カテゴリ:イマ、ココハ、戦場ダ。( 3 )

昼めしはウィンダムヒル・ハンバーガー

 
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「イマ、ココハ、戦場ダ。」と意志の中心にメタルを持つ男は言った。


かつて、「ハンバーガー・ヒル」と呼ばれる丘があった。最悪の戦争の最中、ハンバーガー・ヒルで男たちは最善をつくした。

遠い昔、まだいくぶんか若く、「死ぬには手頃な日」と「いい死に場所」を探していた時代。1年間だけ戦場カメラマンをやった。

孤立無援のフリーランス。戦地、前線に単独で乗り込みシャッターを切る。カメラは中古で手に入れた Nikon F4E と Leica M3。Leica M3は沢田教一の影響だった。

ギャランティなどどうでもよかった。カネがなくなれば帰還する。運がなければ死ぬ。「死ぬには手頃な日」に「いい死に場所」がみつかれば死ぬ。それだけのことだった。主にレジオン・エトランジェールの第13外人准旅団に同行した。レジオン・エトランジェールの司令官につてがあったからだ。

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兵士と戦場と戦場を記録するカメラマンに強い関心があった。そして、「死」にも。戦地に行くことを告げたとき、出会って以来、ただの一度も私の言動に異議を唱えたことのないわが人生の同行者である虹子が血相を変えて反対した。

「あなたが死んじゃったらわたしはどうすればいいんですか!」
「 ── おまえも死ね」
「 ── わかりました」
「ありがとう」
「あのう ── 」
「うん」
「わたしもいっしょに行きたいです」
「それはだめだ。戦場は男の仕事場である」

1ヶ月後、私はトルコ航空アブダビ行きのボーイング747に乗った。およそ1年後、命運はつきず、「死ぬには手頃な日」はなく、「いい死に場所」はみつからなかった。カネだけがなくなった。気持ちいいくらいの一文無し、すってんてんのすっからかんだった。

最後はモロッコのカサブランカでモロッコ人の酒場のおやじに10000フラン借りて飛行機代にした。そのモロッコ人の酒場のおやじとはいまでもつきあいがある。

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高校を卒業するまでは横浜が生活の本拠地であり、周辺には本牧、根岸台、磯子の杉田、金沢区の富岡などに米国軍属の居住エリアがあった。「フェンスの向こう側のアメリカ」だ。

国道16号線をアメリカン・スクールの黄色いスクール・バスが走る風景はあざやかにおぼえている。アメリカン・スクールの奴らとバスの窓越しに罵りあうのは日常茶飯事だった。

住んでいた家の向かいには海兵隊の下士官の家族が住む大きなハウスがあった。同級生の中には何人もハーフがいた。「あいのこ(混血児)」という言葉はごく普通に使われていた。

のちに意味を知る「オンリー」「パンパン」などという言葉も小学校の低学年のときには耳でおぼえていた。近所の主婦どもが声をひそめて「○○さんはオンリーだから」とか「パンパンふぜいが」と話す風景はどこでも見かけた。「オンリー」とは米国軍人専門に売春をする女性のことである。「パンパン」は言うまでもないだろうが「パンスケ」だ。

横浜にかぎらず、神奈川県内には厚木基地や米軍の関連施設がいくつもあった。逗子の池子の弾薬庫にはフェンスをくぐって忍びこみ遊んだことがある。米国海軍軍港のある横須賀が近かったのでベトナム戦争で負傷した兵士をよくみかけた。手や脚を失った元兵士たちは一様に焦点の定まらない眼をしていた。

ヨーハイ(Yokohama American High-school)に通うともだちの年上の兄弟が何人もベトナムで戦死した。ベトナム戦争で戦死した兵士専門の死体洗いのアルバイトをしたこともある。戦死者の死体はすさまじい。バラバラ。木っ端微塵。どろどろ。ぐちゃぐちゃ。

バラバラ、木っ端微塵の死体の一部を寄せ集めるのはパズルを組み合わせるようなものだった。かなり精と根のいる作業だった。大江健三郎の『死者の奢り』を読んだときの感想は「甘っちょろいぜ」だ。

戦場においては死は問答無用で襲いかかってくるし、圧倒的にすべてをなぎたおし、なしくずしにする。サルトルの言うとおりだ。問答無用でなしくずし。戦場においては死とともに「差別」もまた日常だ。戦場では銃後よりもむしろ差別は先鋭化する。一番危険なエリアに送りこまれるのはまず黒人であり、カラードだ。それが現実である。

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死体洗いの話に戻る。慣れてくると(慣れ? そうだ。慣れるのだ。慣れなけりゃめしが喉を通らない)当然に手際がよくなり、処理スピードは速くなる。

1体につき2万円もらえた。1日に7〜8体やった。組み合わせがうまくいかず、白人の胴体に黒人の腕と脚、頭はアジア系のものをつけたこともあった。手の指が全部で13本などという勘定が合わない「完成品」もあった。しかし、だれも笑わない。なにごとにも関心を示さない。殺伐といえばあれくらい殺伐とした風景にはお目にかかったことがない。

