カテゴリ:Divine Combine( 2 )

シークレット・レモンガールの憂鬱/山師トマ・ベチエ=イジン、ロブ・グリエをこんがりと焼きあげる。

 
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「ロブ・グリエくらいひどい山師はいない。山猫クラブの野郎どもよりひどい。ロブ・グリエはメルドーなアバンチュリエだ。あの野郎に比べたら、コクトー爺さんは稀代の良心的アバンチュリエだ」

その山師、ジャコバン山岳銀行頭取トマ・ベチエ=イジンはよほど腹の虫の居所が悪かったんだろう。休日の東京の青山通りのオープン・テラスで大声で吐き捨てるほどに。まだ半分も食べていないインポスター風味のロベスピエール仕立てハンバーガーを皿に放り投げるほどに。

「おれはあの野郎をグリエしてやりてえのさ」

元フレンチの料理人でもある山師はさらに吐き捨てた。吐き捨てられた山師の言葉はほぼ実体をともなってCAFE 246の床を滑るように移動し、テーブルの客どもに冷ややかな視線を投げつけた。山師が吐き捨てた言葉のW1とW2とW3は元タリーズがあった更地ででんぐり返しを3回転半したあと、赤坂山王病院の正面玄関前で忽然と姿を消した。消滅する寸前の言葉のW1とW2とW3の後姿には憎悪と絶望と憤怒とがほぼ均等に貼りついていた。

山師は山師から見て左斜めのテーブルに座る客が気に障ってしかたないようだ。そのテーブルには手と指の荒れ具合、変形ぶりから平日のほとんどはシテ島イワツキ地区で電気工事業を生業としていることがわかる40代半ばの父親と両腕に縄の痕跡が残っているところから被虐を好んでいることが強く窺われるアルビノのような乳白色の肌の40歳前後の母親と、肌の色は母親同然に乳白色だが、その眼差しに禍々しさが色濃く宿っている10歳ほどの少女の3人の家族がいた。

「おれは餓鬼が大嫌いだ。あいつらくらい残酷で気まぐれで冷酷非情な生き物は世界にいない。子供という生き物は本当に恐るべきものだ」

山師トマ・ベチエ=イジンはすっかり萎んだレモン・スフレを持参した銀の匙の先端でずたずたに切り刻み、適量を掬っては床に叩きつけるように撒き散らした。散種。ディセミナシオン。撒き散らされしレモン・スフレたち。

そのような光景を、もしシークレット・レモンガールのPICOが目撃すれば気を失って、彼女の日々の、博士が愛した数式のように美しいレシピの記述から、明瞭と精緻が音を立てて消え去ってしまうことが予想された。そうなれば世界は爽やかさと明瞭と精緻の2パーセントほどを失うことになる。

幸運はシークレット・レモンガールのPICOが「白身魚のムニエル」にかける「食べるタルタルソース」をつくるための微分と積分に夢中で、南青山一丁目所在、CAFE 246など OUT OF GAN-CHU であることだった。

目下のところのシークレット・レモンガールのPICOの主たる眼目は彼女の戦場、すなわち、レモン色の厨房である LEMON-CHU に注がれているのだ。

使う白身魚がシイラというのもいかにも南仏で生まれ育っただけのことはあると感心する。たとえ彼女が人知れず「エクサンプロヴァンス地方の諸問題」にかかる好色なムッシュゥ・アッシュ・アスピレ・アンシェヌマンと「斧」の絵ばかりを描く貧乏画家のラッシュ・ラ・アッシュさんのアクサンテギュとアクサングラーヴに起因する対立に心をひどく痛めているとしても、シークレット・レモンガールのPICOは炒めることをやめない。素晴らしいことだ。

新たなひとつの存在/Une nouvelle entitéという言葉を使って、おれは世界とひとつになりたいんだ」

シークレット・レモンガールのPICOの魅惑と柑橘の厨房、LEMON-CHUのことを考えてうっとりしていると山師トマ・ベチエ=イジンが突如叫んだ。

CAFE 246 が一瞬にして凍りついた。偶然にもオープン・テラスの前の通りを通過中のツール・ド・アオヤマアカサカノギザカジングウマエセンダガヤのプロトンの一団が一斉に落車した。それを端緒として事態は思いもよらぬ方向へと動きはじめたが、日曜の朝にこれ以上を記述することはふさわしくない。まあ、早い話が言葉のW42が深い眠りに入り、弾切れということだ。かわりに、謎解きのための若干のヒントのいくつかを示しておく。


