を迎え、私が絶妙の「ゲロッパッ!」をキメたとき、虹子はいぶし銀のごとき遊撃手の正確無比なスローイングのようにピシャリと言い放った。

「JBが死にましたわよ」
まさに絶妙のタイミングだった。
「ジャクソン・ブラウンか?!」
「ジェームズのほうです」

私は『STAND BY ME』をリピート・セットし、虹子フラグが立つ寸前のレベルまでオーディオ装置のヴォリュームを上げた。

スティーヴン・キング原作の映画『STAND BY ME』をみたのははるか大昔だ。あれは私の心が石ころに変貌を遂げてから3度目の夏だったように記憶している。原作の『THE BODY/死体』はスティーヴン・キングらしい「風変わりで奇妙な恐怖」を随所に散りばめた掌編で、映画で描かれたような「青春物語」などではなかったが、私は映画のほうが好きだ。小説と映画という枠組みのちがいを差し引いても、私は映画のほうに軍配を上げる。

映画は青春時代のほろ苦い思い出をせつなく美しく、ときに生々しく描いていて好感がもてた。のちに小説家となるゴーディを演じた少年は好演だったし、ゴーディの親友役のクリスを演じるリヴァー・フェニックスは悲劇の死を迎えることも知らずにすばらしい演技をみせ、いま見なおすとその悲劇的な死ともあいまってせつなくなる。

夏休みが終わり、新学期が始まって、ゴーディ少年は「ひと夏の冒険と恐怖」をともに経験した仲間の一人と街ですれちがい、相手はほかの同級生と楽しそうにしていてゴーディに見向きもしないシーンには胸の奥のほうがかなり痛んだ。おなじような経験が何度もあったからだ。成熟が「喪失」の異名でもあることを知るきっかけとなる映画だった。

スタンドバイミーの男、ITを殺した犯人は幼なじみだ。仮にTHATとしておく。ITの死体はバラバラに切断されたうえに小学校の校門に生首が晒された。その小学校はITと犯人と私の母校でもあった。犯人の男はシンクロニシティ消防局の古株の消防士で、取り調べの際、IT殺害の動機について「積年の怨みを晴らしたまでだ」と反省のそぶりもみせずに供述した。積年の怨み? 酒鬼薔薇聖斗じゃあるまいし。だが、犯人はおそらく酒鬼薔薇聖斗の犯行声明文の文言を真似したにちがいなかった。

犯人の消防士は私もよく知っている男だが、私が生きてきた50年の人生の中でも5本指に入る「いやな奴」だった。金輪際、「自己犠牲」とは縁のない奴。こどもの頃からいかなる状況においても常に安全地帯に身を置き、それが脅かされそうになると躊躇なく仲間を裏切った。

殺されたITはうそとごまかしとまやかしときれいごとが大嫌いな奴だった。嫌いどころから憎んでさえいた。そんなITの口ぐせは「うそくせえ」だった。私がITを戦友と認めておなじ陣営に立ち、ともに隊列を組んだのもITのそんなところに魅かれ、信頼したからだ。

ITはこどもの頃から、ことあるごとに犯人である消防士の男の「うそくささ」をなじった。ITはからだも大きく、腕力もなかなかのものだった。消防士の男は背は高いが痩せぎすで気の弱いやつだった。「積年の怨み」という言い分がまったく根拠がないわけではないようにも思える。殺されるのが私であったとしても不思議はない。ITと私はいつも行動をともにしていたからだ。

私自身が消防士の男を満座の席で糾弾したのも一度や二度ではない。それもぐうの音も出ぬほどに。街で偶然に行き会ったときの消防士の男、THATの暗く陰湿な眼はいま思い返しても虫酸が走る。

話はすこしそれる。
ボブ・ディランはかつて「新しさ」ばかりを盲目的・無自覚に追いつづける人びとに警鐘を鳴らした。

「現代文化をすべて忘れ去って、キーツの詩やメルヴィルの『白鯨』を読み、音楽はウディ・ガスリー、ロバート・ジョンソンを聴くべきだ。現代人はいまだに19世紀すら消化できていないのだ」

