カテゴリ:πな気分♪( 6 )

πな気分#6 チチクリマンボとメロリンキューでひっくり返すことができるもの

 
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 考えてもみるがいい。「政治」のせの字も知らぬ1年生議員の38歳の若造小僧っ子が天皇をどう政治利用できるというんだ? できるわけがなかろう。ネットワーカー/ネチズンを中心とする小僧小娘のアノニマスな「人脈」しかない者に。今のところ、まともな人脈も金脈も地盤も看板も鞄もない者にできることなどたかが知れている。そのことに山本太郎自身が気づいているかどうか。気がついておらず、ただ「勢い」「情熱」「信念」といった青臭いたぐいだけでこたびの「直訴」をやったなら、ただの大うつけ者、傾き者、へうげ者にすぎない。やるならもっと盛大に、大歌舞伎の花道で大見得を切るくらいのことをしなけりゃ、おもしろくない。
 どうせこの世は夢だ。ただ狂えばいい。ただ狂えばいいが、「狂いどき」「狂い方」というものがある。いまはまだ風向きがよろしくない。山本太郎自身も経験が少なすぎる。チチクリマンボとメロリンキューでひっくり返せるほど、世の中も社会も世界も、甘くも生易しくもないということだ。敵は狡猾したたかな海千山千どもだ。心してかからなければいいように手玉に取られ、潰されるのがオチである。

 さて、日本国憲法第1章は「天皇および国民主権」について規定している。

 日本国憲法第1章 天皇
 第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。


 主権者である国民ではなく、「象徴」である天皇に関する規定が前文につづいて冒頭にあること自体が物語の開き方としておかしいが、このあたりのことに関する事情経緯は扨置く。
「象徴である天皇」にできることは実質的にはなにもないと考えていい。天皇の国事行為はすべて内閣の助言と承認を必要とし(日本国憲法第3条)、天皇は自身の考えのもとに公に行動することはできない。
 信じがたいことに、日本国憲法には「元首」についての明確な規定がない。明治憲法(大日本帝国憲法)で元首と規定されていた天皇は、日本国憲法においては「外国元首や外交官の接受」「外交官認証(公証行為)」といった対外代表性を持つほか、「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」であり、また国事行為を行うと規定されている。天皇は外形的に元首の機能を有してはいるが、すべての国事行為には内閣の助言と承認を必要とし、天皇は国事行為には一切の責任を持たない。
 天皇は形式的/儀礼的な権限のみを持ち、政治的直接的な権能権力を持たない。日本国憲法第4条は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と規定している。国事行為については、第7条で「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行う」と規定して、具体的な内容を列記する。すなわち、

 1. 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること
 2. 国会を召集すること
 3. 衆議院を解散すること
 4. 国会議員の総選挙の施行を公示すること
 5. 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること
 6. 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること
 7. 栄典を授与すること
 8. 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること
 9. 外国の大使及び公使を接受すること
 10. 儀式を行うこと


 これらの国事行為は天皇が主催するものと解されるが、あくまでも内閣の助言と承認に基づいて行われる受動的かつ儀礼的なものである。
 天皇及び皇族は日本国憲法に定める日本国民の外部に置かれた存在であり、天皇は「日本国の象徴」および「日本国民統合の象徴」である。さらに、天皇の地位を日本国民の総意に基づくものとすることは、ポツダム宣言を受諾する前提として日本政府が意図した「国体の護持」に対するアメリカ合衆国の「日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される」との考え方によって導かれたものだ。なお、日本国憲法には国民ないし国民主権と題する章はない。摩訶不思議なことだが事実である。

