カテゴリ:TOKYO STORIES( 8 )

オ・ヤツハ・カール=ハインツ・シュトックハウゼン卿の4機のヘリコプターをめぐる冒険と野望#1

 
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当面の問題は家に帰り着くことだ。その余の問題は、この際、すべてどうでもいい。しかし、ただ帰還するだけでは問題解決の糸口にさえならない。4機のヘリコプターとともに、戦略墜落型ボーイング・バートルV-22オスプレイ4機とともに帰らなければ。明け方に。暁の輝く朝に。シェールが輝く月に見とれすぎて惰眠を貪っている静寂が支配する朝に。

私は戦略的戦術的に最終の大江戸線の先頭車輌にいた。あたかも夜明けのエニグマ・スメグマ・スペルマ・シュティグムのような風情を漂わせて。私はいくぶんかは風変わりな風体だったかもしれないとは思う。

なにしろ、私が車輌に乗り込んでほどなく、近くの乗客のうちの数人が顔を見合わせてこっそり笑いはじめたからだ。笑いを噛み殺してうつむいていたDK-NYのTシャーツをこれ見よがしに来た女などは、私が放屁した途端にここぞとばかりに笑い転げだした。まったくもって、DK-NYを来た女には注意しなければならない。経験的にろくなことはない。DK-NYのTシャーツを着た女と関わると。

異変に気づいた運転手がちらちらとこちらを見はじめた。次第に地下鉄の車内に他人の小さな不運に遭遇できた喜びのたぐいの笑いが広まっていき、ついに乗り合わせた人々全員が腹を抱えて笑いはじめた。私は恥ずかしくて右の頬と左の耳たぶと右膝と左肘が燃えたばかりか、ビッグフェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドからもらったP!NKの『The Truth About Love』のCDを食べてしまったほどだ。

私が物心ついたときから後生大事に抱えつづけてきたアウフヘーベン・アウスレーゼ・クライスレイアーナの小塊がポケットの中でもぞもぞと蠢きはじめたのは麻布十番駅の腑抜けたホームが見え始めたときだった。私はたまらず下車した。残った乗客たちはいかにも名残り惜しそうに私を見送っていた。

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芋洗い坂を目指して急ぎ足で十番商店街を抜けた。あべちゃんにも浪速屋総本店にも十番温泉跡地にも豆源にも幻の魚屋にも目もくれずにだ。すれちがう者たちがみんな、あきれ顔で振り向き、声を上げて笑った。

私はよっぽど、「おまえら! なに見てんだよ! 4機のヘリコプターを背負ってるのがそんなに珍しいか? 面白いか?」と言ってやろうかと思ったがやめた。彼らが笑うのはもっともだ。グレイ・フランネルの高級スーツを着た男が4機のヘリコプターを担いで ── しかも、悪名高き戦略墜落型ボーイング・バートルV-22オスプレイ4機! ── 夜ふけの麻布十番商店街を血相を変えて急ぎ足で歩く人物にはそうそうお目にかかれるものではない。

今から思えば、私は完全に「酷寒のミル・プラトー」に立っていたのだと思う。ビッグフェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドの助けが必要だったが、ビッグフェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドは西伊豆戸田村の御浜岬の鈎状砂嘴をフィールドワーク中だ。どうにもならない。

仕方なく、けやき坂麓のTSUTAYAに寄ってジョン・ケージの『4分33秒』とカールハインツ・シュトックハウゼンの『4機のヘリコプターと弦楽のための四重奏曲』を試聴した。私が試聴しているあいだも戦略墜落型ボーイング・バートルV-22オスプレイ4機は低い唸り声のようなローターの回転音をあげつづけていた。長く男日照り、下砂漠のつづく40女の嘆きの声のようにも聴こえた。

あらゆることが私の意志に反して動いていた。戦略墜落型ボーイング・バートルV-22オスプレイ4機はその象徴にすぎないことを知るのはオ・ヤツハ・カール=ハインツ・シュトックハウゼン卿の登場まで待たなければならない。オ・ヤツハ・カール=ハインツ・シュトックハウゼン卿の冒険と野望についての物語を聴くまでは。

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by enzo_morinari | 2013-07-18 12:01 | TOKYO STORIES | Trackback

『4分33秒』の厄介ごと

 
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 冬ごとに指先が凍りつき、ぽろりととれてしまう女の子はなぜグレン・グールドとヨー・ヨーマを聴きつづけるのか?

「木枯らしが吹きはじめて本格的な冬がやってくると、わたしの指先は凍りついてしまうの。毎年のことよ。そして、その冬一番の寒さを記録した朝、わたしの指先はぽろりととれてしまうのよ。痛くも痒くもないけど不便は不便ね。春になればまた新しい指先が生えてくるから、冬のあいだ、ちょっとがまんすればいい。だから、あなたに同情なんかこれっぽっちもしてほしくない」

 女の子は少し眉をしかめてから、熟練の外科医が手術を手がけたようにきれいな「指先のない指」を広げてみせた。私は指先のない彼女の手をみても、これっぽっちも同情などしなかった。指先がないくらいのことは、いまどきセブン-イレブンでだって手に入る。だが、もちろん、私はそれを彼女には言わなかった。厄介ごとに巻き込まれるのはもうこりごりだったのだ。ジョン・ケージの『4分33秒』のような厄介ごとには。もう、さんざん厄介ごとやもめごとに巻き込まれてきたんだ。これからはただ静かに生きることができればいい。

「でもね、とれた朝、しばらくはだいじょうぶなんだけど、夜になるとしくしく痛みだすの。だから、わたしはヨー・ヨーマとグレン・グールドを聴きつづけているのよ。わかった?」
「うん。すごくよくわかったよ」

