カテゴリ:Night Dreamer( 1 )

Night Dreamer#1 夜を紡ぐひと

 
c0109850_5271826.jpg

 
夜を紡ぐ者は命を削る。E-M-M


夜泳ぐようになってから19年になる。日本にインターネットが普及しはじめた年と期を同じくしている。1995年の阪神・淡路大震災をきっかけとして意識して身体を鍛えるようになったことも少なからず影響している。

わたくしは夜泳ぐ。日中は記憶の海の底で眠っている。眠っているあいだ、黄色い道路清掃車が巨大なレモンに変身したり、ヤクルト・ママがレトルト・マーボーと決闘したり、年老いたミニチュア・セントバーナードがミニスカートをはいた過食症のツィッギーに闘いを挑んだり、大理石でできたJ.S. バッハが5本指靴下のピッピと恋に落ちたりといったたぐいの夢芝居を記憶の海の底にある記憶の劇場でずっと見つづける。つねに眠りは浅い。救いは世界樹が順調に生育していることだけである。

目覚めるとコンピュータの電源を入れる。緑色のインジケーター・ランプが点灯し、トスカーナの海に沈んでゆくエンゾ・マイヨルカ・モリナーリのウォール・ペーパーがディスプレイに現れると、記憶の海は瞬時に電子の海へと変わる。

ハードディスクを読み込む小気味のいい音が小鳥のさえずりがわりだ。準備運動をかねて電子の海の入り江のいくつかをゆっくりと泳ぐ。0と1でできた電子の海にはおよそ世界に現象化しうる数々の事象が疾走し、悠々として急ぎ、漂泊浮沈を繰り返している。

すなわち、

「崩壊した時間」の探索のためにすべての週末を非日常性に差しだす者

夕暮海岸で人生の日々をビバークしながらいつの日か天上から「Nice Shot!」の声がかかることを願うフィックル・ソーナンス・ザ・マン

右肩上がりを運命づけられた「新わらしべシステム」普及のために偽ボブとマーサー・ガーサーを道連れに一層三枝点に力をこめる幻師匠

反知性の放射能の非慈雨を浴びながらも、レディ・ヒリンドンとの午後のお茶の会を欠かさず、レモンタイムの胸キュン時間をすごし、「アブラムシなんかに負けるな色葉ここにあり」とオンファロデスとピンクスズランにゲラニウム・マクロリズム仕込みののりのりリズムで声援を送るプラント・プラネット星人

「ギアはいつだってニュートラル!」のかけ声とともに世相と意匠と知性をぶったぎるタマビ・ザ・マン

近江絹糸争議団団長を大伯父に持つ女工哀史研究家にして野麦峠番人而してその実体は沈没蟹工船いの一番に脱出船長のプテキャンの愛人はきょうもきょうとて「世界文化遺産に登録されようと富岡製糸工場がブラック企業であったことに変わりはない!」と連呼しまくるシルク・デイズ

ハーブ・エリスの不思議な三角形に魅入られし鳩の曲芸団団長

遠い夜明けに口笛で『The Great Gig in the Sky』を吹きながらハックルベリー摘みに出かけたまま帰らないトムとフィンのソーヤーな物語を語る佐村河内守掃討殲滅作戦参謀

ミネラル・ストーンの深さと豊かさに魅入られしウェストサイド・ビッグアイランドの女酋長にして茅ヶ崎海岸の魔女

フェニルメチルアミノプロパンの薬理作用によって千鳥足も甚だしいJ.P.サルトル・ボーイ

たかがハート印に浮かれ騒ぐ地方競馬ファンども

破滅への序章たる孤衆のサブプライム・ロンリー問題に業を煮やすプライム・リブ屋

被差別の立場から童話作家を目指すメンヘラー

「かかってこいやあ!」という怒鳴り声や「物静かに退場しろ」という大審問官の退廷命令

悪貨は良貨を駆逐するグレシャム状態のインターネット・ラジオ

公園で飼い犬に排便をさせたときに食事中の土方のおっさんから厳重抗議を受けたアザブ・セレブリティの体験談

格安激うまリタリン丼の耐性研究者

ベネッセ執行役員の教え子の日々の憂鬱

毎朝チヒロちゃんを新幹線改札口まで見送る奥多摩湖中で爆死寸前の銀杏息子の愉快な倫敦留学日記ブログ

タブーとサンクチュアリを日々往還するA級アンプの均衡者

生まれてこのかたねじを巻いたことも巻かれたこともない桃色看護婦の松坂世代ねじまき鳥

決して消すことのできない痛みの記憶を抱えながら横浜の小高い丘からソーダ水の中を通る貨物船に別れを告げるエストリルの風(ピョートル・イリイチの一日はボロディン・クワルテットが黒死館門外不出の弦楽四重奏団に負けじと倍音かましまくる弦楽四重奏曲第1番ニ長調第二楽章『アンダンテ・カンタービレ』で始まるらしいよ。らしいよ)

