カテゴリ:哲の馬 Philosocycle( 2 )

哲の馬とともに海を見ていた狼たちの午後

 
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 朝、起きてすぐに、横浜・根岸森林公園の芝生の斜面で寝ころぼうと思いつく。哲の馬を手早く整備し、空気圧を確かめ、注油する。異常なし。わが思想的完全体に微塵も隙はない。通常、完全さはなにかしらの危うさを孕んでいるものだが、わが哲の馬42号、Philosocycle No.42, CINELLI SPECIAL CORSA は危うさとは無縁である。

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 春の盛りの空気が満ちる街へ繰り出す。そして、一路、横浜を目指す。ケイデンス80/分。頭の中でケッヘル番号216、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第三番の第一楽章が軽やかに鳴る。いい兆候だ。
 疾走する精神。かなしみなどひとかけらさえもない。真に疾走する精神にはかなしみなど無用だ。かなしみなどというものは脆弱さの異名であり、他者に依存する者どものたわ言にすぎない。

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 根岸森林公園までは40kmほどある。日本橋、銀座を経由し、第一京浜をゆけばあとはひたすらペダルを漕ぐだけだ。南の方角から吹いてくる風がやわらかく頬を撫でるとペダリングはいっそう軽やかに強靭になる。
 品川、大井、蒲田をすぎ、多摩川を越えると心なしか春の気配が増す。予想していたより車の数は少なくて、「白刃の切っ先すり抜け走法」抜きで横浜入城。

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 路面状況がすこぶるよい「みなとみらいエリア」を駆け抜け、山下公園で小休止。カモメどもに餌をあたえているひとを眺めているうちに気分はみるみるほどけてくる。

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 山手のエスタブリッシュメントな住宅街を抜け、根岸森林公園に着いたときは風はおさまっていた。根岸競馬場時代の観覧席跡をのぞむ芝生の斜面に寝ころぶ。一番陽当たりのよい場所の桜はすでに散り落ちているが、一本だけとぼけたのがいていままさに盛りを迎えようとしている。

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 ひとしきり春の気配を味わったのち、近くにある『ドルフィン』で昼餐。食後、戯れにソーダ水を注文した。甘ったるいだけのソーダ水を飲みながら10ccほどの感傷にひたろうと思ったのだが、感傷にひたるには春の陽射しがまぶしすぎた。誰のことも思いだしはしなかった。三浦岬は見えなかったし、ソーダ水の中を貨物船が通ったりもしなかった。小さな泡が音もなく弾けたほかは。腹いせに、「ユーミンのうそつき!」とトイレの壁に落書きしてやった。わが「ドルフィン落書き」二度目の「ユーミンのうそつき!」であった。狼たちの思想的飢餓と対峙するまで、42分。

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 海を見ていた午後
 あなたを思い出す この店に来るたび
 坂を上って きょうもひとり来てしまった
 山手のドルフィンは 静かなレストラン
 晴れた午後には 遠く三浦岬も見える

 ソーダ水の中を 貨物船がとおる
 小さな泡も恋のように消えていった

 あのとき目の前で思い切り泣けたら
 今頃二人 ここで 海を見ていたはず
 窓にほほをよせて カモメを追いかける
 そんなあなたが 今も見える テーブルごしに

 紙ナプキンには インクがにじむから
 忘れないでって やっと書いた遠いあの日

 
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by enzo_morinari | 2013-04-16 23:14 | 哲の馬 Philosocycle | Trackback

哲の馬 Philosocycle#1 遥かなるツール・ド・フランス

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 毎年、夏の訪れとともに「旅」から遠く離れてしまった自分に気づく。そして、ツール・ド・フランスが始まる。2012年のツールは6月30日、ベルギーのリエージュにおける個人タイム・トライアルで幕をあけた。プロローグを含めて全21ステージ、3496.9 kmの旅。フランス1周、3496.9 kmを走破した勇者たちは7月22日、パリ・シャンゼリゼに凱旋した。そうだ。まさに凱旋と呼ぶにふさわしい。

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 ツール・ド・フランス、フランス1周の旅。23日間(休息日含む)、全21ステージ、総走行距離3500kmになんなんとする世界最高峰のサイクル・ロードレース。自転車に魅入られし者たちの心をときめかせ、魂を揺さぶらさずにはおかない粘りつくような重みと歴史と巧まざるドラマに彩られた自転車レース。機械仕掛けのごとき正確無比なペダリングとローテーション、さらには究極のエアロ・ダイナミクスをみることができる個人とチームの各タイム・トライアル、超弩級大迫力のゴール前スプリント、身がよじれるような喘ぎと苦痛に満ちたアルプス、ピレネーの山岳ステージ、「農業国フランス」の風に揺れるヒマワリ畑、田園地帯を駆け抜け、レースの展開次第で自在に形を変えるアメーバのようなプロトン、背後にひたひたと迫る大集団に怯えながらも風よけ役を頻繁に交代しながら懸命に逃げる姿が心を打つグルペット、贔屓のチームのジャージやお手製の衣装に身を包んだ沿道の観衆。そして、ディアブロ悪魔おじさん。いずれもツール・ド・フランスを象徴する風景だ。

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 運、不運。駆け引き。思惑。裏切り。嫉妬。苦悩。悲哀。冷淡。冷酷。非情。痛み。祈り。そして、また別の祈り。涙。そして、また別の涙。友愛。信頼。信義。誠実。欲得。利害。孤独。孤高。忍耐。矜持。乾坤。闘志。絶望。そして、歓喜。およそ人生に起こりうるよしなしごとの縮図がツール・ド・フランスにはある。ツール・ド・フランスはわたくしにとって人間の強さや弱さや悲しさやせつなさを教え、垣間見せてくれる数少ないスポーツ・イベントである。