ある意味では戦場よりも腹にこたえる風景だった。いや、風景ですらない。なにもない。会話がない。挨拶もない。表情もない。感情もない。あるのは細切れ、挽肉状態の無惨な死体と薬品の匂いと作業の音だけだ。天井近くの窓から射す光の束の角度が時間の経過を知らせていた。

「実存の風景」だった。これまでに「実存主義文学」と呼ばれるたぐいのものはほとんど読んだが、安部公房と大江健三郎、アルベール・カミュ、J.P. サルトルらの作品のいくつかをのぞけば腹にこたえるほどの「実存」を感じたことはなかった。あのときの「実存の風景」にくらべれば「甘っちょろい」ということだ。繰り返すが、実に奇妙で殺伐としていて腹にこたえる風景だった。

一体できあがるたびに検査官のチェックを受けるのだが、検査官の中尉は表情ひとつかえずに「O.K. No problem」と素っ気なく言ってチェック・シートに無造作にサインをした。そんなわけで、こどものころから兵士と戦場と死は身近にあった。

戦場カメラマンをした1年間にえたものなどなにもない。絶望やら人間不信やらが深まっただけだ。わりが合わない。命をかけたところで報酬はたかがしれている。いまの御時世、わりのいい仕事はほかにいくらでもあるだろう。まあ、すすめない。すすめられるような仕事ではない。

渡辺陽一? ありゃ、ただのカメラおたくだろう。やばい場所で会ったことはない。会ったことがあるのは石川文洋さん、広河隆一さん、年下では鴨志田穣と宮島茂樹くらいのものだ。

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さて、本題だ。この夏の初め。7月4日の昼前、雨上がりの街を歩いていた。これといったあてがあったわけではない。風の向くまま気の向くままにただ歩く。

日本橋浜町界隈、新大橋通り。2本裏手の路地にさしかかったとき、電柱に色褪せたポスターが張られているのを発見した。早足に近づき、内容を確認する。いたるところが傷んでいる。長い年月にわたって風雨やら陽射しやらにさらされたことがわかる。眼を凝らさなければ中身を読み取れない。ポスターに近づいたり、遠ざかったりすること数度。やっとわかった。

ハンバーガー・ヒル ── 1969年のベトナム、ラオス国境で実際に行われた戦闘を描いた映画である。兵士の死体がハンバーガーの挽肉状態で転がっている激戦地、戦闘の舞台となった小高い丘を生き残った者たちは恐怖と絶望をこめて「ハンバーガー・ヒル」と呼んだ。

四半世紀も前にみた映画の断片がよみがえる。当時は『プラトーン』を筆頭に、『フルメタル・ジャケット』『グッドモーニング・ベトナム』『友よ、風に抱かれて』『カジュアリティーズ』『7月4日に生まれて』など、ベトナム戦争を主題とした映画が多く製作されていたような印象がある。

『プラトーン』と『グッドモーニング・ベトナム』はいまでもみることがあるが、『ハンバーガー・ヒル』や『フルメタル・ジャケット』はあまりにも生々しく、身につまされるのでみることはない。誰のどこの部位ともわからぬ肉片、引き裂かれた皮膚、焼け焦げた毛髪、飛び散った内臓は現実でも映像・映画でももう御免だ。

夏の盛りの陽が射してきたころ、さしかかったオープン・カフェからはウィンダムヒルの平和静謐安穏な音楽が流れていた。ハンバーガーでもかじりながら午後の予定を立てることにした。

テーブルにつくと同時に天井からぶら下がったBOZEのスピーカーからジョージ・ウィンストンの弾く『Fragrant Fields』が聴こえはじめた。

芳しい大地? 香りたつ地上? やめてくれ。冗談じゃない。そんなものはこの世界にはない。まやかしだ。うそっぱちだ。ペテンにもほどがある。この世界は『Killing Fields』だらけだ。殺戮の大地が世界を覆っているんだ。

ジョージ・ウィンストンの耳心地のいいきれいなピアノの旋律が無性に腹立たしかった。どうかしてる。きょうのおれはどうかしてるんだと自分に言い聞かせようとしたが無駄だった。

味も素っ気もないパサパサしたバンズとただ柔らかく歯ごたえ食感のかけらもない脂っこいだけの挽肉のパティと酸っぱいだけのピクルスでできあがったハンバーガーをかじりながら、いまのところこの国に生きていれば挽肉にされる心配はたぶんないだろうなと思った。いい国、いい時代ということでもあるのか? さあね。私にはわからない。

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ある戦友への惜別の辞(2007年3月)

さらば、戦友よ。酒神とともに逝け/ここはお国を何百里離れて遠きアジアンの酔いどれ月に照らされて

またひとり、戦友が逝った。鴨志田穣。戦場写真家。酒豪。熱血漢。好漢。いい男だった。いくつか年下だったが、学ぶところの多い男だった。気合いの入った眼をしていた。私と面とむかって視線をそらさぬ数少ないやつだった。その「眼」で戦場を撃ち抜き、修羅場を駆け抜けた。鴨志田の眼と声がよみがえり、響く。