 私は少しもわかっていなかったが、わかったふりをした。そうしないと、彼女はすごく怒るのだ。初対面のときから変わらない。なにしろ、彼女の第一声は「あなた、わたしが誰だか、本当にわかってるの?」で、私が「わかりません」と答えると、「あなたって最低なひとね!」と吐き捨てて、くるりと向きをかえ、早足で歩きはじめたのだ。なんとか彼女に追いつき、なだめるまでに、私は正確に17人のひととぶつかり、そのたびにあやまりつづけた。休日の原宿ラフォーレ前で会う約束をしたことを私は心の底から後悔した。いや、そもそも、私は彼女と会うべきではなかったのだ。頭の真ん中が痺れていくのを感じたとき、彼女のとげとげしい声がした。

「なにがわかったの? 言ってごらんなさいよ」
「きみは冬がくるたびに指先がとれちゃって、それはその冬一番の寒い朝で、痛みは初めのうちはなくて、夜になると痛くなって、痛みをやわらげるためにヨー・ヨーマとグレン・グールドを聴きつづけている。そうだよね?」
「なにが、そうだよね、よ。じゃ、わたしはグレン・グールドのどの演奏を聴いているか、言ってみてよ。ヨー・ヨーマもよ」

 もちろん、私はわからなかった。グレン・グールドがポジションにやたらうるさくて、演奏のとき、椅子に虎の皮を一枚敷いたというエピソードは知っているが、それは彼女に教えてもらったのだ。

「いいこと? これだけはおぼえておいて。わたしはあなたの不誠実なところが大きらいなのよ。それと、ヨー・ヨーマはJ.S.バッハの『無伴奏チェロ組曲』で、グールドは1955年の『ゴルトベルク変奏曲』よ、わたしが聴きつづけるのは。わかった?」

 ヨー・ヨーマの弾くのがハイドンのチェロ協奏曲だろうと、グレン・グールドの弾くのが1981年の『ゴルトベルク変奏曲』だろうと、私はもうどうでもよくなっていた。それらはすべて彼女の事情であり、問題にすぎない。第一、不誠実だとなじられたうえに、大きらいだとまで言われて、これ以上いっしょにいる理由なんかなにひとつないじゃないか。そう思ったが、主導権は完全に彼女が握っていて、異議申し立てをすることはできなかった。

「うん。わかったけど、ぼくときみは30分くらい前にはじめて会ったばかりなんだよ。30分でぼくが不誠実な人間だなんてよくわかったね」
「やっぱり、あなたはなにもわかっていないわね。指先がなくなるとなくなった部分に見えないアンテナが出るのよ。それでいろんなことがわかっちゃうの。わかった?」

 冬ごとに指先が凍りついてぽろりととれてしまい、グレン・グールドとヨー・ヨーマを聴きつづける女の子はそう言ってから正確に4分33秒間舌打ちをした。ひどく長い4分33秒間だった。私は彼女が舌打ちをしている4分33秒間、その場から1秒でも早く逃げだしたいと思いながら逃げだせなかった。彼女が私の腕を強い力でつかんでいたからだ。指先がないにもかかわらず、彼女のつかむ力は驚くほど強くて容赦がなかった。彼女の4分33秒間におよぶ舌打ちが終わるとやっと世界と原宿の街に深い沈黙のようなざわめきが戻った。

「どうなの? わかったの?」

 私は答えるかわりに、手首から先のない自分の両腕をしげしげと眺めたが、アンテナはもちろん、Gショックさえなかった。そのかわり、2006年の冬にシンドラー社製エレベーターのドアに巻き込まれてちぎれた両手が宙空をゆっくり滑空していく光景がありありと浮かんだ。もう、厄介ごとに巻き込まれるのはたくさんだ。
 
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by enzo_morinari | 2013-02-22 23:46 | TOKYO STORIES | Trackback

ミサキちゃんは新幹線に乗って

 
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午前零時。インターネット・ラジオから松任谷由実の『シンデレラ・エクスプレス』が聴こえてきた。遠い日、シンデレラになりたがっていた不思議な女の子のことが思い出された。

1985年の秋の終わりの七里ヶ浜駐車場で知り合った女の子は1987年のクリスマス直前まで、毎週末大阪から新幹線に乗ってやってきた。私といっしょに週末を過ごすためだ。

女の子の名前はミサキちゃん。彼女の健気さと純真さは宝石のようだった。私が七里ヶ浜駐車場レフト・サイドで取りつく島がないほど機嫌を悪くしたターコイズ・ブルーの1955年式フォルクスワーゲン・カルマンギヤ/type14の脇腹に蹴りを入れ、悪態をついているときにミサキちゃんは現れた。

「カルマンギヤはあなたのキックに耐えられるほど頑丈にできていないわよ」とミサキちゃんは言った。「それと、あなたのバリゾウゴンはひどすぎる」
「罵詈雑言……。ずいぶんと難しい言葉を知っているんだね」
「そうよ。コピーライターだもの。いろんなことを知っていなくちゃね」

ミサキちゃんはこじんまりとした鼻に皺を寄せて笑い、ウィンクをした。まだあどけなさの残る笑顔が胸にずきんときた。『珊瑚礁』で昼ごはんを食べることを私が提案すると、ミサキちゃんはすぐに同意した。

『珊瑚礁』までの坂道をのぼるあいだ、ミサキちゃんはずっとソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』のリフを口ずさんでいた。それはほぼ完璧と言っていいできだった。カリブ海に面した中古自動車屋から聴こえてきそうなほどだ。

