カテゴリ:忘れえぬ喰いもの( 3 )

シュールストレミングのシュールな夜#2 爆発5秒前。

 
爆発5秒前。

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いまでもときどきシュールストレミングのにおいが鼻先をかすめる。特に恥知らずな輩が近くにいるときと近い将来に恥知らずと遭遇するときだ。シュールストレミングと恥知らずはスーパー・エゴの領域で繋がっているんだろう。シュールストレミングは吾輩にとっては「恥知らず注意報」の役割りを担っているのだとも言える。「幸せを探す」だか「わたしだけ幸せ」だかが口ぐせの重度の「恥知らず病患者」につきまとわれていたときはいつもシュールストレミングの糞のようなにおいが鼻先で踊っていた。

吾輩はなんの変哲もないオイル・サーディンの缶詰にさえ怯えるようになってしまった。マルハのさば味噌煮缶詰にも銚子のちょうした缶詰にもホワイト・アスパラガスの缶詰にもだ。キャンベルやアオハタや明治屋や国分という言葉を聞いたり、文字やロゴマークを目にしただけでぴくりとする。緊張と恐怖で全身のほぼ半分が黒御影石になってしまう。黒曜石のときもある。黒曜石のときは強い痛みがともなうのであまり好きではない。

ある若い友人は言った。「あなたを貫く痛みが、いつか、あなたを導く強さになる」と。そうか。吾輩が感じている「痛み」はいつか「強さ」になるのか。なるほど。安心だ。これで心置きなく「エアネムル」できる。そう言えば、いつかの遠い日の春、年端もいかない吾輩は年端もいかない吾輩に言ったものだ。「俺の弱さは俺の最大の武器だ」と。

年端もいかない吾輩が寄る年波に翻弄される吾輩になってからやっとその言葉の意味がわかった。だが、時すでにおそし。世界はmaki+saegusaの「エアオキル」によってドライヴドライヴと洒落こんで、吾輩の手の届かないところから吾輩にアッカンベーしていた。まったくもって「鶏あわせ」の悪いことだった。

さて、四半世紀近くを経ても吾輩の鼻先をかすめるシュールストレミングの「人類史上最大最強の水爆、AN602/( ゚Д゚)-202ことツァーリ・イワン・イノキ・ボンバイエ級の衝撃」にかかわる「スカンジナビア航空1682便緊急着陸事件」と「器物損壊と営業妨害に対する損害賠償請求事件」について述べる前段階として、「エアオキル」「エアネムル」の発明者としての吾輩の立ち位置、立場を明確にしておこうと思う。このことは「神の座」に向かい合うための欠かすことのできない儀式である。

聳えたつ神の座ををみて「バカなの?」と問う者がもしいるとしたら、吾輩は即座にその者に言う。「黙れ、ヒポ野郎!」と。幻師にしてゲンゲンムシのmaki+saegusaなら波布食堂の神の座を即座に「キセキだ!」と言ってイースター島までひとっ飛びするだろうし、新ワラシベ・システムによって磨きに磨かれた「鶏あわせ」乃至は鶏ちがいをきつく抱きしめて吾輩より伝授された「エアオキル」を駆使してヒポ野郎どもに回復不能なニーチェ爆弾をお見舞いするはずである。問題と関心は次の3点に集約しうる。

1.シュールストレミングはスカンジナビア航空機内で急激な気圧変化により小爆発を起こす。
2.シュールストレミングは修善寺の老舗温泉旅館で急激な温度変化により大爆発を起こす。
3.吾輩は上記2点のいずれもに立ち会った。1では吾輩はエアネムルの真っただ中にあった。

シュールストレミングの戦術兵器としての破壊力は人類史上最凶であり、1961年10月30日にビルカバンバノボリシビリスクで大規模な大気圏内嗅ぐ実験が行なわれた。DNA換算で城島型遺伝子爆弾「オリゴヌクレオチド」の3300倍(mol数変換)、第二次世界大戦中に全世界で使われた総排泄量の百倍強の威力を持つといわれる50メガスメル・バキューム級遺伝子爆弾爆発にともなって発せられた悪臭は10000km離れた場所からも確認でき、その衝撃カメハメハ波は地球を3周回半してフォーリーブスに追いついたと言われている。
 
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by enzo_morinari | 2013-01-31 22:23 | 忘れえぬ喰いもの | Trackback