薄桃色のクレア・ペシェ
淡い桃色のペール・ペシェ
春と夏にはハーブ。秋には栗。冬には柿。
タマレスとフリホレスとトリオ・ロスパンチョス
ピンク・ユニコーン結社/Cabal Pink Unicorn(CPU)
レザリコ・レ・アリコさんの「マ・メイユール・モワティエ問題」
言語の持つ感覚的側面/「モツ煮込みを持つこと」は可能か?
Invisible Pink Unicorn(IPU)彼女の聖なる蹄に祝福あれ
「カフカ不可! 虫はごめんだ! むざむざザムザに貸すもんか!」という暴言
「わたしはモナムール、モンシェリなしでは生きていけない女なのよ。死ぬまでね」
レッセフェール通りを挟んだ向かい側にある『いんげん豆船』という変わった名前のアパルトマン
「キクラデスの空飛ぶパン」はミニマル・アートみたいだと言った眼球学者のモノリス・メルロー=ポンティ准教授の暗躍と衰退
アポリア Aporia 或いはアポレイア若しくは行き詰まりあるいは息詰まり更には鼻づまり若しくは「問題解決能力の欠如」若しくは「困惑」或いは「当惑」
北部エリアの住人は「シーニュ」の記号論的言語パンを買い、南部エリアの住人はキクラデスの空飛ぶパンを買うことが暗黙のルールであること

アキュート・アクセント(The Acute accent)
グレイブ・アクセント(The Grave accent)
アクサンテギュ (L'accent aigu, Accent aigu)
アクサングラーヴ (L'accent grave, Accent grave)
アッチェント・アクート(L'accento acuto, Accento acuto)
アッチェント・グラーヴェ (L'accento grave, Accento grave)
アセント・グラベ(El acento grave)
アセント・アグード(El acento agudo)
アセント・グラーベ(O acento grave)
アセント・アグード(O acento agudo)
アクセントゥス ・グラウィス(Accentus gravis)
アクセントゥス・アクトゥス(Accentus acutus)

メザミちゃん
ボナミちゃん
シェゼルちゃん
トゥテフィニちゃん
イラ・エラ・フィッツジェラルドさん
服飾研究家のリエゾン・レザビさん
ワルシャワからやってきたクレスカさん
歴史好きのエリジオン・リストワールさん
Hなアッシュ・アスピレ・アンシェヌマンさん
友だちが1人もいないユナミ・ユヌ・アミさん
好色なアッシュ・ミュエ・アンシェヌマンさん
好色なアッシュ・アスピレ・アンシェヌマンさん
虹の製造に余念がないアルカン・シエルさん
「斧」の絵ばかりを描く貧乏画家のラッシュ・ラ・アッシュさん
X-JAPANの追っかけをしているエクサン・プロヴァンスさん
怪しげなダイエット食品を売り歩くメキシコ人のホセ・ファセオラス・ヴァルガリスさんはいんげん豆の国際シンジケート、ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・サンディカ・クラブのエージェント

シニフィアン(記号表現/能記)/Signifiant(Signifier)@「海」という文字/「うみ」という音声
シニフィエ(記号内容/所記)/Signifié(Signified)@海のイメージ/「海」という概念乃至はその意味内容
表裏一体となったシニフィアンとシニフィエとの対を「シーニュ」(Signe)「記号」と呼ぶ。



記号の恣意性の権力構造との類似
シニフィアンとシニフィエの関係(Signification/記号表意作用)に必然性はない。「海」を「海」と表記し、「う・み」と発音する必然性は些かもない。必然性がないにもかかわらず、それらがあたかも必然的であるかのように了解される体系のなかではなしくずしに必然化され、構造化される。この点は権力構造ととてもよく似ている。権力構造の成立と言語/記号が持つ恣意性は一体不可分である。

註/補遺
好色なアッシュ・ミュエ・アンシェヌマンさんは夕方になると弱音器をつけたトランペットを吹く。吹くのは決まってハルク・ホーガンの『一番』だ。気が向くとジミ・ヘンドリックスの『ブードゥー・チャイルド』とメイナード・ファーガソンの『ギャラクティカのテーマ』を吹くこともある。いずれの曲もハルク・ホーガンがらみだ。ただし、アッシュ・ミュエ・アンシェヌマンさんがプロレス好きというわけではない。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-21 05:24 | Divine Combine | Trackback

Divine Combine#1 異形の者と異言とデノミナツィオーネ・ディ・オリージネ・プロテッタ議定書

 
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ミシェル・ペトルチアーニとニールス・ヘニング・オーステッド・ペデルセンのデュオを聴いていた午後だ。

曲がCD1の6曲目、『いつか王子様が』にかわったところで「テジャブーテジャブー」と叫びながら異形の者が右側のソナス・ファベール-ガルネリ・オマージュのツイーターの格子の隙間からにゅるりと出てきた。その者はミシェル・ペトルチアーニに瓜二つだった。いや、ミシェル・ペトルチアーニ本人だった。

真桑瓜百個分くらい吃驚した。「あっと驚くタメゴロー」と口から出かかったほどだ。ミシェル・ペトルチアーニに瓜二つにして本人であり、真桑瓜百個分くらい吃驚させ、「あっと驚くタメゴロー」と口から出かかるほどの異形の者はニールス・ヘニング・オーステッド・ペデルセンを従者のようにしたがえていた。

噂通り、ニールス・ヘニング・オーステッド・ペデルセンの髭は実に魅力的だった。もはやこの世にいないはずの二人のすぐれた音楽家が、よりにもよって私のところへ、しかもソナス・ファベール-ガルネリ・オマージュのツイーターの格子の隙間からにゅるりと出てくるとは、世もよほどアリン・スエツングースカ的なるものに毒されているとみえる。ワニ語に。ワニ語を操る妖の物の怪に。腑抜けに。腑抜けの、アスコが吹きこぼれる寸前のくにゅくにゅくにょくにょフキコに。困ったものだ。

