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シュールストレミングのシュールな夜#2 爆発5秒前。

 
爆発5秒前。

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いまでもときどきシュールストレミングのにおいが鼻先をかすめる。特に恥知らずな輩が近くにいるときと近い将来に恥知らずと遭遇するときだ。シュールストレミングと恥知らずはスーパー・エゴの領域で繋がっているんだろう。シュールストレミングは吾輩にとっては「恥知らず注意報」の役割りを担っているのだとも言える。「幸せを探す」だか「わたしだけ幸せ」だかが口ぐせの重度の「恥知らず病患者」につきまとわれていたときはいつもシュールストレミングの糞のようなにおいが鼻先で踊っていた。

吾輩はなんの変哲もないオイル・サーディンの缶詰にさえ怯えるようになってしまった。マルハのさば味噌煮缶詰にも銚子のちょうした缶詰にもホワイト・アスパラガスの缶詰にもだ。キャンベルやアオハタや明治屋や国分という言葉を聞いたり、文字やロゴマークを目にしただけでぴくりとする。緊張と恐怖で全身のほぼ半分が黒御影石になってしまう。黒曜石のときもある。黒曜石のときは強い痛みがともなうのであまり好きではない。

ある若い友人は言った。「あなたを貫く痛みが、いつか、あなたを導く強さになる」と。そうか。吾輩が感じている「痛み」はいつか「強さ」になるのか。なるほど。安心だ。これで心置きなく「エアネムル」できる。そう言えば、いつかの遠い日の春、年端もいかない吾輩は年端もいかない吾輩に言ったものだ。「俺の弱さは俺の最大の武器だ」と。

年端もいかない吾輩が寄る年波に翻弄される吾輩になってからやっとその言葉の意味がわかった。だが、時すでにおそし。世界はmaki+saegusaの「エアオキル」によってドライヴドライヴと洒落こんで、吾輩の手の届かないところから吾輩にアッカンベーしていた。まったくもって「鶏あわせ」の悪いことだった。

さて、四半世紀近くを経ても吾輩の鼻先をかすめるシュールストレミングの「人類史上最大最強の水爆、AN602/( ゚Д゚)-202ことツァーリ・イワン・イノキ・ボンバイエ級の衝撃」にかかわる「スカンジナビア航空1682便緊急着陸事件」と「器物損壊と営業妨害に対する損害賠償請求事件」について述べる前段階として、「エアオキル」「エアネムル」の発明者としての吾輩の立ち位置、立場を明確にしておこうと思う。このことは「神の座」に向かい合うための欠かすことのできない儀式である。

聳えたつ神の座ををみて「バカなの?」と問う者がもしいるとしたら、吾輩は即座にその者に言う。「黙れ、ヒポ野郎!」と。幻師にしてゲンゲンムシのmaki+saegusaなら波布食堂の神の座を即座に「キセキだ!」と言ってイースター島までひとっ飛びするだろうし、新ワラシベ・システムによって磨きに磨かれた「鶏あわせ」乃至は鶏ちがいをきつく抱きしめて吾輩より伝授された「エアオキル」を駆使してヒポ野郎どもに回復不能なニーチェ爆弾をお見舞いするはずである。問題と関心は次の3点に集約しうる。

1.シュールストレミングはスカンジナビア航空機内で急激な気圧変化により小爆発を起こす。
2.シュールストレミングは修善寺の老舗温泉旅館で急激な温度変化により大爆発を起こす。
3.吾輩は上記2点のいずれもに立ち会った。1では吾輩はエアネムルの真っただ中にあった。

シュールストレミングの戦術兵器としての破壊力は人類史上最凶であり、1961年10月30日にビルカバンバノボリシビリスクで大規模な大気圏内嗅ぐ実験が行なわれた。DNA換算で城島型遺伝子爆弾「オリゴヌクレオチド」の3300倍(mol数変換)、第二次世界大戦中に全世界で使われた総排泄量の百倍強の威力を持つといわれる50メガスメル・バキューム級遺伝子爆弾爆発にともなって発せられた悪臭は10000km離れた場所からも確認でき、その衝撃カメハメハ波は地球を3周回半してフォーリーブスに追いついたと言われている。
 
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by enzo_morinari | 2013-01-31 22:23 | 忘れえぬ喰いもの | Trackback