 最高権力者への直訴はいまにはじまったわけではない。古くは承応2年(1653年)、佐倉藩の佐倉惣五郎による四代将軍家綱への直訴。近代以降では「足尾鉱毒事件」にかかる田中正造の直訴。北原泰作の被差別部落出身者に対する差別の存在と待遇の改善を求めた昭和天皇への直訴。戦前には児玉誉士夫も直訴を行っている。そのすべてはやむにやまれぬ心情の吐露でもあったろう。
 広く誤解されているが、「直訴=死罪」ではない。現に幕府への三方領知替え/転封に対する直訴が、幕府の政策(大公儀御政道)に対するものであるにもかかわらずお咎めなしとなった例もある。直訴行為が死罪の対象とされない例はほかにいくらでもある。
 こたびの一件は38歳の若造の浅慮のパフォーマンスにすぎまい。いくぶんかはA( )Cもあったかもしれない。山本太郎自身、天皇に直訴したところで原発事故をめぐる問題が好転するなどとはこれっぽっちも思っていなかったろう。
 愚劣卑劣な木っ端役人/政治屋どもこそは、これまでもいまも天皇を利用しつくしているのではないのか? 高齢な上に重篤の病いを抱えている天皇と皇后を。それでも飽き足らずに皇太子妃までも。そんな不埒不逞の輩が、あさはか軽卒な行為をしたとは言え、憂国憂民の士たらんとする山本太郎を批判とは、まさに、「どのツラを下げて」と言いたくなる。原発にかかる種々の問題で主権者である国民の生命、財産をとんでもない危険にさらしつづけている腐れ外道どもがなにをえらそうに御託を並べやがるか。「エネルギーの安定供給」「経済成長」だのなんだのという寝言たわ言はおとといの方角で棒にぶつかって気を失っているお犬様にでも言奏上賜りやがれ。
 放射性物質は皇居にも東宮御所にも飛来し、降下しているぞ。水にもプルトニウム、ストロンチウムどんどんじゃぶじゃぶだぞ。そのことはどうする? どうけじめをつけるんだ? 腹を切れ。腹をかっさばけ。

 メロリンキュー坊やよ。もっと学べ。500円玉ハゲどころか完全ハゲになるほど勉強し、ものを考えろ。もっと修行しろ。あれも修行、これも修行だ。そして、いつの日か山本桃太郎侍となって人の世の生き血をすすり貪り食う不埒不逞の悪鬼卑鬼どもを退治しろ。

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by enzo_morinari | 2013-11-01 19:37 | πな気分♪ | Trackback

πな気分#5 どのツラ下げての「山本太郎批判」だ?

 
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 天皇・皇后主催の「秋の園遊会」における山本太郎参院議員の天皇への「直訴」について、あまたの有象無象/海千山千がしたり顔でああでもないこうでもないと目くじらを立ててかまびすしい。大仰御大層にも参院の議院運営委員会の理事会に山本太郎を呼びつけて事情聴取が行われ、国会外では大まじめに「議員辞職勧告決議案」の提出までが取沙汰される始末。文科省大臣の下村博文にいたっては「議員辞職ものだ。まさに政治利用そのものだ。安易に看過することがあってはならない」と息巻いている。
「日本の核武装については、今後の国際情勢によっては検討すべきだ」とほざくボンクラがなにを抜かしやがる。「夫婦別姓」問題ではさんざっぱらな変節漢ぶりをさらした腑抜けが。非科学的にもほどがある「親学」なる珍妙奇天烈なお題目では能天気ぶりを思う存分発揮した。下村は能天気極楽とんぼの集まりである「早稲田大学雄弁会」出身。疑似科学のインチキマヤカシ団体から表彰されて御満悦のスカタンが文部科学大臣とはEM菌が放射能を除去して臍が茶を沸かすというものだ。自称予言者のペテン師、ジュセリーノ・ダ・ルースについて、その予言とやらを「90%以上当たっている」とほざいて失笑を買ったことは記憶に新しい。集票マシーンは崇教真光であり、下村自身が熱心な信者である。神道政治連盟国会議員懇談会所属。
 下村お大尽さまよ。おまえさんが所管する原子力に関する諸問題でも山本太郎にしたのとおなじように息巻いてみな。話はそれからだ。
 法務大臣のポンコツ谷垣(落車顔面裂傷)禎一は「憲法上、天皇は国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない。国会議員が直訴状を提出すれば、天皇陛下を国政に引きずり込むようなことになりかねない」とつまらぬことをほざいている。まともな準備書面すら書けず、公判廷でろくな口頭弁論さえできないボンクラが。「加藤の乱」の際に加藤紘一にすがりついたおまえさんの無様な姿は今も目に焼きついているぜ。そして、さらに、オウム真理教ひとつつぶせない国家公安委員会の長である古屋圭司は「国会議員として常軌を逸した行為だ。国民の皆さんも許されざる行為だと怒りを持ってみているのではないか」だとよ。てめえの頭の蠅を追えってのよ。まったくごくろうさまなことだ。
 政治屋どもと霞が関の木っ端役人どもと既得権益/利権に群がり、貪り喰う守旧派。おまえさんがたがやってきたこと/やっていることのすべてが「常軌を逸した行為」だ。
 
