カテゴリ:TEPCO ATOMIC WONDERL( 4 )

テプコ・アトミック・ワンダーランドの愉快な仲間たち#4 ムトゥ

 
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最強のラスボス・キャラ。フクシマの1F-1、1F-3、1F-4が水素爆発を起こし、混乱と恐怖が世界を覆いつくしつつあった2011年3月21日、テプコ・アトミック・ワンダーランドの会見場に巨体を揺すりながら、ついに奴は現れた。ムトゥの鮮烈デビューである。
ユダヤ商人のようにしたたかで狡猾で冷酷な眼。フランス語とも呪文とも聴こえる言葉。あつかましい馬鹿サヨク・フリーランス・ジャーナリストの重箱隅突っつき攻撃をものともしない厚顔無恥/傲岸不遜ぶりは特筆に値する。以後、ムトゥが登場するたびに会見場は臨界寸前の事態に。
ダウン・スケールとなった原子炉への海水注入を迫る「ニッポンでもっとも原子力に詳しい漢(オトコ)」=カン・チョクト首相(当時)に、「廃炉にするのがもったいねえからできねえっての!」と抵抗した荒法師ぶりは「テプコ・アトミック・ワンダーランド伝説」のひとつである。コオナゴ巨大化のためのアトミック・ジュース放出の際はテプコ・アトミック・ワンダーランド内の隠し砦に立てこもり、知らぬ存ぜぬを決め込む豪腕ぶりを発揮して世界を唖然慄然腸捻転させた。これもまた伝説となった。

本  名:ムトウ・サカエ
生年月日:1950年6月28日
生 息 域:トーキョー、アトミック・ヴィレッジ

1974年3月 トーキョー帝国主義大学工学部卒業
1974年4月 テプコ・アトミック・ワンダーランド入社
1992年9月 アトミック・カフェ技術課長
1994年7月 フクシマF1技術部長
2001年6月 デンジ連出向
2004年6月 ウラン・リサイクル部長
2005年6月 執行役員
2008年6月 常務取締役
2010年6月 取締役副社長
2011年3月21日、「ムトゥ」として電壇に鮮烈デビュー

趣味: アトミック・ワイナリーめぐり/防汚染水トレンチ・コート蒐集/格納容器いじり
特技: 炯々たる眼光からチェレンコフ光を放ち、腑抜け腰抜けジャーナリストどもの魂を射抜くこと

ひとこと: 文句があるなら隠し砦に来い!

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by enzo_morinari | 2013-09-20 18:26 | TEPCO ATOMIC WONDERL | Trackback

テプコ・アトミック・ワンダーランドの愉快な仲間たち#3 カノー・トーキーオー

 
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かつてのアトミック・ヴィレッジのボスキャラの一人。生粋の電気ゴロ。ゲンパツ推進、ゲンパツ利権の代弁者、政治屋としてなりふりかまわぬ跳梁跋扈ぶりを示し、コッコー省副大臣にまで登りつめるが、ドケン屋から小金をせしめたことがバレて命運つき、議員センセーの椅子から転げ落ちる。だが、どっこいカノーは生きていた。古巣のテプコ・アトミック・ワンダーランドに顧問として舞いもどり、汚名返上・名誉挽回の機を虎視眈々とうかがっているところに、フクシマ原発が立てつづけに「ハーイ♪」(©シーベルト君)したのであった。
老子先生の言うとおり、天網恢恢疏而不失。天はカノーをゆるさなかった。カノーの進退、ここに極まる。集票マシーン、集金マシーンの解体はおろか、HPの果てまでソッコーで閉鎖するカノーであった。テプコ・アトミック・ワンダーランドにあてがわれた新橋の顧問室にいるのかいないのか。このまま頰っ被りを決めこんで御臨終まで雲隠れか。逃げ場はあるまい。「天網恢恢疏而不失」という真理は物理法則、ニッポン国刑事訴訟法と同等に容赦ないのだ。
カノーの唯一の見せ場ははるか昔、チェルノブイリ原発事故後におこなわれた『トーキョーにゲンパツを!』のヒロセ(本が売れりゃあいいんだよ)タカシとのブンゲー春秋誌上における対論だった。カノーはヒロセをコテンパンにやっつけたのであった。

