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Bitches Brew ── アコースティック・ギター婆ずれ女どもの肖像と憂鬱と成熟と喪失

 
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シニフィエ/シニフィアンが支配する贖罪の午後だった。芽を毟られた無数のハナミズキ。撃ち殺され、あとはただ屠られるのを待つ犢の屍体。沈黙を破ろうと口を開きかけるが黒光りする頑丈な鉄の猿轡で口を封じられ徒労に疲れ果てた仔羊たち。甘く濃密な香りを発するマグノリアに吊るされた奇妙な果実。

くうと腹が鳴る。「『Bitches Brew』は神話、神々の物語よ。神様たちが歌ったり踊ったりで騒々しいくらい」とアコースティック・ギター婆ずれ女/あばずれゴディバのW42が言った。

アコースティック・ギター婆ずれ女/あばずれゴディバのW42のひどい火傷の痕のある左手は虚空のギブソン・レスポール1968年モデルのネックをつかみ、生まれたてのシーズーの赤ちゃんを抱き上げるみたいに注意深く引き寄せ、剣豪のように襷にかけたストラップを手慣れた手つきでセットした。そして、『Be Careful With a Fool』をおそろしい速度で弾きはじめた。人差し指、中指、薬指が蜃気楼のように霞むほどの速さだった。

アコースティック・ギター婆ずれ女/あばずれゴディバのW42が3度目に『Be Careful With a Fool』のリフを超絶技巧で弾いているとき、バケツの泥んこ水がざわめきだした。アコースティック・ギター婆ずれ女/あばずれゴディバのW42の右手には泥んこ水が満たされたバケツがぶら下がっている。

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私は窓の外に広がる夏の気配をかすかにたたえた空の青さを計測しながら、大脳辺縁系と視床下部の中間あたりでトマゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニの『アダージョ ト短調』の3小節を繰り返し再生していた。

アコースティック・ギター婆ずれ女/あばずれゴディバのW42はいわさきちひろとさとうちひろとあらいちひろが絶唱する復活祭のためのチンスコウ・レクイエムのトリロジー・コラールが終わるや否や正規の非正規雇用社員として雇われたイースター島の消しゴム工場にStart Your Enginesしてしまった。今頃は昼の休憩時間に非大西洋一人ぼっちの真っ青な海を眺めながら膝の上にローソンおにぎり屋の「郷土のうまい!」シリーズの桜島どり溶岩焼と鮭しょっつる漬焼、「新潟コシヒカリ」シリーズ全品をならべて御満悦だろう。次の週末にはビッグ・カンダタ・マヌの背筋も凍るような襲撃をうけるとも知らずに。

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私はと言えば、ブロッコロ・ロマネスコが季節外れも甚だしく盛りを迎えていたのでバケツ一杯収穫する。色と形のいいものを黒織部のへうげた大鉢に水を張って入れ、ファイストス円盤型ダイニング・テーブルの真中に置く。パスタを茹でるのに手一杯の虹子の失われた胴体にかわって料理をいくつか作ることとする。

ブロッコロ・ロマネスコはさっと茹でてからマダム・デュ・バリー風にアレンジ。断頭台の露と消える運命を生きる者たちにはうってつけだ。ジス・フィッシュの蒸し物、マケマケとラパ・ヌイのオストラコン・サラダ、パズズのフリット、トナカテクトリウオのカルパッチョ。料理を並べると歓声があがる。

地下茎世界からやってきた5人の哲学者どもは絵に描いたようなフラクタルぶりのブロッコロ・ロマネスコに端を発してジュリア集合がどうのリアプノフ-マルクス・フラクタルにおけるスタビリティとカオス写像がどうの部分と全体の自己相似がどうの蜜蜂の家系とフィボナッチ数の関係がどうのスペインとポルトガルの国境線の長さの解釈の相違と地図の縮尺のロガリズムがどうのヒマワリの種を螺旋状にたどるシークエンスがどうの血管の分岐構造と腸の内壁のフラクタル構造がどうの近似的にフラクタルな図形は樹木の枝分かれやリアス式海岸の複雑な海岸線の形状といったかたちで自然界のあらゆる場面に出現してどうのハウスドルフ次元とミンコフスキー宇宙が等価でどうのと喧々諤々やりあっている。

私はとうとう堪忍袋の緒がぶちきれた。

「エミール=オーギュスト・シャルティエ流に言うならばだね。諸君らの”論戦”はこどもの喧嘩と大差ないってことなのさ。そんなことでは諸君らにはなにものも見出すことはできまいな。まず身体を鍛えたまえよ。疾走し、腕立て伏せをし、腹筋をし、ヒンドゥー・スクワットで汗を思う存分流すんだ。酸素をたっぷり吸って吐き出すことだ。さすれば、黙っていても幸福は向こうから勝手にやってくる。それがプロポということさ」

私がまくし立てても無駄だった。地下茎世界からやってきた5人の哲学者どもは、今度は「蝙蝠傘であるとはどのようなことなのか?」というクオリアの超難関問題に突入していった。

虹子の失われた胴体はまだパスタを茹でている。ポルコロッソは庭のガゼボでフランスタレミミウサギのアナスタシアとまぐわいつづけている。フランスタレミミウサギのアナスタシアの亭主であるオランダタレミミウサギのコーネリアスは大きな耳で顔を隠してうなだれている。エクリはファイストス円盤を模したダイニング・テーブルで大の字になって大鼾だ。双子の素数猿、ヨタとヨクトはスミス・コロナの機械式タイプ・ライター Royal Quiet DeLuxe-Model1942 で『生命、宇宙、そして万物についての答え』を書き上げるべく夢中でタイピングの最中だ。130億年後には『電脳羊ドリーのソネット』くらいは書き上げるだろう。しばし、自分の仕事をしよう。5人の哲学者どもには勝手に議論させておけばいい。

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Bitches Brew - Miles Davis (1970)
 
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by enzo_morinari | 2014-04-29 08:45 | Bitches Brew | Trackback