カテゴリ:Media Vita in Morte ( 3 )

亡国の類 ── 謝蓮舫

 
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ケチャップに秘められた「食の伝播」に関するいくつかのことと辻元清美の上顎部の形状問題と「真実の口」#3

蓮舫をゆるしてはならない。のさばらせてはならない。蓮舫の醜さはみずからの愚かさを隠蔽するために「賢そうに」みせかけるところに現れている。北野ファンクラブで、高田文夫に「茶の間に土足で上がりこんでくるんじゃない!」と言われたときの蓮舫の叱られた仔犬のような表情は悪くなかった。だが ── 。謝蓮舫はいまや、辻元清美に続いて亡国の類の筆頭にある。以下、列挙し、あげつらう。

可愛げなし
A( )C
傲岸不遜
思い上がり
勘ちがい
虫酸を呼ぶ引きつったせせら笑い
 
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by enzo_morinari | 2013-11-29 04:22 | Media Vita in Morte | Trackback

ケチャップに秘められた「食の伝播」に関するいくつかのことと辻元清美の上顎部の形状問題と「真実の口」#2

 
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喫緊の課題は辻元清美、福島瑞穂、田嶋陽子、細木数子(安岡正篤取り憑き殺し下手人)、根本七保子(デヴィ・スカルノ)、野村沙知代(地獄の馬房を煮詰めたごとき凄惨臭を半径25メートルに撒き散らす者)、和泉節子(和泉元彌の母親)、片山さつき、高市早苗(お天天教信者)、勝間和代(キタサブ並みの鼻穴を有する者)、謝蓮舫(醜悪なるポピュリストにして黒ラベル)ら亡国のキ印どもをユープケッチャすることである。E-M-M


辻元清美が反原発脱原発スタイリスト小泉純一郎の小倅、小泉進次郎を国会審議の場でああでもないこうでもないと愚にもつかぬ言説を並べたてて吊るし上げる姿は醜悪きわまりなかった。その言説とその言説を生む魂のいやしさあさましさ醜さもさることながら、その形相たるやおぞましさの一語に尽きるものであった。辻元清美のような品性下劣な輩が選良であること自体がどうかしているのであって、辻元清美を国政の場=国権の最高機関たる国会に送った大阪10区の選挙区民は大いに恥じるがいい。

辻元清美はピースボートでいくら儲けたか?
辻元清美はピースボートで儲けたカネをなにに使ったか?
辻元清美は民主党政権時、首相補佐官(災害ボランティア活動担当)だった半年のあいだに被災地でカネをいったいいくら浪費したか?


これらのことについては扨置く。いずれ言い逃れ申し開き「ああ言えば辻本」「開き直りまやかしの総合商社」のできない「客観証拠」とともに白日の下に晒すときがくるはずだ。いまはとにかくケチャップと上顎だが、その前史として、世にあまた蔓延る亡国のキ印どもについてその悪業と足跡をたどっておきたいと思う。

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by enzo_morinari | 2013-11-21 13:49 | Media Vita in Morte | Trackback

ケチャップに秘められた「食の伝播」に関するいくつかのことと辻元清美の上顎部の形状問題と「真実の口」#1

 
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われら、死への道程の半ばにありて Media Vita in Morte Sumus G-C/魚のしるしを持つ者


2011年3月1日。その日、私は Poisson d'Avril の予行演習をつつがなく終えてほどなく、福島瑞穂方向の空がユープケッチャ同位体色に染まるのを見届けてから日本放送協会の国会中継を見るともなく/見ないともなく見ていた。正確には辻元清美の上顎部の形状観察をしていた。

毎度毎度、辻元清美の声と上顎部の形状には吐気をおぼえ、その痩せた深谷葱の葱坊主のような頭部を「真実の口/Bocca della Verità」に渾身の力をこめて突っこみたくなる衝動を抑えるのにひと苦労するのだが、その日もまた、遠い昔に別れた護国寺書店のオババの下卑た笑い声とともに辻元清美事案に対するのをいかんともしがたかった。

憤怒と憎悪がふつふつふつと沸き起こってきた。脇の下からは甘すぎる歯と葉と鳩に侵蝕された薄桃色の鎌倉駅前サブレそっくりの汗が10ccほども滴り落ち、おまけにすぐ横では太陽補足職人兼レインボウ・メイカーのマーチャノワがぬるいにもほどがある半笑いを浮かべながらせっせせっせとターコイズ・ブルーの1942年型スワロフスキーにブリスターを発生させていた。そして、私はディスプレイの中に発見した。辻元清美の上顎部に微細なケチャップのしみがついているのを。

「このポンコツボンクラヘッポコスカタンめが、昼にホットドッグを喰いやがったな。あふれるほどケチャップをつけて。あれほどケチャップの差別性について御託を並べておきながら」

腹立たしかった。ケチャップには「食の伝播」の歴史が秘められていて、そこにはソース全般に果たした、燃えつきた海図を頼りに魚醤方舟ニョクマム丸で旅をつづける箱男乃至は砂の女の日ごとの食卓に並ぶユープケッチャ同位体の暗躍を読み取ることができる。そのことについてはもはや議論はない。われわれは己が「内なる辺境にたどり着くための都市への回路」について、もっと切実誠実であるべきであることについても。2011年3月11日、午後2時46分がやってくるのは239時間59分42秒後だった。(to be continue)
 
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by enzo_morinari | 2013-11-20 05:24 | Media Vita in Morte | Trackback