カテゴリ:構造主義建築探偵殺人事件( 1 )

匿名は殺す。

 
c0109850_2251386.jpg


【STRUCTURAL GANGSTAZ MURDER CASE#1】


匿名は殺す。手加減なし、容赦なし。あとには風すら吹かない。 E-M-M


世界に存在するC-4の2パーセントを使ってル・コルビジェ・カフェをふっ飛ばしたことにより、俄然勢力を拡大しはじめたピーター・アイゼンマン、ダニエル・リベスキンド、フランク・ゲーリー、コープ・ヒンメルブラウ、ダニエル・リベスキンドらを中心とするデコンストリュクシオナール・ギャング・スターズへの規制強化策策定の素案が決定した夜。構造主義建築探偵のミーム・ファンデルソル・ローエングリンことミーム青山は殺された。惨殺。五体不満足にされたうえに、手足の爪の一枚一枚をすべてペンチで剥がされ、肉という肉は切り刻まれた。耳たぶも。鼻梁も。口びるも。目蓋も。陰嚢の皮も。陰茎の表皮までも。

肉、皮、内臓のすべてが切り刻まれ、ミンチにされ、残った彼の筐体、骨のすべては粉砕されてガリガリガリクソンガガーリンガリガリクンガリタ食堂の千年紀ミルサーにかけられた。できあがったすべてはミレニアム・ガリガリガリクソンガガーリンガリガリクンガリタ・ハンバーガーヒル・ハンバーグとしてガリガリガリクソンガガーリンガリガリクンガリタ食堂のメニューに載り、即日完売した。あらかたを平らげたのはガリガリガリクソンガガーリンガリガリクンガリタ食堂店主のガリタ本人である。

構造主義建築探偵のミーム・ファンデルソル・ローエングリンことミーム青山殺害12時間前、構造主義建築探偵のミーム・ファンデルソル・ローエングリンことミーム青山は神宮前2丁目所在、リストランテ・ラパタータ野菜館の並びに古色蒼然として屹立する、ローシング・ヘイトレッド種亜種のディテステーション蔦に侵蝕されつつあるチャペル・チャベス・チャンチャラ・ユープケッチャ写真館を訪ねていた。チャペル・チャベス・チャンチャラ・ユープケッチャ写真館こそは異界/匿名の庭への入口だった。

ガイ・フォークス&ナイヴズ・カンパニーの血にまみれた人間の頭部と腕と脚と胴体がシンボライズされた肉塊紋章がかかる扉を押し、青いパティオを抜けると「ソス・ド・ヴィ」と刻された黄金のプレートに目を奪われる。そのプレートに対して地軸の傾き23.43度の位置に立つと杉浦康平大明神の立像が足下から出現する。このあと、まだ42ほどのプロセス、儀式とも言いうるイベントがつづき、ついにチャペル・チャベス・チャンチャラ・ユープケッチャ写真館内部に足を踏み入れることができる。

構造主義建築探偵のミーム・ファンデルソル・ローエングリンことミーム青山にとっては慣れた過程のひとつにすぎなかったが、まさか、これが最後の儀式、プロセスになるとは予想だにしなかっただろう。構造主義建築探偵のミーム・ファンデルソル・ローエングリンことミーム青山がチャペル・チャベス・チャンチャラ・ユープケッチャ写真館館主であり、立候補マニアのマック赤坂泡沫の無惨な死体に気づいたのと同時に緑ずくめのバナナウェーブの兵士が彼を取り囲んだ。構造主義建築探偵のミーム・ファンデルソル・ローエングリンことミーム青山はバナナウェーブ・ガスを嗅がされ、意識を失った。


