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He Died As He Lived#2 仔犬のような眼をしたジョン・ベルーシに会いにいく

 
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 眠られぬ夜のために星の王子様と一緒にKFCを貪り食いながらアニマル・ハウスに引きこもっている仔犬のような眼をしたジョン・ベルーシに会いにいく


 ジョン・ベルーシが死んで31年が経つ。生きていれば64歳。64歳? ベルーシが? そう考えた途端に笑いがこみ上げてくる。
 似合わねえ! 還暦を過ぎたベルーシなんか金輪際さんで似合わねえ! ということは、やはり、ベルーシが33歳という若さでおっ死んだのは然るべくして起こった最高の「The End」「幕引き」だったのか。そして、ベルーシが死んだ日、1982年5月5日、昭和57年のこどもの日からつづいている吾輩の大いなる不眠症はどれほど手をつくしても吾輩から離れない。離れないどころか、より一層その頑迷の度を増しているように思える。
 死のかたち、原因、遠因が薬物の過剰摂取だろうと交通事故だろうと不眠症だろうと暗殺だろうと自殺だろうと餓死だろうと英雄的だろうと犬死にだろうと、人は皆、生きたようにしか死ねない。死にざまは生きざまだ。セコい奴はセコく死に、みみっちい奴はみみっちく死に、下衆外道は下衆外道として死に、愚劣卑劣な輩は愚劣卑劣に死ぬ。
 生きることにも死ぬことにも大した意味などないが、「死に至る病」の物語からなにがしかの教訓やら慰めやらを読み取ることは可能だし、そのことから生きつづけるための勇気や力をつかみ取り、そして、多少なりとも生きつづけることを楽しくしたり、気持ちよくしたりする知恵、術を学ぶこともできない相談ではない。

 さて、そんなこんなで、眠られぬ夜のために星の王子様と一緒にKFCを貪り食いながらアニマル・ハウスに引きこもっている仔犬のような眼をしたジョン・ベルーシに会いにいく。話は簡単だ。映画の『ブルース・ブラザース』をみればいいだけのことである。
 映画のラスト近く、ベルーシが車の中で、それまでずっと誑かしつづけた女を無言で見つめるシーン。そのときのベルーシの仔犬のような眼。あの眼で見つめられたら、大抵の女はイチコロだろう。女だけでなく、男も。ベルーシの仔犬のような眼をみるためだけに、何度、『ブルース・ブラザース』をみたことか。
『ブルース・ブラザース』はきわめて多面的な映画だった。単なるコメディ、ドタバタ喜劇、スラップスティックではない。権力、権威への反骨と叛逆。社会風刺。破壊と創造。音楽。ダンス・パフォーマンス。アドリヴ・トーク。

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『ブルース・ブラザース』をみるほかにも、眠られぬ夜のために星の王子様と一緒にKFCを貪り食いながらアニマル・ハウスに引きこもっている仔犬のような眼をしたジョン・ベルーシに会う方法はいくつかある。必要な小道具がいくつかある。ひとつはスパム・ミートの缶詰。ふたつはナショナル・ランプーン紙の創刊号と最終号。Saturday Night Live Bandのトワイライトゾーン席のチケット。ワイルド・ビル・ケルソー大尉の飛行服と純白のスカーフと風防グラス。空と海の青さに洗われた心。ダニエル・ウェイプルズ型ハングドラムとアメリカン・クラッカー。死のレースへのエントリー用紙。ナイーヴなロースハムどもの沈黙のかけら。発狂都市の住民票。騙しベイビーの哺乳瓶。三人の友人ならびにサボテン兄弟との秘密契約書。無邪気な献血。言葉なき隣人の饒舌。人体自然発火写真のネガフィルム。眠りながら歩く者のスニーカー。ケンタッキー・フライド・チキン野郎の片方の睾丸等々。これらを集めるだけでひと苦労だ。

