カテゴリ:反語と隠喩( 1 )

反語と隠喩#1 或るカリグラファーの能記の冒険と4θ4LNF文字に関する研究

 
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言語は既知のことしか伝えない。新しい感動と驚きをえることができるとすれば隠喩によってである。E-M-M


朝からずっと、『旧約聖書/創世記』第19章にあるソドムとゴモラの滅亡物語の象徴的なシーンのうちのひとつ、神の使者の戒めを破って振り返ったロトの妻が塩柱となる場面が大脳辺縁系ならびに大脳新皮質を駆けめぐっている。

昨夜、「アルビノ女並びにアリン・スエツングースカ及び中身は空っぽカバン偽鎌倉夫人、五体不満足不誠実還暦婆さん対策」のためにS.フロイトの『トーテムとタブー』を読んだ影響だろうとは思うけれども、鬱陶しいことこのうえもない。

アクセス数欲しさに読みもせずに「イイネ!」ボタンをクリックしつづける中身は空っぽカバン偽鎌倉夫人と五体不満足不誠実還暦婆さんの故障した日本語並みに鬱陶しい。わけのわからぬ勿体つけと山出しの田舎者丸出しの犬も喰わぬようなセンスを振りかざす前に、大仰御大層大袈裟なカビの生えた「道徳論」を振り回す前に、そのずっと前にやるべきことがあるだろう。すなわち、自らの不実、不誠実を省みて、少なくとも不実、不誠実なことはしないということを。善きことをせよとまでは言わないし、言う必要などないが、せめて、悪しきこと/不誠実不実/無礼をしないくらいはできるだろう。

読んでもいないものに「イイネ!」も糞もあるものか。失礼をとっくに通り越して無礼である。おまえたちのような愚劣愚鈍奴はとっとと八尋の和邇にでも喰われてしまえ。安達ヶ原の鬼婆のように観音力の雷の直撃を受けて頭破七部となれ。さもなくば、倭迹迹日百襲姫命を範として30回刺されて果てろ。箸が必要なら漆塗りの逸品をくれてやる。長月菊月からの復帰も不要だ。能書き御託は柿の木をまともに育て上げ、「無印良品」を卒業し、オーセンティックの意味をきっちりとグリップし、喰える代物のまともなアルデンテのパスタを茹でられるようになってから言え。「ありがとう」は名クローザーのブレンダ・ジョンソン女史の専売特許だ。元CIAの凄腕捜査官に任せておけ。早い話がとっととすべてをクローズしろ。と、まあ、憤怒と憎悪は拡大するばかりである。

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さて、セント・ミルナの座敷で酌婦として日々健気に働く蛤女房/権中納言アグリッパ・アグリッピナ・アクアパッツァにしばしの別れを告げ、「鶴の恩返し」がしたいという銀の鼻野郎こと今浦島太郎と会って「舌切り雀の塩焼き」を喰うために、パンドラの匣から発した夏の終りのふやけた熱に蒸死寸前の東京に向かう途中、メリュジーヌ・モティーフのための材木のモザイク処理のカリギュラ効果に端を発した「ブーバ危機」についてずっと考えていた。ピッグス湾を中心とした「ブーバ危機」について考えながら高原から砂漠へ、亜寒帯から亜熱帯へと移動するあいだに、「反語と隠喩」についての最終解答を出す。いや、出さねばならない。さもなくば吾輩は腹蒸死する。東京はいまやメタ・ドーナツシティだからだ。

ついこのあいだまで、人間はカンガルーの脚だったが、いまやドーナツの真ん中、意志の中心で燦然と輝くメタル、運命を追い越した者に向かって鋭く確実に泣き叫ぶブーバ危機のただ中にある。

脳みその皺の足りない能天気どもは「つながり」がどうたらこうたらと、この蒸死寸前の世界で愚にもつかぬ戯言を並べたてることで親和欲求の満足を得ようと必死だが、滑稽至極、哀れでさえある。憐憫の情など一切湧かぬが、嗤いは起こる。しかも、大嗤い。生まれたときも生きている最中も死ぬときも一人であることはとっくの昔に解決済みの問題である。大事なのは、そうであってもなお、「一人ではない。手を取り合える。繋ぎあうことはできる」と絶望の淵から強く思うことができるか否かということであって、それを希望と呼ぶなら、希望にはなにがしかの力があるということだ。

まあ、せいぜい仲良しごっこをたのしみながらおべんちゃらきれいごとおべっかおためごかしに精を出すがいい。反吐は環八の側溝にでも撒き散らせばいいだけのことだ。東京は塵芥を撒き散らし、捨て去るにはうってつけの街である。2013年8月31日1700時現在、すべての答えは「渋谷権八」の掬い豆腐にある。それだけが救いだ。さて、出発だ。

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【参考文献並びに資料】
一次資料
スエトニウス『ローマ皇帝伝』「カリグラ」16
『フラックスへの反論』4
『怒りについて』6
『心の平静について』8
『人生の短さについて』9
To Helvetica, On Consolation 11
『善行について』12
『死の恐怖について』(Epistle IV) 13
On Taking One's Own Life (Epistle LXXVII) 14
On the Value of Advice (Epistle XCIV) 15
フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌』第18・19巻2
タキトゥス『年代記』第6巻17
『ガイウスへの使節』3
『賢者の不動心について』5
カッシウス・ディオ『ローマ史』第59巻1
To Polybius, On Consolation 10

二次資料
Caligula: the corruption of power by Anthony A. Barrett (Batsford 1989)
Grant, M. The Twelve Caesars. New York: Charles Scribner's Sons. 1975
Biography from De Imperatoribus Romanis
Biography of Gaius Caligula

その他
カリギュラ (戯曲)
カリギュラ (映画)

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by enzo_morinari | 2013-08-31 17:10 | 反語と隠喩 | Trackback