Boot up ──

Click,
Enter,

記憶の岸辺/ミュトス・シティ東部沿岸 UTC17時42分

ミュトス・シティ唯一の砂浜に打ち寄せる波を数え終えたとき、呪われたアルマジロと虹のコヨーテと黄金のカエルがやってきた。

「冬眠を忘れた熊よ。いよいよその時が来たのだ。グレート・マザーに戦いを挑む時が」

呪われたアルマジロの言葉は簡潔で自信に満ちているうえに神々しかった。言葉のひとつひとつに神が宿っているのではないかと思えるほどだ。

呪われたアルマジロは母親の遺伝情報しか持たない固有半数体種だ。聖なるものの顕現者であり、宇宙を支配する巨大な意志の力から「言葉」を預かる者である。呪われたアルマジロは宇宙を支配する巨大な意志の力から「言葉」を預かり、世界に向けて解き放つ。解き放たれた「言葉」たちは軽やかに翼をはためかせ、世界を自在に飛翔する。解き放たれた「言葉」はヨハネスブルグ・キッズの凍りついた心にさえ届く。北の国のコッチェビ・チルドレンにも。ロンゲラップ・ピープルとチェルノブイリ・ボーイズ&ガールズとフクシマ・ベイビーにも。世界中の、虐げられ、忘れ去られ、なきものにされ、再び十字架にかけられし者たちにも。彼らに届けられた「言葉」が彼ら自身の力で輝きを増して飛び立つまで、呪われたアルマジロは「言葉」を預かり、世界に向けて解き放ちつづける。

虹のコヨーテは孤高の戦士だ。世界を蝕み、貪り喰うすべての邪悪なるものと戦う。怒れるアメリカン・バッファローの一群を狡猾冷酷なスコティッシュ・ブラックフェイスから解放したのは虹のコヨーテである。誇り高きカリブーの群れのただ中から石をみつめる少女をたった一人で救い出したのも虹のコヨーテだ。悪意と憎悪に満ちた巨大な砂嵐の中で迷うアボリジニ戦士の12人のパックを導いたのも虹のコヨーテだ。3度の救出劇で虹のコヨーテは無惨きわまりない深手を負い、肋骨を7本骨折し、右目を失ったが、3度とも宇宙を支配する巨大な意志の力と妖精たちによって癒された。宇宙を支配する巨大な意志の力はまだ虹のコヨーテに戦うことを命じている。

黄金のカエルは宇宙を旅する者である。目的地も同行者もない旅は黄金のカエルを不安と孤独で四六時中苛むが、それもまた宇宙を支配する巨大な意志の力によって決められたことである。何者もその意志に逆らうことはできない。ミュトス・シティの西の果てにある嘆きの沼で日がな一日泳ぎまわっていた頃、黄金のカエルは目映いばかりに輝いていたが、旅のあいだにどこにでもいる緑色のアマガエルに変わってしまった。しかし、黄金のカエルがほかのカエルたちと決定的にちがうのは、いついかなるときにも緑色に輝いていることだ。太陽が水平線の彼方に消え、世界が漆黒の闇に沈んでも黄金のカエルは緑色に輝く。何者にもなりかわりようのない彼自身として。何者にもなりかわりえない緑色をした黄金のカエルとして。

それにしても、名前というのはしんどいものだ。名前のおかげでずいぶんといやな思いをしてきたことだ。そのことを思うと重く湿った疲労感が容赦なく襲いかかってくる。一時間ほど前ににわか雨に遭い、たっぷりと雨を吸い込んだドイターのポリッシュ・ブラックのメッセンジャー・バッグが肩に食い込む。名前さえなければ何者にでもなれたはずなのに。名前さえなければ樵の王として世界中の森に君臨することだってできたはずだし、世界中のありとあらゆる砂漠を旅する商人として、ゴビ砂漠に詩の王宮を建設することも可能だったろう。あるいは、一瞬のうちに巨大なブルーマリン・セイルフィッシュを手なづけてしまう漁師にも。名前さえなければ本当の自由をこの手につかみ取ることができたのに。

眼を上げる。沈黙の岬灯台がセイレーンに弱々しいシグナルを送っている。セイレーンは沈黙の歌で応える。ミュトス・シティはいまにも消え入りそうな瞬きを繰り返している。ゆうべ、ミュトス・シティの住人たちが「北の尾根」と呼ぶ細く険しい峠道を歩きながら、私は旅の間に起こった出来事のひとつひとつに腹を立てていた。すべてに腹を立て終わったとき、夕焼けを背に浮かびあがっていた私の影は深い闇に飲み込まれた。