究極のマティーニと古い友情の終わらせ方

 
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古い戦友の命日。戦友との思い出がぎっしり詰まった酒場に足を運んだ。20年ぶりだ。戦友は探偵で、腕っぷしはめっぽう強いが泣き虫で、酔いどれの誇り高き男で、運に見放されていて、美人に目がないくせに女にはからきし弱く、「いつかゴビ砂漠のど真ん中で究極のマティーニを飲む。そして、死ぬ」が口ぐせで、ネイビーの、ペンシル・ストライプのダブル・ブレステッドのスーツしか着ない男だった。救いは彼が律儀で不器用で無愛想なうえに、うそがへたくそなことだった。
「究極のマティーニを。古い友情を終わらせたいんだ」
「タンカレーでおつくりいたしますか? プードルスもございますが」
「いや。牛喰いで」
ニッカーボッカー・ホテルの名物バーテンダー、マルティーニ・エ・ロッシーニはとても礼儀正しくうなずいた。きれいに霜のついたバカラのカクテル・グラスの名品、「ロング・グッバイ」が目の前に置かれた。ホンジュラス・マホガニーの一枚板のカウンターの上でロング・グッバイが静かに息づいている。彼女が私に別れを告げるころには、私は彼女を何度も何度も抱きしめ、唇を寄せ、5粒ばかりの涙を彼女の中に落としているにちがいない。そして、したたかに酔いどれるのだ。今夜はそんな気分だ。誇りのたぐいはとっくの昔に行方不明なのだし、いまさら酔いどれたところで胸を痛めてくれる愛しい女もいない。かつての愛しい女は「さよなら」のひと言さえ残さずに金持ちの年寄りの愛人になった。それでいい。すこぶるつきのクールさだ。こちらはクールなタフ・ガイなんだ。勝負は互角という寸法である。
それにしても、よりにもよって、「長いさよなら」とはな。「さよならは短い死だ」と言いつづけた探偵は強くもなれず、生きていくための資格を手に入れることさえできないまま本牧の路地裏で冷たい肉の塊になって死んだ。もう20年になる。探偵のことはときどき思いだすが、いつもというわけではない。
友よ、マイ・プライベート・アイズよ。あんたは死に、おれは生きながらえ、偉大な眠りにはとんと御無沙汰だ。不眠はもう10年もつづいている。あんた同様、おれはいまだに強くもなれず、やさしさの意味すらわからないでいる。なんてマイ・フーリッシュ・ハートな人生なんだろうな。笑ってくれ。

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私が遠い日の友との思い出に耽っているさなかに馬鹿笑いしながら若いカップルがやってきた。男はコークハイを注文し(コークハイだって!?)、女はテキーラ・サンライズを注文した。マルティーニ・エ・ロッシーニは眉を一瞬しかめ、ため息をひとつ、小さくついた。
女の顔を見ると虫酸が走った。他人の手帳を盗み見ることにひとかけらの呵責も感じない魂のいやしさのたぐいが顔にあらわれていた。おまけに、使っている香水は濃厚なうえに動物的なにおいで甘ったるかった。第一、明らかに分量が多すぎる。香水のシャワーでも浴びてきたのかとたずねたくなるほどだ。ここは場末の安キャバレーではない。ここは何人もの本物の酒飲み、一流の酔いどれが巣立っていった酒場なんだ。ある種の人々にとっては聖地でさえある。香水女は臆面もなくそれらを蹂躙しようとしている。抑えようのない激しく強い怒りがこみあげてきた。
おまえは店のすべての酒の香りを台無しにする気か? この店にある酒は蒸留という名の試練をくぐり抜け、いくつもの季節を樽の中でやりすごし、ときに天使に分け前を分捕られ、磨きに磨かれてやっと陽の目を見たんだぞ! 女の首根っこをつかまえてそう叱り飛ばしたかったが我慢した。香水女の指は太く短く、金輪際ナイフとフォークを使った食事をともにしたくないタイプの人物だった。いや、ナイフとフォークを使った食事だけではない。女が私の半径50メートル以内にいるだけで確実に食欲を失う。この広い宇宙にはテーブル・マナー以前の輩が確かに存在することを私はこのとき初めて知った。
私の知る世界、生きてきた日々、失った時間や友情や愛をことごとく踏みにじり台無しにするおぞましい力をその若い女は持っていた。めまいさえ感じたとき、マルティーニ・エ・ロッシーニが毅然とした態度で言い放った。
「申し訳ございません。現在、当店はエクストラ・ドライ・タイムでございます。ウルトラ・スーパー・エクストラ・ドライ・マティーニか、少々お時間が早すぎますが、ギムレットなら御用意できます。コークハイは元町の信濃屋さんの真裏に当店よりずっといい、お若い方向けの店がありますから、そちらへどうぞ」
「お若い方向けの店」とマルティーニ・エ・ロッシーニが言ったところで私はあやうく吹き出しそうになった。「お若い方」を「愚か者」と言い換えればジグソー・パズルの完成である。
シュレディンガー・キャットを見つけだすよりむずかしそうなジグソー・パズルの本当の完成はもうすぐだった。マルティーニ・エ・ロッシーニは言葉をいったん引き取った。香水女はショッキング・ピンクのハイヒールの踵を床にせわしなく打ちつけた。苛立っている。ざまあない。ここはおまえたちのような無作法者が来るところではない。マルティーニ・エ・ロッシーニは仕上げにかかった。
「テキーラ・サンライズはカリブ海のニュー・プロビデンス島経由でアカプルコ・ゴールド・コーストに出張中です。滞在先は年端もいかない少年少女をかどわかすことで悪名高いホテル・ザ・ローリング・ストーンズと聞きおよんでおります。したがいまして、どうぞお引き取りください。次にお越しの際はフレグランスは控え目に。清楚で上品な香りのもの、たとえばジャン・パトゥの JOY かオー・デ・ジバンシー、ミス・ディオール、ザ・リリー・オブ・ザ・バレーあたりをお勧めいたします。それとこれは秘密情報ですが、今夜あたりから大声でしゃべったり馬鹿笑いすると島流しになるそうですよ。お気をつけください」
マルティーニ・エ・ロッシーニが言うと、若い男は未練たらしく女々しい舌打ちをし、香水女は手持ちのうちでもっとも悪意と憎悪と愚劣が盛り込まれた笑顔を見せ、さっさとマルティーニ・エ・ロッシーニにさよならを告げた。そう、マルティーニ・エ・ロッシーニが言うとおり、いまこの時間、黄昏と闇の狭間の時刻、世界中のすべての酒場は一日のうちのもっとも聖なる時間、エクストラ・ドライ・タイムを迎えているのだ。聖なる時間を迎えている酒場は無礼無作法なうえに甘ったれた恋愛ごっこにかまける者の相手などできない。無礼無作法なうえに甘ったれた恋愛ごっこにかまける愚か者どもに供するグラスはひとつもないし、注ぐ酒は1滴たりともない。世界はそんなふうにできあがっているのである。

