カテゴリ:記号の都市から記憶の森へ( 1 )

記号の都市から記憶の森へ 記憶番号000・死んで四大に還ること

 
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死んで四大に還って集合的な存在に一旦融解するとすれば、輪廻転生を繰り返す場所もこの世のここでなければならぬという法はなかった。MSM19701125


記号の都市を出奔する。また会うこともない青い山が遠ざかり、後ろ姿が時雨れゆくのにもかまわず、蜩がうるさいほどに鳴きしきる記憶の森に分け入って半日ばかりもさまよい歩くと鏡のように凪いだ海に出る。

Mare Fecunditatis. 豊饒の海。時間の彼方に朧々と揺曳するものと空間の彼方に燦然と存在するものの翳のいくつかが、時折まばゆい光跡を曳航しながら気高く赫奕とした閃光を放つ。その光は栄光がときに苦いものであることの証明であり、命をつらぬく矢でもある。

激烈な憤怒の果てに生/死と清/濁と聖/俗と善/悪と美/醜をもろともに喰らう気分で豊饒の海の入江のひとつに足を滑りこませる。しばし、豊饒の海のぬるい水塊を身体の隅々にいきわたらせてから泳ぎはじめる。どこまで/いつまで泳ぐのかは判然としない。

豊饒の海を泳ぎきったと見切りをつけて視線を上げる。目がつぶれるほどの群青あるいは紺碧をたたえた空が広がっている。

海はと言えば、ひとしずくの墨を垂らしたような幽けき波紋が際限もなく生起消滅している。

ここは豊饒の海ではない。豊饒の海とはちがう。セイレーンがやむことなく子守唄を歌う沈黙の海か? それともちがう。

記憶もなければなにもないところに来てしまったのは確かだが、記憶もなければなにもないところに来てしまったと思う先には、四大が渾然として寂静を醸す、元いた記憶の森の入口が大きな闇口をあけていた。

あすの朝には忘却の湖へ足をのばすことになる。しばしの休息をとらなければならない。


記憶の森の蜩どもの声の雨
 
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by enzo_morinari | 2014-06-14 16:36 | 記号の都市から記憶の森へ | Trackback