カテゴリ:湘南の散歩者の夢想( 2 )

湘南の散歩者の夢想#2 わが夏、ぼくを呼ぶ声

 
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 一瞬の夏、テロルの決算。そして、永遠の夏のこどもたち。


 夜明け前、降りそそぐ星々のさんざめきのような蜩の呼び声に目覚めた。夏の盛りだというのに。いつもならすぐにスキーター・デイヴィスの『The End of The World』をリピートでかけて、世界の始まり/世界の終りを夢想しつつ1日の始まりにふさわしいだけの溜息をつき、嘆息をつき、「やれやれ」と思い、意識の覚醒を待つのだが、きょうにかぎってはちがった。蜩の呼び声にしばらく耳を傾けた。それは世界の終りを告げているようにも感じられた。
 PCを起動し、メールをチェックする。天神祭ガールのマーチャノワからメールが届いていた。メールは「強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドで夏の始まりのための祝杯をあげませんか?」という実に魅力的なオファーで始まっていた。いまは天神祭の地で慎ましやかな暮らしを営んでいるマーチャノワだが、元々は茅ヶ崎生まれの茅ヶ崎育ち。正真正銘の湘南ガールである。「大船は鎌倉市だけど湘南じゃない」というのがマーチャノワの口ぐせだ。そのあとで、決まってマーチャノワはつづける。

「本物の湘南ピープルは自分が湘南に住んでいるなんて決して口にしない。だって、湘南に生まれて湘南で生きて湘南で死んでゆくんだから。それがあたりまえのことなんだから。それでいいんだから。取り立てて言うほどのことじゃない。訊かれてもいないのに茅ヶ崎に住んでるだの地元は鎌倉だの言うやつは救いようのないバカで田舎者よ。湘南、特に鎌倉くらい排他的な街はない。京都以上よ。わたしは鎌倉は大っきらいだけどね。鎌倉って聞いただけで虫酸が走っちゃう」

 夏の盛りを迎え、湘南の血が騒いだのでもあるか? 早速、返信した。
「委細承知。吾輩は葉山、逗子の海沿いを経由して、材木座海岸、由比ヶ浜、稲村ヶ崎の波打ち際を歩いてゆく。強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドに立っていたまえ。そして、まばたきひとつせずに海を凝視していろ。吾輩は七里ガ浜の幅40メートルほどのサーフポイントから浜辺に上がる。頭にはクビレヅタ、海ブドウをドレッドヘアのようにかぶっているはずだ。その異形を見ていろ。海ブドウをかぶって海から巨神兵の凱旋のごとくに七里ガ浜の浜にあがる吾輩を。それがわれわれの湘南の夏の始まりを告げる開幕ベルがわりだ。七里ガ浜駐車場前のセブン-イレブンでビールとクラッシュアイスを調達して、よく冷やしておくこと。ときどきは江ノ島の島影と勝手者のシンドバッドの胸騒ぎの腰つきに一瞥をくれてやれ。くれぐれも、きみの得意技である2000トンの雨のための雨乞いはしてはならない。2000トンの雨のための雨乞いをするのはこの夏が終わるころ、湘南の夏に別れを告げるときだ」