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「お待たせいたしました。当店自慢のウルトラ・スーパー・エクストラ・ドライ・マティーニでございます」
マルティーニ・エ・ロッシーニは言って、ロング・グッバイの横に屈強な牛喰いどもが好む酒、ビーフィーター・ロンドン・ジン47度の扁平な瓶を置いた。鮮紅色の衣装をまとった牛喰いがこちらを睨みつける。
「ありがとう。ある探偵と飲み明かした夜以来だよ。ウルトラ・スーパー・エクストラ・ドライ・マティーニは」
「承知しております。この街は惜しい人を失いました。もう20年になりますね」
「おぼえていてくれたんだね」
「ほかのことは全部忘れてしまいましたがね」
「いい奴は死んだ奴だというのはいまも変わらない」
「まったくそのとおりです。ところで、お客様。警官にさよならをする手段は掃いて捨てるほどもありますが、友情を終わらせる方法はこの世界にはございませんよ」
「わかってるさ」

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マルティーニ・エ・ロッシーニは私の胸のうちを見透かすようにマッキントッシュの古い真空管アンプリファイアーMC275のヴォリュームを少しだけ上げた。1949年10月14日、N.Y.C.ダウンビートのエラ・フィッツジェラルドが『As Time Goes By』を囁くように歌いはじめた。
霧は深く、時はいくらでも好きなだけ過ぎていくが、夜はまだ始まったばかりだ。もちろん、ギムレットにも早くはない。やがて、古い友との友情の日々を思う長い夜がやってくる。急ぐ理由はなにひとつない。時は過ぎゆくままにさせておけばいいし、霧は深いままでいい。酒も傾ける盃もたんまりある。おまけに「究極のマティーニ」を知る伝説のバーテンダーは目の前でグラスを磨いている。これ以上の贅沢は世界への宣戦布告も同然である。50歳。もう敵は作らなくていい年齢だ。
私は2杯目の「究極のマティーニ」を注文した。マルティーニ・エ・ロッシーニはきれいに霜のついたロング・グッバイに静かにビーフィーター・ロンドン・ジンを注ぎながら、「これはわたくしから天国のご友人に」と言ってグラスを私のほうへ滑らせた。マルティーニ・エ・ロッシーニの目からグラスに小さなダイヤモンドがひと粒こぼれ落ちたような気がしたが、それはたぶん、気のせいだ。本物のプロフェッショナルはそんなヘマを犯したりしない。究極のマティーニがかすかにしょっぱかったのも、やはり気のせいにちがいない。長い夜にはいろいろなことがあるものと相場は決まっている。

友よ。マイ・プライベート・アイズよ。今宵、酔いどれの月はグレープフルーツのように丸く、遠い。再会までにいったい何杯の「究極のマティーニ」を飲み干し、いったい何回、酔いどれの月を見上げればいいんだ? 友よ ── 。
 
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by enzo_morinari | 2013-01-31 13:05 | 流儀と遊戯の王国 | Trackback

天使の厨房#1

 
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最高の料理人は恋をしている料理人である。F.=R. de C.


