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ヘミングウェイ・デイズ【第1日目】

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 熱く深く鋭く静かに穏やかなることを学べ

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 ヘミングウェイは新聞記者として「ゴミのような記事」を書いて生活していた頃、製材所の2階に住んでいた。そして、週に2度町外れのボクシング・ジムに通った。ゴミのような記事を書き、体を鍛え、文学修行に明け暮れる日々。記者として一日の仕事を終えたあと、ボクシング・ジムでサンドバッグにパンチを叩きこむヘミングウェイ。しかし、ヘミングウェイがサンドバッグに叩き込んでいたのはパンチでも拳でもない。言葉だ。揺らぐことのない言葉。時代にも国家にも民族にも左右されないリアルで力のある言葉だ。
『ヘミングウェイ・デイズ』はアーネスト・ミラー・ヘミングウェイの人生の足跡のいくぶんかを千鳥足でたどりつつ、路地があれば入っていき、壁に穴があればのぞき、酒があれば飲み、いい女がいれば抱き、うまそうなものがあれば涎をためて貪り喰い、海や川や湖があれば釣り糸を垂れる日々の記録となるはずだ。慰めも教訓も共感もない。慰めやら教訓やら共感やらは村上春樹にすべて任せてある。

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 釣れない日は人生について考える時間を魚がくれたと思え。E.M.H.
 釣りにまつわるよしなしごとを調べていたら、いい言葉、物語、シーンにいくつも出会った。釣り師は総じて心に傷を持ち、饒舌と寡黙のあいだを往還しているものだが、釣り竿を置き、こと獲物である魚を釣り上げたときの自慢話、釣り上げようと企む獲物についての捕らぬ狸の皮算用的な目論見、さらには取り逃がした獲物の空前絶後な大きさと艱難に関する失敗談(そのほとんどは自己申告であり、客観証拠は微塵もない)になると、たいてい舌は滑らかとなり、唇は軽やかに舞い、口元は豊にして饒となる。帝政ロシア時代の諺には「釣りの話をするときは両手を縛っておけ」というものがあるほどだ。
 さて、わが心の師である伝説の釣り師・開高健大人のずっと昔の随想の中に「一生幸せになりたかったら釣りをおぼえなさい」という中国の古諺についてふれた箇所があったのを思いだしてグーグル検索したところ、味わい深いものがいくつもヒットした。それらは中国、英国の古諺をはじめ、古今東西の含蓄に富んだ箴言等々、釣りにかぎらず、およそ人生に生起する様々なことどもよしなしごとについても言及していて、くすりとさせられたり、考えさせられたり、納得して思わず膝を叩いたりした。以下に、いくぶんかのアレンジを施して記す。

 刹那幸せになりたかったら泣きなさい。一瞬幸せになりたかったら笑いなさい。三十分幸せになりたかったら犬を抱きなさい。一時間幸せになりたかったら酒を飲みなさい。一日幸せになりたかったら床屋に行きなさい。三日間幸せになりたかったら結婚しなさい。一週間幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。三週間幸せになりたかったら良馬を買いなさい。一ヶ月間幸せになりたかったら旅行に行きなさい。半年間幸せになりたかったら恋をしなさい。一年間幸せになりたかったら家を新築しなさい。一生幸せになりたかったら釣りをおぼえなさい。永遠に幸せになりたかったら正直に生きなさい。(古今東西の諺・箴言に基づく)

 というような次第で一瞬か一生か永遠か、いずれにしても幸せになりたい方は「移動祝祭日日和(第42回)」をやりますのでお出かけください。ただし、正直者限定。獲物はいなだと鯖と鯵と鯱と海老でしか釣れない鯛。詳細は後日。それでは、きょうもクール&ホット&シャープ&ディープ&クワイエットなヘミングウェイ・デイズをおすごしくださいませ。老人と海を愛し、武器を捨て、あの鐘を鳴らし、遥かなるキリマンジャロを目指しましょう。合い言葉は「勇気。」です。

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 伝説の釣り師かく語りき/男の時間、女の時間 
 その昔。伝説の釣り師とスコットランド北部を流れる釣聖の川、ダブ河で夜通し釣り糸を垂れた。伝説の釣り師が1週間のあいだにたった1度だけ発した言葉は次の通り。

 女は内に時間を持っている。だから、女は釣り糸を垂れた瞬間、帰ることを考えはじめる。時間は残酷だ。だから、女は月に一度、血を流す。その点、男は暢気きわまりもない。内に時間を持っていないからだ。ない時間を探して男はいつまでも釣り糸を垂れ、いつまでもこどものままでいられるんだ。おれやおまえのようにな。

 アイザック・ウォルトンの『釣魚大全』を枕にアフリカのサバンナで眠り、埠頭を渡る風に吹かれ、巨大なイトウを釣りあげるために1年のあいだモンゴル奥地の清流の瀬に暮らし、釣りあげた巨大イトウを「神とともにあれ!」と叫んでリリースし、厳冬のカナダのユーコン川や秋風の渡良瀬川の川面を凝視し、真夏のアマゾン川でピラルクーと格闘し、極東の小島の磯で蟹とたわむれ、名著『Study to Be Quiet/おだやかなることを学べ』『ダブ河の夜/釣り師は誰も心に傷を持っている』『アメリカ北米大陸釣り紀行/釣って釣って釣り暮らそう』三部作を著し、世界中のありとあらゆる酒とシガリリョスと葉巻とパイプの煙りに親しんできた男とすごした時間を忘れることはない。釣り師は逝き、形見のマストロ・デ・パヤのパイプだけが手元に残った。モンゴル奥地の清流で巨大なイトウを釣り上げ、満面の笑みを浮かべている写真は仕事部屋の壁に額装して飾ってある。伝説の釣り師はいまも年を取らず、少年のままだ。そして、私は永遠のガキ大将を夢みつつ伝説の釣り師を思う。それにしても時間は残酷だ。いくら待ってもいい智慧が出ない。


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by enzo_morinari | 2012-10-13 12:30 | ヘミングウェイ・デイズ | Trackback