カテゴリ:リベルタンゴ! リベルタンゴ!( 2 )

ハバネロ・チャウダーは自由と死のために

 
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 アイリス・アバネロ・ミロンガ・シルエタ・ポルテーニャの得意料理はハバネロ・チャウダーだ。地獄のスープ。その辛さと熱さは即死のレベルである。辛い辛くないという議論などカラムーチョ婆さんの赤い腰巻きやヒーハー・コスギのハゲ頭の遥か先に吹き飛んでしまう。
 アイリス・アバネロ・ミロンガ・シルエタ・ポルテーニャが作ったハバネロ・チャウダーを食べたあとほどラバトリ・グラフィティが憎いことはない。世界中に無数にあるラバトリ・グラフィティをひとつ残らず消し去りたくなる。いや、消すだけでは足りない。ラバトリの壁もろとも木っ端微塵に爆破したくなる。C-4を100万トンほども使って。

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 ハバネロ・チャウダーを食べ終えたアイリス・アバネロは艶かしい舌なめずりをしばらく繰り返す。赤く部厚く大きな舌が口びるのまわりを嬲るように動く。その赤いナメクジのような舌はアイリス・アバネロとは別の生き物だ。アイリス・アバネロの舌は彼女の意志とは別の意志に操られているのだ。アイリス・アバネロの舌が蠢く様子を見て、私は激しく勃起した。亀頭の先端が擦れて鋭い痛みが走る。
「あなた、今、勃起してるわね?」
「うん」
「おちんちんの先っぽのスリットにこのハバネロ・チャウダーのスープを擦り込んだら、いますぐ、ここで、口でしてあげてもいいわよ」
「おまえの口の中はハバネロの汁でいっぱいじゃないか!」
「そうよ。それがどうしたっていうのよ」
「おまえの陰核にハバネロ・チャウダーの汁を塗りこんでみろよ!」
「あら。そんなのどうってことないわよ。ムヒや金柑を塗るのといくらもかわらない」
「どうかしてる。おまえは本当にどうかしてるよ!」
「まったくあなたはなにもわかってない。ハバネロ・チャウダーはね、真の自由と美しい死のためにこの世界に存在するっていうのに!」
「そんな話をガジン以外の口から聴くとは思ってもみなかったよ!」
「ガジンならもっとじょうずにあたしをイカせてくれたわよ」
 アイリス・アバネロが舌なめずりをやめたと同時に「呼んだ?」と言ってガジンがやってきた。その手には真っ赤な麻縄が3組握られていた。
「ハバネロで染めたコイツはヒーハーどころの騒ぎじゃないぜ」
 ガジンはその場でメニエール・ダンスのカナガワチュウオウコウツウ・ステップ、略称カナステを踏みながら言った。どうかしてる。本当に世界はどうかしてる。京急バスか横浜市営バスに乗って岬の終点まで行ってしまいたかった。そして、そこで私のためだけの『岬にての物語』を始めるのだ。

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by enzo_morinari | 2013-08-18 17:28 | リベルタンゴ! リベルタンゴ! | Trackback

自由とタンゴとトウガラシを! さもなくば死を!

 
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 12月11日生まれのその女は死が彼女を山百合の花の香りに満たされた世界の果てのどこでもない場所の中心にあるミロンガに連れ去るそのときまで、自分はブエノスアイレスの娼婦だった母とモンテビデオ出身の電気技師のあいだに産まれた私生児だと言い張っていた。女が死んだ今となっては、その真偽を確かめるすべはない。
 アストル・ピアソラの『LIBERTANGO』を聴くたびに2分49秒だけ彼女のことを思いだす。永遠とも一瞬とも思える2分49秒のあいだに、女の笑顔や泣き顔や怒った顔や笑い声や泣き声や怒鳴り声や女がつけていたジバンシーのアマリージュの香りがうす桃色のベールをまとってよみがえる。もちろん、女の周囲のだれをも魅了してやまないダンスのステップや身のこなしや、この世界に誕生して間もなく産声を上げるハバネロのように蠱惑的で愛くるしい仕草も。そして、「自由とタンゴとトウガラシを! さもなくば死を!」という女の口ぐせも。
「あれは夢まぼろしの日々だったのだ」と言い聞かせることで、女の消滅がもたらした痛みは少しだけやわらぐ。痛みをやわらげる方法はほかにない。
 あれは夢まぼろしの日々だったのだ ── 。

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 女はアイリス・アバネロ・ミロンガ・シルエタ・ポルテーニャと名乗った。虹色のハバナの赤トウガラシ。ダンスフロア。港の娘あるいはブエノスアイレスの影法師。実に変わった名前だ。
「あんたはどの角度から見てもトウガラシではないし、あんたの体のどこにもダンスフロア分のスペースは見当たらないし、あんたには港の娘の匂いもしないし、あんたの足元には影法師だっていない。虹のようなものが体全体から出ていることをのぞけば名前とはかけ離れているよ」
「あたしと踊ればわかるわよ。あたしの名前の意味が」
「はっきり言うと、あんたはどう見ても東洋人だけどな」
「それはみかけのことよ。中身はちがう。そのことはやっぱりあたしと踊って、そのあとであたしを抱けばわかるわよ」
「あんたと踊って、そのあとに抱く。なんだかスリリングだな」
「スリルはきらいなの?」
「スリルはラッフルズ・ホテルのカジノでシンガポール・スリングを飲みながらやるバカラ賭博のときだけ味わうことに決めているんだ」
「ふん。いやなやつ。でも、ちょっとだけ興味をそそるわね」
「光栄ですな」
「で? どうするの? あたしと踊るの? 踊らないの?」
「では踊ることにしよう。そのあとのことはラスト・ダンスのあとに考えるとしよう」
「キザなやつ!」
 アイリス・アバネロ・ミロンガ・シルエタ・ポルテーニャは吐き捨て、強引に私の腕を取った。そして、ミロンガのど真ん中に引っ張っていった。ファム・ファタールの力は驚くほど強かった。

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 Libertango - Astor Piazzolla
 Libertango - Gary Burton (The Music of Astor Piazzolla)
 
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by enzo_morinari | 2013-08-18 04:53 | リベルタンゴ! リベルタンゴ! | Trackback