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 灼けつくすような湘南の陽の光を全身に浴びながらひたすら波打ち際に歩みを進める。材木座海岸、由比ケ浜で引潮の時間帯にあたり、渚が30メートルほども後退していた。由比ヶ浜の西の外れに人影はほとんどない。夏の盛りであっても、それが由比ヶ浜のひとつのまぎれもなき姿である。
 一旦、134号線の海沿いにルートをとる。心地よい弧を描き、適度なアップダウンを繰り返しながら、よく整備された遊歩道をゆく。途中、数々の風雨によってやつれたベンチに座り、相模湾を一望する。背後を行き交う車の走行音と潮騒だけがある。さらに歩みを進める。ゆるやかな勾配の果てに稲村ヶ崎の岩肌が迫りくる。
 稲村ヶ崎の古戦場でいにしえの古つわものどもに一瞥をくれてやるが、古つわものどもは黙して語らない。今は昔の「七里ガ浜駐車場合戦」を忘れたか。稲村ヶ崎の岩礁のごつごつとした感触を足裏に感じながら岬をひと巡りし、再び波打ち際を歩く。江ノ島の島影が湘南の夏の高熱の中で揺れている。小動岬は夏の陽盛りを浴びて蒸発寸前だ。珊瑚礁海店の屋根の一部が見えはじめる。強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドも揺れている。波打ち際を越境し、入水する。泳ぐ。ひたすら泳ぐ。途中、予想どおりに海ブドウのひと房が頭部にのる。いい兆候だ。いままでも、こうして湘南の夏の始まりを迎えてきた。これからも、生きているかぎりずっとだ。
 ビートのピッチをやや落とす。その分、パドリングのぺースを上げる。海水は浮力がある分、水をつかみにくいから、このやり方が正しい。真水のプールでしか泳いだことのない野生と野蛮を失ったひ弱な都市生活者には解きえないドリルだ。
 息つぎのときに強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドに目をやる。マーチャノワがちぎれるほどに手を振っている。白い腕を。ターコイズ・ブルーのリボンのついた帽子を。
 浜辺に向かう。水中から巨神兵は凱旋する。波打ち際を再度、越境する。真夏の越境者。いい物語の開き方だ。マーチャノワからよく冷えたビールを受け取り、プルリングを一気に引き上げる。世界の果てで弾ける運命の泡のような音。かくして、僕らの2013年、湘南の夏は始まる。

*珊瑚礁のアロハ髭デブおやじよ。おれはあんたがくたばった齢をとうにすぎ、いまや偏屈乱暴狼藉爺さんまっしぐらだ。2000年にあんたが死んで以来、おれは七里ガ浜にも稲村ヶ崎にも背を向けてきたが、13年を経て、おれは帰ってきた。あんたの七里ガ浜に。あんたといっしょに稲村ジェーンに乗った稲村ヶ崎に。笑ってくれ。そして、少しだけ微笑んでくれ。そして、例のくしゃくしゃの笑顔を一瞬でもいいから見せてくれ。そして、あの頃とおなじドスのきいた嗄れ声を聴かせてくれ。そして、ベランメエ調で説教し、あの頃のように「馬鹿野郎!」と怒鳴ってくれ。
 あんたが手塩にかけた珊瑚礁は海店も山店も安泰だ。若衆たちはどいつもこいつも礼儀正しく、元気溌剌オロナミンC百年分だから安心しな。ただし、1日3食限定の「海老みそカレー」がメニューから消えたのはどうしても納得いかねえぞ。なんとかしてくれよ。おれ様はと言えば、大好物の「ビーフサラダ」が、いまではひと皿平らげるのもやっとこさっとこという体たらくさ。あの頃は3つも4つも喰えたのにな。寄る年波ってこったな。笑ってくれ。
 お頼みひとつだ。おれが海に入るときはいい波を立たせてくれ。波乗りの神サマに取り合ってさ。豊葦原瑞穂国、東海の小島の磯に初めてロングボードを持ち込んだあんたがそれくらいしたって、バチは当たるまい。ただし!「バッチグー!」なんぞと抜かしやがったら、ピュアブラック&ホワイトのライトニング・ボルト仕込みの稲妻アッパーでブットバース!


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by enzo_morinari | 2013-07-27 07:55 | 湘南の散歩者の夢想 | Trackback

湘南の散歩者の夢想・わが夏、ぼくを呼ぶ声/幾千億の朝、幾千億の波。そして、幾千億の太陽

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 ひとは誰も心に波打ち際を持っている。 E-M-M


 七里ガ浜に別荘がわりのあばら屋を手に入れた。格安だった。この夏はしばしば七里ガ浜リゾートを中心として湘南を生きる日々となるはずだ。
『真白き富士の嶺』も『七里ヶ浜の哀歌』も歌わない。人生はこれっぽっちも深刻になる必要などない。10ccばかりのホワイト・レインを浴びれば気持ちよくやりすごせる。ファンキー&ファニーに、珊瑚礁のビーフサラダのように、迷宮のクリームリンスのごとくに、ビートきかせて、速度感を持って、ヴォリュームたっぷりに、指通りよくやりすごせばいい程度のシロモノである。七里ガ浜珊瑚礁のビーフサラダはあいかわらずすさまじいヴォリュームだ。