凡庸な料理人はとびきりの恋をし、最高の料理人になった。
料理旅団誕生のはるか昔のこと。その凡庸な料理人は目立たない魚介担当の一人にすぎなかった。古株の肉切り職人や賄い係や前菜調理人にあごで指図され、罵声を浴びせかけられることすらあった。実際、厨房での凡庸な料理人の眼には輝きのひとかけらもなかった。彼になかったのは自信であり、希望であり、愛し愛されることだったろう。

厨房で毎日毎日馬車馬のように魚のウロコを取りのぞき、さばき、切りわけ、調理する。これとて、総料理長が決めたとおりのことを単純になぞっているにすぎない。そこには「創造」のかけらもない。そして、仕事を終えると疲れ果てたからだを引きずってアパルトマンに帰り、薄暗く湿った階段を上り、屋根裏部屋にたどりつくのだ。料理人を待っているのは回転網の中で走りつづける年老いたハムスターとマンサード・ルーフから見える街の灯りだけだ。

「なんて不甲斐ない人生なんだ」

通りひとつ隔てた小さなマルシェで買った安物のブルゴーニュ・ワインを鍋であたためながら料理人は薄汚いしみの浮きでた壁に向かってつぶやく。「まったく。なんてこった。なんて不甲斐ない人生なんだ。老いぼれのハムスターのほうがまだいきいきしてやがる」

凡庸な料理人はマグカップに注いだ生あたたかい赤ワインをひと息で飲みほす。そして、マンサード・ルーフの外に広がる街を見る。いまにも消え入りそうな街の灯りが物憂げにまたたく。通りに目を落とす。ミモザの花束を抱えた娘が通りすぎる。彼女のまわりだけやわらかい光がともっているように見える。

「花売り? こんな時間に?」

凡庸な料理人がそう思うと同時に、彼女のまわりにだけやわらかい光がともった。

「まさか。そんなことがあるはずない。幻に決まってる」

光が強さを増す。光を受け、あたりは確かに明るくなっている。建物の壁、エレーヌ・ジュグラリスとシルヴィ・ギエムが共演する舞台のポスター、そのとなりにはダニエル・ヴィダルのポスター、螺旋階段、ごみ箱、電柱、電柱に貼られたモンサントの農薬の広告、1970年代の古いロードレーサー、フレンチ・ブルュのCITROËN 2CV、クリーム色のPEUGEOT 401 ECLIPSE、モス・グリーンのRENAULT JUVAQUATRE、シルバー・メタリックの1955年式Mercedes-Benz 300SL Gullwing Coupe、ポリッシュ・ブラックのMAYBACH 57S Exelero、そして、トスカーナ・ブルーのBUGATTI VEYRON 16.4。すべてがミモザの娘の発する光に照らされている。

ロードレーサーのフレームはコルナゴだ。クローバーのロゴと COLNAGO の文字がはっきり読みとれるくらいに光は強い。エレーヌ・ジュグラリスとシルヴィ・ギエムはグラン・パ・ド・ドゥとグラン・パ・クラシックを踊りだし、ダニエル・ヴィダルはスポットライトを浴びて『オー・シャンゼリゼ』と『カトリーヌ』を繰り返し歌いはじめる。シルヴィ・ギエムの弓型にしなった足の甲に青く浮き出た静脈さえはっきりとみえる。グラン・ジュテのときの開脚の角度はまちがいなく200度を超えている。

「あの光はいったいどこから?」

料理人の視線は光の正体を探ろうとミモザの娘に釘づけだ。まぶしい。目映い光のただ中でミモザの娘は微かに身震いする。

「啓示だ!」と料理人は叫ぶ。細く筋張った料理人の貧弱な体もミモザの娘とおなじように震えだす。料理人は部屋を飛びでて階段を駆けおり、通りに出る。そして大声でミモザの娘を呼びとめた。

「ねえ、きみ!」

娘はふりかえり、ミモザのような笑顔をみせた。ミモザの娘の輝きは変わらない。料理人はまぶしくて少し眼を細めた。娘は目の前にいるのに光の正体はわからない。

「突然、ごめん」
「いいえ。いいのよ」
「あの、なんといったらいいのか、あしたの昼、ぼくの店でごはんを食べないか?」

凡庸な料理人は彼が働くレストランの名を告げた。

「よろこんで。でも、わたしはあなたのお店で食べるほどお金を持っていないのよ。まともな服もないし」
「もちろん、ぼくのおごりだよ。服はいまきみが着ているのでじゅうぶんだよ。席に着いたらギャルソンにぼくの名前を言えばいい」

ミモザの娘はとても礼儀正しく頭をさげ、通りを歩いていった。凡庸な料理人は彼女の後ろ姿を見送りながら、生まれて初めて心が浮き立つのを感じた。

翌朝。いつもどおり不機嫌そうな総料理長に凡庸な料理人は意を決して言った。

「ムシュ。きょうの昼、ガール・フレンドが来るんです。私に一皿だけ料理を作らせていただけませんか?」
「おれの料理をか? それともおまえの?」
「私の考えた料理をです」
「余分な食材はなにひとつない。あるとすればエイの切れっぱしくらいのもんだ」
「それでじゅうぶんです。あと、春キャベツを少々」
「いいだろう。で、なにを作るんだ?」
「エイひれと春キャベツの蒸し煮シェリー酢バターソース」
「なんだそりゃ?」
「一世一代のラブレターです」

12時きっかりに娘はやってきた。白いシャツと黒のスカート。シンプルそのものだ。飾りけと言えば、唯一、髪にミモザの小枝をさしているだけである。

「かわいいお嬢さんがおまえをご指名だ」と気のいい給仕長が凡庸な料理人に耳打ちをする。凡庸な料理人はうなづく。そして、あらかじめそうすることが決められていたように包丁をふるい、ソースをアレンジし、味見をし、皿に盛りつけた。