『珊瑚礁』の海をのぞむテラス席で、ミサキちゃんはピッチャー・サイズのビールを飲み、ビーフ・サラダをふた皿とエビ味噌カレーを食べ、ときどき気持ちよさそうに風に吹かれていた。そして、自分の23年間におよぶ人生の来し方を語った。

ミサキちゃんは世田谷の用賀で生まれ育ち、幼稚園から大学までお嬢様学校で真綿で首を絞められるようないやな日々を送ったあと、大手の広告代理店にコピーライターとして就職した。

ミサキちゃんの話が人生の行く末におよんだとき、店の天井に据え付けられたBOZEの古いスピーカーから松任谷由実の『シンデレラ・エクスプレス』が聴こえてきた。ミサキちゃんは急に口をかたくつぐんで黙り込み、眼を閉じ、うつむいた。『シンデレラ・エクスプレス』が2番に入ってすぐ、ミサキちゃんの眼から涙がこぼれ落ちた。いくつもいくつもだ。

「純真で健気な女の子になりたいの。これまでの23年間の人生は純真さや健気さとはあまりにもかけ離れたものだったから」
「純真さや健気さとあまりにもかけ離れたきみの23年間の人生はともかく、これからあと、どうする?」
「とりあえず、わたしをシンデレラにして」
「オーケイ。ぼくはきみをシンデレラにする。純真で健気な女の子にも」
「約束よ」
「約束だ」
「王子様の灰皿に誓って約束して」

私はテーブルの隅の無愛想で尊大な灰皿をつかんで胸に当て、右手を上げて『マグナ・カルタ』の第38条をクイーンズ・イングリッシュとラテン語を織りまぜてつぶやいた。

「それ、『マグナ・カルタ』じゃないのよ。裁判権の保障なんて、誓いの言葉にはまったくふさわしくないわよ。それと、あなたのクイーンズ・イングリッシュには退廃と怠惰のにおいがする。ラテン語はだらしない感じがするし」

ミサキちゃんはそう言ってから、ビーフ・サラダのボウルをフォークで3回叩いた。叩くと同時にピンクのウサギが現れて、とても恭しく挨拶をしたので驚いた。ミサキちゃんはその後もときどき風変わりなものを出現させて私を驚かせた。ギリシャ大使館のある坂道の途中で出現させたミニチュア・セントバーナードはいまも私と暮らしている。

青山通りや外堀通りや、ときに三浦半島から江ノ島にかけての海岸線を自転車で走る。真夜中の麻布十番のメイン・ストリートでストリーキングする。根津美術館で『スタン・バイ・ミー』を絶唱する。外交資料館の受付の稲葉さんを沖縄返還にかかわる「機密資料」の開示を請求して困らせる。東京タワーの第二展望台で芝公園を見下ろしながらピクニックする。有栖川公園の薄汚れた池で釣りをする。東レのオフィシャル・ショップで「エクセーヌ」の欺瞞について議論する(赤坂警察署から警察官が駆けつける)。元麻布の毛唐どものハロウィン・パーティに乱入する(私がジャバ・ザ・ハット、ミサキちゃんがR2-D2)。

当然のごとくわれわれのそのような日々にも終わりがやってきた。クリスマスを目前に控えた週末のことだ。別れることについて、私とミサキちゃんは特段の議論をしなかった。私もミサキちゃんもすんなりとその事態を受け入れた。別れの理由はおたがいに「特別なひと」が現れたこと。よくある話だ。

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1987年のクリスマス・イヴを4日後に控えた日曜日の夜。私とミサキちゃんは東京駅の15番線ホームにいた。

「ガラスの靴はちゃんと持っててよ。気を抜くとすぐにこわれちゃうからね」とミサキちゃんは言ってから、キヨスクで買ったソルト・ピーナツをカリカリと音を立てて食べた。私も3粒もらって食べた。

「これからの週末はきっとすごくヒマになる」
「おなじく」
「ねえ、週末だけ会うというのはどうかな? セックス抜きで」
「それはちょっとね。会えばセックスしたくなるわけだし。きみもぼくも」
「そうね。そのとおりだわ」
「そんなのは純真で健気なシンデレラがすることじゃない」
「あなたの言うことはいつも的確で正しい」
「的確で正しくあることはとても疲れるよ」
「ところで、わたしはシンデレラになれたのかな?」
「ぼくの手元にガラスの靴があるところからすると、きみはまちがいなくシンデレラになれたんだよ」
「そう。よかった」
「よかったね。でもね、シンデレラになることより、シンデレラでありつづけることのほうがむずかしいと思う」
「またまた的確だわ。あのね、あなたにはとても感謝しています。ありがとう」
「ぼくのほうこそだよ。ありがとう」
「おねがい。魔法は解かないでおいて」
「うん。そうするよ」

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東京発新大阪行きの最終列車、ひかり289号が東京の街の夜光虫のような光をまとってホームに滑りこんできた。

ミサキちゃんとの別れまで17分。そのあいだ、私とミサキちゃんはときどき見つめあったり、手をつないだり、ピーナツを食べたりした。なにも言葉は交わさなかった。乗車をうながすアナウンスが流れ、新幹線のドアが開いた。ミサキちゃんは背筋をピンと伸ばして新幹線に乗り込んだ。

ミサキちゃんがこぼれそうになる涙を必死にこらえているのがわかった。私が口を開きかけるとミサキちゃんは首をふり、「なにも言わなくていい」とだけ言った。ミサキちゃんの小さくてかわいらしい口元からピーナッツの香ばしいにおいがした。

