カテゴリ:ギラン=バレーの朝( 1 )

ギラン=バレーの朝、マーラーが鳴りやまない。

 
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朝、目をさますとギラン=バレー渓谷にいた。あたりには濃く冷たい霧が立ちこめ、世界のすべてが二重に見えた。四肢の動きを奪われ、極北極小の牢獄に囚われているようだった。そして、空から天のマーラーが堕ちてくる。

明け方からマーラーが鳴りやまない。2PACを聴いていてもゴンチチを聴いていてもパット・メセニーを聴いていてもマイルス・デイヴィスを聴いていてもJ.S. バッハを聴いていてもだ。めしを喰っているときもまぐわっているときも雪隠のときも東京ガスの料金明細の葉書を破り捨てているときも。

電話で話しているときはほとほと困った。相手の喋っていることが聴き取れないのだ。小林秀雄は心斎橋通りを歩いているときに突如としてW.A.モーツァルトの交響曲40番第一楽章の冒頭が頭の中に鳴り響いたと書いているが、どうせ小林流の与太話の類いだろうと思って信じていなかった。ところがどっこい、本当に頭の中に音楽が鳴り響くという現象はあるようだ。疾走爆走暴走する吾輩の精神のかなしみがもたらしたものでもあるか。

Tristesse Allante. 疾走するかなしみ。かなしいことなどなにひとつないのにかなしい気分。悲しい気分でジョーク? 十九の春はずいぶんとかなしい気分がつづいていて、ジュークボックスとピンボールマシンに意味もなくカネを注ぎ込み、ついでに「スベテ清算カリニケリ」する淵の際の際まで行ったが坂口安吾の『堕落論』と殿山泰司似の薬局のおやじに掬い上げられた。

鳴りやまないのはG.マーラーの交響曲五番第四楽章『アダージェット』だ。ルキノ・ヴィスコンティ『Morte a Venezia』の劇中曲といえば通りがいいか。印象派絵画あるいはターナーの『海と帆船』のような朦朧としてやわらかな旋律。(ターナーの絵のような? 漱石がそんな比喩をどこかで使っていたな。吾輩もついにそこまで来たか)

『ヴェニスに死す』を観たのは横浜馬車道の東宝会館であったか伊勢佐木町のオデオンであったか。40年も昔のことだ。大きらいな作家のうちの一人であるトーマス・マンの原作だというので計測がてらにみにいった。監督のヴィスコンティも大きらいな映画監督のうちの一人だった。「お高くとまりやがって」というのが吾輩の感想だ。『ヴェニスに死す』を契機としてトーマス・マンもルキノ・ヴィスコンティも大好きになった。両者の中に死に向かう一方通行路を疾走するかなしみを見たからだった。13歳になる秋だった。13歳? 13歳のくそガキにわかるものかね、『ヴェニスに死す』が。わかったかどうかはともかく、吾輩はしかと感じ取った。重要なのは感じるこころだということを。そして、それはまちがっていなかった。感じるこころが一番重要なのだということは。

「死への一方通行」を逆走することはおそらくはだれにもできない。『Morte a Venezia』の主人公であるアッシェンバッハは「死への一方通行」を逆走しようと試みて死んだわけだが、その生きざまの最終楽章は「疾走するかなしみ」に彩られているように感じられたものだ。

交響曲第5番第4楽章『アダージェット』はマーラーが恋人に宛てた音楽によるラブレターである。『Morte a Venezia』では『アダージェット』自体が主演であると言いうるような役割を担っていた。

『Morte a Venezia』をみたハリウッドのあるボンクラ社長は「わが社の次回作のテーマ曲はマーラー君に作らせよう」と真顔で側近に語った。ハリウッド・ピープルのだれもが認める実力者である彼はグスタフ・マーラーがとっくの昔にあの世に逝っていることを知らなかったばかりか、マーラーとワーグナーの区別もつかないようなたわけ者でもあった。この広くてちっぽけな世界にはどうにもこうにも救いがたい愚か者がいるということだ。グロテスクきわまりもない親和欲求と認知欲求に彩られた愚にもつかぬ甘っちょろいたわ言をお題目のように百万言二百万言と繰り返す愚者はラングドシャにまみれて死ぬがいい。

それにしても、マーラーが鳴りやまない。まだ鳴っている。仕方ないので、鳴りやむまでビスコッティでも齧りながら『ヴェニスに死す』をミュートして観ることにしよう。まさかそんな観られ方をするとはヴィスコンティは思いもしなかったろう。マーラーだってそんなような聴かれ方をするとは予想もしなかったろう。期待を裏切るのはこどもの頃から大好きだ。

Mahler - Symphony No. 5 in C sharp minor - IV. Adagietto, Sehr Langsam - Herbert Von Karajan; Berlin P.O.
 
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by enzo_morinari | 2013-04-10 02:30 | ギラン=バレーの朝 | Trackback