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天国にアローハ! ── 陽は昇り、陽は沈み、陽はまた昇る。HAPA『NAMAHANA』

 
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人は生まれ、生き、死ぬ。人は愛し、別れ、それでもまた愛す。そして、陽は昇り、陽は沈み、陽はまた昇る。E-M-M


15年前。1999年夏の盛りの昼下がり。古い友人から1枚のCDが届いた。包みをあけるとカードが添えてあった。

Music of Heaven. ALOHA!/天国の音楽。アローハ!

なつかしい友人の陽気でひとなつこい笑顔が眼に浮かんだ。「HAPA/Namahana/Contemporary Hawaiian Music」とジャケットにあった。HAPA. 知らないミュージシャンだった。ジャケットの写真は美しい南国の花。さっそく、CDプレイヤーにセットし、オーディオ装置が暖まるのを待った。待っているあいだに、「HAPA」「Namahana」をキーワードにして検索したが、きわめて少ない情報しかえられなかった。インターネット黎明期、旧石器時代の出来事だ。

HAPAはオアフ出身のケリイ・ホオマル・カネアリイ (Kelii Homalu Kanealii)とニュージャージー出身のバリー・フラナガン(Barry Flanagan)のハワイアン・コンテンポラリーデュオである。ハワイアンとアメリカ本国出身者が半分ずつという意味と、二人の音楽性を半分ずつ足してできあがった音楽という意味をこめて、HAPA(半分)。いい名前だと思った。

デビューは1992年。1994年にハワイのグラミー賞といわれるナ・ホク・ハノハノ賞を受賞している。なお、『Namahana』はHAPAのラストアルバムで、アルバム完成後にHAPAは解散している。

「ALOHA」というハワイ語(ポリネシア語)には五つの意味がこめられている。すなわち、A(Akahai/やさしさと思いやり)、L(Lokahi/調和と融合)、O(Oluolu/よろこびをもって柔和に)、H(Haahaa/ひたすら謙虚に)、A(Ahonui/忍耐と我慢)である。ALOHAは吾輩の自戒の言葉でもある。

HAPAを知った1999年の夏から15年が経つ。そのあいだに、吾輩にも古い友人にも実に色々のことがあった。当然だ。15年という時間の経過は生まれた子供が中学生になり、区役所の新人の戸籍係、窓口担当が係長補佐くらいになる歳月である。新米の戸籍係だった若者は住民すべての誕生日と納税状況の詳細を把握しているかもしれない。色々のことのないほうがどうかしてる。

さて、アンプリファイアーがいい塩梅にあたたまってきたようだ。PLAYボタンを押す。一瞬の静寂、沈黙。透明感と温もりのある美しい声。衒いも気負いもないシンプルで豊かなギターの響きと音色。ALOHAそのもの。人間の営みをまるごと包み込むような深さと広さと豊かさの音楽。5曲目。『Pau 'Ole Ka 'I'ini』で目蓋が強く押される。しょっぱいものがこぼれかける。

泣くところか?
泣いていいのか?


「いいんだ。泣きたいときは泣きたいだけ泣けばいいんだ」という古い友人の言葉が、その人なつこい笑顔とともによみがえる。HAPAを吾輩に教え、『NAMAHANA』という天上天国の音楽を聴かせた古い友人はこの春の初めに死んだ。吾輩にとっては、惜しまれ、早すぎ、世界の一部が失われたような死だった。しかし、それはHAPAの音楽のように静かでおだやかであたたかい死でもあった。


夏までは生きたいね。思う存分波乗りをしたあと、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイドでよく冷えたビールを飲みながら、HAPAの『Pau 'Ole Ka 'I'ini』を聴きたいんだ。そして、これまで我慢してきた一生分の涙を流したい。


死の2週間前、横浜市大病院の奇妙に白いベッドの上で、見るに忍びないほど痩せ細った古い友人は言って笑い、それからすごくさびしそうな顔をした。末期の肝臓がんだった。

古い友人の願いはかなわなかった。かなうはずもなかった。願いがかなうはずもないことを一番知っているのは彼自身だったろう。

願いをかなえられなかった古い友人のかわりに、彼の誕生日である8月26日には、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイドでHAPAを聴こう。HAPAの『Pau 'Ole Ka 'I'ini』を。繰り返し繰り返し。風に吹かれ、波を眺め、そして、古い友人が流せなかった分の涙も流そう。

気持ちのいい風が吹けばいい。いい波が立てばいい。涙が天国で友が飲みほすよく冷えたビールに注がれればいい。友にも『Pau 'Ole Ka 'I'ini』が届けばいい。


HAPA
 
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by enzo_morinari | 2014-08-03 13:19 | 天国にアローハ! | Trackback

天国からカミナリ、天国にアローハ!

