カテゴリ:カワウソ・ニザンの「途中の死」( 1 )

密航

 [月の酔いどれ船]で見たグレープフルーツのような月とトム・ウェイツとベルリンの壁

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 1987年冬。深夜の横浜港山下埠頭。私と月を見る男はナホトカ行きの貨物船、Drunk on the Moon号に忍び込んだ。大陸までの密航である。時代錯誤もはなはだしい蛮行であったが、気分はまだ見ぬ大陸を思い、爽快だった。

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 密航2日目。私と月を見る男は船員たちが消えたうせた深夜の甲板でグレープフルーツのような月を眺めながら、食料庫からくすねたスミノフをまわし飲みした。ウォークマンにトム・ウェイツの曲の入ったカセットをいれ、イヤフォンを二人でわけあって聴いた。真冬の、密航した貨物船の、船員たちの寝静まった深夜の甲板の、満月の夜の『Grapefruit Moon』とスミノフはわれわれにしみた。

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 ナホトカに上陸後、徒歩とヒッチハイクでベルリンの壁を目指した。ベルリンの壁のウォール・グラフィティを目撃しにゆく風狂の旅である。その旅は孤独と困難と寒さと大爆笑の旅でもあった。ベルリンの壁の前に立ち、われわれは言葉もなかった。あまたの落書きの中から月を見る男がPINK FLOYD/THE WALLのスプレーペイントを発見した。私と月を見る男の旅はこのとき、成就された。円環はたしかに閉じられた。

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 あれから25年が経つ。友よ。月を見る男よ。いつかまた、山下埠頭からどこかの国の貨物船に忍びこもう。そして、まだ見ぬ我々の祖国、自由放埒な「酔いどれの王国」をめざそう。
 
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by enzo_morinari | 2012-12-22 11:30 | カワウソ・ニザンの「途中の死」 | Trackback