東京駅15番線ホームに『シンデレラ・エクスプレス』の軽快なメロディが流れ、溜息のような音を立ててドアが閉まった。それがミサキちゃんと会った最後だ。もう25年がたつ。

ミサキちゃんはその後、どのような恋をし、生涯をともにするに値する人生の同行者を見つけることができただろうか? 赤ちゃんは何人産んだろうか? いいおかあさんになれただろうか? たのしい人生を送っただろうか? そして、その年に生まれた世界中のすべての女の子のいったい何人がシンデレラになれたのか? 王子様は現れ、ガラスの靴をシンデレラたちに履かせることができたのか? 思うことはいくらでもある。

ミサキちゃんのガラスの靴は25年の間に行方不明になってしまった。1989年の秋まではマッキントッシュMC275の脇に確かにあったのだが。行方不明になったのは意地悪な姉妹や強欲な義母のせいではない。すべて私の責任だ。責任というより、生き方だ。しかたない。しかし、いつかミサキちゃんのガラスの靴を見つけだし、ミサキちゃんにそっと履かせてあげようと思う。『珊瑚礁』の無愛想不遜きわまりない灰皿と『マグナ・カルタ』に誓って。

新幹線が初代のずんぐりとした0系からシャープな風貌をもつ100系へ、そして300系からエアロダイナミクスの粋を凝らしたN700系になっても、いまもかわらず幾千、幾万のシンデレラたちのときめきやらかなしみやら痛みやらは最終電車に乗って世界中を走りまわっているんだろう。

最終の新幹線だけではない。東海道本線や横須賀線や銀座線の始発や千代田線の終電やラッシュ時の山手線や京浜急行や東横線や世田谷線や江の電や都営荒川線やパリのメトロやアムトラックやユーロ・スターや銀河鉄道に乗って。中国の新幹線にさえ乗って。

ミサキちゃん。そして、世界中のシンデレラたちよ。きみたちが抱えていたときめきやらかなしみやら痛みやらをかけらでもいいからこの先もずっと持ちつづけていてほしい。雨音や雨の匂いや風の歌や会いにいく道すがらのときめきや別れ際の胸の痛みを忘れずにいてほしい。灰になるまで。私が言いたいのはつまりはそういうことだ。

『シンデレラ・エクスプレス』松任谷由実
 
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by enzo_morinari | 2013-02-16 00:00 | TOKYO STORIES | Trackback

噛む男

 
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私の耳たぶを噛む男がいる。男は私の耳たぶをとてもじょうずに噛む。噛むというより撫でられているように感じることさえある。

彼が私の耳たぶを噛むようになってからもう3年2ヶ月だ。初めの頃はキャドバリーのフルーツ&ナッツ・チョコレートとビーバー・カモノハシの臍の緒の赤ワイン煮込みと人参のピクルスをいっしょに食べるような不思議な違和感があったが、いまではすっかり慣れてしまった。

噛む男の名前はいまだにわからない。外見はきわめて霞ヶ関官庁街的である。グレイ・フランネルの高級そうなスーツを着ている。髪の毛の右の生え際に3センチばかり白髪が密集していて、ちょっと尖った顔だ。耳が極端に小さく、500円硬貨ほどしかない。瞳は右が榛色で、左が橙色だ。特筆すべきはその鼻と唇の形状である。鼻はステルス戦闘機B-2そっくり、唇はズムウォルト級ミサイル駆逐艦の艦橋部を縮尺したとしか思えない。顔面ステルスとでもいいたいほどだ。普段、同僚たちから「ステちゃん」と呼ばれているにちがいない。

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男が私の耳たぶを噛みはじめたのは2009年12月26日である。昼下がり、私はダッフル・コートのフードをすっぽりかぶり、日比谷公園の噴水の近くのベンチに座って高橋源一郎の『ジョン・レノンと火星人』を読んでいた。

突然、頭になにかが触れた。噛む男だった。私は驚いてふりむいたが噛む男は当然のように私の耳たぶを噛みつづけた。気でも狂っているのかと思ったが噛む男の左右で色のちがう瞳にはかけらほども狂気は浮かんでいなかった。

「やめてくれよ。見知らぬ人間に耳たぶを噛まれるのはあまり好きじゃないんだ」

右の耳たぶに噛みついている男を頭を振って引き剥がしてから言った。しかし、噛む男は私の声などまるで聞こえない様子だった。「警察を呼ぶぞ」と怒鳴っても噛む男はどこ吹く風で、スミノフの空き瓶みたいにクールだった。

噛む男はルーティン・ワークでもこなすように淡々と私の耳たぶを噛みつづけた。男が噛むのをやめそうになかったので、迷ったすえに肩越しにゲンコツを食らわしてやった。

噛む男はすっ飛んだ。そして、かすかな呻き声を漏らした。だが、噛む男はすぐに起き上がり、無言で再び私の耳たぶを噛みはじめた。鼻血が出ているのを見てちょっとだけ気の毒になった。鼻血が出るほど強く殴らなければよかったと後悔した。軽く耳たぶを噛まれただけでこれっぽっちも痛くはなかったのだから。

鬱陶しくはあったが、そんなことはこの国には掃いて捨てるほどある。セブンーイレブンに行けば、レジのそばに山積みで置いてあるし、マックス・バリューなら詰め放題200円で売っている。まっとうな人間は他人が鼻血を流すほどのパンチを繰り出すべきじゃない。

あのときの私はよっぽどどうかしていたのだと思う。アルバイト先の人間関係をめぐるゴタゴタに巻き込まれていて冷静さを失っていたのだ。噛む男にはいまもあのときの無礼を謝罪する。もっとも、噛む男は私が謝っても無表情で私の耳たぶを噛みつづけるだけだ。

