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ラデュレの塔の秘密 Les Secrets de la Tour LADURÉE

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 あるマドモアゼルへの手紙 Lettre pour TOPAZ
 誠実・友情・潔白を探し求める黄玉さん、初めまして。メッセージをありがとうございます。お問い合わせの「マカロンは色によって味がちがうのか?」の件です。

 答え:ちがいます。

「メレンゲ+砂糖+アーモンド・パウダー」を原料・素材とするという点においてはいかなるヴァリエーションであれ、変わりません。いうなれば「マカロンの基本」ですね。ただし、これは正式なレシピに則った「本物のマカロン」について当てはまることで、単に小麦粉と砂糖を混ぜ合わせて固めて焼きあげたものをも「マカロン」と称して流通させている例がありますので、すべての原料・素材が「メレンゲ+砂糖+アーモンド・パウダー」とはかぎりません。「本物のマカロン」ということで言いますと色のちがいによってそれぞれ味、風味、食感等が異なります。バニラ、チョコレート、ローズ、ピスタチオが人気のテイストですが、梅や抹茶などの和風マカロンも作られています。黒ゴマ味のマカロンもあります。そのあざやかなカラー・ヴァリエーションをたのしむのもマカロンの大きな魅力のひとつですが、自分の好みのフレーバー、テイストをみつけるというのもたのしいでしょうね。日経のランキング記事以来、ラデュレにばかり目がいきがちですが、ラデュレ以外にも独自の路線を打ち出しているメーカーがたくさんあります。こちらも自分の嗜好に合ったものを探すというたのしみ方があるでしょう。


 焼き上げた2枚の生地にさまざまなクリームやジャム、ガナッシュ等を挟みますから、それこそヴァリエーションは無限大です。現に私は焼きたてのマカロンの生地にイチゴやスグリなどのフレッシュ・フルーツを目の前で挟んだものを饗されたことがあります。これはパリ近郊のイル・ド・フランスの農家でのことです。つまり、マカロンという焼き菓子の原型は各家庭で独自に作られていた砂糖菓子であるということですね。家庭ごとにそれぞれ独自の焼き菓子があるというわけです。日本でも家ごとにそれぞれその家独特の調味調整の施された漬け物や味噌汁、カレー、シチューがあるように、マカロン、砂糖菓子、デセール全般にも同様のことが言えると考えればよろしいと思います。

 疑問なのはなぜ「アーモンド・パウダー」を用いることがひとつの神学のように受け継がれているのかということ。いわばマカロンにおける「アーモンド神学」ですね。「資源としてのアーモンド」がなんらかの事情で供給過多乃至は需要減少に陥って市場にダブつき、使い道のひとつとしてそれまでにすでにあった砂糖菓子に使ってみようということになったのか。このあたりははっきりしていません。日本でも米を主原料とした菓子が新潟県で盛んに生産されるようになったのも、食品生産に不可欠である「いい水」が確保しやすいということもさることながら、余剰米の有効利用という側面がありましたが(国と農水省の愚かきわまりもない減反政策とも関連します)、おなじようにマカロンにおける「アーモンド神学」の成立にもアーモンドの供給過多あるは不良在庫への対処が関係したのではないかというのが私の考えです。

 20世紀初頭にパティスリー・ラデュレの何代目かの経営者であるピエール・デフォンテーヌという人物が2枚の生地にいろいろなソース(ジャム、クリーム等々)を挟んだのが現在のマカロン嚆矢となるわけですが(パリ風のマカロン/マカロン・パリジャン Macaron Parisien)、歴史としては日本の平安時代くらいまで遡れることがわかっています。8世紀の後半あたりですね。私たちが現在主に目にし、食べているのはこの「マカロン・パリジャン(パリ風のマカロン)」乃至はそのヴァリエテです。