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 企みはかくの如し。


 湘南2013夏の吾輩コンテンツ

 由比ヶ浜の波打ち際を歩く。
 材木座海岸の波打ち際を歩く。
 七里ガ浜の波打ち際を歩く。
 鎌倉ビールを計測する。
 鎌倉の路地をさまよう。
 鎌倉駅前御成通りで「御成り御成り」する。
 材木座海岸から逗子の海まで長距離泳者の孤独する。
 日影茶屋で「フィリップ・マーロウの日向」を捜索する。
 渚のヘッドバッド/湘南ロコに肉体言語闘争を仕掛けてみる。
 稲村ジェーン専用のボードを作る。9フィート7インチ。リーシュ・ホールなし。
 TSUNAMIを待つ。
 稲村ジェーンを待つ。
 珊瑚礁のアロハ髭デブおやじのことを思いながら、泣きながら波に乗る。
『サーフィン稲村ヶ崎』の翻訳を仕上げる。タイトルは『SURFIN' INA』
 稲村ヶ崎の古戦場で古兵になる。
 暮れなずむ稲村ヶ崎で、忘れかけていた「水曜日の伝説の大波」を思い出す。
 七里ガ浜珊瑚礁の山店でタラフクする。
 七里ガ浜珊瑚礁の海店でシコタマする。
 七里ガ浜で蜩とともに「湘南甘夏納豆売り」する。
 夕暮れの七里ケ浜駐車場で『アルハンブラの思い出』を弾いてみる。
 七里ガ浜の半径5km以内で「HEMINGWAY DAYS」の予行演習をする。
 虹子とポルコロッソに「PAPA ENZO」と言わせてみる。
 夕暮れの江ノ電の線路で芥川石油の匂いのする駄菓子トロッコを疾走させる。
 強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドで望郷する。
 強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドで哲学する。
 強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドで文学する。
 強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドで思想する。
 強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドで夢想する。
 小動岬の突端で『王権神授説』を諳誦しながらビバークする。
 昼めしは幻のパシフィック・ホテルのスカイレストラン「サファイヤ」で。
 ちょっと待った湘南/『湘南スタイル』にイチャモンをつけてみる。
 さらば、湘南。さらば、勝手なシンドバッドの入江の午後3時。
 湘南の夏にさよならをする前に2000トンの雨に打たれる。
 2000トンの雨に打たれても/飛沫を上げ、波打つ夕立の中のプールで。
 2000トンの雨がやんだら/そして、僕らの湘南の夏は静かに終りを告げる。
 9月には帰らない/最後の朝、波しぶきを見に幻の七里ガ浜灯台へ。
 未来が霧に閉ざされていた頃は/そして、湘南の夏は江ノ島の島影に消えた。
 シーズンオフの心には/さよなら、夏の日。また会うこともない。

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 一瞬の夏、テロルの決算。そして、永遠の夏のこどもたち。


 夜明け前、降りそそぐ星々のさんざめきのような蜩の呼び声に目覚めた。夏の盛りだというのに。いつもならすぐにスキーター・デイヴィスの『The End of The World』をリピートでかけて、世界の始まり/世界の終りを夢想しつつ1日の始まりにふさわしいだけの溜息をつき、嘆息をつき、「やれやれ」と思い、意識の覚醒を待つのだが、きょうにかぎってはちがった。蜩の呼び声にしばらく耳を傾けた。それは世界の終りを告げているようにも感じられた。
 PCを起動し、メールをチェックする。天神祭ガールのマーチャノワからメールが届いていた。メールは「強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドで夏の始まりのための祝杯をあげませんか?」という実に魅力的なオファーで始まっていた。いまは天神祭の地で慎ましやかな暮らしを営んでいるマーチャノワだが、元々は茅ヶ崎生まれの茅ヶ崎育ち。正真正銘の湘南ガールである。「大船は鎌倉市だけど湘南じゃない」というのがマーチャノワの口ぐせだ。そのあとで、決まってマーチャノワはつづける。

