カテゴリ:三葉虫食堂( 2 )

三葉虫食堂#2 三葉虫丼の概略とベラスケスのコンベルソ問題

 
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三葉虫食堂の三葉虫丼は、その名称によって様々なる意匠に彩られた憶測を呼んでいるが、実際、三葉虫丼はどうということのない、年収5億4200万ラスメニーナス時代を生き抜くためのアイテムのひとつに過ぎないというのが私の考えだ。

「ラスク! メシ! ナス!」と叫びたくなった者のためのパーネヴィーノについての心性を忖度することはバージェス・タウンの掟に反するので扨置く。

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三葉虫丼の文明論的概略を申し述べるならば、それは「ラスク、メシ、ナス」である。これにダシをトッピングがわりにぶっかけることも可能である。サイズはタテ318cm×ヨコ276cm×奥行き測定不能。

三葉虫丼を構成する各要素はリスキーなラスク。メッシの神業にも比しうる魚沼産コシヒカリ米メシ。そして、やることなすこと那須塩原さびれた温泉街のごとき風情を醸す加茂ナス。さらに、トッピングがわりのクミ・タキモートが長年にわたって出し渋っている所ジョージのダッチチャレンジャー・ダシ。これらみっつ乃至はよっつの要素が完全なかたちでそろって初めて三葉虫丼は完結する。そうでなければ、ラス・メニーナスに或いは幻惑蠱惑の視点的に生きつづける意味などない。

三葉虫丼がこうまで頑迷なるレシピによって作られるのにはいくつもの谷と砂漠と荒野と高野聖が貪り食う高野豆腐が複雑怪奇に絡まりあっていて、それぞれがまた珍妙怪異な物語を有している。これらのすべての発端となったクミンのようなにおいの屁をする渋谷区民のクミ・タキモート、自称クーミンの放屁事象ならびに自傷行為については次章で詳しく述べる予定である。すべてはクミ・タキモートのタイスケ塩梅次第である。

さて、三葉虫食堂で傀儡の女官どもに四方を囲まれたファイストス円盤型テーブルにおけるマーチャノワとのラス・メニーナスな昼めし、中身空っぽのカバンをぶら下げた自称中産階級、偽称鎌倉夫人どもの見た目見てくれだけは一丁前な糞おランチ/チンケ饅頭とは遠く離れた昼餐をすませ、私は喫茶室オウムガイで20万トン級貨物船が我が物顔で行き来するノーチラス・ソーダを飲むこともなく眺めながら、インクが滲んでしょうがない多い日も安心紙ナプキンにハプスブルグ家の人々の相貌の特徴、特異点を書き連ねている。

すると、突如、画家の中野画家、中野坂上在住のディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケスの闇、コンベルソ問題が熱く鋭く、その鎌首をもたげてくるのをどうしようもなかった。まるで、天上天下唯我独尊東西線南北線天地上下左右無限大の合わせ鏡の中心に幽閉されて右往左往しているラ王の愛馬、黒王号のような気分である。

辛島美登里からの最後の手紙で「おまえはもう芯である。空芯菜である」と申し向けられ、愛なのかアイデアなのか判然としないアイデアル傘の折れた骨の孤独と不幸よりはいくぶんかだけ救いがある程度のひどい気分だ。

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『ラス・メニーナス』のモティーフは北方ネサンス運動/初期フランドル派絵画の巨匠、ヤン・ファン・エイクの陰鬱なる特級品、『アルノルフィーニ夫妻像』に読み取ることも可能である。

200年を経てヨーロッパの暗鬱、陰翳を宿した精神はベラスケスに再臨したことを銘記すべきだ。また、われわれは三葉虫食堂の壁面のラスメニーナス・ミラーに映るコンベルソの呪詛について思いをめぐらすことを忘れてはならない。世紀の偽書、『シオン賢者の議定書』が誕生するに至った経緯を。ディアスポラ/撒き散らされし者たちの憎悪と憤怒の漆黒の炎を。

それらのことを踏まえた上で、三葉虫丼を大満足のうちに食すために、P-D-J- F-d- P-J-N-M-d-l-R-C-C-d-l-S-T-R-y-Pをも虜にした『ラス・メニーナス』の解読を始めよう。

*ここで突如普賢菩薩がまたがる白象の誇りにかけて付言しておく。サイズがいかほどに小さかろうと、縦しんば極小極北であろうと、饅頭をみっつもよっつも喰う輩は木偶の坊である。饅頭は怖がってなんぼの存在であることを知らぬ呆気者、戯け者である。洗濯物干しに美学もへったくれもあるものか! もって瞑すべし。

