カテゴリ:奇蹟は神のジェスチャーである。( 1 )

虚空 ── 生命、宇宙、そして万物森羅万象についての答え

 
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夜光虫どもが騒がしい夜ごとの揺り籠もしくは舟、あるいは戦場のミッドナイト・コール


42年ものの梅酒によってすっかり重くなった目蓋をこじあけているあいだ、「ビッグバンの際のすべての原子の有向線分」について暗算していると花束愛好家にしてハツカネズミのアルジャーノン・アダムスがアドリアン・ニューウェイ・ブルーの瞳をすばしこく輝かせながら朝の挨拶にやってきた。

アルジャーノン・アダムスの後ろでは神様が「ご迷惑をおかけしております」と書かれたボードを東西南北上下左右全方位的にせわしなく動かしている。いつもの朝の風景である。

「問題は解けたか?」
それがアルジャーノン・アダムスの朝の挨拶だ。
「もうちょい」
「おせえな。あと2時間であんたが問題に取りかかってから50万年だぜ」
「2時間あれば解が出る」
「どうだかな」

アルジャーノン・アダムスが皮肉たっぷりに言うと同時にドアをノックする音がした。ドアをあけると1942年製フォード・エドセルのエンブレムを額に貼りつけた男が笑顔満載で立っていた。

「銀河大百科辞典特派員のダグラス山田です。銀河大百科辞典の押し売りにまいりました」
「またおまいか。先週買ったばかりじゃねえかよ」
「先週版をさらに改訂いたしましたもので。今週版はモノがまったくもってちがいますですよ、樽の旦那」
「どんなふうにちがうんだよ」
「”生命、宇宙、そして万物森羅万象についての答え”を出すためのお便利ツールが満載です」
「ほんとか?!」
「ほんとですとも!」
「人間が歩く道の数については?」
「ばっちりですよ」

代金の42万ユーロ(フェイク&ギミック/税込み)をブラック・ペニー42シート(すべてミント・コンディション)で支払うと、銀河大百科辞典特派員ダグラス山田は群青色に輝くCD-ROMを差し出した。

真実以外のなにものも語らなくなってしまった男と向かい合って朝食を食べているあいだも、私は「生命、宇宙、そして万物森羅万象についての答え」を求めて大脳辺縁系をフル稼働させていた。答えが出るのはもうすぐだった。

予想通り、今週版の銀河大百科辞典は糞の役にも立たなかった。そのうちラルフ・ネーダーにチクってやるからな! 真実以外のなにものも語らなくなってしまった男はボブ・ディランの『風に吹かれて』をC言語で歌いながら毎分42回の瞬きをしている。煮貝とイカ入り揚げ玉とタマネギの味噌汁の朝食を終え、デザートがわりにナシゴレンを食べていると真実以外のなにものも語らなくなってしまった男が突然叫んだ。

「42! なんだかわからんけど、とにかく42!」
「54じゃないのか?」
「ちがう。42」

グーグルの検索窓に「生命、宇宙、そして万物森羅万象についての答え」と入力し、エンター・キーを押した。真実以外のなにものも語らなくなってしまった男の言うとおり、答えは「42」だった。私はこれまでの人生で一番深いため息をひとつつき、秋のパリの空の下のカンボン通りの角のタバーのあたりを見下ろした。どうしようもなく虚ろな空色のジタンの空き箱が秋風のヴィオロンのため息に吹き飛ばされていた。

無性に男上手女上手床上手のマーちゃんに会いたかった。会って、その熱くて柔らかくて山百合の匂いのするワギナの中で眠りたかった。しかし、それは無理な相談というものだ。マーちゃんことイトウマサヨはとっくの昔のある日、ある午後、三浦の諸磯海岸の岩陰にひっそりと建つ渚のホテル「風の家」の隣りの「砂の家」の六畳の和室で燃えつきた地図をたよりに方舟さくら丸でユープケッチャしたきり梨の礫の砂の女に捨てられた箱男と浜田山にも池田山にも届くようなヨガリ声を上げながら女ざかりにもほどがある情事に耽っている最中にさよならに乾杯をするいとまもなく腹上死していたからだ。

別れ上手のマーちゃんの最高傑作とも言いうる別れ方だった。これもまた、一種、ハッピーエンドと言えば言えないこともないのだが。

誘惑と嫉妬と数えきれないほどの傷をトッピングしたおいしいパスタ・ホロスコープンネッタ・ジゴローネをいっぱい食べさせてくれるって約束したのに。クレオパトラの夢ではなくクレオソートの夢を、カサノバの溜息ではなくカノッサの屈辱を主題とした世にも短い大長編ハンサムガールズ物語を書いている最中だったのに。三田のコート・ドールでのドロドロポモドーロのムースとエイのきれっぱしと牛のしっぽによるトリロジー・ディナーが終わる頃、「デザートはあなたよ」と4242回も言ってくれたのに。マーちゃんがいなけりゃ、もう二度とル・リキューでの瑠璃と利休のデカダンス・ルネサンスの宴にも守銭奴アイヴァンがダールサキレイ記念週間に催すゼニゲバ・パーティーにも招んでもらえない。

マーちゃん。答えていなかったことにいまこそ答えるよ。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴いているときに読む好きなサガンは右サガンだよ。サルトルならロンドン・サルトルだし、カミュならムルソー・カミュだよ。

これでどうかな? マーちゃんに褒めてもらえるかな。またいい子いい子してもらえるかな。六本木糸電話でぐるぐる巻きにして。四谷の聖イグナチオ教会でマリア・テレジアの洗礼を受けて。

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The Sun Goes Down - Level 42
 
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by enzo_morinari | 2014-05-11 13:12 | 奇蹟は神のジェスチャーである。 | Trackback