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by enzo_morinari | 2013-11-01 17:26 | πな気分♪ | Trackback

オクラ入りした迷宮のクリームリンスと「つ」の深場

 
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 そのリンスはとにかく指通りが良かった。こう、指が「つっーーーーー」っと通る。通り抜けすぎるほどによく通る。仲間トオルがヒロシにBE-BOPするほどの勢いである。
 指通りは異次元のレベルだったが、指通りの良さに我を忘れてしまい、ついには忘我、陶然の気に支配される事態となる。そして、ついに吾輩は命名した。迷宮のクリームリンスと。問題は「つ」だ。「ついに」の「つ」。「つくしんぼ」の「つ」。「釣り」の「つ」。「捕まる」の「つ」。「罪」の「つ」。「告げ口」の「つ」。「ツンデレ」の「つ」。「なんつっても」の「つ」。「ツレ」の「つ」。そして、ついに「つ」はこんなところにまでそのインフルーエンスを及ぼしはじめた。その証拠画像がこれだ! 発見場所は SAEGUSA FULCRUM POINT である。本物件に関する詳細はmaki+saegusa(マキ・サエグーサ)に問い合わせていただきたい。急がないとイースター島に移住してしまう。時間はない。時間は元々ない。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-19 01:14 | πな気分♪ | Trackback

πな気分で物静かに退場しろ!

