カテゴリ:アルタード・ステーツの時間( 1 )

アルタード・ステーツの時間#1

 
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 インターネットはいまやリアルな「アルタード・ステーツ」である。 E-M-M

 気をつけろ。悪は善人以上に善人づらをして善を誑かし、暗闇に引きずりこむ。 E-M-M


 養老孟司の弟子を名乗る人物からおそろしく長文のメッセージが来た。シークレットで。非公開メッセージ。メッセージを寄越した者と管理者である吾輩にしか読むことができない。非公開メッセージのあらかたはろくでもないものと相場が決まっているので斜め読み飛ばし読みした。
「ガジンさんとの『うつむきかげんのショータイム』を興味深く拝見させていただきました」とメッセージは始まっていた。神経科学と脳科学の研究をしていることが、思わず舌打ちが出てしまうような「東大話法」によってくどくどと書き連ねてあった。IPアドレスとホストは確かに東大のものだった。www.m.u-tokyo.ac.jp 医学部だ。マッド・サイエンティストと踏みつぶされた酸漿のような断末魔を始終あげているクレージー・ピープルの巣窟。
 脳科学専攻のマッド・サイエンティストのメッセージは次のように締めくくられていた。

「縷々申し述べて参りましたが、どうかあなた様とガジン様とでわたくしどもの『アルタード・ステーツの時間』に御参加いただけますように謹んでお願い申し上げます」

 アルタード・ステーツの時間。つまりは比重の重い溶液が満たされた「感覚遮断タンク/Isolation Tank」に何時間か浸かって死後の世界、あるいは前世をみてこいとでもいうことだろう。提示してきたギャランティは24時間拘束で50万円。端金だ。時間がもったいない。しかし、興味はある。正確には懐古趣味。懐古趣味? そうだ。吾輩は学生の時分に養老孟司に懇願されてすでに『アルタード・ステーツの時間』を経験しているからだ。
 幻覚剤に神経毒に筋弛緩剤にフェンサイクリジンにケタミンにLSD。ラザロの復活。魔性のリスト。アリスの不死の冒険。脳の酸欠状態。ケミカル・メソッドが見せる幻覚。宇宙との渾然一体感。全知全能感。強烈な至高感と至福感。魚類から両生類や爬虫類や鳥類を経て哺乳類に至る進化のプロセスの追体験。
 いわゆる「変性意識状態」がもたらすものなどにはかけらほどの価値もないというのが吾輩の立ち位置だ。通常の覚醒時のベータ波意識とは異なる一時的な意識状態などには針一本動かすことができない。針の先さえもである。動いたとしたら、営々として人類が研鑽し、発見し、実証し、構築してきた科学に関する知見、物理法則、原理原則が大音響を立てて瓦解してしまう。そのような馬鹿げたことにおいそれと与することはできない。
 春山茂雄なるインチキマヤカシの不逞の輩が小金を稼いだ『脳内革命』などは噴飯もののペテンの書にすぎないし、苫米地英人、宮台真司らの三下奴がもったいつけて語る「洗脳」やら「カリスマ」やら「トランス状態」などはすべて愚にもつかぬ子供騙し、まやかしにすぎない。「社会学的な写像」を持ち出したところで、そんなものは向う受けを狙った外連である。すべからく、ニューエイジ・ムーヴメント、ヒッピー文化、カウンターカルチャー、オルタナティヴなどの類は「語るに落ちず」というにふさわしいまがい物だ。夜店で売るたこ焼きやお好み焼きやバナナ菓子や風船ヨーヨーやセルロイドのお面のほうがまだリアリティがある。

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 養老博士の冒険的研究には興味があったが、実際に吾輩が体験したのは吾輩が普段自身の脳内で経験していることの半分にも満たない退屈な世界だった。ケミカルによってもたらされるものは顕微鏡とフラスコとビーカーとスポイトによって生み出されたちっぽけなケミカル・ワールドにすぎない。限界、世界の果てはすぐにやってくる。
 ガジンはどう反応するか? 電話した。呼び出し音5回。5回の呼び出し音で出なければ切る。それがガジンとの取り決めだ。切りかけた。
「ああ」
 起きぬけの不機嫌で眠そうな声でガジンは電話に出た。
「あんたでなけりゃ、出なかった。用件は? 手短に頼む」
「アルタード・ステーツの時間だ」
 ガジンが息を飲むのがはっきりと聴こえた。

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by enzo_morinari | 2013-07-23 15:52 | アルタード・ステーツの時間 | Trackback