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「テジャブー。聖務日課が長引いたもので、やむなく遅れてしまったさ。すまんね。で? 神から与えられし王権、日常生活の王権から誕生した君とガジン君との『僕らの王権神授説』の進展具合はどうなんだい?」

なんだって? 王権神授説? 日常生活の王権? 第一、テジャブーってなんだ? デジャブじゃなくてテジャブー? ここははっきりしておかなくてはならない。

「そんなことより、”テジャブー”ってなに? デジャブじゃなくて?」
「テジャブー! まったく酔いどれの誇りまみれのポンコツ・スカターノ君には困ったものだ。テジャブーとデジャブとシャブシャブとシャンプーと迷宮のクリームリンスのちがいがわからないとは!」
「あんた、相当にめちゃくちゃだな。呆れてものも言えないよ」
「そりゃね。あんたの精神、神経、椎間板、プリン体、尿酸値が生んだんだから、めちゃくちゃなのは当然さ」
「なるほど。そういうことか。なるほど。確かにあんたの言うとおりだ」
「だがね、これだけはおぼえておいて欲しい」
「なんだよ」
「私は君の内部の”困った系”から誕生した異形、異質の者だが、いまやこの世界に実体をともなって存在する」

ミシェル・ペトルチアーニはきっぱりと言った。『St. Thomas』が終わり、『These Foolish Things』のチャーミングな主旋律が部屋の中を世界の愚かさの象徴のいくつかを伴って飛びまわりはじめた。

『星影のステラ』がかかる頃には気分は夜半をとうにすぎ、クローゼットの中の青き存在すら御登場に及ぶにちがいない。未来のこどもすらも。

そう思ったと同時にファニーなヴァレンタイン星人がやってきた。ファニーなヴァレンタイン星人はアドリアンニューウィーブルーのとてもすてきなドレスを着ていた。ファニーなヴァレンタイン星人は窓際に立ち、夏の午後のふやけた陽を背に受けてオレンジ色に輝きながら言った。


だれか一人を救っても、そのせいで数百万人が犠牲になる。


その者青き衣をまといてコンチキショーメの野に降り立つべしと言ってやりたかったが、曲は私の沈黙ノートのためのテーマ曲、『My Funny Valentine』にかわったので深く沈黙した。

ネットワークに眠る黄金の鉱脈発見のための占い棒がバネ仕掛けのように起き上がり、虚空を指し示した。松の実とニンニクとバジルをコンバインするジェノベーゼ・タイムが迫っているというのに事態は厄介な方向に動きはじめている。

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あらかじめ失われた森の緑のカーテンと美学と森の緑のスパゲティがどうしても必要だというマダム・プレヌリュンヌの希望に応えるのはもはや諦めねばならない。2週間の期間限定付き独身貴族である私にとってはそれほど容易なことではない。しかし、なにごとにも不可能はない。要は実現の道筋を見つけることができるか否か。また、実現の道筋を見つけようという強固な意志があるかどうかだ。

問題はパスタ・アリメンターレをいかにカンターヴィレし、アルデンテ・アンダンテの高みにまで引き上げるかということである。しかも、この問題には大フーガの名の下にカンノーリが振るい、突き出すロンギヌスの横槍をかわしながらという困難な条件がついている。

茹でるパスタはディ・チェコ No.42、フェデリコ・フェリーニでなければならないのはいまや明らかだった。

ねじまき鳥式。茹で時間42分。バジリコ、アーリオ、ピノーリ、サーレ・マリーノ・グロッソ、パルミジャーノ、ペコリーノ・フィオレ・サルド、オーリオ・エクストラ・ヴェルジーネ・ディ・オリーヴァ。デノミナツィオーネ・ディ・オリージネ・プロテッタ議定書どおりのペスト・ジェノヴェーゼの用意は決して怠ることはできない。そして、パスタをひたすら茹でつづける者は考えなければならない。

塩加減、茹で時間。さらにはジャーマン・シェパードの忠節について。ロベール・カサドシュの弾くモーツァルトのピアノコンチェルト42番の凡庸さについて。純粋理性の二律背反について。未出現宇宙の沈黙について。自同律の不快について。虚體を満足させるためのステップについて。パトリオティズムの現在について。ビューロクラット・ファシズムの強度について。チャーリー・パーカーの饒舌の牢獄もしくはマイルス・デイヴィスの静寂の重量について。刻々と失われゆく時間について。孤独について。それをいつか食べるかもしれない人物の性癖について。

時間は失われない。そもそもありはしないから。孤独は癒されない。そもそも誰も何も傷ついてはいないから。人間は孤独について考えつづけられるほど強くも勤勉にもできていない。木っ端役人に喰わせるスパゲッティ・アル・ペスト・ジェノヴェーゼはない。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-19 17:16 | Divine Combine | Trackback