 
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 大仰御大層大袈裟大上段な「引退宣言」から42日、また気色胸糞の悪いのが戻ってきやがった。雌伏隠遁の42日だって? 42年じゃなくて? 4.2年でもなくて? 「もう疲れました」「自分らしくあるために休養に専念します」の言は撤回か? そして、復帰(復帰だってえ?!)の第一声が「42日間、待っていてくれてありがとう」ときたもんだ。
「ありがとう」「感謝感激雨あられ」の類いを大量生産大量消費しまくるこの御仁、信じがたいことに還暦間近のいいおとなだ。還暦間近のいいおとなが自分のことを名前(苗字ではなく)で呼ぶ。長期凋落傾向(「長期凋落傾向」もなにも、鼻からエーベックソ/オリコンのタッグによるインチキマヤカシの「数字」にすぎないのだが。だよな? 京急上大岡駅前で青っ洟垂らしていたZ日のマツーラ小僧)からすでに「あのひとは今」となりつつあるポンコツ歌姫様の浜崎あゆみが「あゆはあ~」と自分のことを言うように。これってどうよ? どうなのよ? 本人は至って大まじめではあるのだが。
 一大イベントの復帰を果たし、拍手喝采の中、花道をスポットライト浴びて御登場あそばしたつもりでもあるのか? 消えて清々していられた日々も終っちまった。
 このポンコツボンクラヘッポコスカタンの気色悪さ胸糞悪さは自身の不遇を常に派手派手しくぶら下げて、その大仰御大層大袈裟大上段にふりかぶったまやかしのインチキ看板を他者に見せつけ、見るように強要強制するところにこそある。その言説は100パーセント自身の「不遇」「悲運」「困難」に関するものである。なぜ「不遇」「悲運」「困難」にしか言及しない? めしは喰っていないのか? 風は吹いていないのか? 花が咲き、実を結ぶことはないのか? 政治経済事件等々について思うこと感じることはないのか? リアリティのかけらもない「不遇」「悲運」「困難」にかかわる自己言及の言説などにはいささかの価値もないとは思わないのか? 大所高所から語っているつもりだろうがこのポンコツボンクラヘッポコスカタンの言説にはまったく迫真、切実、生活実感がない。詩だって? 世間知らずの甘ちゃんのたわ言の垂れ流しにすぎまい。AK-69の「One Way, One Mic, One Life, Let's Go!」の1行にすら値しない空虚空疎さだ。
 そして、決定的なのは自身をグリップすることすらできておらず、グリップしようともせず、自身の困難、不遇、悲運を乗り越えられず、乗り越えようともせず、突破口を探さず、探そうともしていないにもかかわらず、他者に対して大仰御大層大袈裟大上段にかまえた「御託」「能書き」「訓戒」を垂れる太々しさ、鈍感さだ。自身の頭のまわりを飛びまわる五月蝿い蠅さえ叩き落とせずに他者の腹の虫の具合についてああでもないこうでもないと御託能書きを並べることを「厚顔無恥」というのである。
 このポンコツボンクラヘッポコスカタン、頻繁に「出会いは宝だ」と宣う。ではその「出会い」はどのような出会いだったのか、出会った相手はいかなる人物だったのか、出会いののちにどのようなことがあり、いかなる言葉を交わし、なにを感じたのかについては一切触れない。「出会いは宝」の一点張り。すべては抽象と独りよがりに終始する。このことはあらゆることについて同じである。不遇、悲運、困難、困憊について語るときもだ。
 不遇、悲運、困難、困憊なら、質と量において、このポンコツボンクラヘッポコスカタンの数十倍数百倍を味わっている者は山のようにいるし、彼らはそれでいながら黙して語らず、日々をのたうちまわりながら生きている。いちいち「ありがとう」「うれしい」「たのしい」「しあわせ」なんぞという甘っちょろさと思惑と手垢にまみれ、腑抜けた空疎な言説を宣わったりもせず、故障した日本語で飾り立てたり、珍妙きわまりもない味つけをしたりせずにだ。
 朝から晩まで「イイネ!」を押す暇があるなら、みずからの不遇困難困憊を乗り越え、突破するための「行為」「行動」にこそ専念すべきだろう。たとえ、100パーセントの不可能を突きつけられた不遇、困難、悲運であってもだ。他者の善意、泣きどころ、弱みにつけ入るなどは言語道断、グロテスクな認知欲求と親和欲求を餌に「取り巻き」「お追従者」「おべんちゃら病罹患者」「きれいごと愛好家」を何百人、何千人増やそうがえられるものなどありはしない。肝心要は自身が一人炎の中心に立って尻込みせぬ覚悟を持っているか、腹を括っているかだけである。その余のことはすべて些事瑣末事にすぎない。
 ところがどっこい、このポンコツボンクラヘッポコスカタンときた日には、醜悪きわまりもない認知欲求と親和欲求を餌に「取り巻き」「お追従者」「おべんちゃら病罹患者」「きれいごと愛好家」どもをこれでもかというくらいに取り込んで悦に入っているばかりか、みずからの不遇、困難、悲運に対してさえ「ありがとう」「うれしい」「感謝」ときたもんだ。もっとも、そこにはひとかけらのリアリティも切実さも生活実感もないのは無論である。
 おまえは神か? ホトケか? 小仏峠の番人将又追い剥ぎ、山賊か? 山賊なら山賊で押しつけがましくするのではなく剥ぎ取りがましくやりやがれ!
 群青烈日居士、野村秋介先生の「言多きは退くなり」という至言をこのポンコツボンクラヘッポコスカタンは百万遍も二百万遍も口にするがよかろう。さすれば、退屈でつまらぬことしか言えぬ「減らず口」も少しは沈黙の重みを持てるかもしれぬ。