シュールストレミングのシュールな夜#1

 
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 忘れもしない。1990年12月24日、クリスマス・イヴのことだった。泡の祭りでひと山当てた成り上がりどもの集まり。
 食通を自認する地上げ屋のFが言った。
「ものすごいチーズがある。エピキュアという悪魔がね。いま、うちの冷蔵庫に入っている」
 いまは安売り王としてふんぞり返っている風車を巨人と勘ちがいした突撃ロバ男が言った。
「エピキュアなんぞかわいいもんだ。カオリフェより臭い食いものはこの世にない」
 それまで黙って聴いていた画商がここが出番とばかりに言った。
「一週間時間をくれ。そうしたら、おまえさんがたを地獄の底に突き落とすようなものすごいものを喰わしてやる。一週間後はちょうど大晦日だ。 ”そいつ”を囲んでパーティーと洒落込もうじゃないか。どうだ?」
 異議を唱える者はいなかった。吾輩は画商の言う「地獄の底に突き落とすようなものすごいもの」がなにか、おおよその見当はついていたが黙っていた。成り上がりの銭ゲバどもをぎゃふんと言わせるいい機会だと思ったからだ。一本独鈷でもある男たちは決断も話もはやい。宴の場所は修善寺にある老舗の温泉宿と決まった。
「樽。明日の朝一番でストックホルムまで飛んでくれ。いいな?」
「わかりました」
 その画商は吾輩の仕事上の重要なクライアントでもあったので断ることはできない。しかも、彼は「クィック・レスポンス」を信条とする気難しい人物でもあった。かくして、生涯にわたって忘れえぬ「シュールストレミングのシュールな夜」への胡散臭いことこのうえもないカウント・ダウンが始まった。
 

     爆発5秒前。

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 いまでもときどきシュールストレミングのにおいが鼻先をかすめる。特に恥知らずな輩が近くにいるときと近い将来に恥知らずと遭遇するときだ。シュールストレミングと恥知らずはスーパー・エゴの領域で繋がっているんだろう。シュールストレミングは吾輩にとっては「恥知らず注意報」の役割りを担っているのだとも言える。「幸せを探す」だか「わたしだけ幸せ」だかが口ぐせの重度の「恥知らず病患者」につきまとわれていたときはいつもシュールストレミングの糞のようなにおいが鼻先で踊っていた。
 吾輩はなんの変哲もないオイル・サーディンの缶詰にさえ怯えるようになってしまった。マルハのさば味噌煮缶詰にも銚子のちょうした缶詰にもホワイト・アスパラガスの缶詰にもだ。キャンベルやアオハタや明治屋や国分という言葉を聞いたり、文字やロゴマークを目にしただけでぴくりとする。緊張と恐怖で全身のほぼ半分が黒御影石になってしまう。黒曜石のときもある。黒曜石のときは強い痛みがともなうのであまり好きではない。
 ある若い友人は言った。「あなたを貫く痛みが、いつか、あなたを導く強さになる」と。
 そうか。吾輩が感じている「痛み」はいつか「強さ」になるのか。なるほど。安心だ。これで心置きなく「エアネムル」できる。そう言えば、いつかの遠い日の春、年端もいかない吾輩は年端もいかない吾輩に言ったものだ。「俺の弱さは俺の最大の武器だ」と。年端もいかない吾輩が寄る年波に翻弄される吾輩になってからやっとその言葉の意味がわかった。だが、時すでにおそし。世界はmaki+saegusaの「エアオキル」によってドライヴドライヴと洒落こんで、吾輩の手の届かないところから吾輩にアッカンベーしていた。まったくもって「鶏あわせ」の悪いことだった。
 さて、四半世紀近くを経ても吾輩の鼻先をかすめるシュールストレミングの「人類史上最大最強の水爆、AN602/( ゚Д゚)-202ことツァーリ・イワン・イノキ・ボンバイエ級の衝撃」にかかわる「スカンジナビア航空1682便緊急着陸事件」と「器物損壊と営業妨害に対する損害賠償請求事件」について述べる前段階として、「エアオキル」「エアネムル」の発明者としての吾輩の立ち位置、立場を明確にしておこうと思う。このことは「神の座」に向かい合うための欠かすことのできない儀式である。
 聳えたつ神の座ををみて「バカなの?」と問う者がもしいるとしたら、吾輩は即座にその者に言う。「黙れ、ヒポ野郎!」と。幻師にしてゲンゲンムシのmaki+saegusaなら波布食堂の神の座を即座に「キセキだ!」と言ってイースター島までひとっ飛びするだろうし、新ワラシベ・システムによって磨きに磨かれた「鶏あわせ」乃至は鶏ちがいをきつく抱きしめて吾輩より伝授された「エアオキル」を駆使してヒポ野郎どもに回復不能なニーチェ爆弾をお見舞いするはずである。問題と関心は次の3点に集約しうる。