料理ができあがると厨房に鮮烈で清々しい香りがあふれた。厨房で忙しく働いていた者たちが手をとめ、凡庸な料理人をみた。ミモザの娘が座る隅のテーブルに凡庸な料理人の「一世一代のラブレター」が怪訝な表情の給仕長によって運ばれるとき、通りすぎるテーブルの客たちは驚きの表情で顔を上げ、去ってゆく皿を見送った。そして、給仕長を呼び、口をそろえて尋ねた。

「いったい、あの料理はなんなんだ?」

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凡庸な料理人の恋心が本当に伝わったのかどうかはわからない。しかし、「エイひれと春キャベツの蒸し煮シェリー酢バターソース」という一皿の料理をきっかけに、凡庸な料理人は「最高の料理人」と呼ばれることとなった。そして、数年後、自分のレストランをもった。テーブル数わずか5席のちいさな店だが、客足が途切れることはない。彼の店、『黄金のエイ亭』に行けばミモザのような笑顔のマダムがいつでもわれわれを迎えてくれる。

陽が落ち、夜がやってきても、『黄金のエイ亭』だけは昼間のように明るい。日を追うごとに明るさを増している。あの光が『黄金のエイ亭』をいつも包んでいるからだ。初めのうちこそ不思議な「光」のことは話題になったが、カミュ・エトランジェー街の最長老ムッシュ・ムルソー・シジフォスの「街が明るくなったんだからいいじゃないか。まぶしくたってだれか死ぬわけではあるまいし、殺人が起こるわけでもない」というひと言で光のことが話題にのぼることはなくなった。それどころか、『黄金のエイ亭』の前を通るたびにだれもが「ごくろうさん」と声をかけるようになった。

声をかけられた光はまんざらでもない様子だ。名前もつけられた。黄金のミモスくん。とてもぎこちないけれど、パントマイムの真似事をするようになった。いまのところはなにもしゃべらないが、しゃべるようになるのも時間の問題だろう。そのとき、黄金のミモスくんがいったいどんなことを話すのか、「オジギソウとフサアカシアの闇の闘争」の真実は語られるのか。おおいに興味をそそられるが、それはまた別のお話である。

(Bon appétit!)
 
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by enzo_morinari | 2013-01-30 17:55 | 天使の厨房 | Trackback

シュールストレミングのシュールな夜#1

 
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 忘れもしない。1990年12月24日、クリスマス・イヴのことだった。泡の祭りでひと山当てた成り上がりどもの集まり。
 食通を自認する地上げ屋のFが言った。
「ものすごいチーズがある。エピキュアという悪魔がね。いま、うちの冷蔵庫に入っている」
 いまは安売り王としてふんぞり返っている風車を巨人と勘ちがいした突撃ロバ男が言った。
「エピキュアなんぞかわいいもんだ。カオリフェより臭い食いものはこの世にない」
 それまで黙って聴いていた画商がここが出番とばかりに言った。
「一週間時間をくれ。そうしたら、おまえさんがたを地獄の底に突き落とすようなものすごいものを喰わしてやる。一週間後はちょうど大晦日だ。 ”そいつ”を囲んでパーティーと洒落込もうじゃないか。どうだ?」
 異議を唱える者はいなかった。吾輩は画商の言う「地獄の底に突き落とすようなものすごいもの」がなにか、おおよその見当はついていたが黙っていた。成り上がりの銭ゲバどもをぎゃふんと言わせるいい機会だと思ったからだ。一本独鈷でもある男たちは決断も話もはやい。宴の場所は修善寺にある老舗の温泉宿と決まった。
「樽。明日の朝一番でストックホルムまで飛んでくれ。いいな?」
「わかりました」
 その画商は吾輩の仕事上の重要なクライアントでもあったので断ることはできない。しかも、彼は「クィック・レスポンス」を信条とする気難しい人物でもあった。かくして、生涯にわたって忘れえぬ「シュールストレミングのシュールな夜」への胡散臭いことこのうえもないカウント・ダウンが始まった。
 