 もうじき赤いちゃんちゃんこを着る魔法使いのお婆さん、ひと皮剥けば強欲悪食の狼だってことはとっくのとうにお見通しだぜ。おわかり? それとも、おかわり? 激烈強烈無類のトラウマになるすさまじいやつを。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-28 01:22 | πな気分♪ | Trackback

「πな気分のパイ」を作りながら踊る虹子ちゃんに言う言葉

 3月14日15時9分26秒まではまだずいぶん日があるというのに、待ちきれず、我慢できず、居ても立ってもいられない、「割り切れない思い」をずっと抱えつづけながら生きてきたギフテッド・ガールの虹子ちゃん。

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「πな気分のパイ」を作りながら踊る虹子ちゃんに吾輩が言う言葉は七つ。
















 茄子だ!
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 ナスカ!
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 NASCAR!
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 NASAも?
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 NASHIは?
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 支那竹?
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 竹島!
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by enzo_morinari | 2013-01-24 17:00 | πな気分♪ | Trackback

パイでπな危険な関係のブルース

 
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ヤマシタタツローとヨシダミナコとタケウチマリヤのパイでπな危険な関係のブルース
ヨシダミナコが好きだ。世界で通用する日本のヴォイス・パフォーマー、音楽家はヨシダミナコだけだとすら考えていた時期もある。忘れかけていた季節を思い出させてくれるのはいつもヨシダミナコだった。音源は残らず持っている。直筆の「御礼状」だって3通ある。へたくそな字だ。独特な字、風変わりな字、クセのある字、一度見たら忘れない字。言い方はいろいろあるだろうが、へたくそであることにかわりはない。

1987年のクリスマス・イヴ、驟雨にかすむ精霊の降りる街。ヨシダミナコは「いいレストランがあるの」と私を誘い、街一番のレストラン『STAR GAZER』の人気メニュー「冷めないチャイニーズ・スープの関係」を教えてくれた。12月の雨はとても冷たくて、「冷めないチャイニーズ・スープの関係」はとても温かくて、心がポカポカになった。

「ちょっと失礼」と言い残して席を立ったヨシダミナコが戻ってくることはなかった。隣りのテーブルではローラ・ニーロがロバート・デ・ニーロのマネををしておどけていたがおもしろくもなんともなかった。「青い眼の毛唐はすっこんでろよ」と言ってやったらその10年後に死んでしまった。私はこういうことがよくある。不思議だが現実だ。

私はゆっくりと「冷めないチャイニーズ・スープの関係」を味わいながらときどき窓の外をみていた。大昔にかなしくさびしくつらい思いをさせた女がレストランの通りを挟んで向かい側にあるセブンイレブン精霊の降りる街店から出てきた。「あたしはあんたに初めて会ったときに夢からなにから全部あんたに持ってかれちゃったんだ」と言って泣いた女だ。

コンビニ袋がすけてクリスマス・ケーキの赤い箱がみえる。女はひどくやつれていた。本来の齢より20歳くらい老けている。髪の毛は乱れ放題で白いものが目立つ。身なりからはいい暮らしをしているようにはとうてい思えなかった。

何度も店を飛び出し、彼女に声をかけたかった。ただ声をかけたかった。ほかにはなにもない。謝罪でも慰めでもなくただ彼女の声を聴き、すこしだけ微笑みあい、握手をして、お互いにもう二度と会うことはないとわかっているのに「またね」と言う。それだけのことがしたかった。

そのうちにオンボロのホンダN360が彼女の前に停まり、ドアがあいた。女は運転席の男に疲れたような笑みをみせてから車に乗り込んだ。雨は雪にかわった。降りだした雪のゆくえを追っているあいだに再び雪は雨にかわった。すべてはヨシダミナコが仕組んだことだと気づくのはずっとあとになってからだった。

ヨシダミナコが目黒の蒼い路地奥にあるライヴ・ハウス BLUES ALLEY でアコーディオンのカワイダイスケとやった DUO LIVE のときは席まで来て、「あたしが歌ってるときはタバコやめてね。マイヤーズ・ラムがお好きなケッペキにいさん♪」と思うままな愛を告白された。ヨシダミナコに「恋の手ほどき」をしたのはなにを隠そうこの私である。「わたしはあなたの影になりたい」とさえ言わしめた。