 マカロンにはマカロン・パリジャンだけでなく、フランス各地にそれぞれその地方独特のマカロンがあります。フランス北部、ロレーヌ地方の小都市ナンシー(ガラス工芸家のエミール・ガレや「ポアンカレ予想」で知られる数学者のアンリ・ポアンカレなどの出身地です)のスール・マカロン、フランス北部地方の都市アミアン(『北の小さなヴェネツィア』と称される水上庭園とアミアン大聖堂が有名です)のマカロン・ダミアン(Macaron d'Amiens)、フランス南西部の小さな町、葡萄とワインの産地としても世界的に知られているサン=テミリオンのマカロン・クラックレ(Macaron Craquelé 「クラックレ」というのはクラッカーみたいなものですね)などがあります。アンリ2世に嫁ぐ際にカテリーナ・デ・メディチ(カトリーヌ・ド・メディシス)が持参したお菓子の中にはイタリアで「アマレッティ」と呼ばれるマカロンが含まれていたそうです。

 マカロン(正式にはマカロン・ムー Macaron Mou といいます)は奥が深いです。マカロンに限らず、食にかかわることはすべて気が遠くなるほどに奥が深い。もっと勉強しておけばよかったと思うことたびたびです。しかも、食のほかにもまだまだありますからね。服飾しかり、音楽・美術しかり、人間しかり、文学・哲学・思想・宗教しかり。ちょっとアレですが「性」に関することどももたいへんに奥が深いです。そしてなによりも最大の謎を秘めているのが宇宙と生命。無限と言ってもいい空間的な広がりをもち、すでにしてその誕生であるビッグバンから135億年ともいわれる永遠の時間の中を運行する宇宙。人間・生命は有限です。135億年の宇宙史からみれば100歳まで生きたとしても瞬きにすらなりません。そのようにもちっぽけな人間が指をパチンと弾いた一瞬に65個の刹那が詰まっているのだと考える。お釈迦様です。仏教典、新旧約聖書、哲学思想書、文学書。書名も著者名も知らない本がまだまだ山ほどあります。私の前に聳えたっています。まだまだ勉強です。まだ間に合うかどうか非常に心もとないんですがさらに加速して学んでいきたいと思う秋の夜長です。

 秋の夜長のせいにして長々とお目汚ししました。これから寒くなりますがどうぞ御自愛なされて「美味しい秋」をお過ごしくださいませ。(ディオゲネスの犬こと樽犬)

 P.S. マカロンを食べたあとはよく歯を磨きましょう。歯は一生のおともだちです。

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 ラデュレの塔の秘密 Les Secrets de la Tour LADURÉE
 この4色4個のラデュレのマカロン・パリジャンとラデュレ・ボーテでいかに「La Tour LADURÉE(ラデュレの塔)」を築いたかはスクレである。断然、スクレである。脅されてもすかされてもバックレる。ジャック・ガルシアとロクサーヌ・ロドリゲスの「倫ならぬ恋」が露見したとしても吾輩はラデュレの塔の秘密を明かさない。ラデュレの塔にファントム・マンが傴僂男とともに潜んでいることも内緒の内緒である。彼らは魂の牢獄に幽閉されし者でもあって、吾輩の要求に対して決してNOとは言わないが、ラデュレの塔のコンシエルジュとしての立場上、コキュ、コルネール、コルネットに甘い顔をみせることはないと心得なければならない。ラデュレの塔はコンシエルジュとコンシェルジュリーの永遠の闘争の場でもある。安易な気持ちで近づけば、諸兄を容赦のない懲罰が待ち受けている。

 ラデュレの塔はもともとカラトラバ十字王でもあった藁すぼ王アントワーヌ・ド・パテック・フィリップ4世によって構想され、14世紀半ば、大甘王ジャンが陣頭指揮を執り完成した。ラデュレの塔の原型はバベルの塔にあるとも言われている。名著『イストワール・ドゥ・ピストリエ』の著者として知られるプリゾニエ・ドゥ・レ=マルクは晩年の日記『甘いもの喰いの甘々人生』の中で次のように述べている。

