カテゴリ:遥かなるスペイン( 2 )

遥かなるスペイン#2 『アルハンブラの思い出』の思い出

 
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『Recuerdos de la Alhambra/アルハンブラの思い出』は「モダン・クラシックギターの父」と言われるフランシスコ・タレガ(Francisco Tárrega)の代表作であって、全編を通じて奏でられるトレモロ奏法(単一の高さの音を連続して小刻みに演奏する技法/複数の高さの音を交互に小刻みに演奏する技法)はアルハンブラ宮殿のパティオにある噴水の水の動きを表現している。

 G. オーウェルの『カタロニア讃歌』を読んで胸を高鳴らせ、居ても立ってもいられなくり、ついにはスペインを旅した。旅程表なし。旅装なし。始まりは思いつき、当てずっぽうだった。持ち物と言えば、岩波文庫の『カタロニア讃歌』と旅券とウォークマンと数本のテープ。まるで町内を散歩するような格好だった。おまけに長女が生まれて半年も経っていなかった。
 本来的には、旅は旅の計画を立てはじめたときから始まっているのだが、その「計画」が皆無だった。まったくの思いつき、閃き。インスピレーション。Gipsy Kingsの『Inspiration』はまだ世に出ていなかった。
 カタルーニャの熱く乾いた空気に吹かれること。それさえできれば旅の円環は閉じられる。そう考えていた。しかし、カタルーニャに本当に「熱く乾いた風」が吹くのか否かについての知識はほとんどなかった。ただ、「そう思った」ということだ。インターネットもまだ世界に存在しない時代だ。情報を手に入れるためには数倍あるいは十数倍手間と暇がかかった。そんな悠長なことをしている余裕はなかった。

 バルセロナの小さな漁師町で年老いた漁師のホセと出会い、いにしえのベガの栄耀栄華の時代、栄枯盛衰、生者必滅会者定離の理を思い、グラナダに別れを告げてから、すでにして30年にもなるか。
 古代からの砦の上に建つシンプルな直線と曲線で出来あがったアルハンブラ宮殿の石­造りの城壁が、背後に連なるシエラネバタ山脈と美しく溶けあってい­た。カソリック文化とイスラム文化の融合混淆が醸す­エキゾチシズムの魅力は強く、深い。宮殿から眺めるサクラモンテの­丘や宮殿内のヘネラリフェや一群の噴水に心が静かに揺れた。揺りかごの中で揺れているような気分だった。
 アルハンブラ宮殿は砂漠の民のイスラム教徒にとってはパラダイスでもあったろう­。キリスト教徒との戦いに敗れ、宮殿を明け渡すときにサラディンが何度­も宮殿を振り返り、涙を流した逸話が胸を打つ。
 宮殿からの帰途、ギターの工房でギターを一本買った。旅のあいだ、手持ち無沙汰のときは下手糞なトレモロで『Recuerdos de la Alhambra』を爪弾いた。そのたびに、エスパニョールとエスパニョーラたちを笑わせた。

 いい旅だった。旅の円環はまちがいなく閉じられた。あとに残されているのはグラスの淵を回ることだけだった。数年後にはグラスの淵を回るどころか、首までどころか、全身酒漬けの日々がやってくるとも知らずに。
 帰還すると長女は1歳になっていた。贖罪がわりに『Recuerdos de la Alhambra/アルハンブラの思い出』を聴かせてやったが、笑わず、神妙な表情をみせたあと、地頭も困り果てるほどの大声で泣き、噴水を噴き上げた。『亡き王女のためのパヴァーヌ』を弾いたら、王女さまはコトンと眠りに落ちた。
 
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by enzo_morinari | 2013-08-26 23:04 | 遥かなるスペイン | Trackback

遥かなるスペイン#1 パパ・ペペ

 
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 スペインを旅したとき、バルセロナのさびれた漁師町で土地の古老と知り合った。名をホセといった。私は親愛の情をこめてパパ・ペペと呼んだ。私がそう呼ぶと、ホセは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
 パパ・ペペは80歳近いにもかかわらず、肌はみずみずしく艶やかで、海で鍛えあげた赤銅色の肉体は地中海の豊饒なる光を受けて眩しく強く輝いた。
 夜、漁具の手入れをしながらパパ・ペペは自らが生きてきた80年におよぶ人生を言葉少なに語った。スペイン内乱時、フランコ軍との戦いにおける武勇伝や、戦いのさなかに妻と子を失った悲しい物語を身振りをまじえ、ときに涙ぐみながらパパ・ペペは語った。
 私はパパ・ペペから多くのことを学んだ。潮の見方、舵の取り方、銛の扱い方、流木を使ったナイフ細工、酒の飲み方、さらには女の口説き文句までをパパ・ペペは私に教え込んだ。そして、なによりも、男としての生き方、男が男でありつづけることの孤独と困難を私に教えた。
 ある朝早く、パパ・ペペは私を漁へ連れ出した。旧式の船外機がついた小船はひどい喘ぎを発しながら出港した。港を出てまもなく、最新式のクルーザー船が私たちのすぐ横を波を蹴立てながら疾走していった。
「あんなものは漁師の乗るしろものではない」
 パパ・ペペは吐き捨てるようにそう言った。私はパパ・ペペから眼をそむけた。私自身が責められているように思えたからだ。日暮れまでかかって獲れたのは鱸に似た美しい魚が2匹だけだったがパパ・ペペは充分に満足していた。その静かで自信に満ちた表情は男の誇りとも、男が男であろうとした時代の、最後の、そして最良の抵抗のしるしとも見えた。
 去る日。パパ・ペペは友情のあかしにと使い込まれて黒光りする愛用の銛の1本を私にくれた。私がお礼のつもりでウォークマンとカセットテープを差し出すと、パパ・ペペは急に怒ったような表情になり、私を突き放し、そして背を向けた。
 男と男の友情に代償はいらない。── パパ・ペペはなにも言わなかったが背中が語っていた。私に背を向けるパパ・ペペの大きくたくましい肩が小刻みに震えている。涙がとめどもなくあふれる。うれしかったのでもないし、かなしかったのでもない。感傷の涙などではもちろんなかった。それまでに流したことのない種類の涙だった。それは男の誇り、男の勇気、男の孤独、男の哀しみを目の当たりにしたときにだけ流れる涙らしかった。
 私はうしろからパパ・ペペを力のかぎり抱きしめた。すると、旅のあいだに起った様々な出来事、風景、出会った人々の顔が次々とよみがえり、そして消えていった。それがパパ・ペペとの、多くの人々との、そして、スペインとの本当の別れだった。パパ・ペペのくれた銛は、かわることのない友情のあかしとして、いまも私の部屋の壁にかけてある。
 
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by enzo_morinari | 2013-08-26 09:45 | 遥かなるスペイン | Trackback