     爆発5秒前。

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 いまでもときどきシュールストレミングのにおいが鼻先をかすめる。特に恥知らずな輩が近くにいるときと近い将来に恥知らずと遭遇するときだ。シュールストレミングと恥知らずはスーパー・エゴの領域で繋がっているんだろう。シュールストレミングは吾輩にとっては「恥知らず注意報」の役割りを担っているのだとも言える。「幸せを探す」だか「わたしだけ幸せ」だかが口ぐせの重度の「恥知らず病患者」につきまとわれていたときはいつもシュールストレミングの糞のようなにおいが鼻先で踊っていた。
 吾輩はなんの変哲もないオイル・サーディンの缶詰にさえ怯えるようになってしまった。マルハのさば味噌煮缶詰にも銚子のちょうした缶詰にもホワイト・アスパラガスの缶詰にもだ。キャンベルやアオハタや明治屋や国分という言葉を聞いたり、文字やロゴマークを目にしただけでぴくりとする。緊張と恐怖で全身のほぼ半分が黒御影石になってしまう。黒曜石のときもある。黒曜石のときは強い痛みがともなうのであまり好きではない。
 ある若い友人は言った。「あなたを貫く痛みが、いつか、あなたを導く強さになる」と。
 そうか。吾輩が感じている「痛み」はいつか「強さ」になるのか。なるほど。安心だ。これで心置きなく「エアネムル」できる。そう言えば、いつかの遠い日の春、年端もいかない吾輩は年端もいかない吾輩に言ったものだ。「俺の弱さは俺の最大の武器だ」と。年端もいかない吾輩が寄る年波に翻弄される吾輩になってからやっとその言葉の意味がわかった。だが、時すでにおそし。世界はmaki+saegusaの「エアオキル」によってドライヴドライヴと洒落こんで、吾輩の手の届かないところから吾輩にアッカンベーしていた。まったくもって「鶏あわせ」の悪いことだった。
 さて、四半世紀近くを経ても吾輩の鼻先をかすめるシュールストレミングの「人類史上最大最強の水爆、AN602/( ゚Д゚)-202ことツァーリ・イワン・イノキ・ボンバイエ級の衝撃」にかかわる「スカンジナビア航空1682便緊急着陸事件」と「器物損壊と営業妨害に対する損害賠償請求事件」について述べる前段階として、「エアオキル」「エアネムル」の発明者としての吾輩の立ち位置、立場を明確にしておこうと思う。このことは「神の座」に向かい合うための欠かすことのできない儀式である。
 聳えたつ神の座ををみて「バカなの?」と問う者がもしいるとしたら、吾輩は即座にその者に言う。「黙れ、ヒポ野郎!」と。幻師にしてゲンゲンムシのmaki+saegusaなら波布食堂の神の座を即座に「キセキだ!」と言ってイースター島までひとっ飛びするだろうし、新ワラシベ・システムによって磨きに磨かれた「鶏あわせ」乃至は鶏ちがいをきつく抱きしめて吾輩より伝授された「エアオキル」を駆使してヒポ野郎どもに回復不能なニーチェ爆弾をお見舞いするはずである。問題と関心は次の3点に集約しうる。

 1.シュールストレミングはスカンジナビア航空機内で急激な気圧変化により小爆発を起こす。
 2.シュールストレミングは修善寺の老舗温泉旅館で急激な温度変化により大爆発を起こす。
 3.吾輩は上記2点のいずれもに立ち会った。1では吾輩はエアネムルの真っただ中にあった。

 シュールストレミングの戦術兵器としての破壊力は人類史上最凶であり、1961年10月30日にビルカバンバノボリシビリスクで大規模な大気圏内嗅ぐ実験が行なわれた。DNA換算で城島型遺伝子爆弾「オリゴヌクレオチド」の3300倍(mol数変換)、第二次世界大戦中に全世界で使われた総排泄量の百倍強の威力を持つといわれる50メガスメル・バキューム級遺伝子爆弾爆発にともなって発せられた悪臭は10000km離れた場所からも確認でき、その衝撃カメハメハ波は地球を3周回半してフォーリーブスに追いついたと言われている。
 
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by enzo_morinari | 2013-01-30 02:00 | 忘れえぬ喰いもの | Trackback

CAFÉ BLEU

 
BLUE MONDAY No.2814, BLUE NOTE 4163, BLUE 7 DAYS

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すでに2813回も月曜日を迎えているというのに、いまだに月曜日は憂鬱だ。たとえ休日、休暇であってもだ。BLUE MONDAY. 憂鬱な月曜日。BLACK MONDAY一歩手前。暗黒の月曜日まであと半歩。日曜の夕方くらいから気分が滅入るのを「サザエさん症候群」というらしいが、吾輩はもっとはやく、土曜日が終わる頃くらいから気分が落ち込みはじめる。「日曜日が終わればいやな月曜日だ」と考えて。特に月曜日になにかの用事用件厄介事がなくてもだ。

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変になりかけた気分を紛らわすためにドアにはエリック・ドルフィーの『OUT TO LUNCH』のジャケットをぶら下げてOFF-LIMITSにし、『7 DAYS』と題したリストの曲をエンドレスでヘビー・ローテーションさせて聴く。気分がよくなるというほどのことはないが、それでも聴きはじめる前よりは幾分かでもましになる。そんなふうにして2814回目の月曜日、BLUE MONDAY No.2814は終りを告げた。1時間でも1分でも1秒でも早く「最後の月曜日」が来てくれればいいと思うが、残念なことに人生のカレンダーに早送り機能はついていない。それに、月曜日とその他の曜日とのあいだには実は大したちがいなどないことを吾輩はとっくに気づいている。野毛山動物園ですごす水曜日のほかは。野毛山動物園の水曜日は得体の知れない昼めしを喰いすぎて気が変になった者にとっては「死ぬには手頃な日」だ。