 1.シュールストレミングはスカンジナビア航空機内で急激な気圧変化により小爆発を起こす。
 2.シュールストレミングは修善寺の老舗温泉旅館で急激な温度変化により大爆発を起こす。
 3.吾輩は上記2点のいずれもに立ち会った。1では吾輩はエアネムルの真っただ中にあった。

 シュールストレミングの戦術兵器としての破壊力は人類史上最凶であり、1961年10月30日にビルカバンバノボリシビリスクで大規模な大気圏内嗅ぐ実験が行なわれた。DNA換算で城島型遺伝子爆弾「オリゴヌクレオチド」の3300倍(mol数変換)、第二次世界大戦中に全世界で使われた総排泄量の百倍強の威力を持つといわれる50メガスメル・バキューム級遺伝子爆弾爆発にともなって発せられた悪臭は10000km離れた場所からも確認でき、その衝撃カメハメハ波は地球を3周回半してフォーリーブスに追いついたと言われている。
 
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by enzo_morinari | 2013-01-30 02:00 | 忘れえぬ喰いもの | Trackback

忘れえぬ食いもの#1 隠し味は一粒のダイヤモンド

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 中学2年の秋。
「塩の、お、むす、び、と、プ、レー、ン、オ、ムレ、ツ、と、冷た、い、だ、い、こ、ん、と、おと、うふ、と、あ、ぶらげ、の、お、み、お、つけ、が、食べ、た、い」
 死の床で母親は息も絶え絶えに言った。片手で持てるくらいに小さくなった母親の小さな言葉は秋の初めの薄闇の中にゆっくりと消えていった。

 私は仲たがいしている隣家に出向き、事情を話し、下げたくもない頭をなんべんも下げ、米と味噌と玉子と煮干しと大根を借り、町外れの豆腐屋まで自転車を飛ばし、豆腐を半丁と一枚10円の油揚げを頼み込んで半分だけ買った。めしを炊き、大根を刻み、油揚げを刻み、豆腐を賽の目に切り、煮干しで出汁を取り、玉子を割り、味噌を裏漉しし、にぎりめしを握った。溢れ出そうになる涙をこらえながらの作業は困難を極めた。口を満足に開けぬほど衰えた母親が食べられる大きさのにぎりめしを握るには私の手は大きすぎた。私は寿司を握る要領で俵型のにぎりめしをひとつだけ握った。炊きたてのめしはひどく熱かったが、その熱さは母親の温もりとも思えた。思いたかった。

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 すっかり支度ができあがり、寿命寸前、最後の唸り声をあげる日立の旧式ポンコツ冷蔵庫から大根と油揚げの味噌汁を取り出した。そして、にぎりめしと玉子1個で焼いたオモチャみたいに小さなオムレツと冷やした大根と油揚げの味噌汁をひびの入った鎌倉彫りの盆にならべ、母親を抱き起こし、少しずつ少しずつ食べさせた。母親が食べることのできた総量は私の掌の一握りにも満たないわずかなものであったが彼女は満足げだった。

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「おいしい。すごくおいしい。ありがとう。ありがとう。ありがとう  
 母親は言い、久しくみせることのなかった輝くような笑顔をみせた。その笑顔は薄闇に浮かぶ椿の花のようだった。翌日、母親は春の陽炎のようにひっそりと息を引き取った。その生は波乱と忍従と孤独と困難と困憊に彩られていたが、安らかな死であることを願った。いまも願う。以来、にぎりめしを握ることも、オムレツを焼くことも、冷たい大根の味噌汁を作ることもない。もちろん、寸分たがわずに再現することはできる。再現することはできるが、あのときの「最後のひと塩」に値する一滴、一粒は再現できない。「最後の晩餐」「ダイヤモンド」はたった一度、たった一粒だからこそ価値がある。
 人は生まれ、生き、喰い、死ぬ。単純きわまりないが、そこには深淵、困難、そして慈味、慈愛がいくつも潜んでいる。つまり、どのような人生であれ、相応の「味わい」が用意されているということだ。人が一生のあいだに食卓に向かう回数は8万回にも及ばぬ。私に残されたのは2万回足らずの食卓だ。残ったすべての食を「一期一会」「最後の晩餐」と覚悟を決めて喰らおうと思う。もちろん、最高の隠し味は空腹、そして、予告なくこぼれ落ちる一粒のダイヤモンドである。
 
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by enzo_morinari | 2012-12-17 18:30 | 忘れえぬ喰いもの | Trackback