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 ツール・ド・フランス100余年の歴史の中には数々の名場面、名勝負、秘話がある。サイクル・ロードレース史上、最強の男。人食い鬼エディ・メルクスは心臓に先天的な疾患を抱えていたが、そのハンディキャップを克服してツール5勝、ジロ5勝、ヴェルタ1勝、世界戦3勝のほか、アワー・レコード(1時間に走行した距離)の世界記録樹立、クラシック・レース500勝を超える前人未到の勝利をあげた。「20世紀最高のアスリート」の称号はエディ・メルクスにこそふさわしい。怪物エディ・メルクスのかげで涙を飲んだライバルたちの存在もまた、忘れてはなるまい。中でもとりわけて印象深いのはフェリーチェ・ジモンディである。フェリーチェ・ジモンディが流した涙の総量を計測する秤をわたくしはいまだ持たぬ。

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 レイクプラシッド冬季五輪で5冠を達成したパーフェクト・ゴールドメダリストのエリク・ハイデンが、1986年、鳴り物入りでチーム・セブンーイレブンからツールに参戦し、第18ステージ途中、精魂尽き果てた苦しく悲しげな表情をみせて棄権したシーンは、盛りを過ぎて敗れ去る拳闘のチャンピオンのようで、胸が痛んだ。
 5勝クラブの一員であり、現在、ツール・ド・フランス各ステージの表彰式に役員として必ず姿をみせるベルナール・イノーが現役時代に他を寄せつけぬ闘争心と戦略と哲学によって栄冠を手にしたことも深く記憶に刻まれている。1985年のツール・ド・フランス最終盤の第18ステージ。最後の山岳ステージ。ベルナール・イノーが落車による鼻骨骨折と呼吸困難をものともせず、血しぶきを上げ、血を滴らせながら鬼の形相でゴールしたシーンは数あるツールの名場面の中でも、1、2を争うものだ。わたくしは20代で、世界やら人間やらにまだわずかばかりの希望と信頼を抱いていて、イノーの人間的なあまりにも人間的な姿に涙はとどめようがなかった。ブルターニュの穴熊・イノーこそが最後の「人間のにおいのするツール・ド・フランス」のマイヨ・ジョーヌ獲得者だったのかもしれぬ。イノー以後、フランス人のツール・ド・フランス総合優勝者は出ていない。イノー後に登場した太陽王インデュラインもサイボーグ・ウルリッヒもツール・ド・フランス7連覇という前人未到の大記録を癌からの奇跡の復活によって成し遂げた宇宙人ランス・アームストロングでさえ、ツール・ド・フランスが持つ人間の肉体の強さの証明、魂の実験場としての意味合いからすればかすんでしまうように思える。ただし、マルコ・パンターニにかぎっては格別である。

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 昨今のツール・ド・フランスは薬禍問題、ドーピング疑惑が取沙汰されるようになって久しいし、人間性を軽視したチーム戦略への批判もある。しかし、それでも、人間的なあまりに人間的な光景はまちがいなくあり、心揺さぶられる。鎖骨骨折の深手を負いながら無謀の謗りをまぬかれえぬことを承知で乾坤一擲の大逃げを打ち、強い向かい風の中、ついには逃げきってステージ優勝を果たしたタイラー・ハミルトンや、過酷峻烈な最後の山岳ステージで一発逆転を狙い、やはり先頭集団から飛びだして大逃げを打ち、不可能といわれた逆転勝利でマイヨ・ジョーヌをつかんだフロイド・ランディスのことはいまだ記憶に新しい(フロイド・ランディスの総合優勝はドーピング疑惑が発覚し取り消し。マイヨ・ジョーヌも剥奪された)。

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 2012年夏のツール・ド・フランス。初めて客観的に観戦することができた。イノー、レモン、インデュライン、ウルリッヒ、パンターニ、アームストロングは私にとってはスコブル付きのアイドルだったので冷静ではいられなかった。いまや英雄もアイドルもいないツール、ひいてはロードレース界だからこそやっとクールな眼線でみることができた。鉄の馬を駆る勇者たちにあたたかな眼差しを注ぐことができた。
 ツール・ド・フランスは遠い。しかし、遥かなるツールはやっと向こうから近づいてきた。来年の夏の「フランス一周の旅」は全ステージを現場で見る。本稿を書きながらそう決めた。1ヶ月近くはキャンピング・カー暮らしだ。アルプスやピレネーの山岳は無理でも平地ならまだまだいける。おなじコース、距離を走る。そして、2013年のツール・ド・フランスの最終日は我が哲の馬 Philosocycleでパリに凱旋する! これからの1年足らずはすべてその日のために、その日のエトワールの勝利の門とシャンゼリゼ大通りのためにある! アレ・オレ! ベンガ・ベンガ・オレ! アレ・シクリスト! オラ・ビシクレット! ヴィヴァ・チクリスタ! ヴィヴァ・チクリスモ! ヴィヴァ・ペダラー! ALLEZ ORE! Viva Pédaleur de Charme! Olé ORE!

 世界中の名もなき自転車乗りにいつもいい風が吹きますように。ピース&ケイデンス

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 http://www.letour.fr/ Tour de France Official Page

ソス・ド・ヴィは
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by enzo_morinari | 2012-10-09 16:00 | 哲の馬 Philosocycle | Trackback