底なしの酒豪だった。酒の飲み方を知る男だった。悲しい酒も楽しい酒も苦しい酒も怒りの酒も飲める男だった。いつか、冬の夜、湯豆腐などつつきつつ、二人きりで静かな酒を飲みたいと思っていた。だが、もうそれはかなわぬ。またひとつ、夢が消えた。

『火垂るの墓』の節子の話をはじめると声は大きくなり、オクターブは上がり、唾を飛ばしまくり、そして、いくらでも涙を流した。宝石のような涙を流す男だった。昨今、どいつもこいつも流す涙はガラス玉ばかりだが、鴨志田の流す涙はダイヤモンドだった。本物だった。

「酒はまだ飲み足りないが、いまは死に場所をさがしている」

はっとしておまえを見たが、おまえはもう新しい盃になみなみと酒を注いでいた。

鴨志田よ、おれはやっぱり、おまえと酒を離縁させるべきだったのではないかと悔やむこともなくはないが、それは気の迷いにすぎないと思うことにした。これからは思うぞんぶん飲め。泣け。そして、「視えない自由」を「視えない銃」で撃ちまくれ。もはや、おまえを縛りつけるなにものも、なにごとも、ありはしない。

いつの日か開高健を乗り越えようと誓った横浜のバー「クラーク」の夜。そして、マラッカ海峡に轟々と沈みゆく巨大な太陽を眺めながら飲んだ生温く糞まずいバドワイザーの味を忘れはしないぞ、鴨志田よ。ますますいい奴は死んだ奴ばかりになっていきやがるなあ、鴨よ。

さらば、戦友よ。酒神バッカスとともに逝け。そして、ただ静かに眠れ。ただし、おれとおまえの二人分、天上極楽極上の般若湯ととびきりのトム・ヤム・クンの用意を怠るな。おれはきょうはわが人生の同行者に強がりをほざきつつ、グレープフルーツ・ムーンを眺めながら涙の酒を飲む。

わが友、鴨志田穣よ。酔いどれの月で会おう。そして、尽きることなき友情の盃を酌み交わそう。それまで、しばしのお別れだ。

Adieu! Adios! Amigo!


弾(さけ)、込め! 捧げ筒(さかずき)! 撃て(のめ)!

(背景音楽:Mal Waldron『Left Alone』/『Drunk on the Moon』ほかTom Waits)


鴨志田穣の戦友諸氏に告ぐ ── 総員武装解除せよ!
鴨志田穣は逝った。二度と帰れぬ場所へ。視えない自由を撃ちぬくために、視えない銃を担いで出征した。再度、言う。鴨志田は逝った。二度と戻らぬ。出征兵士を送るのに涙はふさわしくない。思うぞんぶん涙を流したのちは泣いてはならぬ。以後の涙は鴨志田の盃に落ち、鴨志田が飲む酒を苦くするだけである。

鴨志田穣はすでにしてじゅうぶんすぎるほどの苦い酒を飲んだ。苦い酒はもういらぬ。諸君の心の痛み、嘆きは、当然のごとく、わたくしの痛み、嘆きである。痛み、嘆きに打ち克つには、飼い馴らすか、無視するかしかない。生きつづけるというのはそういうことだ。

薄っぺらな感傷ではなく、かといって、訳知ったようなニヒリズムでもなく、われわれ鴨志田穣の戦友がせめてもの弔いとしてできることは、ただただ鴨志田穣を心のうちにとどめつづけ、生涯にわたって忘れぬことだけである。

かくして、鴨志田穣をめぐるわれわれの戦いはここにひとまずの終戦を迎える。勝利の美酒も勲章も凱旋も勝鬨すらもない。そのような「困難な戦い」をわれわれは戦ったのだ。このことは誇っていい。

諸君は誇り高き無名戦士、名もなき英雄である。諸君なくば、鴨志田穣は「視えない自由を撃ち抜くための視えない銃」の引金に指をかけることすらかなわなかったろう。

鴨志田穣とともに前線に列し、銃後を守ったのは、まぎれもなく鴨志田穣の戦友たる諸君である。諸君はよく戦った。もう戦わなくていい。「言葉の祖国」へ帰還するときだ。この戦いで諸君が流した涙はひと粒残らず、まごうことなきダイヤモンドであった。そのダイヤモンドのごとき涙は必ず鴨志田穣の盃に注がれる。そして、鴨志田穣は甘露を飲み干すように満足げに喉を鳴らすだろう。

総員武装解除せよ! 涙を拭き、涙をこらえ、それぞれの故郷へと帰還せよ! 散開!