本名カノウ・トキオ。1935年トーキョー生まれ。トーキョー帝国主義大学法学部卒。1957年テプコ・アトミック・ワンダーランド入社。科学万博電力館長等を経て、1988年取締役原子力本部副本部長就任。以降、代表取締役常務、副社長(原子力担当)を歴任。1997年テプコ・アトミック・ワンダーランド役員を退任、「地球環境・エネルギー総合研究所」なる集金マシーンを設立し理事長に就任。1998年 第18回サンイン議員選挙に経済談合屋(経談屋)の組織内候補としてジユウミンス党公認で比例代表区に出馬当選。議員センセーの中ではエネルギー問題に精通する数少ない人物という触れ込みで、エネルギー政策基本法成立のために伏魔殿中を我が物顔で跳梁跋扈。しかし! ゼネコンの西松っちゃん建設から政治団体を隠れ蓑に多額の政治献金を受けていたことが表面化してorz~☹ 2011年2月1日、経談屋会館で政界引退、新著出版、褒章受章の記念会が開かれ、ジユウミンス党総裁のタニガキ・サダカズやテプコ・アトミック・ワンダーランド会長のカツマタ・ツネヒサをはじめ、各界有力者が多数出席、悪だくみに余念のないカノーだったが、3月14日のフクシマ原発事故の数日後、運営していたすべてのホームページ閉鎖。3月31日に「カノウ・トキオ後援会」を、4月30日に「地球環境・エネルギー総合研究所」を解散。スイスイ・スーダララッター・スタコラサッサーサーと雲隠れ中。

公然の秘密:ヅラ/描き眉
 
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by enzo_morinari | 2013-09-20 14:12 | TEPCO ATOMIC WONDERL | Trackback

テプコ・アトミック・ワンダーランドの愉快な仲間たち#2 ミミッチー

 
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アトミック・ヴィレッジのボスキャラの一人。巷間、原発推進の「御用学者」と言われているが、それは正確ではない。「御用商人」が正しい。実際、ミミッチーの商人ぶりは徹底している。ゼニになるとみれば友も売る。正体不明の団体だって作る。毎時100ミリ・シーベルトの放射線量を安全安心だと言い張る。テプコ・アトミック・ワンダーランドの旗色が悪いとみるや、次はチェプコ・アトミック・ワンダーランドに鞍替えする。フクシマ原発事故後の「ハマオカは絶対に安全だ。事故が起こってもだいじょうぶだ。全電源喪失しても冷却系は動く。フクシマのようなことにはならない。心配ない。(とにかく、ガネ! ガネがほしいんだ、ガネが! 76歳。)」という発言はチェプコ・アトミック・ワンダーランドの社長、ミズノ・アキヒサを大いに喜ばせ、勇気づけ、停止中のハマオカ原発再稼動を決意させた。

1986年のチェルノブイリ原発事故以降、メディアに急激に露出。中でもテレチョーの「朝まで生テレビ・ジャマイカ」出演時のしたたかさ、嘘くささ、トンデモぶりはいまや伝説となっている。原発利権の代弁者として一世を風靡したカノウ・トーキーオー(元テプコ・アトミック・ワンダーランド副社長。元サンイン議員。現テプコ・アトミック・ワンダーランド顧問。現在、雲隠れ中)とは刎頸の友。また、ミミッチーのしゃべくりは「ミミッチー・コメディ・ショー」と評され、茶の間、講演先を問わずにヒンシュクの嵐を巻き起こす。一見の価値ありだ。
ミミッチーの名言「原発は30年どころか、60年、100年だって大丈夫だ。(原発は永久に不滅だ。巨人だ、大鵬だ、卵焼だ。)」

本名はイシカワ・ミチオ。昭和9年サヌキ・ウドンの里に生まれる。トーキョー帝国主義大学工学部卒業後、ニッポン原子力研究所入所。安全解析部長。動力試験炉部長。トーカイ研究所副所長などを経て、平成17年にニッポン原子力技術協会を設立。20年まで同協会理事長。現在、同協会最高顧問。
 
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by enzo_morinari | 2013-09-20 09:38 | TEPCO ATOMIC WONDERL | Trackback