ミュトス・シティの中心、アノニマス・ガーデンにたどり着いたとき、アノニマス・ガーデンの初代園長、呪われたアルマジロは死の床にあった。呪われたアルマジロが横たわるベッドのまわりには、市長、助役、財政局長、建設局長、保健衛生局長、環境局長、農政部長をはじめとする街の行政担当者、さらには警察署長、消防署長などの治安防災関係者、商工会議所の面々、市議会議長以下の政治家たちが神妙な顔つきで立ちつくしていた。アルマジロの顔を覗き込む。眼窩は深くくぼんで影の中に埋もれ、頬はこけ、血の気のない唇は潤いを失ってひび割れている。「骸骨だ」と思う。そして、ロゴス・シティで最後に呪われたアルマジロと会ったときのことを思い浮かべた。呪われたアルマジロは静かに息を引き取った。部屋のあちこちからすすり泣きが聴こえる。だが、これは偽りの死だ。呪われたアルマジロは死んでいない。そのことを知る者は限られている。真実を知るのは私と虹のコヨーテと黄金のカエルだけである。市長も助役も警察署長も欺かれているのだ。

「冬眠を忘れた熊よ、ダイブの時間だ。用意はいいかね?」と呪われたアルマジロが言った。数え終えたはずの波の音がかすかに聴こえる。記憶海岸の入江を見渡す。マーカスの鏡のように静かだ。14番目のグレープフルーツ・ムーンが映っている。呪われたアルマジロに向かってうなずく。呪われたアルマジロは私の額に右の手のひらをそっと置く。呪われたアルマジロの手からイグドラシル・ストリームがゆっくりと流れ込んでくる。あたたかい。母親の胎内にいるようだ。流れ込む速度がいっきに上がる。意識がうすれ、世界が遠ざかる。記憶が音もなく消えはじめる。波の…音……が…………聴こ ──

Shut down.


Boot up ──

Click,
Enter,

ヴァーチャル・リアリティ・タワー東棟42階/イデア・シティ北部 UTC18時42分

私はリコレクター、記憶士だ。記述士、分析士、修正士、計数士、管理士、消去士、統合士を加えた8人でチームを組んでいる。完全なSOHO。形式的な健康診断と思想調査を除けば、出社に類するものはいっさいない。すべてはネットワークを通じて行う。

記憶士は宇宙のすべてを記憶する。それが仕事である。ひたすら記憶すること。考えなくてもよい。答えは求めない。答えを求めようとするとデータに誤差がでるからだ。記憶は無数の忘却の集積である。記憶したデータは記憶の宮殿の最深部に鎮座するアレクサンドリア・ストレージ・サーバ(ASS)に送る。

記憶をASSに送信するのは祈りにも似た行為だ。ASSはいずれ「神」と呼ばれて崇められるようになるのだから、私の考えもあながちまちがいではない。記憶士として仕事をしているときは常に頭部搭載型ディスプレイ(HMD)を装着する。3次元の空間性、実時間の相互作用性、自己投射性の三要素がともなってはじめて正確な記憶が可能だからだ。

メタバースの住人たちによって結成されたメモリー・ウォーリアーズから攻撃を受けることもあるが、そのときはアカシック・レコード・プログラムを起動してフラッシュ・クラッシュし、撃退する。メモリー・ウォーリアーズの攻撃を受けたときは3週間の休暇を取ることが認められている。大脳辺縁系を休めて冷却するためである。息が詰まるようなHMDから解放されるのは去年のクリスマス以来だ。ヴァーチャル・リアリティ・シート(VRS)に体を沈める。これで思う存分、自由放埒に「世界」を駆けまわることができる。

Scroll ──
Drag,
Command+Copy,
Command+Paste,
Scroll ──
Drag & Drop
Scroll ──
Click,
Enter,



Reload.


Enter,
Click,

アノニマス・ガーデン最深部/ミュトス・シティ中央 時刻不明

ミュトス・シティは隔絶孤立した街である。クリーン・ルームがそのままコミュニティになったと言っていい。隣町との境界にはΨとΦとΘとΩが不規則に刻まれた巨石が置かれ、外部からの侵入を拒んでいる。実際、外部の人間がミュトス・シティに立ち入ることは厳重に規制されている。自然は徹底的に改造され、すべてのエネルギーの源であるアノニマス・ガーデンを中心にして個性のない街並が放射状に整然と広がっている。原子時計のように正確無比で、蜜蜂の巣のように規則的で統制された社会。よそ者はミュトス・シティを理想郷と呼ぶが、それは大きなまちがいだ。隣りの芝生が幸福と笑いと歓喜に彩られた緑にみえるのと同じである。彼らは庭の芝生の緑を見るのみで、凡庸と裏切りに満ちた閨室の寝物語の地獄を知らない。