── こちら、シエラ・インディア・ゴルフ・ノヴェンバー・インディア・フォクストロット・エコー! ノヴェンバー・アルファ・パパ・アルファ・リマ・マイク! ノヴェンバー・アルファ・パパ・アルファ・リマ・マイク! ビクター・シエラ・フォクストロット・アルファ・シエラ・タンゴ! キロ・ユニフォーム・ロメオ・オスカー・ノヴェンバー・エコー・キロ・オスカー・ノヴェンバー・オスカー・タンゴ! 援軍! 援軍! 応答せよ! ナパーム! ナパーム! こちら、シエラ・インディア・・・ ── ── ゴル・・ストロ・・・リ・・ ── ──────

 
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by enzo_morinari | 2014-06-03 16:03 | イマ、ココハ、戦場ダ。 | Trackback(1)

フェデリコ・ボレル・ガルシアの夢

 
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戦争は政治以外の手段によって行われる政治の延長である。C.V.C.

今般、2013年の春の初めに開戦したある「戦争」が終戦を迎えた。この戦いのあいだに斃れた多くの無名戦士たちに手向ける花を私は持たない。追悼の言葉さえない。ただ彼らの安らかなる眠りを祈るばかりである。

この戦いに勝者はいない。同様に敗者もいない。あるのは語りつくせぬことについて語ろうとしたことへの悔恨のみである。語りつくした果てにはなにものもないことを承知したうえであったとしてもだ。我々は和睦のためにではなく、ましてや戦いの果ての慈しみあいのためになどではなく、ただ戦うために戦ったのだ。

一枚のモノクロ写真に目を凝らす。長いあいだ繰り返し繰り返し凝視しつづけてきた写真。戦場カメラマンのロバート・キャパの手になる「斃れる兵士」だ。「D-Day」と並んでロバート・キャパの名を世界に知らしめた一枚である。斃れる兵士の「声」を聴きとろうと耳をそばだてつづけてきたが、いまだ彼の声を聴き取れずにいる。もどかしい。

斃れる兵士の土手っ腹ど真ん中を、視えない自由を撃ち抜くための視えない銃で撃ち抜きたい衝動が身を貫くけれども、どう足掻いても引金を引き絞るための魂の力が指先に宿らない。意志の中心にあるはずのメタルが錆つきでもしたか。情けないことだ。

1936年9月5日、スペイン内戦の最中。コルドバ戦線セロ・ムリアーノ近郊の戦いでロバート・キャパは一人の人民軍兵士にカメラを向けた。キャパがシャッターを切った瞬間、兵士は頭部に被弾し、崩れ落ちた。彼の名はフェデリコ・ボレル・ガルシア。24歳の若者である。

「斃れる兵士」はいつしか一人歩きをはじめ、戦争の悲惨さを語るときのステレオタイプのひとつとなった。しかし、「斃れる兵士」の本質はこの戦闘の際の他の写真と「組」にしてこそ見えてくる。辛く苦しい作業だが必要な作業だ。

一連の組写真の中で、西陽を浴びて敵弾に斃れた兵士は果敢に敵を攻撃している。彼の行為はまぎれもれもなく敵側の「斃れる兵士」を生む。

襲いかかる敵弾の雨の中、勇猛果敢に戦い、銃弾を放つ兵士と斃れる兵士。2枚の写真の対比は悲劇の主人公の行為の告発ではなく、「兵士」の本質の再確認である。

人は言う。曰く、彼はファシストから国を守ろうとした愛国者であると。曰く、侵略には断固として戦うべきだと。しかし、真に告発されるべきは権力者と時代に迎合し、翻弄された人々である。その意味において、「斃れる兵士」の狙う銃口の先にいるのもまた一人の兵士にすぎないことに気づく。

自由を守ったと喧伝される連合軍兵士の銃弾に斃れたガダルカナルやインパールの日本軍兵士も、ノルマンディーの戦いで死んでいったドイツ軍兵士も「斃れる兵士」と同じである。「斃れる兵士」が伝える真のメッセージとは彼一人の「英雄の悲劇」ではなく、彼のように何千万もの人々が兵士として殺し合い、そして斃れたことに思いいたれということにつきる。

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祖国に捧げた彼の命は尊い。彼のように戦い、彼の斃れるように斃れていった兵士が、誰にかえりみられることもなく無数にいることの重さに思いを馳せなければならない。兵士として戦い、兵士として斃れる大きな悲しみに気づかなければならない。そのとき「斃れる兵士」は何千万倍もの命の重さを持つ。

「戦争」という冷徹冷厳なテーゼに対し、人間はあらゆるアプローチで理解しようとし、様々なモチーフとして展開してきた。それはときに文学のかたちをとり、社会科学のかたちをとり、美術や音楽のかたちをとった。向かい合う者に深い沈黙をもたらしつづけるものもあれば、陳腐なステレオタイプに堕し、形骸化しているものもある。

