カテゴリ:Mondrian Epicurean( 1 )

Mondrian Epicurean#1 ブライアン・イーノで迷宮遊びする。

 
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ブライアン・イーノは音楽家ではない。彼の作品は音楽ではない。ブライアン・イーノは建築家であり、彼の作品は建築物だ。 E-M-M


ブライアン・イーノの作品を体験(いわゆる「視聴」ではない)していると、インスタレーション・アートの森やランド・アートの砂漠に身を置いているような錯覚に屢々とらわれる。そこに「音」はない。あるのは引き延ばされ、再定義され、再構築され、再び解体された「沈黙」である。1970年代にブライアン・イーノあるいはブライアン・イーノ的なるものが解き放たれたことによって、現代人はそれまでおぼろげだった不安と焦燥をじかに、手づかみで、背負う運命を生きることとなった。このことが悲劇なのか幸福幸運なのか。いまのところはわかっていない。どちらでもいいことだ。いずれにしても、もはや別の緑の世界はどこにも用意されてはいない。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-16 21:51 | Mondrian Epicurean | Trackback