カテゴリ:コギト麦のエルゴスム・パン( 1 )

コギト麦のエルゴスム・パン#1

 
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 パーネヴィーナ・フロマッジオとのコギト麦のエルゴスム・パンをめぐるブレッド・アンド・チーズな日々の話だ。


 コギト麦のエルゴスム・パンはおいしく焼けるだろうか? コギト麦のエルゴスム・パンを食べるとお腹いっぱいになるだろうか? わからない。当然だ。コギト麦のエルゴスム・パンは、まだひときれも焼き上がってはいないし、食べたこともいないんだから。だが、焼き窯に薪はくべた。元気な小麦と健やかで気のいい酵母を手に入れる手はずも整っている。美しく凛としたクープのあるおいしいコギト麦のエルゴスム・パンが焼き上がればいい。多くの人々をお腹いっぱいにし、ささやかではあってもなにがしかの幸せを感じてもらえることができたらいいのだが。
 ひとはパンのみにても生きる。涙とともに食べたパンは味などしない。できうれば、可能であるなら、愛する者と、気の合う仲間と、ともに「幸せ」のいくぶんかをわかちあい、祝福しあい、笑顔と笑い声と慈しみにあふれた食卓につきたい。そのとき食べるパンとチーズはこのうえもなくおいしいにちがいないし、ワインはたとえ安物のチリのサンタ・カロリーナでも芳醇馥郁として香り、舌を喉を血を肉を魂を悦ばせてくれるはずだ。そうあってほしい。さて、窯に火を入れる時間だ。

 夕暮れどき。店じまいし、売れ残りの麦の穂パンともらいもののプロセッコ・ディ・コルレオーネ・ヴァルドッビアーデとフォンティーナ・ヴァレージ・ダオスタと3粒の丹波栗による早めで質素でわびしい夕食をすませ、フィリップ・ビゴがささやくように歌う『レイモン・カルヴェルの子守唄』を聴きながら42回目のフランチスク・ムンテヤーヌの『ひときれのパン』を読み終えたときだった。スイカズラの花びら型の髪飾りをつけ、藤色のアオザイを着た美しい娘が店に入ってくるなり言った。
「バイン・ミー・シルブ・プレ」
 バイン・ミー? なんだそりゃ? コンバインしろじゃなくて? ボーリング・フォー・コロンバインでもなくて? ウッドバインなら山に行かなきゃないよ。「バイン・ミー・プリーズ!」と今度はものすごくこわい顔で娘は言った。
「おれはきみをバインできないよ。この街ではバインするのは禁止されているんだ」
 私は苦しまぎれにそう答えた。
「???」
「No Bine, No Pain. O.K?」
「アナタ、ナニヲワケノワカラナイコトイッテルデツカ? ワタシ、バインミータベタイ。ワカリマツカ? アナタ、ハナモチデツカ?」
 今度は「ハナモチ」ときやがったよ。なんだよ、「ハナモチ」って。
「アナタ、ハナモチシラナイデツカ? ハナモチナラナイヤツ!」
 なんだ。「ハナモチ」は「鼻持ちならない」のことか。
「No! おれは鼻持ちならないやつじゃない!」
「デハ、ナゼ、ワタシニバインミータベサセテクレナイデツカ?」
「バイン・ミーなに? バイン・ミーわからないでつ」
「ワカラナイデツ、マチガイ。ワカラナイデストイイナサイ」
 ちぇっ。自分だってさっきから「デツデツ」言いまくってるくせに。
「ハナモチサン、ナニカゴフマンアルデツカ?」
「御不満ありませんよ。バイン・ミーもありません」
「パン屋さんなのになぜバインミーがないんだね?」
 お? 今度は上から目線で、しかもおれよりじょうずに日本語しゃべりやがったよ。
「このパン屋はノー・バイン・ミーのパン屋なんだ。わかりる?」
「ワカリル、ナンデツカ? 変な日本語を使ってはいけません。恥を知りなさい。恥を」
 娘は凛として言った。そして、「バイン・ミー」は「バインミー」というベトナム風のサンドウィッチであることを説明した。カタツムリ柄のトートバッグからiPadの最新モデルを取り出し、ウィキペディアの「バインミー」のページを私に見せて。そして、最後に付け加えた。
「何事も勉強です。パン職人ならパンのことはなんでもござれでなけれりゃいけません。わかりましたか?」
「はい」
「素直でよろしい」
 このようにして私はパーネヴィーナ・フロマッジオと出会った。そして、彼女とのブレッド・アンド・チーズな日々がはじまった。コギト麦のエルゴスム・パンを探し求める旅も。

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by enzo_morinari | 2013-09-02 05:55 | コギト麦のエルゴスム・パン | Trackback