この警鐘はもちろんいまも有効である。ディランの鳴らす鐘の音が聴こえない者はよく耳の穴をかっぽじったほうがいい。
ボブ・ディランにかかわることで印象深いのは、ボブ・ゲルドフが提唱した「Band Aid Movement」に触発され、自分たちも負けてはいられないとばかりに厚顔無恥にもそっくりそのままパクり、「アフリカの貧しい人びとを救おう」という大仰御大層な旗印のもと、豪華ご立派な顔ぶれをこれでもかというくらいに呼び集めて行われた『We Are The World』の収録現場におけるボブ・ディランの表情だ。

アメリカ合衆国の五木ひろしことコモドアーズのライオネル・リッチーやショタ公マイケル・ジャクソンや自己啓発セミナーの伝道師ことブルース・スプリングスティーンや三流三下おちゃこちゃ小娘シーラ・Eらが上っ調子に「薄っぺらな善意」をふりまく中、ディランだけはその場のすべてに対して戸惑い、異和を感じ、首を傾げ、距離を保っているように見えた。

あのときのステージで、はにかみ、いやがるディランを無理矢理、最前列中央にひっぱりだした大うつけ者、たわけ者どもは、いまごろ、ふかふかのベッドで惰眠を貪り、脂肪たっぷりのファックな豪華ディナーに舌鼓を打ちながら、「今夜のお相手」の耳元に歯の浮くようなたわ言を囁いているんだろう。ことほどさように世界はうそっぱちと愚鈍と放蕩とに満ちあふれている。考えただけで虫酸が走る。疲れる。

ボブ・ディランの戸惑い、異和は『We Are The World』をカルト宗教のイヴェント、馬鹿騒ぎ、お祭り騒ぎにすぎないと苦々しく思っていた私自身の戸惑いでもあった。当時、さんざっぱら『We Are The World』はすごい、すばらしいを連呼し、アフリカの飢えた子供たちのためにできることをなにかしようと吹聴しまくっていた軽佻浮薄なやつが、数年後、後輩の女房を寝取り、その後輩を自殺にまで追い込むという出来事があった。その軽佻浮薄男こそがIT殺しの犯人、THATだ。


Ben E. King『STAND BY ME』
 
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by enzo_morinari | 2013-02-26 18:13 | シンクロニシティ・ストーリーズ | Trackback

QUO VADIS? われわれはどこから来てどこへ行くのか?

 
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名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実ひとつ
冷めやらぬたちの悪い微熱に困憊辟易しながらおそい午睡から醒めた。窓の外を見ればすでに黄昏どきを過ぎ、夜の帳が降りはじめている。そこここの街の灯りの瞬きが熱をもった目にはすこし眩しい。

虹子はポルコロッソの毛繕いに夢中でこちらには無関心を決め込んでいる。冷水で顔を洗い、たばこを立てつづけに3本吸う。まずい。なにゆえにこれほどまずくてくさいものと訣別できないのであるか? たばこの先端の小さな熾を見ながらしばし考えてみる。考えながら煙りを吸い込み、吐き出す。答えは出ない。答えなど出なくてもいっこうにかまわない。なぜなら鼻から答えを求めていないからだ。答えを求めない者に解答は用意されないものと大方の相場は決まっている。

手持ち無沙汰につけたインターネット・ラジオから聴こえてきたのは鮫島有美子が歌う『椰子の実』だった。豊かで透明感のあるソプラノが心地よく、しばしのあいだ微熱の不快を忘れた。

それにしてもこの微熱のやつめが! もう1年以上もつづいている。いったいどこからきているんだ? まあ、いい。死ぬときは死ぬし、生きるときは生きる。そのことはすでにして十分すぎるほど学んできたじゃないか。いつくたばってもいいようにすべての段取りはつけてある。ぬかりはこれっぽっちもない。残るは当事者がボタンを押すか押さないかを決めるだけのようにしてある。話は簡単だ。よほどの臆病者か愚か者でないかぎり、失敗も敗北もない。それより、『椰子の実』だ。