「本物の湘南ピープルは自分が湘南に住んでいるなんて決して口にしない。だって、湘南に生まれて湘南で生きて湘南で死んでゆくんだから。それがあたりまえのことなんだから。それでいいんだから。取り立てて言うほどのことじゃない。訊かれてもいないのに茅ヶ崎に住んでるだの地元は鎌倉だの言うやつは救いようのないバカで田舎者よ。湘南、特に鎌倉くらい排他的な街はない。京都以上よ。わたしは鎌倉は大っきらいだけどね。鎌倉って聞いただけで虫酸が走っちゃう」

 夏の盛りを迎え、湘南の血が騒いだのでもあるか? 早速、返信した。
「委細承知。吾輩は葉山、逗子の海沿いを経由して、材木座海岸、由比ヶ浜、稲村ヶ崎の波打ち際を歩いてゆく。強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドに立っていたまえ。そして、まばたきひとつせずに海を凝視していろ。吾輩は七里ガ浜の幅40メートルほどのサーフポイントから浜辺に上がる。頭にはクビレヅタ、海ブドウをドレッドヘアのようにかぶっているはずだ。その異形を見ていろ。海ブドウをかぶって海から巨神兵の凱旋のごとくに七里ガ浜の浜にあがる吾輩を。それがわれわれの湘南の夏の始まりを告げる開幕ベルがわりだ。七里ガ浜駐車場前のセブン-イレブンでビールとクラッシュアイスを調達して、よく冷やしておくこと。ときどきは江ノ島の島影と勝手者のシンドバッドの胸騒ぎの腰つきに一瞥をくれてやれ。くれぐれも、きみの得意技である2000トンの雨のための雨乞いはしてはならない。2000トンの雨のための雨乞いをするのはこの夏が終わるころ、湘南の夏に別れを告げるときだ」

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 灼けつくすような湘南の陽の光を全身に浴びながらひたすら波打ち際に歩みを進める。材木座海岸、由比ケ浜で引潮の時間帯にあたり、渚が30メートルほども後退していた。由比ヶ浜の西の外れに人影はほとんどない。夏の盛りであっても、それが由比ヶ浜のひとつのまぎれもなき姿である。
 一旦、134号線の海沿いにルートをとる。心地よい弧を描き、適度なアップダウンを繰り返しながら、よく整備された遊歩道をゆく。途中、数々の風雨によってやつれたベンチに座り、相模湾を一望する。背後を行き交う車の走行音と潮騒だけがある。さらに歩みを進める。ゆるやかな勾配の果てに稲村ヶ崎の岩肌が迫りくる。
 稲村ヶ崎の古戦場でいにしえの古つわものどもに一瞥をくれてやるが、古つわものどもは黙して語らない。今は昔の「七里ガ浜駐車場合戦」を忘れたか。稲村ヶ崎の岩礁のごつごつとした感触を足裏に感じながら岬をひと巡りし、再び波打ち際を歩く。江ノ島の島影が湘南の夏の高熱の中で揺れている。小動岬は夏の陽盛りを浴びて蒸発寸前だ。珊瑚礁海店の屋根の一部が見えはじめる。強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドも揺れている。波打ち際を越境し、入水する。泳ぐ。ひたすら泳ぐ。途中、予想どおりに海ブドウのひと房が頭部にのる。いい兆候だ。いままでも、こうして湘南の夏の始まりを迎えてきた。これからも、生きているかぎりずっとだ。
 ビートのピッチをやや落とす。その分、パドリングのぺースを上げる。海水は浮力がある分、水をつかみにくいから、このやり方が正しい。真水のプールでしか泳いだことのない野生と野蛮を失ったひ弱な都市生活者には解きえないドリルだ。
 息つぎのときに強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドに目をやる。マーチャノワがちぎれるほどに手を振っている。白い腕を。ターコイズ・ブルーのリボンのついた帽子を。
 浜辺に向かう。水中から巨神兵は凱旋する。波打ち際を再度、越境する。真夏の越境者。いい物語の開き方だ。マーチャノワからよく冷えたビールを受け取り、プルリングを一気に引き上げる。世界の果てで弾ける運命の泡のような音。かくして、僕らの2013年、湘南の夏は始まる。

