カテゴリ:東京ジェットコースター・デイズ( 2 )

東京グレープフルーツ・ムーンと24年目のジェットコースター・デイズ

 
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ゆうべ、虹子とともに東京グレープフルーツ・ムーンを鑑賞、堪能した。カーテンを開け放し、床に寝転んで枕をならべ、窓越しに東京の夜空を仰ぎみる。わが人生の同行者はいかにも満足げだった。ミニチュア・セントバーナードのポルコロッソは虹子に寄り添い、すぐにかすかな寝息をたてはじめた。

昼すぎから吹いた風が東京によどむ汚れた空気を一掃したせいで、夜空は澄んでいた。いつもは見えない星さえ見えた。部屋のあかりをすべて落とし、真空管アンプにあかりをともし、iTunesで「夜と星と月と人生」をテーマにしたリストの音楽をかけた。漆黒のキャンバスに垂らしたクマガヤ・ホワイトのごとき煌々とした東京グレープフルーツ・ムーン。まことにすばらしい春の夜である。

「おまえと暮らしはじめて何年になるのかね?」
「おととい、5月17日でちょうど23年です」
「そうか。おとといはなんとか記念日だったわけか。なぜ黙っていたんだ?」

しばしの沈黙。そして静寂。

   忘れてました」
「あいかわらずうそがへたくそなやつだ」

吾輩が言うと、虹子はくくくっと笑った。

「ジェットコースターのごとき日々で、さぞやおもしろかっただろう?」
「わたし、ジェットコースターはきらいです。メリーゴーラウンドくらいがちょうどいいです」

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遠い春の日。虹子と出会ってまだ間もない頃、鬱々とした日々を忘れようと、後楽園遊園地に遊んだことを思いだす。虹子は生まれてはじめてのジェットコースターに怯え、カーゴが頂点を目指して動きはじめると吾輩にしがみつき、叫び、下りだすと、大量の涙を流した。いくぶんかの痛みをともなっている日々の中の、小さな、しかしけっして忘れることのない思い出である。

「しかし、ジェットコースターの日々はまだしばらくつづく」
「はい」

かたわらのワイングラスを手に取り、虹子と乾杯した。吾輩が飲もうとすると、虹子が言った。

「あの台詞を言ってくださいな。映画の、ほら、『カサブランカ』の」
「ああ。うん。わかった」
 
Here's Looking at You, Kid! 君の瞳に乾杯!

グラスをあわせ、ひと口飲んだ。安物のチリの赤ワインだが世界中のどのヴィンテージ・ワインよりも馨しく、芳醇だった。満ち足りた表情をみせる東京グレープフルーツ・ムーンにグラスを透かすと、グラスの中で天空の、撓わにして馥郁たるグレープフルーツがにじみかけ、揺れた。不覚にも涙がこぼれそうになったが我慢した。女子供の前で涙をみせるわけにはいかない。

虹子はおさなごのように春の東京の夜空をみつめている。虹子に寄り添うポルコロッソはかすかな寝息をたてている。

かくして、本日も東京はジェットコースターのごとくに天下太平楽である。

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" Play it, Sam. Play, As Time Goes By " - Dooley Wilson and Ingrid Bergman
As Time Goes By - Frank Sinatra
As Time Goes By - 101 Strings Orchestra
 
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by enzo_morinari | 2013-05-19 11:33 | 東京ジェットコースター・デイズ | Trackback

『ジェットコースター・デイズ』のためのレッスン#01 あといくつ夜を越えれば

 
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「おまえとあといくつ夜を越えられるのかな」
 キッチンにいる虹子の細い背中に向かって言った。虹子は大根と人参と厚揚げの煮物を作る手をとめて振り返った。驚いたような顔をしていた。
「いまね、蜜の『初恋かぷせる』の出だしを歌ってたの。あといくつ夜を越えればこの思い言葉にできるのって。頭の中で」
「そうかそうか。おれもだよ。おれもあといくつ夜を越えればこの思い言葉にできるんだって歌っていたよ」
 部屋の中に大根と人参と厚揚げの煮物のいい匂いがしはじめた。一番弟子のポルコロッソと二番弟子のダニーボーイが虹子の足元でじゃれあっている。こんな夜がいつまでもつづけばいい。いくつ夜を越えても、いくつ朝が来てもずっと。

 今夜もまた、世界中のだれもがいくつもの孤独や苦悩や痛みや悲しみを抱えながら夜を越えている。彼らに夜と闇が少しだけやさしくあればいい。そして、彼らの孤独や苦悩や痛みや悲しみがほんの少しでいいから癒されればいい。

 蜜 『初恋かぷせる』
 
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by enzo_morinari | 2013-05-16 03:37 | 東京ジェットコースター・デイズ | Trackback