名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実ひとつ
故郷の岸を離れて汝はそも波に幾月
旧の樹は生いや茂れる枝はなほ影をやなせる
我もまた渚を枕孤身の浮寝の旅ぞ
実をとりて胸にあつれば新なり流離の憂
海の日の沈むを見れば激り落つ異郷の涙
思いやる八重の汐々いずれの日にか国に帰らむ


「文化」としての感受性
なつかしい。琴線に触れる歌のひとつである。島崎藤村作詞、大中寅二作曲。歌が終わり、名残り惜しいので iTunes Store にアクセスして『椰子の実』を何曲か購入した。生憎、鮫島有美子のものはなかった。

「椰子の実」「童謡」「唱歌」をキーワードにスマート・プレイリストを作り、リピート・プレイ設定。以後、繰り返し聴く。聴きながらふと思う。『椰子の実』を欧米人が聴いたとして吾輩と同じ種類の感懐を持つだろうか? 持たないというのが吾輩の出した結論である。彼らは南方の地を資源の調達先、植民の地、リゾート地としてはとらえても、決してみずからの起源の地とは考えないから平然と踏みにじってきた。文化としての感受性の対立点はみずからがよって立つところ、「起源」にこそある。

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『椰子の実』をめぐる物語
『椰子の実』には誕生秘話とでもいうべきものがある。日本民俗学の泰斗柳田國男が若き日の夏、愛知県渥美半島伊良湖岬の恋路ヶ浜に漂着した椰子の実を拾うところからこの物語は始まる。このとき、柳田23歳。柳田は『海上の道』の中で次のように述べている。

舟の出入りにはあまり使はれない四五町ほどの砂浜が東やゝ南に面して開けて居たが、そこには風のやゝ強かつた次の朝などに椰子の実の流れ寄つて居たのを三度まで見たことがある。一度は割れて真白な果肉の露はれ居るもの、他の二つは皮に包まれたもので、どの辺の沖の小島から海に泛んだものかは今でも判らぬが、ともかくも遥かな波路を越えてまだ新らしい姿で斯んな浜辺まで渡つて来て居ることが私には大きな驚きであった。この話を東京に還つて来て島崎藤村君にしたことが私にはよい記念である。

東京帰還後、柳田が友人である島崎藤村に椰子の実の話をすると、藤村は「君、その話を僕にくれたまえよ、誰にも言わずにくれたまえ」と柳田に頼みこむ。柳田自身の感想は『遊海島記』の中に「嵐の次の日に行きしに椰子の実一つ漂ひ寄りたり。打破りて見れば梢を離れて久しからざるにや、白く生々としたるに坐に南の島恋しくなりぬ」とある。柳田がここで言う「南の島」とは個別具体的な場所ではなく、「海の彼方の世界」という幻想を含むものだったろう。椰子の実を契機とした柳田の「南の島」、「海の彼方」への思いは『海南小記』を経て、64年後に『海上の道』として結実する。

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QUO VADIS? われわれはどこから来てどこへ行くのか?
柳田國男が生涯を通して追い求めたのは「日本人はどこから来てどこへ行くのか」ということにつきるが、その出発点は東海の小島の浜辺でみつけた椰子の実であった。名も知らぬ遥か遠き南の島から黒潮に乗って流れ着いた椰子の実とその香りに若き柳田國男はめくるめくような陶酔を感じ、さらには、日本人の原形を読み取ったことだろう。日本人の起源に思いをいたし、また、遥かなる海の彼方の世界に恋い焦がれもしたろう。ここにこそ柳田國男の天才がある。

最晩年、柳田はこのときにえたインスピレーション、モチーフを『海上の道』として結実させる。64年の歳月を経て、柳田國男の感動はようやく実を結んだのだ。『海上の道』出版の翌年、若き日に見た幻、夢を後世に託すようにして柳田國男は世を去った。『海上の道』は柳田國男の遺言とも読める。伊良湖岬恋路ヶ浜に漂着した椰子の実は島崎藤村の『椰子の実』と柳田國男の『海上の道』というふたつの傑出した言霊へと開花した。われわれはこのふたつを羅針盤として、いつでも、どこへでも漕ぎだすことができる。綴る航海日誌からは芳醇馥郁たる香りが立ちのぼってやまないはずだ。

