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The Day of the Funky Avocado Sandwitch

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 目覚めたときからずっと奇妙な空腹感がまとわりついていた。その空腹感はまるで理不尽に1週間も深い井戸の底に閉じ込められたむく毛の老犬の空腹感に似ていた。絶望と孤独と怒りに支配された空腹感だった。起き抜けに冷蔵庫をのぞく。きゅうりとレタスと熟れすぎて黒く変色したアボカドが2個ある。ほかには賞味期限のきれた食パンが2枚。私は歯も磨かず、顔も洗わず、ヘミングウェイ・ツリーに水やりもせず、南側の壁でおどけて舌を出すアインシュタイン先生に挨拶もせず、水槽の虚数魚i=Poisson d'Avril に声をかけることすらしなかった。普段ならありえないことだ。
 賞味期限がきれてかさかさした食パンをトースターで焼き、レタスの葉を2枚怒りと渾身の力をこめて剥ぎ取り、きゅうりを極限までうすくスライスした。そして、アボカドの中心に切れ目を入れ、G.マーラーの『交響曲第5番 嬰ハ短調』の第四楽章アダージェットを口ずさみながらアボカドをまっぷたつに割った。目が覚めたときより気分はずっとよくなっていた。アボカドの果肉をスプーンですくっているあいだも私はアダージェットを口ずさむことをやめなかった。というよりも、アダージェットを口ずさむためにこそアボカドときゅうりとレタスのサンドウィッチを作っているような気さえした。3回目にアダージェットを口ずさんでいるとき、アボカドときゅうりとレタスのサンドウィッチはみごとに完成した。想像以上の出来映えだった。そして、ドアベルが鳴った。真っ黒に変色した巨大なアボカドがドアの前に恥ずかしそうに立っていた。彼の正体は鰐肌男。「やあ」と巨大なアボカドは言った。「やあ」と私も言った。私は巨大なアボカドにリビングのソファに座るように勧めたが、彼はそれを事もなげに断り、無言のままキッチン・テーブルの窓側の椅子に座った。

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「きみの法律顧問として言う。さあ、アボカドときゅうりとレタスのサンドウィッチを食べさせてもらおうか。この100年、ずっと待っていたんだ」
 巨大なアボカドはさらに黒さを増しながらそう言った。まったく傍若無人なやつだと私は思った。だいたい、法律家、弁護士にろくなやつはいないものと相場は決まっている。私たちはキッチン・テーブルを挟んで向い合い、ひと言も口をきかぬままアボカドときゅうりとレタスのサンドウィッチを食べた。時間が100年くらい経過したような気がした。
 食べ終えてから私と巨大なアボカドはストコフスキーとチャーリー・パ-カーとマイルス・デイビスとグレン・グールドとロストロポーヴィチのCDを聴き、アボカドときゅうりとレタスのサンドウィッチの出来具合についていくつか言葉を交わした。私が抱えている法律上の案件のいくつかはきわめて事務的に簡潔に解決することができた。知的所有権に関するいくぶんか厄介な問題の解答を彼はきわめて明瞭にだし、その途端に巨大なアボカドはまっぷたつになると巨大な種をリビングの窓際に吐き出した。
「100年後にまたくる。この種で極上の吾輩の子孫を育てておいてくれたまえ。契約書はのちほど起案のうえ、送付する。いいね?」
「すべては承知した」
 種が抜けて半分くらいに痩せこけた巨大なアボカドはマイケル・ヘッジスの『ザ・ファンキー・アボカド』を口笛で吹きながら帰っていった。私はリビングに横たわる巨大なアボカドの種に見とれながら窓から差し込む夕陽にこれまでにないほどの憎しみをおぼえていた。このようにして、私のアボカドの長い一日は終わり、ついにジャーマン・シェパードがやってきた。


ソス・ド・ヴィは
オー・ド・ヴィへ

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by enzo_morinari | 2012-10-20 15:00 | 赤と緑と青と | Trackback