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ハーチェクの白い城/ハシシの死 ── チェコ語の音韻論をめぐるCzechとXechの終りなき闘争

 
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人々はハーチェクの白い城を「ハシシ」と呼ぶ。ハーチェクの白い城は純白のスクレ・シュクレに覆われている。ハーチェクの白い城を訪れる者を待ち受けているのは甘く馨しく狂おしい死、「ハシシの死」である。

ギリシャ危機のどさくさにまぎれてチェコ系フランス野郎のジャン=ディアクリティク・キャロンがコンコルド広場に「ハーチェクの白い城」の建設を主張しだしてからというもの、世界の天井はますます混乱の様相を呈している。

ジャン=ディアクリティク・キャロンほどの唐変木にはこれまで会ったことがない。吾輩もかなりの変人奇人と言われてきたが、ジャン=ディアクリティク・キャロンほどではない。なにしろ、セーヌ川を堰止めてプールとし、喘息患者に開放しろというのだ。バトー・ムーシュはどうするんだ? 年間800万人もやってくる外国人観光客がバスティーユで暴動を起こすぞ!

ジャン=ディアクリティク・キャロンの姪の古木キャロンもまたジャン=ディアクリティク・キャロンに負けず劣らず厄介な人物である。平気で前言を撤回する。これっぽっちの反省もなくだ。悪びれたようすもない。本当にどうかしている。古木キャロンのせいで街が一夜にして廃墟になったことさえある。ジャン=ディアクリティク・キャロンと古木キャロンのおかげで世界は7パーセントくらい手に負えない問題が増えた。

そもそもサーカムフレックス制の導入が取りざたされるようになってから世界の天井はおかしなことになってきた。コンマビロー味やらブレーヴェ団やらオゴネク派やらセディーユ一家やらウムラウト族やらの怪しげな連中がシャンゼリゼ大通りといわずセーヌ左岸といわずわが物顔でのさばりだしたのも、元はと言えばサーカムフレックス制によってすべての山場が平均化・平準化されたからだ。

平均化・平準化、均一・均質くらいつまらないものはない。害悪でさえある。近代以降の世界に生きるということは均一・均質を否応なく受け入れなければならない運命を背負っている。均一・均質のメリットは「未来」が予想しやすくなる点にあるのだが、そんなものは世界をつまらなくするだけだ。

九州の田舎者の若僧が「なう」と言いだして以後、なんでもかんでもに「なう」をつける馬鹿者が大発生した。いい齢をした爺さん婆さんまでもが「〜なう」と恥ずかしげもなくほざくのをみるにつけ、マリアナ海溝の最深部にまで届くほどのため息がでる吾輩である。そして、サーカムフレックス制とサーカムフレックス制がもたらす世界の平均化・平準化に目をつけたのがほかならぬジャン=ディアクリティク・キャロンであった。「これはとてつもない富を生む!」とジャン=ディアクリティク・キャロンは膝を7万回も叩いた。ドナウ川の大洪水の原因はジャン=ディアクリティク・キャロンの7万回膝たたきであることをEUの理事会はなぜ糾弾しないのだ?

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by enzo_morinari | 2012-11-03 06:00 | ハーチェクの白い城 | Trackback