 そもそも我々甘党一味がアントワーヌ・ド・パテック・フィリップ4世陛下に「ラデュレの塔」建設を御進言奉ったのはノストラダムス・ド・パリ居士によってもたらされる数多の凶事を封じ込めるためであった。遠い異国の島で紙と円陣によって都を魔軍と邪鬼悪鬼どもの禍々しき手から救ったアベック・ノン・セイメイなる奇人から呪法と変容の秘儀を授かったノストラダムス・ド・パリ居士はまことに恐るべき人物であった。げに恐ろしきノストラダムス・ド・パリ居士を封じたのはマカロン・パリジャンの礫が彼をして歯痛の虜となしたからであった。もし、ラデュレの塔なかりせばルテチアの都は見る影もなき惨状を呈していたであろう。まことにラデュレの塔はルテチアの民ばかりかラ・マルセイエーズの漁師、イル・ド・フランスの百姓農民をも邪悪なる魔の手から救ったのである。

 吾輩は元樽犬だが、今はガソリンと石油メジャーの利権のにおいのする貝殻にして呪われた紅豚でもある。
 では、最後にひとつだけヒントを差し上げよう。ラデュレの塔はパリ1区、シテ島西側にある。いかがかな? ラデュレの塔を訪ね、ファントム・マンと傴僂男にスクレ・ラデュレの贈り物と引き換えに「ラデュレの塔の秘密」を知りたいとは思わないかね? かく言う吾輩は元々は「撒き散らされた者」であり、ディセミナシオンである。散種犬である。サンシーブル・ドッグだったことすらある。ついこのあいだまでは樽犬であり、今はガソリンと石油メジャーの利権のにおいのする貝殻であるが、実際のところは呪われた紅豚である。
 呪いだ。すべては「マラーノの呪い」からはじまったのだ。サルデーニャ海とトスカーナ海とアドリア海と空の青さがいくら吾輩の心を洗っても、七里ケ浜駐車場レフト・サイドに吹きつける強い南風が吾輩の心を吹きぬけても、マダム・ジーナが吾輩のパンツをプロクター&ギャンブル・サンホームのありえないほどよく汚れがおちるアリエールV8を使って手洗いしてくれても、吾輩はもはや犬にも人間にももどれない。犬将軍としてクリストファー・ウォー犬の群れを従える笑う戦争の犬になる夢は潰えてしまった。

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「経験」と「認識」をめぐる諸原則。アーモンドの香りは死の香り。
 これらの諸経験によって吾輩はすべての実在を疑うようになった。吾輩は正のベクトルを持つ実体を憎む。あらゆる認識は誤った認識であるとさえ思う。であるからこそ、吾輩は存在と不在と非在の境界で舞踏する。死の舞踏だ。一瞬たりともやむことのないステップ。ダンス・ダンス・ダンス。ひと足ごとに死がやってくる。クロノスの大鎌をかざしながら。しかし、カッコイイというのはそういうことだ。突然死マニアのドナスィヤン・アルフォンス・フランソワ・ド・サドとザッハトルテ好きのレオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホの二人のSサイズMサイズ将軍が縄師と蝋燭師と鞭師と打擲師とラケット・スパンカーの一大旅団を引き連れて迫っている。あと三日もすれば漂泊浮沈のはずの都は徹底的に破壊され、蹂躙され、略奪の嵐が吹き荒れるだろう。もはやそれを止めることはできない。あの者の再臨までは。あの者   。魚のしるしを持つ者の再臨はいつのことになるのだ? 吾輩はラデュレの塔の尖塔部分に手を伸ばし、セクレを吹きかけ、引きちぎり、埃を払ってからゆっくりと口に運んだ。甘くほのかなアーモンド臭がしたあと、扁桃腺のあたりが自分の意思とは無関係に収縮をはじめた。無慈悲なほどの収縮は喉全体に及び、ついには肺が動くことやめた。吸うことも吐くこともできない。そのようにして、待ち望んでいた甘く馨しき死がようやく吾輩に訪れたのである。


ソス・ド・ヴィは
オー・ド・ヴィへ

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by enzo_morinari | 2012-10-08 05:16 | ラデュレの塔の秘密 | Trackback