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【7 DAYS】
7 Days/Craig David
Blue Café/The Style Council
I'll Close My Eyes/Blue Mitchell Quartet
Blue Train/John Coltrane
Kelly Blue/Wynton Kelly
Midnight Blue/Kenny Burrell
MONDAY BLUE/山下達郎
Time will Tell/宇多田ヒカル
Out to Lunch!/Eric Dolphy
The Doo Bop Song/Miles Davis
TUTU/Miles Davis
California Love/2PAC
Shape of My Heart/Sting
The Pirate's Bride/Sting
Ghetto Gospel/2PAC feat. Craig David
Mandjou/Salif Keita
Folon/Salif Keita
Madan/Salif Keita
Autumn in New York/Tal Farlow
Soul Shadows/The Crusaders feat. Bill Withers
Street Life/The Crusaders feat. Randy Crawford
Rise and Fall/Craig David feat. Sting
Time to Party/Craig David




 
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by enzo_morinari | 2013-01-29 05:00 | 2B OR NOT 2B | Trackback

キセキの現場/沖縄県那覇市波布食堂の「肉そば」

 
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 キセキ盛り。だれに気兼ねすることもなくそう呼びたいと思う。その「キセキっぷり」は沖縄の青空のように突き抜けていた。あるいは天までも届くほどに。
「バカ盛り」は日本中、世界中にいくらでもあるが、波布食堂の肉そばまごうかたなき「キセキのしるし」を体現している。よって、キセキ盛り。三日分の野菜と三日分の麺。野菜炒めの巨峰をいくらほじくり返しても麺が現れない。波布食堂の食いものを数えるときは「一座、二座」と数えなければならない。神の座を数えるのとおなじように。聳えたつ神の座をみて「バカなの?」と問う者がもしいるとしたら、吾輩は即座にその者に言う。「黙れ、ヒポ野郎!」と。幻師にしてゲンゲンムシのmaki+saegusaなら波布食堂の神の座を即座に「キセキだ!」と言ってイースター島までひとっ飛びするだろう。新ワラシベ・システムによって磨きに磨かれた「鶏あわせ」をきつく抱きしめながら。

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 波布食堂でめしを喰うということはまちがいなくひとつの「労働」である。しかも、楽しくて心が浮き立っておなかがいっぱいになる労働。「港湾労働者那覇埠頭休憩所」の名に恥じない食いものである。
 食後、埠頭を渡ってくる風に吹かれながら沖縄の青空を眺めれば、また別の「キセキ」に出会える可能性イラヨーホイ級である。
 思いだしたらなぜだか泣けてきた。ティダの光を浴びたい。おふくろ様に会いたい。おふくろ様には会えないので、古謝美佐子と夏川りみの『童神』を順番こに繰り返し聴くことにしよう。そのうち、おふくろ様がティダの光の中にひょっこり現れるかもしれない。
 
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by enzo_morinari | 2013-01-27 17:00 | キセキの現場 | Trackback

TOKYO SHADOW・六本木の呪法と変容


木村拓哉は六本木のGIジョーだった!
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六本木交差点そば、芋洗い坂のマフィア入会受付所
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廃屋と化したかつての名店・支那そば 大八。六本木7丁目、旧防衛庁(現東京ミッドタウン)と外苑東通りを挟んで向かいの路地に風は蕭条と吹いていた。
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六本木の虚実を映すヴィジョン
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「閉店します」六本木探索の休息所・乃木坂 CAFE GRECO
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去る者あれば来る者あり、メルセデス。
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by enzo_morinari | 2013-01-27 03:30 | TOKYO SHADOW | Trackback

TOKYO SHADOW・「残像」としての東京

 
都市は記号に満ちている。R.B.
東京歩行はロマネ・コンティ誕生の秘密を知ることをも可能にする。E.M.M.

土曜は「歩行と貝殻の日」と決めてある。夜明けとともに歩行開始。歩行する貝殻となって吾輩はひたすら歩く。歩き、観察し、計測し、思考し、立ち止まり、また歩き、さらに観察し、計測し、思考する。

本日はお台場・潮風公園から晴海通りを経て、銀座、新橋をやりすごし、虎ノ門、芝公園、六本木、神宮外苑、最後は神宮前のDive to Wine Jingu-Maeでワイン・ヴァン・ヴィーノにダイヴ。そして、吾輩は発見した。東京は残像の都市であることを。

Dive to Wine Jingu-Maeのラ・マン・タナがあたりを窺うような素振りをみせたあと、「石工と地層に関わるロマネ・コンティの秘密」を吾輩にそっと耳打ちした。ロスチャイルドの館とメディチ邸の交差する「青と赤と緑の路地」から、フリーメーソンリーが蠢き、定規とコンパスが打ち鳴らされる音が聴こえてきた。同時に、ヴァチカンの国務長官からの着信を報せるアラームが鳴った。これがその甲号証の1~10だ。

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by enzo_morinari | 2013-01-27 00:00 | TOKYO SHADOW | Trackback