私は逃げようとした。しかし、噛む男は私の耳たぶを噛みながらついてきた。走り出すと一瞬噛む男を引き離すことができたが噛む男はなんとしても私の耳たぶを噛もうと追ってきた。噛まれているうえに耳たぶが引っ張られて二重の痛みだ。

丸の内警察署まで行って、「お巡りさん、この男が私の耳たぶを噛むんです。困るんです。助けてください」と訴えようかとも考えたが、そんなことに前例はないだろうし、怪しまれて身分証を見せろと言われたり、痛くもない腹を探られ、意地の悪い質問を浴びせられた挙げ句の果てに逮捕されないともかぎらない。実は、私自身が「舐める男」として指名手配中だったのだ。私はすぐにあきらめた。

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とにかく家に帰ることに決め、日比谷線に乗った。噛む男も私の耳たぶを噛みながら乗り込んだ。先頭車両の一番前の座席に座ると噛む男は私の真横に立ち、左手で手摺りにつかまりながら執拗に私の耳たぶを噛みつづけた。近くの乗客のうちの数人が顔を見合わせてこっそり笑うだけだったが、異変に気づいた運転手もちらちらとこちらを見はじめた。

次第に地下鉄の車内に他人の小さな不運に遭遇できた喜びのたぐいの笑いが広まっていき、ついに乗り合わせた人々全員が腹を抱えて笑いはじめた。私は恥ずかしくて右の頬が少し燃えてしまったほどだ。

私と噛む男は六本木駅で下車した。残った乗客たちはいかにも名残り惜しそうに私と噛む男を見送っていた。芋洗い坂を急ぎ足で下った。すれちがう誰もがみんな、あきれ顔でふりむき、声を上げて笑った。私はよっぽど、「おまえら! なに見てんだよ! 耳たぶを噛まれてるのがそんなに珍しいか? 面白いか?」と言ってやろうかと思ったがやめた。彼らが笑うのはもっともだ。グレイ・フランネルの高級スーツを着た男に耳たぶを噛まれながら芋洗い坂を急ぎ足で下る人物にはそうそうお目にかかれるものではない。

途中、けやき坂のTSUTAYAに寄ってジョン・ケージの『4分33秒』とカールハインツ・シュトックハウゼンの『4機のヘリコプターと弦楽のための四重奏曲』を試聴した。私が試聴しているあいだも噛む男はヘッドフォンの脇から私の耳たぶを引っ張りだして噛みつづけた。

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私の知るかぎり(私の睡眠中はわからないが)、噛む男は一睡もしないし、なにも食べない。水道の蛇口から垂れる水滴をたまに手のひらにつけ、唇の端から薄桃色の舌先を出して舐める程度だ。そのときさえ男は私の耳たぶを噛んでいる。男は一瞬たりとも私から離れない。入浴のときも排便のときもだ。

男が私の耳たぶを噛みはじめた頃は一晩中眠れなかったが、今では噛まれていないと眠れなくなってしまった。日常というのは本当に恐ろしい。もちろん、われわれはいつも良好な関係を維持できていたわけではない。季節に一度は男にかなりきつい口調で耳たぶを噛む理由について詰問した。しかし、男は私の質問にはいっさい答えず、黙って私の耳たぶを噛みつづけるだけだった。

何度となく私は男に暴力をふるった。鼻っ柱にゲンコツをお見舞いしたり、頭突きを喰らわしたり、鳩尾に膝蹴りを入れた。男の鼻腔に2Bの鉛筆を突き立てたことさえある。そのときだけは男はもごもごと口を動かして言った。

「2B OR NOT 2B」
「え?」
「2B OR NOT 2B」
「なんだよ!」
「ニービーオアナットニービー」
「わからないよ!」
「わからなくていい。わからない者にいくら説明しても結局はなにもわからない」

私は無性に腹が立って男の右の眼にハラペーニョ・ジュースをかけてやった。しかし、男はされるがまま、呻き声ひとつ上げなかった。暴力をふるわれるのも仕事のうちといった風情ですべてを受け入れた。

噛む男は私の耳たぶを噛むことに揺るぎない信念を持っているように思われた。いまや、私は男に耳たぶを噛まれていないと、この先生きていけないのだと考えるようになってしまった。2009年の冬の初めから3年2ヶ月も続いているこの異常な事態は世界のなにごとかを象徴しているのだとも。

そのような考えに至った今朝、私の鼻の匂いを嗅ぐ女が現れた。次に登場するのは眼を舐める女か尻を撫でる男か。いずれにしても、もうなにが起ろうとどうということはない。さて、そろそろバイトの時間だ。

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by enzo_morinari | 2013-02-15 05:00 | TOKYO STORIES | Trackback

ひとつの椅子とみっつの椅子#1

 
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20世紀初頭にカジミール・セヴェルィーノヴィチュ・マレーヴィチュが 79.5cm × 79.5cm のキャンバスに漆黒の正方形を描いて以来、世界は解読不能の「深層」を孕むようになった。そのことはいまも変わっていない。世界に起こることのすべてはマレーヴィチュ『漆黒の正方形』の延長線上にある。 79.5cm × 79.5cm 的世界はいまも世界のありとあらゆるところに深淵の口をあけている。勇気のある者はその深淵を覗き込んでみるがいい。私は覗き込んだ。そして、彼女と出会った。