まだおそくはない。まだまにあう。煌めく海へ、あふれる思いに胸を熱くする航海へ、星屑とのランデブーへ、うつろいゆく宇宙のかけらの旅へ向けて出航する時間はすぐそこに迫っている。
 
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by enzo_morinari | 2013-02-25 22:00 | QUO VADIS? | Trackback

星影のカステラ#1

 
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 吾輩のような都会育ちの囚人にとって、完全と言えばあれほど完全な夜はなかった。

「4日後、レトロスペクティヴ・グレープフルーツ・ムーンがやってきますわよ」と文体エクササイズ中の家政婦のレーモン・クノー気取りの虹子が突然言った。虹子の巨大化した右耳からは『野獣のノクチュルヌ』が絶妙の音量で聴こえてくる。
「うん。いまから待ち遠しいね。思考と象徴の狭間望遠鏡の手入れをしとかないとな。ワイルド・サイドの調整レバの焼き加減がいまいちなんだ」とミュンヒハウゼン男爵気取りの吾輩は答えた。
「はぁ? あなた、鼻持ちですか? あたくしが言ってるのは奥村土牛のレバ塩焼きのことではなくってよ。カステラのことですわよ」
「はぁ? おまえ、前科持ちですか? レトロスペクティヴ・グレープフルーツ・ムーンなんてカスティーリャ、初耳だぞ」
「あら、あなた、お気取りさんですことね。カステラをカスティーリャだなんて。おほほほほほほ」
「それより、おまえさあ、なんで満月のレトロスペクティヴ・グレープフルーツ・ムーンがカスティーリャになっちゃうわけ?」
「あら、それは言ったもんマドレーヌ勝ちなのではないかしら?」

 そして、虹子はなんでもかんでもに「マドレーヌ」をつけはじめた。虹子が賞味期限の切れたコージーコーナーのマドレーヌを食べ、「マドレーヌ現象症候群」に蝕まれていることを知るのは次の満月の夜だった。ナースの茄子玉子杏子と婚外性交真っ盛りであるドクター野本の深夜の往診まであと2時間。

 吾輩と虹子はサン・ラザール駅にほど近いル・バタクラーンの「ティモテル・オペラ・マドレーヌ(Timhotel Opera Madeleine)」という安宿にひと冬をすごしたことがある。その冬は100年ぶりの大寒波がヨーロッパ全土を覆っていて、おまけに、これ見よがしに青い仮面をつけたルー・リード・ラヴィノビッツがオルタナティブ・ヒューミントなパンク・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド世界の王、アノニマス・レボリューションの先駆けたらんとして『魔法と喪失』にマカロン・パリジャンのレイヴン味を初回盤限定の特典付録がわりにつけて叩き売り、どさ回りに血道を上げている頃だった。
 大寒波とポンコツ・ミッテランの石部金吉ぶりの影響で、ヨーロッパ中が煉獄のような恍惚に彩られた「ルルの日々」に明け暮れていた。パリの街の裏びれた通りのあちこちで「足手まといの脚なしフットルース・ドレラ・レギンス」がジャンプ・ダンピング・クィック・ターンを随所に織り交ぜた「死の舞踏」を披露してAVEXのマツウラ・M・上大岡の脳みそくらい軽いプロレタリアートどもの財布からなけなしの小銭をまきあげるのを焼き栗売りと並び、新しいパリ名物としてひと山当てようと目論むフィガロが毎号特集を組んでは炎上マーケティングに精を出していた。まったく馬鹿げた日々があったものだ。子守唄がわりに『Metal Machine Music』を聴かされつづけた赤ん坊どもはいまや家鴨に毛の生えたようなニヒリストとして無限大の幻覚をみる日々を生きている。彼らをみれば「世界の終り」がやってくるのはまちがいないことがわかる。いや、もうすでに「世界の終り」の第一幕は終わり、第二幕が始まっている。救いはソニー・ロリンズ・ベイビー島の人々が青と黒のクセノフォンの巨人の夢を見つづけていることだ。伝説のハートの持ち主、サキソフォン・コロッサスの夢はまだ終わっていない。
 あれ? なぜ吾輩はこんな話をしているんだ? まさか! そのとおり、吾輩もマドレーヌ現象症候群に罹患していたのである。
 星影のカステラを吐くほど食べたい。3/4だけでもいい。若い勝利者の実家である「呪詛の家」特製の星影のカステラを。だが、ことはそう簡単ではないことを知るにはあと42デュラス・ラ・マンのマドレーヌを食べなければならなかった。日東の紙くさく嘘くさいティー・バッグではなく、自由が丘ルピシアの『DARJEELING GRAND CRU』でいれた2000トンの紅茶とともに。
 