命のかけらさえ差し出さずに口先小手先で「平和」のお題目を百万遍唱えたところでコストも時間も人手もかかりはしない。兵士の手元にフィールド・レーションDは届かない。

実現の道筋なき空虚な平和の絵空事をしたり顔鼻高々に語る者たち。家では家族の笑顔とあたたかい食事とやわらかなベッドが彼らを待っている。

20世紀の二度にわたる世界大戦や数々の紛争を経て、「戦争」そのものの様相が複雑化し、戦争の語られ方や認識は多様化した。そして、「戦争」という一種犯しがたいニュアンスを論理の後ろ盾としたあらゆるオピニオンが出現した。戦争はいまや「語られるべき主体」から、あらゆる主張に対して潤沢に論拠を提供する「都合のいい素材」へと変貌していった。

その一方で、そういった流れの中で次第に語られなくなった側面がある。それはほかならぬ「戦場」そのものだ。「戦場」においては、人は兵士としてあらゆる手段で殺戮する。「戦場」にあるのはリアルきわまりもない生と死である。

生き残るために殺し、生き残ろうとしても死ぬ。声高に反戦、あるいは戦争礼賛を唱えるのではなく、よりストレートなかたちで戦いの最も先鋭的な部分、すなわち人々が最も直接的にこだわった部分を伝えること。理論家、活動家、学者のもてあそぶ冷徹な素材ではなく、生身の兵士が命を賭け、苦悩と矛盾と信念とを胸に秘めて戦った戦場の点景を「視えない銃」で撃ち抜くこと。

百万の兵士が斃れても「西部戦線異常なし」と打電する世界の狂気と向かい合うこと。一人を救い、世界を救っても、なおすくいきれぬものがあることに思いをいたすこと。真の戦場は個々の胸の内にこそある。

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いま、私が従軍する「言葉の戦場」には寒々しい風が飄々と吹くばかりだが、私はまた別の「言葉の戦場」へと出兵しなければならない。いくぶんかのかなしみがなくもないが、いずれ足取りは冷徹なクラウゼヴィッツ・ダンスへとかわるだろう。

過ぎた戦いの痛みは時の経過とともに忘却の彼方へと流れ去り、日常の一部となる。フェデリコ・ボレル・ガルシアの夢は一瞬、一度かぎりだ。
 
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by enzo_morinari | 2014-02-06 17:48 | イマ、ココハ、戦場ダ。 | Trackback

「イマ、ココハ、戦場ダ。」「兵士ヨ。スベテヲ終ワラセロ。」「グッバイ・ソルジャー。」

 
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「ファルス!」と叫んで夏服を着た女は消滅した。


「夏の愉しみは夏の終わりの蜩だ」とエゴン・シーレが頭を大きくして言った。

「けやき坂には64本の欅があって、蜩どもがつれづれに縄張り争いをするんだ」とクリムトが尻を全能神ゼウスに突き出して言った。

「夜ふけ、TSUTAYAでCD試聴したり、スタバでペンティ・サイズのキャラメル・マキアートを飲んでいると、いつのまにか傍らにレナウン・イエイエ女が立っていて、三半規管やら鐙骨やらにそっと息を吹きかけてくれるんだ。そうするとLOTO6億円が当たる」とルイ・イカールが言ったとき、アール・グレイは泡と弾けた。2ヶ月後、日経の紙面にひっそりとアール・グレイ崩壊の顛末を伝える記事が載った。

真夏の夜の夢か。でも、まだ真夏までは遠い。夏がやってくるかどうかさえ、わからない。夏服を着た女が口をひらく。

「そう、あのテラス席は確かにけやき坂だった。そして、レナウン・イエイエガールの祝福の吐息はマセラティ5台とフェラーリ3台よりも大きな富と悲しみを与えてくれるのよ」

マジかよ。そんなにおいしい話がまだあるのかよ。生きててよかった。さらに夏服を着た女がつづける。

「真夏の夜の夢・・・。わたしがいま見ているものもそうなのかしら」

私はだれにも聴こえないように秘密の合い言葉を口にしてから夏服を着た女に告げた。

「2004年の夏と2012年の夏を1クリックで往還できるんだから、これを”真夏の夜の夢”と言わずしてなにを麻布自動車と言うや! でも、麻布仙台坂はカンパニョロ・レコードをセットアップしたデ・ローザでもきついらしいよ。らしいよ」
「そういえば、ガーデンプレイスで拾ったタクシーの運転手さんは都内で一番、麻布十番界隈が嫌いだと毒づいてたわ。一通も多いし道は狭いし、なによりも今はなき旧地名の坂! 地図で探せない坂ばかりを行き先で告げられるって。あなたは階段の坂の下のカフェでカプチーノなんてありきたりでバカみたいって思うでしょうけど、やっぱり傾く午後の陽射しは気持ちよくて、相手と半分こしたはずのケーキはわたしの方が多く食べちゃって、やっぱりこんなのバカみたいって思うけど、そう思うことがバカみたいでバカみたいなのはわたしだとようやく観念してみたりするのよ。わかる?」
「わからないよ」
「わかってよ」
「わかったことにするよ」
「ちゃんとわかってよ」
「ちゃんとわかったことにするよ」
「なんだか真夏の夜の夢みたいね。垂直に積み重ねられたはずの過去がワンクリックですべて水平に並列だなんて」
「垂直に積み重ねられたはずの過去がワンクリックですべて水平に並列な件については海南鶏飯食堂のウッドデッキでシュレディンガーの猫を膝にのせて撫でながら六本木高校の壁の野郎おもいっきり迫ってきやがるぜ! 小西! ガチャピン! 借景のつもりだろうが、そうは問屋制家内手工業だぞ! マッキャン・エリクソンに言いつけちゃうからな! と純粋理性の二律背反することでほぼ解決するらしいよ。らしいよ」
「ふと思うのよ。そもそも時間というのは垂直に積み重なるのか、はたまた水平に連なり進むものなのか? って。やっぱり飼うならアビシニアンでもアメショーでもなく、シュレディンガー・キャットにかぎるわね。それともなければチェシャ猫。六本木高校の壁の上に最後まで笑い声を残して消えていくの。ねえ。世界はこんなことでいいのかな?」
「いいんだよ。これでいいんだ。いつかきっとどこかにたどり着ける。円環はまちがいなく閉じられる。だから、われわれは悠々として急がなくちゃならない。いいね?」
「うん。Festina Lente! ね!」
「そうだとも!」