週末の扉の冬の厄介さに悩む彼女を品川駅の京浜急行の改札口で3時間も待ちぼうけさせたことだってある。1985年の夏の盛りの7月25日、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイド先にある星の海で時さえ忘れてスター・ゲイザーとともに泳いだ。

そんなこんなのすったもんだを経たきのうの夜ふけ、『AIRPORT』を繰り返し聴いていた。20回目だか30回目の「見送る夜のエアポート」のパートで世にもおそろしい光景が突如として浮かんできた。「見送られているのはヤマシタタツローじゃねえか!」と。あの妖怪砂かけ婆もごめんなさいしちゃうような、真夏の炎天下にさらされて溶解寸前の生牛レバーのような御面相のエキセントリック・ハゲのヤマシタタツローが夜の空港でヨシダミナコに見送られている図。

はっ! そういえば顔面溶解男には『Endless Game』という曲があったな。軋む心の音は、震える白い指先はヨシダミナコのではなかったのか?

真相を突き止めるべく『AIRPORT』と『Endless Game』を交互にエンドレス・リピートして聴いた。3回目のセットですべてはわかった。もうなにもかもがいやになったのでオートマティスムする。『不思議なピーチパイ』『セプテンバー』をはじめとするタケウチマリヤの音源(ビニルのLPレコード、CD、MP3ファイル等々)はすべて廃棄する。水曜日の生ゴミの日に象牙海岸沖の悪夢の島行きだ。

背景音楽:Dan Fogelberg『Same Old Lang Syne』/The Pogues『Fairytale of New York (Christmas in the Drunk Tank)』/Art Blakey & Jazz Messengers『Les Liaisons Dangereuses』/吉田美奈子『AIRPORT』/山下達郎『Endless Game』/竹内まりや『不思議なピーチパイ』


星の海で泳いでいたヨシダミナコ(Reunion/再会#1)
ヨシダミナコとの「再会」はまったくの偶然だった。最後にヨシダミナコと会ったのは大ドンデン返しに向かって超特急ニッポン号が沸騰する蒸気を吹き上げながら爆走していた時代のただ中だった。私はすったもんだのすえに独立し、代々木に小さな事務所を開いていた。カネはあったがとにかく「時間」がなかった。仕事は黙っていても次から次へ、スペシャル・デリバリーで舞い込んでいた。私はいつしかなにものかを失い、すり減り、疲れ果てていった。

ヨシダミナコは別れの言葉ひとつなく、きれいさっぱり、なんの痕跡も残さずに私の元を去っていった。ヨシダミナコがいなくなっても私はなんとも思わなかった。本当のところを言えば気づきすらもしなかった。

ヨシダミナコがいなくなったことに気づいたのは6ヶ月も経ってからだ。6ヶ月のあいだに事務所の窓の真正面に見えるハナミズキの樹は淡い新緑から黄色く色づきはじめていた。季節は春から夏を経て秋にかわっていたのだ。仕事は停滞しはじめ、カネがまわらなくなり、ついには土壇場に追いつめられた。愚かにも私はそのような状況になってはじめてヨシダミナコの失踪に気づいたのだ。ヨシダミナコの消滅は心底こたえた。

ヨシダミナコとの再会を取り持ってくれたのは「海星」というめずらしい名前の人物である。海星氏の暗躍ぶりについては巷間よく知られている。再会したとき、私たちはしばらく沈黙し、たがいの「空白」についてすばやくさぐりあい、はにかみ、あきらめ、納得し、微笑みあった。