海賊の花嫁

 
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STINGの『The Pirate's Bride』が葬送の調べのかわりに流れる夜ふけの港を、海賊の骸を乗せた幻影の帆船が世界の果てに向けて滑るように遠ざかっていく。漆黒の帆が風を孕み、幻影の帆船は速度を増す。岸壁に一人残された海賊の花嫁は埠頭を渡ってきた風に身を任せている。波の音も風の音もない。あるのは深い沈黙だけだ。

美しいものを見たければ目をつぶれ。
語りつくせぬことについては沈黙せよ。


海賊の言葉が海賊の花嫁をよぎる。海賊の花嫁は海賊に沈黙の祈りを捧げている ── 。

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海賊の命の火がまさに消えようとしていた夜。海賊の名はユリス・ナルダン。海賊の枕元には花嫁衣装に身を包んだ女と年老いたミニチュア・セントバーナードがいる。

「おれが愛した女はおまえだけだ。そのことを死ぬまで忘れるな」

海賊の花嫁は静かにうなずく。黒目がちの瞳から涙がこぼれ落ちる。ミニチュア・セントバーナードの老犬が前脚のあいだに顔をうずめ、悲しげにうなる。

彼女の夢は、彼女の望みは、海賊の花嫁になることだけだった。そのことだけのために海賊の花嫁はときに剣をふりかざし、銃をかまえさえした。「海賊のそばにいられるのなら」と彼女は思いつづけて生きてきた。何年も何年もだ。

人は名もなく生まれ、そして死んでゆく。海賊の花嫁はようやくにして「海賊の花嫁」という名をえた。ユリア・ナルダンという気高い名を。その名の重さは彼女の涙と悲しみと痛みと戦いの総量に比例する。その重さを計測する秤を世界は持たない。

いまでも、世界の果てを目指す者たちが集う港にはさまよえる海賊の魂がやってくる。海賊の花嫁をともなって。

しっ! 静かに! 耳を澄ませ! 祈りを捧げろ!『海賊のうた』と『海賊の花嫁のうた』が聴こえる。彼らの輝ける漆黒の葬列が通りすぎてゆく。そろそろ、われわれも出航する時間だ。

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The Pirate's Bride by Sting

Sometimes in the light at the edge of the world
Is the ghost of a ship with it's black sail furled
And night after night she would stand on the shore
And dream of the love that she knew before

The tide rolls out, the tide rolls in
Without a thought for the ways of men

We set sail for the Spanish Main
To rob the ships of the Queen of Spain
And she would be his pirate's bride
She gave him the pistol and the sword at his side

The tide rolls out, the tide rolls in
Without a care for the ways of men
I'd give three ships of Spanish gold
To see my love again

Full fathom five my true love lies
In a fine wooden casket with gold on his eyes
Where is the glory and where is the pride?
Where is the joy for the pirate's bride?

The tide rolls out, the tide rolls in
Without a care for the ways of men

Here in the light at the edge of the world
He'd wait for a ship with its black sail furled
And day after day he would stand on the shore
And dream of the life that they knew before

The tide rolls out, the tide rolls in
Without a care for the ways of men
I'd give three ships of Spanish gold
To see my love again


 
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by enzo_morinari | 2013-01-25 16:00 | ハートのかたち | Trackback

虹のコヨーテ#2

 
耳のうしろに不思議な力を持つ石を挟む男と青空の月と緑色のターコイズ

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ホピの長老耳のうしろに不思議な力を持つ石を挟む男は赤茶けた岩に座ってしきりにいくつも渦巻き模様のある巨大なグリーン・ターコイズをこすりながら言った。
「おまえがいったい何者なのか、生まれてから今まで何をしてきたのかに興味はない。興味があるのは、おまえがわたしと”炎の中心”に立って尻込みしない男かどうかだけだ」
私は言葉もなかった。長老はつづけた。
「いついかなるときにも質素な身なりをして、何者にも腕をつかませず、自分のための物は持つな。つねに弱き者を助け、貧しき者に分け与える者であれ」
私は涙が止まらなかった。見ると、長老も泣いている。私の視線と長老の視線が音を立ててぶつかり合い、翡翠色の火花を散らした。まわりにいたホピの若者たちがバネ仕掛けのおもちゃのような動きで一斉に跳びのいた。
「おまえの涙はなんの涙だ? だれのために流している涙だ?」
「よろこびの涙です」
「よろこびの涙は自分のための涙だ。これからは一滴たりとも自分のための涙を流してはいけない。そして、自分以外の者のために泣け。いいな?」
「わかりました」

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私のうしろにうずくまって息をひそめていた虹のコヨーテが立ち上がり、長老の座っている赤茶けた岩に駆け上がった。そして、真っ青な空の中心にある月に向かってそれまでに耳にしたこともない美しく強く悲しげな遠吠えをした。長老とホピの人々も虹のコヨーテとおなじように天空の月に向かって声をあげた。カルネギア・ギガンテアとサボテンミソサザイと石をみつめる少女も。そして、私も。

ホカ・ヘイ! ヤタ・ヘイ! アヒェヒェ!
 
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by enzo_morinari | 2013-01-24 18:27 | 虹のコヨーテ | Trackback