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彼女の部屋の中央にはアイリーン・グレイの Classic Modern End Table T-701 Type2 が置いてある。ル・コルビジェの尊大で仰々しいソファがこれみよがしにあるよりはましだ。女の子の部屋にル・コルビジェの家具があったら私はすぐに退散しなければならない。死んだ父の遺言だからだ。

彼女の部屋には徹底的にモノがない。テレビがない。冷蔵庫がない。本棚がない。花瓶がない。コーヒー・カップはひとつ。グラスもひとつ。ナイフもフォークも箸もひとつ。同じシャツと同じパンツが1週間分。例外はiPadとiPhoneとiPodだ。iPadは1st Gen. から 3rd Gen. まで。iPhoneは初代の iPhone 1 から最新の iPhone 5 まで。iPodにいたってはすべてのモデルが全色そろっている。iPadとiPhoneとiPodは彼女の「特別な場所」に安置されている。午前中、もっとも陽の光が当たる場所だ。iPadとiPhoneとiPodはそれぞれ等間隔で並んでいる。1mmの狂いもない。そのことについて彼女は昼下がりの表参道の交差点で信号待ちしているときに大声で言ったものだ。

「人間は1mmの誤差にこだわって生きるべきなのよ」

なるほど。しかし、昼下がりの表参道の交差点で信号待ちしているときに大声で言うべきことじゃない。

彼女の部屋にモノがないのにはちゃんとした理由がある。いつでも引っ越しできるようにだ。

「モノがきらいなの。まだわたしがモノに囲まれて生きていた頃、引っ越しでひどい目に遭ったのよ。引っ越しというのは人間の本性を剥き出しにする」

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ベーゼンドルファーのグランド・インペリアル290が5台は置けそうなリビング・ルームとフランクフルト式キッチン。だだっ広い。ベッドなし。いったいどうやって寝ているんだ?

「寝ないのよ」

彼女は不眠症だ。意識して眠らないそうだ。

「眠ると死んじゃうの。ところで、あなたはいま、セックスのときはどうするんだ?って考えたでしょ?」

そのとおりだった。

「立ったままするのよ。やり方はいくらでもある。いまからする?」

私がうなずくと、彼女は表情ひとつかえずに服を脱いだ。彼女は脱いだ服をとてもきれいにたたんで T-701 Type2 の上に置いた。

「あなたもさっさと脱ぎなさい」

私は着ているものを身分証を提示するような気分で順番に脱いだ。彼女はじっと見ている。彼女の真似をして服を丁寧にたたむ。T-701 Type2 に置こうとすると彼女が制した。

「T-701 Type2 はわたし専用よ。世界中の誰もわたしの T-701 Type2 を使うことはできない」

彼女は眉ひとつ動かさずに言った。

「服の脱ぎ方で男の中身はほとんどわかる」
「ぼくはどうだった?」
「カルシウムと劇性が足りない。ずいぶんとつまらない人生を生きてきたようね」

彼女の言うとおりだった。彼女はつま先から頭のてっぺんまで品定めでもするように注意深く私を見たあと、ものすごく機械的に私の前にしゃがみ込んだ。

彼女の T-701 Type2 には指紋ひとつついていない。シミひとつない。いまにも動きだしそうだ。実際に動いた。T-701 Type2 を眺めながらボブ・ディランの『激しい雨』を口ずさむと彼女がたずねた。

「なにそれ? 気持ち悪い歌」
「ボブ・ディランの『激しい雨』だよ」
「ボブ・ディラン? 知らない」

彼女がボブ・ディランを知らないことは私の彼女に関する評価を上げた。ボブ・ディランをありがたがる人物にろくなやつはいない。これは経験則だ。転がったことも転がろうとしたこともなく、七里ガ浜駐車場のレフト・サイドで強い南風に吹かれたこともないやつがボブ・ディランを聴いたところで手に入れられるのはせいぜい庭付き一戸建て住宅的な退屈きわまりない幸福だ。そして、彼らはライフ・スタイル自慢に日も夜もない日々を送る。ひとかけらの光も差しこまない穴蔵でこれまでに人間が歩いてきた道の数を死ぬまで数えているほうがまだましだ。

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Black Square, 1915, Oil on Canvas/Kazimir Severinovich Malevich
 
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by enzo_morinari | 2013-02-13 15:30 | TOKYO STORIES | Trackback

ハンバーガー・デイズ#1

 
東京発モンタナ行き急行的ハンバーガーの良心と絶望と韃靼人の怒りと復讐

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20歳の頃、ハンバーガーを1日に50個食べるのが日課だった。ハンバーガーを1日に50個食べつづけることでいったいどこにたどり着けるのかはわからなかったが、ハンバーガーを1日に50個食べつづけることは私の精神の強度と跳躍力と耐久性を飛躍的に高めた。

クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルの『雨を見たかい?』の「雨」がナパーム弾の弾幕であると気づいたのは1日50個のハンバーガーのおかげだ。さらにはいくつかの「啓示」と「福音」も。実際、1日中咀嚼しつづけることは容易ではない。しかも、相手はジャンク・フードのチャンピオン、ハンバーガーだ。だが、私はひたすらハンバーガーを咀嚼し、飲み込み、消化しつづけた。おかげで私の体重は半年で30kg増加した。

もとの体重まで戻すために要した精神力はハンバーガーを1日に50個食べつづけることによって培われたのだと思う。そして、いまや私の大脳辺縁系のほとんどは挽肉とバンズとピクルスとタマネギとベーコンとチーズに占領されてしまった。かえすがえすもよろこばしいことだ。ハンバーガー天国に行ける日も近い。