「やあ。ずっと会いたかったんだ」

深い闇の中で、ひときわまばゆく輝く星を凝視するヨシダミナコに声をかけた。長い沈黙のあと、彼女はやっと口をひらいた。

「夜をゆく雲の上には うるわしい星座がまたたく」

そのとたんに私たちのまわりは慈愛と荘厳と豊穣とにみたされた。そして、とどめようもなく、魂の奥底からあふれだすかのごとく、たくさんの涙がでた。2000トンくらいでた。涙の海ができて溺れそうだったが涙をぬぐおうとは思わなかった。私とヨシダミナコはおなじ星を見つめつづけた。短いけれど宝石のような時間がすぎた。

「星の海をゆけ」

最後にそれだけ言うとヨシダミナコはきらめき揺れつつめぐりゆく星座のただ中へ、冴えわたる冬の星の海へ、ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと漕ぎだしていった。

背景音楽:吉田美奈子『星の海』


時をみつめていたヨシダミナコ(Reunion/再会#2)
ヨシダミナコはいつも、夜明け前、突然やってくる。精霊が舞い降りるように軽やかに。あるいは星の海を泳ぐようにかかえきれないほどの静寂を連れて。

「いったいぜんたい、どこで、なにをしていたんだよ」

声をかけても、ヨシダミナコは静かに微笑んでいるだけだ。星への階梯が音もなくたたまれはじめるとヨシダミナコはやっと口をひらいた。

「時をみつめていたのよ。それだけ。ほかにすることなんてなにひとつない」
「きみの言うとおりだ。ほかにすることなんてなにひとつない。おれも同じさ」

ヨシダミナコはまた不思議な微笑を浮かべるとうす桃色の翼を小刻みにふるわせ、来たときとおなじように軽やかに静かに舞い上がった。

「次はいつ会えるのかな?」と言いかけてやめた。そんなことは誰にもわかりゃしない。ヨシダミナコにさえもだ。いままでヨシダミナコがいた場所をみるとうす桃色の羽根が一枚残されていた。私は注意深くひろいあげ、いつものように「ヨシダミナコの忘れ物箱」にしまった。ヨシダミナコはやってくるたび、かならずなにかを忘れていく。困ったものだ。

背景音楽:吉田美奈子『時間をみつめて』


ヤサシサの雨にうたれていたヨシダミナコ(Reunion/再会#3)
ヤサシサの雨にうたれていたヨシダミナコは権之助坂の途中で立ち止まり、カワイダイスケ・ファンキー・オーケストラと立ち話を始めた。私はヤサシサの雨にうたれながら何度もこのまま死んでしまいたいと思った。ヨシダミナコは軽やかな笑い声を上げ、肩を左右に振り、ソウルトレイン・ヘアを揺らした。

たった一人の楽団、カワイダイスケ・ファンキー・オーケストラはといえば満足げにヨシダミナコをみつめ、ヨシダミナコの笑い声に耳を傾け、ヨシダミナコのソウルトレイン・ヘアにそっと指を通した。権之助坂途中の蒼い路地にある記憶の劇場の舞台で歌うヨシダミナコの声は透明で強くてコヒーレントでリニアリティがあってマットンヤ・ユミーンを小馬鹿にしていて世界に冠たる顔面力の持ち主ヤマシタタツローを心の底から憎んでいて9月のピーチパイ女を象牙海岸まで蹴り飛ばそうとマージービート通りの片思いくんたちに電波指令を送っていて物凄い勢いで深かった。

カワイダイスケ・ファンキー・オーケストラは誠実にヨシダミナコと対話を続けながら、ヨシダミナコ同様、オリジンを失わなかった。すばらしいことだ。ヨシダミナコとカワイダイスケ・ファンキー・オーケストラのオリジン・ダイアローグを必死に追う私は考えていた。女神はじかに生で見て聴いて味わうべきだと。音源はヨシダミナコに関する限り、最終手段である。

背景音楽:吉田美奈子+河合大介 DUO『2007年05月26日 目黒BLUES ALLEYにおけるLiveの盗み録り音源』

参考意見:ウジTVボンクラ軽部真一のインタビューなんか受けてんじゃねーぞ、顔面溶解男!
 
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by enzo_morinari | 2012-09-28 07:59 | πな気分♪ | Trackback