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 あれから10年も忘れられたBIG WAVE 遠くに揺れてるあの日の夢 K-K-K


 40年近くが経ったいまでも思う。「あれは幻の波だったのか?」と。そして、「伝説の水曜日の大波を待ちつづけながら生きた日々は夢だったのではないか?」とも。いや。あれは幻でも夢でもない。実際にあったことだ。伝説の水曜日の大波も伝説の水曜日の大波を待ちつづけながら生きた日々も。伝説の水曜日の大波が押し寄せる轟々という音ははっきりと耳に残っているし、伝説の水曜日の大波を待ちつづけながら生きた日々に起きたことどもはこの拳と眼と肌と、そしてなによりも心の中にくっきりと残っている。焼印、烙印のように。いくら時間が経っても癒されぬ痛みさえともなって。それを感傷と呼びたければ呼ぶがいい。どうとでも好きなように解釈するがいい。なんと言われようと思われようと痛くも痒くもない。探られる腹は贅肉の鎧で覆われている。腹の中身はいつからかサヨリもびっくりして背びれをおっ立てるほどの真っ黒黒助だ。心はとっくのとうに石ころ同然、転がせばコロコロカラカラと乾いた音がする。

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 幾千億の波と幾千億の太陽と幾千億の星と幾千億の朝の話だ。波乗りと波乗り野郎どもと湘南の話でもある。タフでクールでヴァイオレンスでハードボイルド・ワンダーランドだ。村上春樹? それってうめえのか? ダシはきいているか? 歯ごたえはどうなんだ? 村上春樹とやらがハルキンボ・ムラカーミのことなら、やつはササキマキ色のベントレーの後部座席にふんぞり返った揚げ句に、株と素人だかカブトシローだか相手に株価操作を喰らわして兜町界隈でお尋ね者になったのをこれ幸いと株価を乱高下させ、最期はカフカ海岸で腰抜けのくせに図体だけはでかい大波にさらわれちまって、いまは行方不明だ。悪いがよそを当たってくれ。係じゃない。完璧な文章の話も完璧な絶望の話も出てこない。鼠やら羊やら双子の姉妹やら色きちがいどもも出てこない。巡礼だのナイーヴなロースハムなんぞ知ったこっちゃない。
 登場するのは異形ベイビーのおれ様と元牛乳屋の七里ガ浜珊瑚礁のアロハ髭デブおやじと伝説の水曜日の大波、人呼んで稲村ジェーンとそれらにかかわる人々だ。酒の話はテンコ盛りだ。どいつもこいつも大酒飲みばかりだからな。食いものの話もシコタマあるぜ。なんせ、アロハ髭デブおやじは洋食屋の偏屈店主だからな。それと音楽。そして、当然女。そして、いくつかの不思議。感傷は少しだけあるが、手にあまるほどではない。悲しみもいくつかあるが、泣くほどのことではない。第一、他人様に見せるほどの量の涙はもう一滴だって残っちゃいない。最後のダイヤモンドの一滴はとっておきだ。秘密の場所に隠してある。江ノ島と稲村ヶ崎と渚ホテルを結んだ三角形のどこかにな。三角形の内側か外側か。そいつは教えられないね。死んだアロハ髭でぶおやじとの約束だ。

 幾千億の朝を迎え、幾千億の波を超えてもなお、われわれが求める本物の波をわれわれはこの手につかめずにいる。だが、この話はそこから始まる。終りがあるかどうかはわからない。間に合うかどうかさえ。間に合えばいいが。いつかは伝説の水曜日の大波をはるかにしのぐ本物の波に会えればいいが。そして、アロハ髭でぶおやじに届けばいいが。