ハンバーガー天国では日がな一日ハンバーガーを食べていることができる。ダイエットだのコレステロールだの中性脂肪だののことを心配する必要がない。ハンバーガー天国ではあらゆることがハンバーガーを中心にして成り立っているのだ。毎日がハンバーガー・デイズというわけだ。

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その頃足繁く通っていたハンバーガー屋は早稲田鶴巻町の「SEASON」だ。常連客は「SEASON」をなぜか「シーソン」と呼んでいた。なぜ「シーズン」ではなくて「シーソン」なのか、店員で一番人気のアッコちゃんに尋ねたことがある。アッコちゃんの答えはこうだ。

「みんなバカだからよ。バカでなきゃシーズンをシーソンって言ったりしないし、第一、ハンバーガーなんて食べるわけない」
「アッコちゃんはバカとバカでない奴をどうやって判別してるの?」
「そうね。バカはバカのにおいがするのよ。だからすぐにわかる。バカのにおいがする奴はみんなハンバーガーを食べる。これはハンバーガーが19世紀末にコネチカット州ニューヘイヴンのルイス食堂で誕生したときから変わらないのよ。わかる?」
「それじゃあハンバーグ・ステーキを食べる奴は?」
「ハンバーグ・ステーキを食べるひとはみんなインテリゲンチャよ。おぼえといて!」
「タルタル・ステーキは?」
「あなた、あたしをからかってるつもり?」
「怒ったの?」
「どっちだと思う?」
「そうだな。ちょっと怒ってる」
「ものすごく怒ってるわよ。妻を寝取られた韃靼人の怒りに匹敵するくらいよ」

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アッコちゃんは早稲田の文学部の2年生で、放送研究会に所属していた。「100万人の妹」を自称するだけあってキュートなうえになかなかの美人だった。

私がアッコちゃんに恋心のごときものを抱きはじめ、ハンバーガーを食べなくなったのとほぼ同時期にアッコちゃんは消滅した。それはまさしく消滅と呼ぶにふさわしい。なにしろ、真夜中、早稲田通りのアスファルトにチョークでモンタナ急行の寝台車輌を描き、それに飛び乗って消えたのだ。いまでも、ハンバーガーをかじる直前、アッコちゃんのシマリスのような笑顔があざやかに眼に浮かぶ。

アッコちゃんはいまでもハンバーガーを食べる人々をバカ呼ばわりしているんだろうか? それとも、ハンバーガーどころか世界そのものをバカ呼ばわりしているんだろうか? できうれば空気のきれいな郊外の街でアメリカの鱒釣り師くらい誠実なハンバーガー・ショップを経営していてほしい。そして、マイケル・マクドナルドの数倍良心的で心のこもった笑顔をふりまいていてほしい。
きょうの昼食は30年ぶりにシーソンのハンバーガーにしよう。もちろん、50個は食べない。20個だ。

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背景音: Neil Hamburger - Why did the beef cross the road ?
 
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by enzo_morinari | 2013-02-08 08:04 | TOKYO STORIES | Trackback

1993年秋のロン・カーターとナンシー関と鼻行類的世界

 
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1973年の冬は横浜・本牧の小港にある船員相手のゲーム・センターでスリー・フリッパーのスペース・シップに合計17630円をつぎ込み、春までのあいだに73回のTILTを出した。15歳を3ヶ月ばかり過ぎたころのことだ。マスターベーションのベテランになりかけていて、陰毛がほぼ生えそろい、背筋力は180kg近くだった。私の数少ないヒーローだった近代ゴリラは私になんの断りもなく、1970年の秋の終りに市ヶ谷の軍隊の砦でみずから腹をかっさばき、情死を果たしていた。

人生が馬鹿馬鹿しいことにうすうす気づいたのもこのころだ。おまけに、しかも具合の悪いことに、私は母親ほども年のちがう理科の教師に恋をしていた。このことはリトマス試験紙の青/赤の意味を理解するより私を混乱させた。その混乱が実験室で母親ほども年のちがう理科の教師とひと冬のあいだ、ほぼ毎日セックスする事態を招いたのだと思う。問題は1993年のロン・カーターだ。

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1993年の秋の盛り、私はたしかにブルーノート東京にいた。ロン・カーターとジム・ホールのデュオを聴くために1週間酒を断ち、3日間臓物を断ち、さらには開高健に脅迫文まで送りつけた。私が間抜けだったのは開高健がすでにこの世界とオサラバしていたことを知らなかったことだ。正確には知っていながら知らないふりをしていたことだ。

1993年の秋の盛りのブルーノート東京におけるロン・カーターとジム・ホールより開高健の死は悲しかった。『アメリカの鱒釣り』の死より悲しかった。あえて言えば、村上春樹が自分より先に文壇デビューしやがったことより悲しかった。「神戸がなんぼのもんじゃい!」と私は青山墓地の1-イ街区あたりで叫んだような気がする。修行がなってない。すべては記憶力と集中力だと遠い日の夏に一人誓ったのに。

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1993年の秋の盛りのブルーノート東京におけるロン・カーターはずっとニヤついていた。われわれオーディエンスの前に姿を現したときから消えるまでずっとだ。ふだんあらゆることどもに寛容な私も、『I Remember Clifford』のときさえふやけた笑い顔をみせるロン・カーターには腹を立てた。腹を立てていたのは私だけではなかったはずだ。私の右斜め前に座っていた消しゴム料理人のナンシー関は巨体を激しく揺らせながら「チッチッチッ」と立て続けに舌打ちをして不快感をあらわにしていたほどである。もっとも、暖房の効きすぎた店内においてはナンシー関こそが他のオーディエンスの不快感と嫌悪の中心だったことはまちがいない。そのときのオーディエンスの不快感と嫌悪がもとでナンシー関は9年後に心臓麻痺を起こして死んだのだと思う。