イマ・ココの時間の連なり、「遅延」と「差異」の集積
たとえば、検非違使忠明が障子に映った下女の影に怯えて押し入れの中に隠れちゃう。そんで、奴はぶるぶる震えつづける。1回震えるごとに「1ぶっさり」徴収するとして、10回震えたら10ぶっさり。このあたりは「ローマはなぜ滅んだか?」を宇宙際タイヒミュラー理論を解法するセットで習ったよね。X軸Y軸Z軸それぞれに「縁」がまとわりついているわけだから、もうひとつの軸は当然にLA VIE EN ROSEでなきゃならない。ということはつまり、21時57分にドイツ軍兵士が真空管ラジオに齧りついたのだってまんざら理解できないこともないし、「パリは燃えているか?」ってロンメルに直電したアドルフの気持ちもいくぶんかは汲んでやらなくちゃならない。そうすれば、午後のお茶の会だっても、きっと豊饒と親和と神話に満たされるはずさ!

と、ここまで私は自動書記したわけだけども、これこそが、イマ・ココの時間の連なり、換言すれば「遅延」「差異」の集積になるわけです。本来、ないはずの「時間」を現前化させる作業がディスクールすることにほかならないと言える。ブランショもデリダも言ってるんだからまちがいない。エコール・ノルマル・シューペリウールの68年で乾杯するに値するくらい美しく危うく妖しい結論だ。だが、問いはまたすぐに産声をあげる。

ゆるいカーブを描いて並べられたドミノのように、教師の授業なんか耳に入らない学生が描いた教科書の片隅のパラパラ漫画のように、世界は、まだ存さぬ、しかし確かな将来と延びた軌跡をなぞるものだなんて、そんなアフォーダンスまがいは神経症の学者の夢だった。

「指をパチンとはじいた一瞬に刹那は65コも詰まっている。まだ見ぬ大陸の葡萄畑の午後、吹き渡る黄金色の風は豊穣そのもの。そしてオーパス・ワンのテイスティングは25$/1グラス」


都市には記号と仮説が横溢する
夏服を着た女はクレープデシンのワンピースの裾を66涅槃寂静のあいだ摘んだあと67無量大数分のため息をついた。

「ちがう。初めていっしょにみた映画は『グレート・ギャツビー』なんかじゃない。あのひとはいつも肝心なところでまちがえる」

夏服を着た女のまわりで淡い紫色の雲が踊りはじめた。夏服を着た女は思う。「人間」が打ち寄せる波によって消し去られて以降、都市には記号と仮説が溢れはじめた。いわく、おセレブさん。いわく、イケメンくん。いわく、ヒルズ族。いわく、ヤマンバ・ギャル。だけど彼らのいずれもが「孤独の人」の住まう中心が空虚なドーナツ・シティで踊っていることに気づいていない。だから彼らはイカさない。だから彼らは異化しない。他個どもに囲まれて蛸踊りに興じるだけだ。かくして、イカとタコの階級闘争は永遠につづく。

「それにしても、あの人はいったいいつになったら”本当のこと”を教えてくれるんだろう?」

夏服を着た女はコケモモのジュレをスプーンで掬いながら思う。

「どうでもいいことはいっぱい教えてくれたのに」

夏服を着た女のまわりで踊っていた淡い紫色の雲が群青色に変わった。ブルカニロ博士がタリーズ麻布十番店のオープン・カフェの階段でつまずき、通りを挟んで向かいにある薬局のぽっちゃり女はサプリメントの陳列に余念がない。榛色のグレート・デーンを連れたタトゥー女は今日も不機嫌である。

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「わたしのアンブレラはどこ?!」と言ったきり、ネイビーシールズ・ガールはコルドヴァの午睡に入る。
「わたしのアンブレラはどこ?!」と言ったきり、ネイビーシールズ・ガールはコルドヴァの午睡に入った。