 
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IZはひとつ年下だった。IZは1997年6月26日午前0時18分に死んだ。38歳になったばかりだった。春の終りに天上界からやってきたIZは夏の初めに天上界へと帰っていった。

IZが死んだとき、まちがいなく世界は軽くなった。370kgぶん。そして、宇宙の涙の総量が2パーセント減った。吾輩はIZを悼んでチャンティングした。ポリネシアンたちが集まってきて最後は大合唱のようなチャンティングになった。

「そんなふざけた話があってたまるか」と思った。生きていなければならないやつが死に、死んでしまったほうが世界が2パーセントくらいよくなる吾輩のような者が生き残る。まったく世界はふざけた話ばかりで出来あがっているものだと思ったぜ。

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IZよ。おまえがいなくなって世界は確実に2パーセントくらいつまらなくなった。HAPAの『Pau 'Ole Ka 'I'ini』とテレサ・ブライトの『Hula Heaven』がなぐさめてくれた時期もあったけど、所詮、焼け石に水だ。長続きはしない。やっぱり、おまえがいないとな。そんなことは初めからわかりきってはいたんだ。F1にアイルトン・セナが欠かせなかったように、音楽、少なくともハワイアン・ミュージックにはIZが欠かせないんだ。少なくともこのおれの世界においてはな。

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IZよ。世界はますますつまらなくなっていくぜ。地上の楽園なんてとんでもない。そんなものはこの広い宇宙のどこにもありゃしない。地上の楽園があると言う奴やあると信じている奴は救いようのないバカか大うそつきかオニヒトデか野村沙知代か田嶋陽子だ。

地上の楽園なんかとっくに消滅しちまったんだ。地上の楽園があって、そこでは人間も動物も森の樹々たちも仲がよくて、毎日毎日、朝から晩まで笑い転げて暮らしていられたのは、おまえがまだ地上にいたころの話、昔々の大昔、神さまがまだヘソを曲げる前の話だ。

いまここは陰険で冷酷で姑息で臆病で狭量で鈍感で狡いやつばかりがおおきな顔をしてのさばる世界だ。息をするのさえ苦しいぜ。おれだけじゃない。大勢のやつが「息もできない」「居場所がない」って、落下傘も蝙蝠傘もなしでエンパイア・ステート・ビルヂングから飛降りてみずから死を選ぶ始末だ。中にはマリアナ海溝の一番深いところにスクーバ・タンクもレギュレーターもBCDもウェイトもフィンもマスクすらもなしで潜って、最期はスルメイカみたいにぺしゃんこになって死ぬやつもいる。

これもエンパイア・ステート・ビルヂングから落下傘なし蝙蝠傘なしで飛降りたやつらとおなじだよな? なんでこんなことになっちまったんだろうな。おまえはいい時期に逝ったのかもしれないぜ、IZ。

ん? カミナリが鳴ったな。聴いてたんだな、IZ。天国からカミナリとはな。いかにもおまえらしい。え? 「情けねえぞ、兄弟」って? そりゃね、歳も歳だしね。うんうん。そうか。いやなことばかりじゃないって? そうだ。そのとおりだ。

ついこのあいだの明け方、おれもそう思ったよ。いやなことばかりじゃない。いやなやつばかりじゃないってね。うんうん。オーケイ。アローハだよな。おまえの言うとおりだ。Akahai/やさしさと思いやり、Lokahi/調和と融合、Oluolu/よろこびをもって柔和に、Haahaa/ひたすら謙虚に、そして、最後にAhonui/忍耐と我慢だな。

オーケイ。わかった。もうすこしだけがんばってみることにするよ。お? またカミナリだ。うんうん。「そうだ。それがいい。もうすこしだけがんばるんだ、兄弟。アローハ!」ってか? わかったよ、IZ。天国に「アローハ!」のお返しだ。アローハ! 何度でもアローハ! どこにあるのかも、あるのかどうかさえわからない虹の彼方にも、このろくでもない素晴らしき世界にもアローハ! また夜が明けてきた。

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Israel "IZ" Kamakawiwoʻole


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by enzo_morinari | 2012-10-31 05:00 | 天国にアローハ! | Trackback