ミュトス・シティはグレート・マザーによって設計された。グレート・マザーは量子型DNAコンピュータだ。演算処理速度は毎秒42ヨタ回。人類の知の領域を100年相当分拡張したといわれる超スーパー・コンピュータである。ミュトス・シティはエネルギー・コンサーベイションとトリジェネレーション・システムの社会実験場として誕生した。管理運営のすべてはグレート・マザーが行っている。ミュトス・シティは当初の目的をはるかに超える成果を上げた。誰も予想しなかった新しい「富のかたち」を生み出しはじめたのだ。

グレート・マザーはシビタスが莫大な債務によって数度のデフォルトを発生させていた最中に誕生した。ガバメント・シャットダウンは目前に迫っていた。キャリア・ビューロクラットの猛烈な抵抗にも関わらず、キャビネットがグレート・マザーの開発に国家予算の8パーセントを費やす賭けに出たのは出口のない状況を打開したかったからだが、ローマ帝国の凋落を因数分解で解決できないのと同様に、グレート・マザーがシビタスの財政危機を解決する方策を編み出すとは誰も考えなかった。

疑念と不信は日を追うごとに深まり、大きくなった。グレート・マザーはキャリア・ビューロクラットとそれに雷同する者たちの無責任で根拠のない批判をよそに着々と計算をつづけた。数値解析し、仮想化し、仮説を立て、推論し、モデリングし、エミュレーションし、シミュレーションし、検証する。想定しうるリスクをひとつひとつ潰す。それを繰り返す。

グレート・マザーが最初にはじき出したのは「シビル・サーバントの身分保障の廃止」と「シビル・サーバントの大幅な人員削減」と「エージェンシーの全廃」だった。グレート・マザーは抵抗するキャリア・ビューロクラットとの対処のシナリオまでキャビネットに提示した。個々のポリティシャンたちにも具体的な行動指針と行動計画を示した。中には既存の法令に抵触しかねないきわどい内容を含むものもあった。

計画を実現するための新たな法案も次々と策定された。グレート・マザーはこれらの計画のすべてを「内戦」「クーデター」「対キャリア・ビューロクラット戦争」「革命」と位置づけていた。グレート・マザーが策定した法案は過半数すれすれながらダイエットを通過した。法案通過と同時にキャビネット・セクレタリアートとミニスターズ・セクレタリアートから次々とキャリア・ビューロクラットが追放された。

最初に槍玉に挙がったのはセクレタリーである。セクレタリーはビューロクラット・システムが送り込んだ監視役だからだ。次はデプティ・バイス・ミニスターとカウンシラーとカウンセラー。罷免追放に際しては私物の持ち出しまで禁止された。

粛清は迅速に行われた。それはまさに「革命」と呼ぶにふさわしい。次に各ミニストリーのバイス・ミニスター、ジェネラル・ディレクターが追放された。予想通り、シロアリ・ネスト・マウンド(旧霞ヶ関)は大混乱に陥った。グレート・マザーの計画に協力的でない者は一人残らず追放されるか閑職に追いやられた。

「ミスター・シャドウ・プライム・ミニスター」とまで言われて恐れられ、権勢を恣にした財務省のバイス・ミニスターは罷免の翌朝、オフィシャル・レジデンスにほど近い神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の樹で首をくくった。だが、それはグレート・マザーの計画の始まりにすぎなかった。

ネットワークを通じて財務省のバイス・ミニスターの死の知らせがもたらされるとグレート・マザーはCPUの空き領域で考えた。「余の威光があまねきために」と。そして、トーキョー・スペシャル・プロスキューター・チームにピース缶 sengoku38、疫病神コシイシ、全ミニストリーのバイス・ミニスター、ジェネラル・ディレクター、デプティ・バイス・ミニスター、セクレタリー、カウンシラー、カウンセラー、外局の幹部職員、全エージェンシーの幹部を新設のシビタスとピープルに対する反逆行為の処罰等に関する法律」に基づいて一斉検挙するよう指令を発した。「憲法改正案」の起案が完了するのは42秒後だ。明日には金融システムの解体に着手しなければならない。グレート・マザーは再び考える。