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*珊瑚礁のアロハ髭デブおやじよ。おれはあんたがくたばった齢をとうにすぎ、いまや偏屈乱暴狼藉爺さんまっしぐらだ。2000年にあんたが死んで以来、おれは七里ガ浜にも稲村ヶ崎にも背を向けてきたが、13年を経て、おれは帰ってきた。あんたの七里ガ浜に。あんたといっしょに稲村ジェーンに乗った稲村ヶ崎に。笑ってくれ。そして、少しだけ微笑んでくれ。そして、例のくしゃくしゃの笑顔を一瞬でもいいから見せてくれ。そして、あの頃とおなじドスのきいた嗄れ声を聴かせてくれ。そして、ベランメエ調で説教し、あの頃のように「馬鹿野郎!」と怒鳴ってくれ。
 あんたが手塩にかけた珊瑚礁は海店も山店も安泰だ。若衆たちはどいつもこいつも礼儀正しく、元気溌剌オロナミンC百年分だから安心しな。ただし、1日3食限定の「海老みそカレー」がメニューから消えたのはどうしても納得いかねえぞ。なんとかしてくれよ。おれ様はと言えば、大好物の「ビーフサラダ」が、いまではひと皿平らげるのもやっとこさっとこという体たらくさ。あの頃は3つも4つも喰えたのにな。寄る年波ってこったな。笑ってくれ。
 お頼みひとつだ。おれが海に入るときはいい波を立たせてくれ。波乗りの神サマに取り合ってさ。豊葦原瑞穂国、東海の小島の磯に初めてロングボードを持ち込んだあんたがそれくらいしたって、バチは当たるまい。ただし!「バッチグー!」なんぞと抜かしやがったら、ピュアブラック&ホワイトのライトニング・ボルト仕込みの稲妻アッパーでブットバース!


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 七里ガ浜甘夏納豆売り

 
 波を待っていた。七里ケ浜駐車場前の幅40メートルのサーフポイントで。そこだけまともな波の立つ場所で。海の中で海藻どもがゆらゆらとダンスしていた。びっしりと海藻がへばりついた大きな岩がいくつも海底に転がっていた。いまにも動きだして踏みつぶされそうに思えた。巨岩どもは薄笑いを浮かべてこちらの様子を観察分析し、手ぐすね引いて隙をうかがっているみたいだった。
 私は17歳、高校2年生だった。学校が終わると掃除当番も補習もすっぽかして七里ガ浜の山の上にある食堂に直行した。預けてあるサーフボードを受け取るためだ。その食堂こそがアロハ髭デブおやじの店、『珊瑚礁』だ。
 低気圧が近づいていい波が入る日は学校をサボるか、1時限目か2時限目には早退した。ずいぶんと親戚の叔父さんや叔母さんには死んでもらった。いないはずの兄弟姉妹を交通事故や不慮の事故に遭わせたことは数知れない。担任も心えたもので、「兄弟と親戚がたくさんいて賑やかでいいな」と皮肉を言うくらいで、それ以上追及されることはなかった。閻魔帳にもズル休みズル早退のことを書き込んだりせずにすませてくれた。
 その日は茅ヶ崎の老舗のサーフショップを通じて特注したライトニング・ボルトのサーフボードが出来上がってくる日だった。当然、親戚の叔母さんには死んでもらった。ズル休みだ。朝から京浜東北線と東海道線を乗り継いで茅ヶ崎に向かった。
 サーフボードは予想以上の出来栄えだった。トリプル・フィン。リーシュ・ホールなし。いま思えば斬新だ。革新、革命とさえ言いうる。ジェリー・ロペスの派手でアクロバティックなライディングがもてはやされていたサーフィン新石器時代だ。あの時代にトリプル・フィンのサーフボードに乗っていた波乗り野郎は世界に10人もいなかったはずだ。私のオーダー・シートを見るサーフ・ショップのオーナーもしきりに首を傾げていた。
「トリプル・フィン? なにこれ?」
「フィンがみっつ」
「やってくれるかな。かなり複雑だ。強度と剛性の問題もあるし」
「なんとかやってもらってよ。波乗りの神様のお告げなんだ。”トリプル・フィンの板を作れ。祈れ。そして稲村ケ崎の伝説の大波に乗れ。”って」
「ベース・カラーはピュアブラック?」
「漆黒。真っ黒けっけってこと」
 オーナーは呆れ顔だ。「で、稲妻はピュアホワイト」
「そう。純白。真っ白けっけ」
 そこでオーナーはやっと笑った。「真っ黒けっけと真っ白けっけ」
「そう。まさにおれのこと」
「よく言うよ。時間はきっちりもらうよ。この商売をはじめて20年になるけど、こんな複雑なオーダー・シートはみたことない。ボルトのシェイパー、ビルダーも目を丸くするぜ。やつらはきっと言うはずだ。”オー! マイ・ガッド! ディスオーダーだ! ディザスターだ!”」
「災厄って? それならいっそういい。ざまあみろだ。先っぽの角度と底のベルヌーイ・ラインの本数を増やして、形状ももっと複雑にしてやろうかな」
「おいおい。かんべんしてくれよ、樽くん」
「へへへ」


