カテゴリ:「悲の器」をみたすもの( 1 )

「悲の器」をみたすもの#1 かなしみの根源

 
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我が心は石に非ず。転ずべからず Shi-Kyo
末世の衆生に親子のかなしみ深きこと Kon-Jaku
天人五衰の悲しみは人間にも候けるものかな Hey-Ke
生あるものは必ず滅す。楽しみ尽て悲しみ来る Hey-Ke
汚れつちまつた悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる Chu-Yah
我は悲の器なり。我において何ぞ御慈悲ましまさずや Gen-Shin


小林秀雄の一言一句がかなしくてかなしくて仕方のない時期があった。小林が屁を放ったときにいっしょにいた女がはらはらと泣いた話には胸がつぶれるような思いのあとに号泣した。「なぜ泣くんだ?」と怪訝な表情で問う小林に、女が「いつかあなたのおならが聴けなくなってしまう日が来ると思ったらかなしくてかなしくて」と答えると、小林は言葉につまってしまう。

「かなしみ」は「悲しみ/哀しみ/愛しみ」と書く。慈悲。悲痛。悲恋。悲劇。悲観。悲哀。哀愁。哀感。哀悼。慈愛。愛執 ── 。どのように手をつくそうと取りもどせないと思い知ったときに「かなしみ」はやってくる。いまみている青い空は一刹那ののちには手の届かないところに流れ去って、おなじ青い空は二度とみることができない。宇宙森羅万象はすべて「二度とないこと」を孕みつつ有為転変しながら生起している。そのことのかなしみを深く知ったときに「心映え」が生まれもする。

倫理学者の竹内整一によれば、「かなしみ」の「かな」とは、「○○しかねる」の「かね」とおなじところから出たものであり、それはなにごとかをなそうとしてなしえない張りつめた切なさ、緊張感であり、自分の力の限界、無力性を思い知りつつもなにもできないでいるときの心の状態を表す言葉であるという(『「かなしみ」の哲学/日本精神史の源流を探る』/NHKブックス 2009年)。

「人生は苦である」というよりも「人生はかなしい」のほうがなぜ心を打つのか?
我々はかなしむことによってなんらかの永遠性/無限性につながりうるのか?
「かなしみ」が「おのずから(無限性)」と「みずから(有限性)」の「あわい」「境界」「境目」を呼び起こす心的構造とはなにか?
「かなしみ」を排除するのではなく、むしろ「かなしみ」の感情に親和していくことによって根源的なるものにつながっていく思想性/精神性とはなにか?

「かなしみ」は「別れの痛み」「はかなさ」とともに我々の心を強く深く静かに貫き、撃ち抜く。


汚れつちまつた悲しみに/中原中也 (『山羊の歌』文圃堂 1934)

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる
……


柏舟/詩経

汎彼柏舟汎たる彼の柏舟
亦汎其流亦た汎として其れ流る
耿耿不寐耿耿として寐ねられず
如有隱憂隱憂あるが如し
微我無酒我に酒の以て敖し
以敖以遊以て遊する無きに微ず
我心匪鑒我が心 鑒に匪ず
不可以茹以て茹る可からず
亦有兄弟亦た兄弟有れども
不可以據以て據る可からず
薄言往愬薄らく言に往き愬れば
逢彼之怒彼の怒りに逢ふ

我心匪石我が心 石に匪ず
不可轉也轉がす可からざる也
我心匪席我心 席に匪ず
不可卷也卷く可からざる也
威儀棣棣威儀 棣棣として
不可選也選ぶ可からざる也

憂心悄悄憂心 悄悄として
慍于群小群小に慍まる
覯閔既多閔に覯ふこと既に多く
受侮不少侮を受くること少なからず
靜言思之靜かに言に之を思ひ
寤辟有摽寤めて辟つこと摽たる有り

日居月諸日や月や
胡迭而微胡ぞ迭って微なるや
心之憂矣心の憂ひ
如匪澣衣澣はざる衣の如し
靜言思之靜かに言に之を思ひ
不能奮飛奮ひ飛ぶこと能はず

川面に浮かぶ柏の船が汎然として流れてゆく。
わたしは眠ることもできない。心配事があるからだ。
酒を飲んで泣き、遊んで気をまぎらわすことができないわけでもないのに。

わたしの心は鏡ではないから人の心を推しはかることなどできない。
兄弟がいないわけではないが、愚痴をこぼすわけにはいかない。
そんなことをしたら怒りを買うばかりだろう。

わたしの心は石ではないから転がすこともできない。
わたしの心は莚ではないから巻いてしまうわけにもいかない。
だから威儀堂々に心がけ、ほかになすすべもない。

憂鬱な思いをかこっているとまわりの人々から馬鹿にされる。
いつも憂鬱そうな顔をしていると馬鹿にされ、からかわれるのだ。
こんなことばかり考えていると眠ることもままならない。

太陽や月はいつも明るいわけではない。
わたしの心は憂いのためにいつも古着のように薄汚れている。
こんなことばかり考えていると鳥のように飛び立つこともできない。

 
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by enzo_morinari | 2013-11-02 16:25 | 「悲の器」をみたすもの | Trackback