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by enzo_morinari | 2013-02-25 05:00 | 星影のカステラ | Trackback

不思議の国にて気が変になる海亀スープもどきで昼食中。

 
           帰宅時間はゲーデルに訊いてくれ。
 
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 エリック・ドルフィー『OUT TO LUNCH!』の「WILL BE BACK」
 
 あるアーティストと話しているうちに「マドレーヌ現象」がはじまってしまった。主たる用件はそのアーティストにエリック・ドルフィーの『OUT TO LUNCH!』のジャケットのコラージュを制作することが可能かどうかを打診するのが目的だったが、周波数とフィーリングが合って、話はいつのまにか「夢の球場」のことや古今亭志ん生のことや「ラデュレ・ビジネス」のことや『不思議の国のアリス』のことや『オズの魔法使い』のことや『銀河ヒッチハイク・ガイド』のことや『宇宙の果てのレストラン』のことや「42の腰つき」のことや「生命、宇宙、そして万物、森羅万象についての究極無窮の答え」のことにまで及び、ついには「宇宙を支配する巨大な意志の力」と『歌う犬どものための弦楽四重奏』の演奏会を108年ぶりに実現しようという地点にまでいってしまった。まことに「マドレーヌ現象」恐るべしである。

 アーティストと話しているあいだ、吾輩は壁の『OUT TO LUNCH!』のジャケットをずっとみていた。そして、発見した。『OUT TO LUNCH!』はワンダーランド、不思議の国に昼めしを喰いに行ったきり帰ってくることができなくなった者のための音楽であるということを。
「OUT TO LUNCH」は「昼食中」という本来の意味のほかに、口語で「気が変になる」という含意がある。そして、『OUT TO LUNCH!』のジャケットにはドアノブの左横に「WILL BE BACK」の文字のある帰宅時間を報せるための時計を模したプレートがかかっている。時計の針は長針短針合わせて7本。7本の時計の針? クロノグラフやらパーペチュアルならともかく。「帰宅時間不明。今が何時なのかもわからない。時間など意味がない。時間はあっちこっちに向かってねじくれている」ということか? 吾輩の発見、見立てはこうだ。

 私は気が変になって、空間も時間もバラバラの世界、「異う世界」に生きている。もうどこにも帰ることはできない。帰れない。

 エリック・ドルフィーは『OUT TO LUNCH!』を録音した4ヶ月後にこの世を去ったが、実はすでにエリック・ドルフィーはとっくの昔に「異う世界」に向けて、虚空に消えていく「音」とともに旅立っていたのだ。いまごろはチェシャー・キャットやキラキラ光る蝙蝠さんやトカゲのビルやキ印帽子屋やドードー鳥や眠りネズミやオールド・マグピーやモック・タートルやフィッシュ・フットマンやフロッグ・フットマンやTwo, Five & Sevenやハートの女王様やハートの王子様やベンジャミン・ディズレーリ・グラッドストーンやエルシー・レイシー・ティリーや口うるさい美術批評家の年寄りアナゴとともに黄金色の昼下がりの「午後のお茶の会」で自由が丘ルピシアの『キャッスルトン FTGFOP1 2012-DJ4』とは似ても似つかぬ紅茶もどきをすすり、ハートの女王がふんぞり返りながら焼いた「逆さま世界のアヴァンギャルド・タルト」を齧り、晩餐には海亀もどきスープに深々とした溜息をつき、眠られぬ夜には同い年の幼なじみ、ジョニー・グリフォン相手に『オマール・ロブスターのカドリユ』でスウィングしながらケニーGのTwo, Five & Seven倍すごいロングブレスの練習をしていることだろう。怠惰と邪悪と強欲と低血糖に抗いながら。風変わりでアヴァンギャルドなウッド・シェディングだが、エリック・ドルフィーらしいと言えば言えないこともない。