「余の威光があまねきために」

Command Sleep,


Boot up ──

Click,
Enter,



デス・タウン/イデア・シティ南部 UTC19時42分

ファン・ド・シエクル・タワーズ第9地区の南の一角に世紀末ホテルはある。地上126階、地下7階。居住者(不法占拠者)の平均寿命31.6歳。部外者の平均生存時間24秒。1日の殺人発生件数、平均4.2件。強盗同23.1件。侵入窃盗同80.6件。放火同14.2件。強姦同28.4件。傷害同186件。犯罪発生率の高さと治安の悪さから隣接する街の住民たちに蛇蝎のごとく忌み嫌われるデス・タウンの中でも、ファン・ド・シエクル・タワーズ一帯はきわめつきの無法地帯だ。とりわけ危険なのが第9地区。その中心が世紀末ホテルである。世紀末ホテルに足を踏み入れる者は死を覚悟しなければならない。

世紀末ホテルはアステカ・シティの紋章として描かれたテスカトリポカ・ノグチとケツアルコアトル・ノグチ兄弟の『制御された混沌/空を削る者』に強い影響を受けた非対称/非線形の外観を持つ。リーマン幾何学平面を積極的に取り入れた外観は過去の建築様式や装飾を引用するエクレクティシズムを強く拒否していることがうかがわれる。世紀末ホテルは建築の歴史軸の延長線上にはないのだ。

外壁を構成する直線が見る者の期待/願望を裏切るかたちで雲形に変化したあと、内部の混沌を暗示する「尖端の集合体」が不意に出現する。ひねられ、ずらされ、差異化され、遅延され、留保され、傾き、スパイラルする尖塔。鏡のようなガラスの平面を浸食する「ミトコンドリア型の異物」。そこには設計者の「表層/表皮」に対する並々ならぬ執着がみてとれる。建物の継目から縦横に伸びる無数の触手状のスティックは「身体なき器官」の象徴であり、それらを包み込むように「ホール」と呼ばれるオブジェが脈動する。「ホール」は「器官なき身体」の象徴であり、全体でひとつの有機体を構成する。

開業当初、世紀末ホテルは成功と富の象徴だったが、いまや見る影もない。近くで見るとその荒廃ぶりがよくわかる。外壁は落書きだらけで、あちこち崩れている。放火の跡が何カ所もある。正面玄関脇の壁には「自分の身は自分で守れ」とスプレーで大書きされている。電気、ガス、水道の供給はすべてストップ。電話回線遮断。クロークとおぼしきスペースの右奥に鋼鉄製の扉。扉には「Way Out!」の真っ赤な文字。「出口」ではない。「逃げ道」だ。

「ホテル」の文字が冠してあっても、世紀末ホテルはいまやホテルではない。死と退廃と絶望と虚無と欲望に支配された廃墟だ。ベル・ボーイはいない。ベル・ガールもいない。ベル・キャプテンもいない。フロント・クラークもコンシェルジュも客室係もバトラーもアシスタント・マネージャーも支配人もいない。ドアマンすらいない。いるのは死神と亡者どもだ。

レストランもない。バーもない。カフェ・テリアもない。フィットネス・ジムもない。ロビーはゴミ捨て場と化していて、強烈な悪臭が鼻をつく。5秒で吐きそうになる。実際に吐いた。つい今しがたのことだ。動物の死骸がある。切断された血まみれの人間の手や足や指が無雑作に転がっている。かつてブティックやジュエリー・ショップやフラワー・ショップがあったテナント・スペースは破壊され、ドアは破られ、ショー・ウインドウのガラスは叩き割られている。中庭にはベッドや椅子やテーブルなどの調度品が燃やされた残骸がある。中心部の「コア」と呼ばれる吹き抜けには投げ捨てられた大量のゴミが堆積し、7階あたりにまで達している。このまま世紀末ホテルを重犯罪者専用の刑務所にしようというプランまで持ち上がっている。

かつて、ファン・ド・シエクル・タワーズ一帯は成功と富と夢のシンボルだった。IT長者たちは競ってファン・ド・シエクル・タワーズにオフィスを構え、住人となった。それは彼らが成功し、富を手に入れ、夢を実現したことを意味した。

ITバブルがもののみごとに弾け飛び、敗北者の一人がエントランスにシルバー・メタリックのメルセデス・ベンツ600SELを放置したのが荒廃化の発端である。最初にボンネットの上にセブン-イレブンの空き袋が置かれた。すぐに COKE の空き缶が並び、7UP の空きボトルが並び、未開封の Dr Pepper の2.5Lボトルが並んだ。そして、翌日にはフロント・ガラスが叩き割られた。