テプコ・アトミック・ワンダーランドの愉快な仲間たち#1 デタラメ・ハルキンボ

 
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原子力不安全の番人、原子力不安全委員会の元委員長である。デタラメくらい出鱈目で軽薄で無責任で無能で姑息な輩にはそうそうお目にかかれまい。サンイン予算委員会に参考人としてお呼びがかかり、きっつい質疑の矢面に立つデタラメのうろたえぶり、ビビりぶりは見物であった。ロッキード事件にかかわる証人喚問のときのオサノ(「記憶にございません。」)ケンジ、ダグラス・グラマン事件の証人喚問で宣誓書に署名するときにガクブルしていたカイフ・ハチロウに匹敵する。そのいっぽうで、フクシマ原発事故発生から12日間にわたり取材を拒否するという剛の者の一面も。その理由を問われて答えに窮したデタラメは苦しまぎれに「(マスコミなんかだいっきらいだしぃ)官邸と文科省に伝えりゃいいと思ったもんで。でへへ。うしし。ぐふふ」ときたもんだ。非常用ディーゼル発電機や冷却ポンプなどの重要機器が複数同時に機能喪失することを想定しなかった理由を社会ス義ミンス党のフグスマ(キ印の女たち一味)ミズホちゃんに問われ、「そんな事態は想定しない。そんなことを想定してたんじゃ原発つくれないもんよ。(つくれなきゃ、オイシイ思いできないじゃん!)」とドヤ顔。また、高レベル汚染水への対応について質問された際に、「原子力不安全委員会はそんなめんどくさい知識は持ち合わせてないYO!」などと発言して見識のなさを露呈するとともに、原子力不安全委員会の存在意義に大いに疑問を抱かせた。そんなこんなのデタラメは、週休6日、勤務時間5分~1時間で年収1650万円もらっちゃったちゃっかりさんである。口ぐせは「お兄ちゃん、まだらめぇ~」

本名マダラメ・ハルキ。1948年生まれ。1970年3月トーキョー帝国主義大学工学部卒業。1972年4月とうきょうしばうらでんき入社。1989年トーキョー帝国主義大学工学部附属原子力工学研究施設助教授。2005年4月トーキョー帝国主義大学大学院工学系研究科教授。2010年4月内閣府原子力不安全委員会委員長就任。

【著 書】
『虱の歌を聴け』
『2011年のビーンボール』
『核をめぐる冒険』
『キュリー夫人はグレイなレム睡眠がお好き』
『世界の終わりとテプコ・アトミック・ワンダーランド』
『炉、建屋を焼く、その他の短編』
『福島行きのスローボート』
『TEPCOピープル』
『ベクレルの森』
『原子力村クロニクル』
『2Q11』
『福島の南、浜岡の西』(原発紀行集)
『スリーマイル豆腐』(放射能グルメ評論集)
『チェルノブイリ・プリン』(放射能グルメ評論集)
『かあつ式』(原子炉娯楽情報誌・月刊『ゲロ』連載の漫画エッセイ集)
『ふっとう式』(原子炉娯楽情報誌・月刊『ゲロ』連載の漫画エッセイ集)

【訳 書】
『偉大なるメルトダウン』(F.S.フィッツゲラダヒヒ)
『シュラウド再訪』(F.S.フィッツゲラダヒヒ)
『デンリョク畑でつかまえて/The Catcher in the Lie』(J.D.モウドクサリンジャー)
『バカな魚に手頃な日』(J.D.モウドクサリンジャー)
『シーベルト序章』(J.D.モウドクサリンジャー)
『冷却』(T.アポーンティ)
『フクシマの小女子釣り』(R.ボディーブローティガン)
『ガイガーの世界』(J.アービングクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング)
『ホテル・ニュートリノ』(J.アービングクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング)
『ニュートリノの聖骸布』(イアン・ウェスティングハウス)
『今、そこにある放射線管理区域』(T.クライシス)

【好きな映画】
『アトミック・ヴィレッジの青春』(ポール・ファザースキー)
『東京電力物語』(小角安二郎)
『最後の商売』『絵に描いた餅』(ピーター・ボクダノサノバビッチ)
『The Killing Atomic Fields』(シドニー・グリーンストリートシャンバーグ)

【趣   味】接待旅行とポンチ絵描き

【愛 読 書】なし

【ひとこと】「もっとチェレンコフ光を!」

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by enzo_morinari | 2013-09-19 14:39 | TEPCO ATOMIC WONDERL | Trackback