境界のボートが停泊する光と闇の幽玄の波止場に毎夜接岸するZINZIN船

ふとため息が出てしまう昼下がりの世界一小さな庭の片隅でインクの滲んだ紙ナプキンに息を吹きかけるレイザック・ライザップ・レーシック津和野夫人

葡萄酒の飲み過ぎでジュジュの冒険の後ろと前の区別がつかなくなってしまった女ル・コルビュジェ(専業主婦はいったいいつになったら専業主夫に訂正されるのだろうか? それとも永遠に訂正されないのだろうか? 気になって気になって栗がうまくて仕方ない)

どうでもいいようなことをダラダラ綴りながらも世界のあらゆることがいちいち気にさわるので棒ダラを甘じょっからく煮つけたものに罵詈雑言を浴びせるヘレン西川

アスペルガー・シンドロームと注意欠陥多動性障害を併せ持つ人生の同行者に夜毎殺意を抱く恩讐の彼女

放課後の音楽室でなんでもかんでもズバリ当ててしまうシャープさんフラットさん日本プロレス兄弟がロザン宇治原に『兄弟船』を歌って聴かせる世界の共同主観的存在構造の下部構造の研究にいそしむおしゃれな夜の理屈屋

帝国州の中心で巨大林檎の栽培と販売に余念のない誠実・友情・潔白を探し求めるショッパーズ・トパーズ黄玉夫人(七輪で秋刀魚を焼くのはいいんですが煙りが出すぎでは? ニューヨーカーとエスクァイアーがクレームをブリュレしに怒鳴り込んでこないんでしょうか?)

自分のためだけの幸せ探しの旅のさなかにグリシャムとグレシャムをまちがえた罰として味噌漬けにされてしまった灰の王女さまに屋根裏部屋でみつけたサンドリエをそっと差し出して「健康のためやりすぎに注意しましょう」とさりげなくたしなめる秋婦人警官

空っぽの鞄を「中身満タン」とみせかけるために日々おべんちゃらきれいごとおべっかおためごかしに余念のない偽鎌倉夫人

朝から晩まで「イイネ!」ボタンを押しまくる不誠実の極み人生とはなんぞや大王土建屋

抽象まみれの「御託」とグロテスクな親和欲求と認知欲求で暴走するポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウ婆


等々、およそこの世界に起こりうるすべてがある。

わたくしはそれらのひとつひとつに頬ずりしたり、唾を吐きかけたり、撫でまわしたり、踏みつけたり、じっと見つめたり、睨みつけたり、右ストレート・パンチを叩き込んだり、抱きしめたりする。そっと舐めることもある。口に含んで舌先で転がしているとき、あやまって飲み込んでしまったことさえある。

そんな電子の海を紡ぐひとがいる。そのひとは夜を紡ぐひとでもある。夜を紡ぐひとはおそろしく羊に詳しい。羊に詳しいくせに『羊をめぐる冒険』を読んだことがないという剛の者でもある。

夜を紡ぐひとはいつも「そこ」にいる。いや、在る。羊博士から「存在」を1日に10mg処方されているらしい。うらやましいかぎりだ。

夜を紡ぐひととは会ったことがない。声を聴いたことすらない。夜を紡ぐひとは糸繰り機を回すことにいつも夢中なうえに、キャドバリーのフルーツ&ナッツ・チョコレートの世話やらCAD犬の訓練やら記号士試験の受験勉強やらで目が回るほど忙しい。だから、夜を紡ぐひとは「そこ」から離れることができない。だから、いつも「そこ」に在る。そして、夜を紡ぎ、「そこ」と「ここ」を包み込む無限大の電脳羊ドリー・スウェーターの完成を目指す。

夜を紡ぐひとはときに突然沈黙する。深き沈黙。何者も癒さず、自らを癒すこともない沈黙。地下鉄丸ノ内線の最終電車のように深い沈黙。その沈黙の重さを計測する秤はこの世界には存在しない。その沈黙の重さに耐えきれずにコンピュータをシャットダウンすると夜を紡ぐひとは瞬時に消滅する。夜を紡ぐひとだけではない。すべては跡形もなく消え失せる。そして、記憶の海の朝がくる。
 
[PR]
by enzo_morinari | 2014-04-30 05:37 | Night Dreamer | Trackback