 人間やら人生やら世界やらはくそまじめ深刻に、肩肘張り鯱張ってとらえるよりも笑い飛ばすことによってその真の姿、意味をグリップできる。優等生、いい子いい人ぶって、素直だの前向きだのシンプルだの自分流だの幸せさがしだの心豊かにだのを大仰御大層大袈裟なターム、フェーズにして得られるものなどほとんどないと思っておいたほうがいい。素直だの前向きだのシンプルだの自分流だの幸せさがしだの心豊かにだのを恥ずかし気もなく口にする輩にかぎって、裏ではドロドロ陰湿陰険の権現さまと相場は決まっている。世間様には到底見せられないような卑しさとあさましさにまみれている。快楽に身を窶し、他人様のものを泥棒猫よろしく横取りし、人の倫を平然と踏みにじっていけしゃあしゃあとしている。愛だの恋だのを平気のへの字で持ち出す輩もおなじである。そんなような輩は肝心かなめのときに手のひらを返し、背を向け、裏切る。おべんちゃらきれいごとおべっかおためごかしをほざく輩もだ。裏にまわれば舌を出し、陰口、悪口雑言、誹謗中傷のオンパレードだ。お掃除お片づけキレイキレイが必要なのはキッチンより居間より、おまえさんの心、性根、魂だと言ってやりたいが、言ったところで、そういった輩は耳も眼も腐りきっているか修復不能なほどに故障しているのでなにひとつ届かない。対処の仕方は黙殺あるいは無視さらにはパッシング、そして、ナッシングだ。

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 さて、とりあえず、KFCの脂身のいっぱいついたピースを食べはじめよう。ジョン・ランディスの『National Lampoon's Animal House』と『The Kentucky Fried Movie』をかわりばんこにみながら。肝っ玉カミナリおっかあのアレサ・フランクリンが「考えな! 考えな!」と歌い踊り舞い始める前に。KFCはなにも考えずに食べるのが朝陽の当たらないアニマル・ハウスのアウトサイダー・ルールだ。殺戮のケージの中の鶏は天国極楽ガスをぶちまけられるとき、なにも考えちゃいない。なにも考えず、なにも語らず、ひたすら沈黙を守って彼らのなれの果てを喰らうのが彼らに対するせめてもの追悼、そして、礼儀である。月桂樹の冠をかぶる正装も忘れまい。

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by enzo_morinari | 2013-08-22 10:36 | He Died As He Lived | Trackback

ジョニーの冬と泥んこ水とブルースの兄弟

 
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 窓に広がる夏の空の青さを計測しながらトマゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニの『アダージョ ト短調』を聴いていると、ジョニーがやってきた。右手には泥んこ水が満たされたバケツをぶら下げていた。

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「やあ、ドビ・ブロー。ひさしぶりぶり。ブルースマンのおいらが来ましたよ」
「やあ、ジョニー。ひさしぶりぶり。ちょうど退屈しはじめてたとこさ」
 ジョニーはバケツを床に置き、壁に無造作に立てかけてあるギブソン・ファイヤーバードに眼をやった。
「弾いてもいいかい? 兄弟」
「もちろんさ」
「おいらが弾くと部屋が冬になっちゃうけど、それでもいいかい?」
「暑いのは御免蒙るけども、寒いのは大歓迎だよ」
「そりゃ、よかった」
 ジョニーはギブソン・ファイヤーバードを生まれたてのシーズーの赤ちゃんを抱き上げるみたいに注意深く引き寄せ、持参したストラップを手慣れた手つきでセットした。そして、『Be Careful With a Fool』をおそろしい速度で弾きはじめた。人差し指、中指、薬指が蜃気楼のように霞むほどの速さだった。

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 ジョニーが3度目に『Be Careful With a Fool』のリフを超絶技巧で弾いているとき、バケツの泥んこ水がざわめきだした。
「なんでい! なんでい! 息子よ、おまえもずいぶんと老いぼれちまったなあ。寒くっていけねえや」
 シカゴ・ホワイトソックスのユニフォームを着た泥んこ水が言った。
「ジョニーよ。わが息子よ。こっちにはいつごろ来るんだ?」
「親父! 達者かよ? この夏にはおいらもそっちの住人になれるだろうさ」
「そうか。そいつはたのしみだ。だが、寒いのだけは勘弁しろよな」
「わかってるよ。おいらが、こんど親父に会うときは、泥んこジョニー・ウォーター様さ!」
「へっ! へっ! へっ! せいぜい、リフの腕を磨いときな。おまえはまだまだ小僧っ子だ!」
「言ってやがらあ!」
 ジョニーと泥んこ水は同時にこちらを見ると、声をそろえて叫び、そして、消えた。いつのまにか現れたブルース・ブラザースの二人も消えた。

 I'm a Bluesman! We Are Blues Brothers!
 I Just Want to Make Love to You!


 彼らが消えると、また部屋に夏のふやけた暑さが戻ってきた。ギブソン・ファイヤーバードもバケツもきれいさっぱり消えていた。夏の後姿も時雨れてゆくか。
 
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by enzo_morinari | 2013-08-21 19:05 | He Died As He Lived | Trackback