 いまや、世界はフェルトの帽子屋のように気が狂った者ばかりになった。吾輩が三月のウサギになるのもじきだろう。ジターバグのワルツような。帰還するのは八方ふさがりのメローなロスト・ワールドの週末、ワニ語の名手ジョージ・ベンソンが永遠の1/2オクターブ走法を教え込んだ稻羽之素菟の背中に乗ってだ。
 
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by enzo_morinari | 2013-02-24 19:53 | あなたと夜と音楽と | Trackback

ホワイト・ノイズ@ブラック・アウト#1

 
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J.S.バッハの『マチュウ・パッション』をフーリエ変換しつつ聴きながら「死の必然」の仕組みを完璧に理解することが第一主題部だ。通底和音はピンク・ノイズ、倍音はホワイト・ノイズ、そして、変奏はブラック・アウト。


2012年の夏の終り。東新橋・電通本社ビル屋上。その日、夏の空は意外にも青く強く澄んでいた。

浜離宮庭園と東京湾の海と夏の青く強く澄んだ空を順番に眺める。金属的な熱を額のあたりに感じて空を見上げるとボーイング 787-8 ドリームライナーが飛翔していた。巨大な熱源だ。

カーボン・ファイバーでできたワイドボディーの美しい機体にしばしみとれたあと、熱源について考えてみる。真剣にだ。暇つぶしでも退屈しのぎでもなく真剣に。ある意味では命がけで。ボーイング 787-8 ドリームライナーの中の乗員と乗客は命がけで高度10000メートル上空を移動しているのだから、それが礼儀というものだ。

「音速」と口に出してみた。「スーパー・ソニック」とも。少しだけくちびるが気持ちよかった。

音速。1225km/h。秒速340.277778メートル。ベリリウム換算縦波12890m/s。それらの冷厳冷徹なリアリティにわずかな妄想を加えることで予想もしなかった眩惑の領域に足を踏み入れることができる。たとえばこんなふうに。

ホワイト・ノイズとブラック・アウトが交錯し鬩ぎあうアルファ・ポイントを目指してまっしぐらに疾走すること。
揺りかごを揺らすうす紫色の手に握られた白と黒のナイフでみずからの頸動脈を平然と一直線に切り裂いた女との再会を夢想すること。


耳を澄ますと明日には幾千億の死にざまをさらす蝉どもが息もできぬほどに鳴き盛っていた。
 
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by enzo_morinari | 2013-02-24 04:16 | Wノイズ、Bノイズ | Trackback

『4分33秒』の厄介ごと

 
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 冬ごとに指先が凍りつき、ぽろりととれてしまう女の子はなぜグレン・グールドとヨー・ヨーマを聴きつづけるのか?

「木枯らしが吹きはじめて本格的な冬がやってくると、わたしの指先は凍りついてしまうの。毎年のことよ。そして、その冬一番の寒さを記録した朝、わたしの指先はぽろりととれてしまうのよ。痛くも痒くもないけど不便は不便ね。春になればまた新しい指先が生えてくるから、冬のあいだ、ちょっとがまんすればいい。だから、あなたに同情なんかこれっぽっちもしてほしくない」

 女の子は少し眉をしかめてから、熟練の外科医が手術を手がけたようにきれいな「指先のない指」を広げてみせた。私は指先のない彼女の手をみても、これっぽっちも同情などしなかった。指先がないくらいのことは、いまどきセブン-イレブンでだって手に入る。だが、もちろん、私はそれを彼女には言わなかった。厄介ごとに巻き込まれるのはもうこりごりだったのだ。ジョン・ケージの『4分33秒』のような厄介ごとには。もう、さんざん厄介ごとやもめごとに巻き込まれてきたんだ。これからはただ静かに生きることができればいい。