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by enzo_morinari | 2013-08-29 06:11 | 三葉虫食堂 | Trackback

三葉虫食堂#1 亡き王女のための三葉虫丼/順調長調に弱っていくためのガラナ汁

 
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『亡き王女のためのパヴァーヌ』は長調なのにかなしい。盲目の三葉虫のようにかなしい。E-M-M


バージェス・タウンを襲ったカンブリアン・エクスプロージョンから5年42ヶ月。街は徐々に本来の「世界の門」としての姿を取りもどしつつある。問題はボブ・ディランだ。ボブ・ディランのホメオボックス・タイプの『ボディ・プラン』がまたぞろ世界を席巻しはじめている。

ボブ・ディランは独特のダミ声をさらに変容させたガミ声で歌っている。


その時代の土がなんらかの理由で欠落している
多細胞動物の祖先が化石になりにくい生活をしている
ごく小型で軟体性であったものだけが化石になれない
激しい雨と転がる石と天国のドアはどこへ行ったんだ?



ボブ・ディランが言いたいことの5億3000万分の一も理解されていない。いや、理解している者はゼロだ。なぜなら、いまやだれもボブ・ディランに耳を貸さないからだ。耳の相場価格はこの20年で大幅にヘルヘッヘンドしたのである。

さて、いましも、アンモナイト・バーに隣接する三葉虫食堂のオーナー・シェフ、カンブリアヌス・ペルム氏はいつも通りにアンドリュー・パーカー社製の雪球型地球式LED ZEPPELIN電球を点灯させるために店頭の秘密の隙間にある光スイッチを押した。雪球型地球式LED ZEPPELIN電球が天国への階段を指し示す光を天空に向かって放つと同時に「営業虫」のプレート・テクニクスが地中からゆっくりと姿を現す。こうして、三葉虫食堂の一日は始まる。

スティーヴン・ジェイ・グールド通りを挟んで向いにあるライバル店、ビストロ・カブトガニの節足甲羅式シャッターが蜂亀ドンガメマンゴ栄螺蔵によって大音響とともに引き上げられるのは正確に古生代時間に換算して42ピコ秒後だ。

生物史上、初めて眼を獲得し、視覚を有する生物である三葉虫が出現して、眼を持たない他生物に対して視覚的優位に立った三葉虫が他生物を捕食することによって生物界の王となったことについては異論はあるまい。化石記録が語るのは三葉虫のすさまじいばかりの悪食ぶりである。

手当たり次第。まるで、Dive to Wine Jingu-Maeのラ・マン・タナの鼻先に色白で尻のデカい女をガジン特製のハバネロ染色麻縄で縛り上げてぶら下げるようなものだ。しかし、三葉虫の視覚獲得がその後の生物の多様化、「カンブリア爆発」の契機となったことを考えれば、三葉虫の悪食は一概に責められるべきではないとも言える。これは三葉虫食堂のオーナー・シェフ、カンブリアヌス・ペルム氏の常日頃の言い分であり、朝礼時のお決まりの能書きである。

三葉虫食堂。昼めしどき。
「ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』を聴くと三葉虫丼を食べたくなるの」とマーチャノワは言い、さらに、「三葉虫丼を食べ終えたあとは鮭の皮と梅干しの皮を一緒に舐めながらガラナを飲んで、徐々に、そして順調に弱っていく自分を観察計測する」とつけ加えた。実にスカラベの精らしい。

マルガリータ王女もマーチャノワとおなじように次から次へと妊娠出産を繰り返し、きわめて順調長調に衰弱しながら、ついには21歳の早春に死んだ。フェリペ4世の末裔であるマーチャノワならではの言い分だ。

問題は、三葉虫食堂の光沢著しい群青色のB&Wノーチラス型スピーカーから聴こえている『亡き王女のためのパヴァーヌ』を演奏しているのがディヌ・リパッティでもサンソン・フランソワでもスヴャトスラフ・リヒテルでもマクサンス・ラリューでもジャン・ピエール・ランパルでもフランス国立管弦楽団でもなく、須川展也&ロン・カーターである点だ。これから三葉虫丼を食べようというときに鼻行類の親玉が弾く間延びして締まりのない弦の音など聴きたくもない。それが世界を成り立たせている道理あるいは流儀もしくは掟である。

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by enzo_morinari | 2013-08-28 16:09 | 三葉虫食堂 | Trackback