「So...」

GGは常に問いつづける。

「Do You Want to Write a Fugue?」

世界は常に二択の果てに在り、私がディスクールするのは「選択されなかった未来」。または「幽世」、または「希望と絶望の同在性」、または「〆鯖の最も美味なる食し方」。新宿の高層ビルの谷間で一時間も並んで手に入れるドーナツの中心はどこまでも空虚だ。それこそが夫のクリスマス・プレゼントを買うために差し出す黄金色の髪を持たないわたしが切り売りした人生の一断片の代償。本当のことを知っていると匂わせるあの人は今度こそその価値をわかってくれるかしら。メリー・クリスマス。真夏の夜のプレゼントよ。

「Then, So...」

GGは常に問いつづける。


アンブレラの臨時株主総会、齢の決算書
アンブレラの臨時株主総会が三日後に迫っていた。「齢の決算書」の不備を糾弾する手はずを一刻も早く整えなければならない。沼津港でぬるめの玉露茶を飲んでいる場合ではないし、茅ヶ崎で西大島の対極に位置する東大島ガールとターコイズ・ラピスラズリ・ロジウム・ダンスを踊っている暇などない。

もちろん、イエテボリで『デスペラード』をロンシュタット風に歌いながらバナナ烏賊の出現を待つなどもってのほかである。「そうだ。イマ・ココがわれわれの戦場なんだ」と夏服を着た女は思った。思った途端に夏服を着た女はネイビーシールズの正規兵のいでたちに早変わりし、グレネード・ランチャーを肩に担いだ。遠くでメイ牛山とキマラの笑い声が聴こえた。ネイビーシールズ・ガールが時空を切り裂くためにグレネード・ランチャーを虚空に向けると天上から声がした。タカトン・ボーディサットヴァだった。

「こんにゃく問答かと思えば、境界の岸辺で踊る擬躁病患者の連想イメージ・ダンス。けだし、世界はアナグラムの連鎖。善き哉、善き哉」
「でも、グレネード・ランチャーは弾を探すのが大変らしいよ。らしいよ」

ラム酒を多めにアレンジしたXYZをシェイクしながら BAR Poisson D'Avril 店主、ヴィト・ロッコ・ファリノーラがおどけた。その腰にはこれみよがしにフラフープがミッシング・リンクしていて、おまけに左の二の腕にはダッコちゃんが巻きついている。

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「イマ、ココハ、戦場ダ。」「兵士ヨ。スベテヲ終ワラセロ。」「グッバイ・ソルジャー。」
肩まで伸びた髪にバリカンが入れられると同時にメールの着信を知らせる『ニンジャソード』のテーマ曲が暗く狭い理容館の中に響いた。シンからだった。

「ワタシガ神ダ。」

ダイはいつもどおりの簡潔きわまりないシンのメッセージを読み、眼を細めた。ダイの細く青白い指が携帯電話のダイヤル・ボタンの上を生き物のように動く。

「オレハ兵士ダ。」

送信。そして、追伸。

「イマ、ココハ、戦場ダ。」
「兵士ヨ。スベテヲ終ワラセロ。」

ダイは黙ってうなずく。短く刈り込まれた髪。皮膚のすべてがつやつやしている。ついこのあいだまでセブン・イレブンのレジで客に媚びを売っていた自分とはまったくちがう。

鏡に映る自分の姿をみてダイはいかにも満足げだった。ダイは「おれはやっと本物の兵士になれるんだ」と思う。「兵士として凱旋し、すべてを終わらせるんだ」とも思う。

右手にサバイバル・ナイフ、左手に柳刃包丁を持ち、背中にはインターネットで手に入れたニンジャソードが黒紐で固く結わえつけられている。ダイは一陣の風のように雑踏を駆け抜けていく。シンはダイの背中をみつめ、そっと呟いた。

「グッバイ・ソルジャー。」

シンの姿はだれにも見えず、呟きは何者にも聴こえない。


視えない自由を撃ち抜くための視えない銃。「装填完了。あとは引金を引くだけ。」
グレネード・ランチャーの異名は「視えない自由を撃ち抜くための視えない銃」である。夏服を着た女はラブレスのカスタムメイド・ナイフでみずからの腕を切り裂き、溢れでる血潮を銃口にたっぷりと注いだ。

「装填完了。あとは引金を引くだけ。でも、わたしのアンブレラはどこ?!」

夏服を着た女ことネイビーシールズ・ガールの問いに答える者はいない。世界の果ての酒場、酔いどれどもの祖国 BAR Poisson D'Avril の真上にグレープフルーツ・ムーンが輝いている。


動きつづけるものにしか力は宿らない。「わたしが本当に欲しいのは本物の革なのよ」
「動きつづけるものにしか力は宿らない」とネイビーシールズ・ガールは起き抜けにつぶやき、青いコードバンのカラーをきつく首に巻きつけた。