「でもね、とれた朝、しばらくはだいじょうぶなんだけど、夜になるとしくしく痛みだすの。だから、わたしはヨー・ヨーマとグレン・グールドを聴きつづけているのよ。わかった?」
「うん。すごくよくわかったよ」

 私は少しもわかっていなかったが、わかったふりをした。そうしないと、彼女はすごく怒るのだ。初対面のときから変わらない。なにしろ、彼女の第一声は「あなた、わたしが誰だか、本当にわかってるの?」で、私が「わかりません」と答えると、「あなたって最低なひとね!」と吐き捨てて、くるりと向きをかえ、早足で歩きはじめたのだ。なんとか彼女に追いつき、なだめるまでに、私は正確に17人のひととぶつかり、そのたびにあやまりつづけた。休日の原宿ラフォーレ前で会う約束をしたことを私は心の底から後悔した。いや、そもそも、私は彼女と会うべきではなかったのだ。頭の真ん中が痺れていくのを感じたとき、彼女のとげとげしい声がした。

「なにがわかったの? 言ってごらんなさいよ」
「きみは冬がくるたびに指先がとれちゃって、それはその冬一番の寒い朝で、痛みは初めのうちはなくて、夜になると痛くなって、痛みをやわらげるためにヨー・ヨーマとグレン・グールドを聴きつづけている。そうだよね?」
「なにが、そうだよね、よ。じゃ、わたしはグレン・グールドのどの演奏を聴いているか、言ってみてよ。ヨー・ヨーマもよ」

 もちろん、私はわからなかった。グレン・グールドがポジションにやたらうるさくて、演奏のとき、椅子に虎の皮を一枚敷いたというエピソードは知っているが、それは彼女に教えてもらったのだ。

「いいこと? これだけはおぼえておいて。わたしはあなたの不誠実なところが大きらいなのよ。それと、ヨー・ヨーマはJ.S.バッハの『無伴奏チェロ組曲』で、グールドは1955年の『ゴルトベルク変奏曲』よ、わたしが聴きつづけるのは。わかった?」

 ヨー・ヨーマの弾くのがハイドンのチェロ協奏曲だろうと、グレン・グールドの弾くのが1981年の『ゴルトベルク変奏曲』だろうと、私はもうどうでもよくなっていた。それらはすべて彼女の事情であり、問題にすぎない。第一、不誠実だとなじられたうえに、大きらいだとまで言われて、これ以上いっしょにいる理由なんかなにひとつないじゃないか。そう思ったが、主導権は完全に彼女が握っていて、異議申し立てをすることはできなかった。

「うん。わかったけど、ぼくときみは30分くらい前にはじめて会ったばかりなんだよ。30分でぼくが不誠実な人間だなんてよくわかったね」
「やっぱり、あなたはなにもわかっていないわね。指先がなくなるとなくなった部分に見えないアンテナが出るのよ。それでいろんなことがわかっちゃうの。わかった?」

 冬ごとに指先が凍りついてぽろりととれてしまい、グレン・グールドとヨー・ヨーマを聴きつづける女の子はそう言ってから正確に4分33秒間舌打ちをした。ひどく長い4分33秒間だった。私は彼女が舌打ちをしている4分33秒間、その場から1秒でも早く逃げだしたいと思いながら逃げだせなかった。彼女が私の腕を強い力でつかんでいたからだ。指先がないにもかかわらず、彼女のつかむ力は驚くほど強くて容赦がなかった。彼女の4分33秒間におよぶ舌打ちが終わるとやっと世界と原宿の街に深い沈黙のようなざわめきが戻った。

「どうなの? わかったの?」

 私は答えるかわりに、手首から先のない自分の両腕をしげしげと眺めたが、アンテナはもちろん、Gショックさえなかった。そのかわり、2006年の冬にシンドラー社製エレベーターのドアに巻き込まれてちぎれた両手が宙空をゆっくり滑空していく光景がありありと浮かんだ。もう、厄介ごとに巻き込まれるのはたくさんだ。
 
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by enzo_morinari | 2013-02-22 23:46 | TOKYO STORIES | Trackback