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 サーフボードを砂浜に突き刺すとモノリスみたいに見えた。太陽の位置、陽の光があたる加減や強さのちがいで白く見えることもあった。あるいは透明にも。ブラック・ライトニング・ボルト。あるいはホワイト・ライトニング・ボルト。存在の耐えられない透明な波乗り板。真っ黒けっけで真っ白けっけ。数々の矛盾を孕みつつ世界に確かに存在し、生きている私にはぴったりのサーフボードだった。
 何人かのサーファーがやってきてはああでもないこうでもないと私のサーフボードについて話し、当然、彼らには「答え」も「結論」も、それらに類することも見つからずに去っていった。

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 七里ケ浜駐車場前の幅40メートルほどのサーフポイントは波の力と気圧と風向きと潮の条件が整うとすばらしい波が立った。ただし、条件が整うことは滅多になかった。宝くじに当たるよりは確率が高いことはまちがいなかったが。その日も膝クラスのしょぼくれた波ばかりが七里ガ浜の浜を洗っていた。
「きょうはあきらめろ。待ってもいい波はこない」
 すぐうしろから嗄れてドスのきいた声がした。珊瑚礁のアロハ髭デブおやじだった。「それにこんなチャラチャラした板は七里の波に合わない。稲村ジェーンにもな」
「そういうもんかなあ」
「そういうもんだ。おまえは波乗りを始めて何年になるんだ? 2年か? 3年か?」
「3年半」
「そうか。ということはヨチヨチ歩きの時代は終了したんだな? そろそろ、本物の板に乗る時期だ」
「本物の板ってどんなのだよ」
「ロングボード。9フィート7インチ」
「化けもんじゃんかよ」
「そうだ。稲村の化け物クラスの波を乗りこなすにはこっちも化け物を用意しないとな」
「なるほど」
「おまえが波乗りをやる目的はなんだ?」
「おもしろい。気持ちいい。ほかにあるのかよ。波乗りやる理由が」
「大事なのは目的だ。目的と行動。これが人間を作りあげる。目標目的が明確でなければえられる結果はゴミ同然だ」
「哲学だな」
「哲学じゃない。知恵だ。知恵と経験。そして目的。わかるな?」
「うん」
「いい子だ。褒美におれの板をやる。9フィート7インチのロングボードを。伝説のボード・シェイパー、トパンガ・ケイヨンロードの渾身の傑作ボードを」
「冗談だよな?」
「おれは冗談とマッポと腐った牛乳が大きらいだ」
「奇跡だ」
「奇跡なんかじゃない。事実だ。そして、好意」
「おれのことが好きってこと?」
「まあな。早い話がそういうことだ。おまえは筋がいい。人間の筋が。人生を生きることの筋が」
「なんだか、ちょっとうれしいな」
「そして、次の稲村ジェーン、伝説の水曜日の大波に乗れるやつがいるとすればおまえだと思うからだ」
「稲村ジェーン。伝説の水曜日の大波」
「そうだ。だから、今から本物のサーフボードで本物の波に乗る訓練をしておくんだ」
「オーケイ。本物のサーフボードで本物の波に乗るんだな。わかった。熱いぜ、おやじ」
「ついでと言っちゃあなんだが、七里ガ浜甘夏納豆売りをしてきてくれ」
「なんだよ! バーターだったのかよ!」
「ただで手に入るものにロクなものはない。おぼえとけ」
 私は渋々重さが10キロ近くもある青いクーラーボックスを肩からぶら下げてビーチを歩きはじめた。クーラーボックスの中身はアロハ髭デブおやじ特製のアイスキャンディーだ。パイナップル味とマンゴー味とレモン味とミント味とライム味。「七里ガ浜甘夏納豆売り」は稲村ヶ崎から七里ガ浜の果てまでを5回往復する。