「革よ。わたしが本当に欲しいのは本物の革なのよ」とネイビーシールズ・ガールは思う。そして、極北の漁師小屋で瀕死のタンゴを踊りはじめる。

かすかな記憶の奥底でなにかが閃いた。コルドヴァの革職人たちの思念がネイビーシールズ・ガールをイタコがわりにしたことはあきらかだった。かつて恒河砂の畔で説法するヤージナヴァルキャだった頃の記憶がよみがえる。その記憶は多元並行宇宙の極小のねじれの中で瞬時に万華鏡のように花開く。それは同時に、夢見られる男が夢の中で目覚めた先の別の夢だったのかも知れない。

「記憶もなければ時間もない。なにもないところへわたしは来てしまった。庭は夏の陽盛りを浴びてしんとしている。なんだかしょんぼりだわ。Never tell the truth to people who are not worthy of it な気分だわ」
「おまい、すんごい寝言をぶっこきやがるな」

みみず長屋の御隠居がネイビーシールズ・ガールの鼻先に酢豆腐とおっきゃらまあとすてれんきょうをくっつけながら言った。それでもネイビーシールズ・ガールは深い眠りの底である。

ネイビーシールズ・ガールの眠りを醒ますためにガンジスの畔からジンジャンが亜音速の千鳥足でやってくることをまだだれも知らない。水底の泥濘に身を沈めるかのような重い眠りに囚われながら、私は傍らにみみず長屋の御隠居がバッタリと倒れる音を聞いたような気がした。御隠居の首には極太の荒縄が巻かれている。

「邪魔するヤツは出会いがしらに1ぶっさり。それと、そば屋は近所と相場が決まってるんだよ」
「けっこうけっこう」と壊れた鳩時計のように笑う声は、ガンジスの岬からきたジンジャンだろうか。亜音速の千鳥足をもってしてもここまでたどり着くにはまだ随分と早いはずだけど。それにつけてもおやつはカール・ルイスといっしょに食べたいし、小鳥はよく囀る。あっち行けカッコウ、どうせ裏切る。

「明日は夏至、世界は一分間に45回転回る」

あぁ、やっぱりジンジャンにまちがいない。だっていまどきアナログ・レコードで時間を計る男はほかにはいないもの。それにしても、この泥の重さはなんだろう。指一本動かせやしない。

左腕からドクドクと血が流れ出てゆく感触だけを頼りに私は時間の感覚を保っている。これが夢ならばいいのに。これが夢ならば早く目が覚めればいいのに。その目覚めた先が誰かほかの夢見られる男が夢の中で目覚めた先の夢でなければいいのに。誰かが耳元でささやく。

「いいか、世界は一分間に45回転だ」

ニライカナイまであと7歩。異界の刻まであと42グーゴル。ホキ徳田が子午線祭りで小金を稼ぐ日まで1958ミラー。


「革命と森のひとと聴くことに関して僕の左に出る者はいない」
「片道切符買われますか?」と東大島ガールが尋ねた。「今月は江東区月間なので丸八通りルートがお得ですよ」
「心配なので、往復でお願いします」と、突如、月に吠える男が現れて言った。「猫まんま付きのセットで」
「この際、革命と森のひとと聴くことに関して僕の左に出る者はいないってことをはっきりさせておきたいんですよ」とガーリック村青年団団長のハルキンボ・ムラカーミ・ジュニアが言って地軸に対して23度24分の傾きでのけぞった。

「参加することに意義ガールと僕の気持ちも舞子ガール。ガールが屏風に上手にジョーズの絵を描いたかは知らないですけどチーズ味のカールを探す手がかりとなる地図はスポーツ大将で活躍していた対照的な二人、カール君&コカール君がコークをゴクリと飲みながらコックのコックにコークを塗ってコックリさんをコックリしつつレモン汁であぶり出しできるような形式で書いたそうです。グレネード・ランチャーの玉(点を取れば王)を探す事と地図のあぶり出しと音を立てずに蕎麦を食べる事。どれが一番難しいかを決めるのが今の僕の最重要課題です。KYですね。僕。KY=キン○マン・夜露死苦です。○の中に玉だけは入れないでください。それにつけても、『アッコにおまかせ』をよろしくお願いします。アレ以来、視聴率がものすごい勢いで右肩下がりです。僕の人生、霧が晴れる間もありません。十里木はきょうも霧が濃いです。銀座に来いの物語です。俺が霧笛を呼んでやるぜ。麩」


革命。あるいは「湯ぼぼ酒まら」
諸君の言い分をまとめればこうだ。分散分派しつつ統合すること。インディヴィジュアルでインディペンデントでブントも真っ青。「わけのわからなさ」をいかにアナグラムするかという腰つきに宿るエロティシズム。そのために必要なのは「革」だ。皮ではなく、革。つまり、革命。「湯ぼぼ酒まら」の極意が明らかになるまで、あと45回転。

ソス・ド・ヴィが
オー・ド・ヴィへ

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by enzo_morinari | 2013-10-16 17:43 | イマ、ココハ、戦場ダ。 | Trackback