アンテナがへし折られ、サイド・ミラーがもぎ取られ、車輪とドアが持ち去られた。エンジン、バッテリー、バックミラー、フロア・マット、シート、ステアリング、シフトレバー、GPSシステム、カー・オーディオ ── 形のあるものは次々と奪われていった。1週間後には地べたに漏れたオイルの染みを残して、シルバー・メタリックのメルセデス・ベンツ600SELは跡形もなく消えた。

「破れ窓理論」どおりだった。崩壊に向けて走り出した世紀末ホテルを救うことは誰にもできなかった。暴走列車のように血煙を吹き上げながら世紀末ホテルは破滅に向かって驀進した。盗みが激増し、強盗が日常の一部となり、ついには支配人が惨殺された。犯人は13歳の少年だった。支配人の両目はえぐり取られ、顔はつぶされ、身ぐるみ剥がされていた。パンツや靴下の果てまでだ。

警察は取り締まりはおろか、世紀末ホテルに足を踏み入れることすらできなかった。殺人鬼、強姦魔、強盗、サイコパス、詐欺師、麻薬常習者、アル中、こそ泥、ヤクの売人、浮浪者。世紀末ホテルは凶悪なならず者どもの巣窟へと変わり果てた。

打つ手なし。世紀末ホテルの経営会社は完全にお手上げだった。世紀末ホテルだけではない。ファン・ド・シエクル・タワーズすべてが無法地帯と化したのだ。ならず者どものせいで巨額の投資資金は泡と消え、あとには廃墟が残ったのみだ。

経営はみるみる悪化して上場廃止、そして倒産。セブン-イレブンの空き袋が置かれてから7ヶ月後のことだ。天国から地獄へ。奈落の底へ。客室からはベッドやソファの調度品は無論のこと、金目の物は一切合切略奪されるか破壊されるか燃やされた。世紀末ホテルには憎悪と絶望と退廃が渦巻いている。略奪の中心となったのはルーンストーンズとロンゴロンゴ・ギャング団。デス・タウンを二分するならず者集団だ。

私はなんのために世紀末ホテルに来たのか? 私も犯罪者なのか? 私は犯罪者ではない。もちろん、世紀末ホテルの住人ではない。ファン・ド・シエクル・タワーズの近くを通ることさえ避けている。ましてや、第9地区などとんでもない。世紀末ホテルには金輪際足を踏み入れるまいと思っていた。ファン・ド・シエクル・タワーズ一帯が隕石の直撃を受けて消滅してしまえばいいとさえ思っている。では、なぜ世紀末ホテルに来たのか?

Reload,
Search, Hit!
Click,
Drag,
Command+Copy,
Command+Paste,

Reboot,

Click,
Enter,

デス・タウン/イデア・シティ南部 UTC20時42分

ビッグ・タンガタ・マヌ邸地下、拷問部屋。
「100億いる人間どもが100人になったって滅亡でもなんでもねえからな。もとは100匹いたのにいまは1匹しかいねえなんて話はこの世界にゃ吐いて捨てるほどもあるぜ。今度は人間どもがおなじ目にあうんだ。止めようがねえのさ。好きなだけ殺し合いやがりゃあいい。だれも悲しみゃしねえ。いいも悪いもねえ。おれが100人200人殺したところでどうってこたあねえのさ。だからおれは殺す。殺しまくり、殺しつくす。だれにも文句は言わせねえ。文句があるなら、おれを取っ捕まえて、ぶっ殺すがいいさ。なあ、そうだろう? そう思うだろうがよ? おまえさんにもぶち殺したい奴が一人や二人はいるだろう? え? ちがうか? おべんちゃら、きれいごとはどうでもいいんだ。なあ、そうだろう? いいか? この世界から人っ子一人いなくなったって、そんなものは滅亡でもなんでもねえよ。どうってこたあねえ過程のひとつにすぎねえんだ。人間どもがいなくたって太陽は昇るし、太陽は沈む。なにごともなかったようにな。つまり、おまえに言いたいことはたったひとつだ」

ビッグ・タンガタ・マヌはまっすぐに私を見る。ど真ん中を射抜かれる。動けない。ビッグ・タンガタ・マヌの次の言葉を待った。

「生きろ。だが、一度死んでおけ」

ビッグ・タンガタ・マヌは銀色に輝くクロノスの大鎌を振り上げた。

Shut down.
Boot up ──
 
[PR]
by enzo_morinari | 2013-07-25 02:31 | 構造主義建築探偵殺人事件 | Trackback