カテゴリ:アルト・セドロを出発したら( 1 )

アルト・セドロを出発したら#1 イブライム・イブライム

 
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クール・ビューティーの濡れた黒髪。バカルディでもハバナクラブでもなく、アグアルディエンテで作った本物のドラケ・モヒート。バカラのロンググラスについた霜。乾いた風。いい景色。眺めのいい部屋。そして、音楽。絶品のボレロ。イブライム・フェレールの歌。レス・ポールとチェット・アトキンスのフルアコースティック・ギターの音。これらが人生の3分の2を豊かにする。E-M-M


イブライムの爺さんがおっ死んでから8年になる。ラムの甘い匂いを吐き出しながらイブライム爺さんは言ったものだ。おなじことを何遍も何遍も。ワイルドワイルド・ウエストのはずれのパドバパバーナ・ハバーナのゴミだらけガラクタだらけの埃っぽい路地のバー、「ブエナビスタ・ソシアルパバーヌクラブ」で。

「その日暮らしくらい気楽な稼業はないぜ、坊や。観光客相手にキャラメルを売り、靴を磨く。道案内をする。小間使いをする。便利屋をやる。ときどきは御法度なこともやるさ。そして、稼いだゼニで休みの日にはラムを飲む。そうやっておいらは生きている。これからもずっとさ。そして、いつか神さまのお迎えが来るのを待つ。どうだ? いい人生だろう? うらやましいだろう?」
「いい人生だ。ほんとにうらやましい。弟子にしてくれよ」

イブライム爺さんは笑ってはぐらかし、歌う。決まって、いつも最初に歌うのは『チャンチャン』だ。

アルト・セドロを出発したらマカネへ行き、クエトに着いたら次はマヤリーに向かう。

「アルト・セドロってどこだよ」
「目印は背の高い杉の木だ。アルト・セドロは世界中のどこにでもある。世界中のどこでもがアルト・セドロだ」

イブライム・イブライム。イブライム爺さん。イブライム・フェレール。あんたに会いてえよ。あんたに会って、ラムのにおいのするあんたの言葉と歌を聴きてえよ。イブライム爺さん、あんたは今、Bruca Maniguá の頂上、天辺にいるんだろう? おれにも Bruca Maniguá の登り方を教えてくれよ。頂上を目指して少しずつ登っていくからさ。

イブライム・イブライム。人生の日々の景色をよくしたいときはあんたの歌を聴き、あんたのことを思い出す。あんたの歌を聴き、あんたの笑顔を思うと、少しだけ人生の景色がよくなる。Buena Vista ってほどじゃないがな。それでいい。おれにはそれでじゅうぶんだ。Bruca Maniguá の頂上には、いったいいつたどり着けるのかな?

イブライム・イブライム。イブライム爺さん、あんたにムーチョ・ブエノ。ついでに、ブエノスアイレスにもムーチョ・ブエノ。わけがわからないけど、上野のお山の西郷どんにもムーチョ・ブエノ。カラムーチョはほんとに辛い。人生は辛いこともあるけど、生きてこられたことにムーチョ・ブエノ。胸の奥に隠してある痛みと傷は『Herido de Sombras』を聴いて忘れちまう。


アルト・セドロを出発したらマカネへ行き、クエトに着いたら次はマヤリーに向かう。途中、エル・カルロスカスタネダの街ではトルティージャをしこたま喰う。


Ibrahim Ferrer - Herido de Sombras
 
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by enzo_morinari | 2013-08-07 08:22 | アルト・セドロを出発したら | Trackback