「アイスキャンディーいかがっすかー。パイナップル味とマンゴー味とレモン味とミント味とライム味とマンコ味とチンコ味のアイスキャンディーいかがっすかー。七里ガ浜甘夏納豆売り特製のアイスキャンディーはいかがっすかー。七里ガ浜ロコのロコモーティヴなアイスキャンディーはいかがっすかー」

 肩に食い込むクーラーボックスのベルトは痛いし、砂に足が取られて歩きにくいし、真夏の果実が一瞬にして蒸発してしまうくらい太陽は情け容赦もなく熱いし、喉は乾くし、なんの脈絡もなく慶応ガールが達するときの喘ぎ声が頭の中で繰り返し聴こえて激しく勃起するしで、その日の「七里ガ浜甘夏納豆売り」は実に散々だった。稲村ヶ崎から七里ガ浜の果てまでを5往復して売れたアイスキャンディーはミント味とライム味が3本ずつ。「マンコ味とチンコ味のくれ」と言ってきた唐獅子牡丹の刺青をみせびらかすチンピラには鳩尾に膝蹴りを入れてやった。唐獅子牡丹野郎と一緒にいた腐ったキャベツのような珍妙きわまりもない線彫りの刺青を右の太ももに入れた痩せっぽちはひと睨みで5メートルくらい吹っ飛んだ。二人とも、以後はまっとうな社会的適合者になったはずだ。特に唐獅子牡丹野郎は生涯に渡って鳩尾に痛みを感じつづけ、唐獅子牡丹に別れを告げてから満願寺唐辛子売りとして浅草あたりの露天商組合の古株として生きていることが予想された。
 ワルはおれにまかせときゃいいだよ、チンピラくん。まったくどこまでも世界はバカバカしさと徒労と腰のすわらない愚か者で出来あがっているものだと強く思われた。10キロ近くもある青いクーラーボックスを肩からぶら下げて。夏の陽に灼きつくされながら。
 仲間内ではいつからか、誰いうともなくこの「苦行」「拷問」「磔刑」を「七里ガ浜甘夏納豆売り」と呼んでいた。イエスだってブッダだって孔子先生だってこの苦行には根を上げたはずだ。それくらいきつかった。夏も太陽も海も冥王星の周回軌道の外まで蹴り飛ばしてしまいたかった。The End of The Worldが来たってかまわないとすら思った。「Why does my heart go on beating? Why do these eyes of mine cry?」と口に出すと、少しだけ楽になった。肩に食い込むアイスキャンディーの重さはちっとも変わらなかったが。それが世界を成り立たせている「仕組み」の一端だ。
 無性に高中正義の『伊豆甘夏納豆売り』を聴きながらキンキンに冷えた7UPを飲み、甘夏味のかき氷が食べたかった。だがそれは、「七里ガ浜甘夏納豆売り」をしているときには、ブラジリアの空からスモッグが消えて、「ブラジルの青い空」が見えることを望むくらい馬鹿げていた。実際、あの頃、七里ガ浜周辺で日々起こっていたことどもはどれもこれもどうしようもなく、救いがたいほどに馬鹿げていたが、そのことに気づいていたのは私とアロハ髭デブおやじだけだった。

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by enzo_morinari | 2013-07-27 02:46 | 湘南の散歩者の夢想 | Trackback