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物語を聴かせて ── 海辺の休暇#1

 
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避暑地のあかりに別れを告げるための話だ。


その夏の初めに2週間ほど滞在した海辺のホテルのテラスの壁にはBang & Olufsenの古いスピーカーがかかっていた。古いBang & Olufsenは白い漆喰の壁に見事に溶けこんで、ラウル・デュフィのデッサンのように見えた。Bang & Olufsenからは繰り返しステイシー・ケントの『海辺の休暇』が流れていた。海辺の避暑地は灼けつく太陽がもたらす残酷の前触れをそこここの陰翳に潜ませているように感じられた。

「この夏のあいだ中、わたしにあなたの物語を聴かせて。そして、世界の片隅にいることを忘れさせて。来年の夏にはまた別のひとを愛してしまうから」と彼女は言って上質のラブラドライトのような涙を流した。ガラス玉の涙。請求書付きの涙。隙を見せれば瞬時に毒薬に変容する涙。

「どうせ夏の陽射しが強くなるころにはきみはまた新しい別の男をみつける。飢えた狼のようにね」
「性欲と食欲と睡眠欲について是非を問うてはならない。ガーイウス・ウィプサニアヌスの言葉よ」
「うそだ」
「うそよ」

「Au coin du monde. 世界の片隅で」と彼女は言った。毎夏のことだ。もう15年になる。夏のあいだ中、彼女は「Au coin du monde. 世界の片隅で」とつぶやきつづける。世界の総体をグリップしてでもいるみたいに。しかし、それは私の思いすごしだろう。世界の総体をグリップできる者など存在しない。少なくとも、私が生き、呼吸し、眠る世界には。

世界の片隅に生きる彼女は夏が盛りを迎えると決まってほかの男のもとへ行く。急ぎ足で。いそいそと。イパネマからやってきた娘のように。コパカバーナの海辺で男たちを手玉に取る性悪女たちのように。

コパカバーナで恋に落ちてはいけない。時代が変わっても変わらぬ真理だ。そう。コパカバーナで恋をしてはならない。浮気性の女と人生の日々をともにすごしてはならないのとおなじだ。寿命を短くする。


Les Vacances au Bord de La Mer (Raconte-moi) - Stacey Kent
 
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by enzo_morinari | 2014-04-14 11:20 | Raconte-moi | Trackback