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南米のギニア高地に鼻行類という不思議奇天烈な生き物がいる。新生代鮮新世ザンクリアン期の地層から多数の化石が見つかっていて、マンモスの直接の祖先ではないかとの説もある。

鼻行類は手足のたぐいがなく、巨大な鼻を器用に使ってテリトリーを歩きまわるのだが、歩いているあいだ中、鼻行類はあたりになんとも言いがたいぬるく弛緩しきった笑いをふりまく。明け方の青山通りのカナダ大使館の前あたりで一度だけ鼻行類の一行に遭遇したが、リーダーとおぼしきとりわけて鼻のおおきなやつを中心に正17角形を描きながらかれらはぬるい笑いを私に投げかけてきた。もちろん、私はきっぱりと鼻行類どもの笑いを拒絶した。

私の毅然とした態度に驚いたのか、かれらは鼻を揺すり、グーグーと不満そうな音を発しながら高橋是清翁記念公園の森の奥へと消えていった。そのグーグーという奇妙な音はケルン・コンサートのときのキース・ジャレットの唸り声によく似ていた。次に鼻行類と再会するのは2012年の秋、神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の木の下になることを当時の私はまだ知らなかった。

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1993年の秋の盛りのブルーノート東京におけるロン・カーターのニヤついた笑顔は鼻行類そっくりだった。もっとも彼の鼻行類的笑いになんらかの思惑があったわけではない。単にロン・カーターは人がよく、温厚で、指が宇宙から来た生物学者のように長く、そして原始100万年のDNAの螺旋階段を駆け下りる不思議がもたらした「鼻がでかい」という単純きわまりない形質上の問題が横たわっているにすぎない。それでも私はロン・カーターの鼻行類的笑いがゆるせなかった。彼の鼻づまりを起こしたようなベースの音色よりもだ。そして、私はいっさいの温厚さに憎しみを抱くようになり、1994年の春には3人の女の子の父親になった。以来、きょうまで私は鼻行類的世界にがっちりとつかまれている。
 
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by enzo_morinari | 2012-11-25 23:00 | TOKYO STORIES | Trackback

彼女のパピエ・コレ#1

 
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「死ねば紙くず同然よ」

それが彼女の口癖だ。彼女は1960年代後半のフランス映画に出てきそうな美人だ。

「紙くずを拾い集めて汚れを取ったり、もっと汚したり、しわを伸ばしたり、もっとしわくちゃにしたり、丸めたり、破いたり、貼り合わせたり、焼いたり、濡らしたり、擦ったり、踏んづけたり、放り上げたり、色をつけたり。そうやって、わたしは紙くずたちに新しい命をあたえるの。それがわたしの仕事よ」

彼女のアトリエは殺人現場だ。彼女は有能な検死官であり、凄腕の捜査官であり、そして、冷徹な殺人者だ。

彼女はとてもじょうずに人を殺す。殺された相手は自分が殺されたことに気づかない。血一滴でない。うめかない。彼だか彼女の「魂」だか「精神」だかが肉体から抜け落ちるだけの話だ。手際がいい。

彼女によれば、生まれてから今日までに4242人の人間を殺してきたそうだ。殺したのは人間だけ。彼女は人間のほかには虫けら一匹殺さない。草木一本さえもだ。そんな彼女に、今日、僕は殺される。3度目だ。殺す理由を尋ねても教えてくれない。

「殺す理由くらいつまらないものはないからよ」

彼女は実にクールに言ってのける。クールすぎて部屋の温度が2度くらい下がる。窓に霜がつくことさえある。

「あなたももうすぐわたしの作品になるのね」

僕は死んで彼女のパピエ・コレになる。彼女の作品の一部。わくわくする。ときめく。うっとりする。もうすぐ、彼女の作品は完成する。本望だ。

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「マクドナルドとディズニーランドとスカイツリーで幸福が手に入れられるなら神さまだって苦労しない」

老練な理髪師のように手際よくカミソリを研ぎながら彼女が言った。

「だから、わたしは無駄な苦労をしなければいけないの。それとね、これだけはおぼえておいて。殺人にはね、ある種のエンジニアリングが必要なの。不器用な人や大雑把な人は殺人に手を染めるべきじゃない」

僕は彼女の部屋の壁に貼ってあるアインシュタインのポスターをちらっと見た。アインシュタインはおどけて舌を出している。舌に少し苔が生えている。アインシュタインは胃が悪かったのか?

「アインシュタインは本当はめったに笑わない人だったんだってね」
「そうよ。アスペルガーだもん。わたしと同じ」

境界水槽の幻の虚数魚 i が街外れに狩りにやってきた古代人のジョン・ドーン・バンクシーの肉片に食らいついている。大食漢である幻の虚数魚 i の餌を確保するのは僕の役回りだ。彼女の言いつけなので必ず守らなければならない。

ただの肉の塊になったジョン・ドーン・バンクシーは冷凍庫の中で日に日に小さくなっていく。もう落書きはできない。両手の指は最初に幻の虚数魚 i に与えてしまったからだ。めぼしい肉がなくなったら骨を細かく砕いて幻の虚数魚 i にやる。

骨を砕く作業は好きではない。ひどい音がするからだ。骨を砕くときのことを考えると胃が痛んだ。ジョン・ドーン・バンクシーがなくなったら、次に餌にするのは第4の無名氏、ソルシエ・トマテュルジュだ。

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by enzo_morinari | 2012-11-25 00:00 | TOKYO STORIES | Trackback