カテゴリ:ハルキゴンチチ・デイズ( 10 )

ハルキゴンチチ・デイズ#10 間奏と感想/風にそよぐサポナリアの花影で。

 
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風について考えられるのは、人生の中のほんの一時期のことなのだ。 HALKIMBO-M


シャボン草が芽吹き、花咲き、梅雨の合間に淡く弱い青空がのぞくとシャボン玉を飛ばす。頬をかすめる風。風にそよぐシャボン草。シャボン草の花の間近で弾けるシャボン玉。すべては風のいたずら、風の気まぐれ、風の意志によるものだ。

風に魅かれる。みえない風に。樹々や草花が揺れる姿やさざめく音、波しぶきが舞い上がるようすを通してしか、頬を撫で、ときに切り裂き、耳元をかすめるときにしかわからない風に。こどもの頃からだ。風が元いた場所を探して海辺の街にたどり着いたこともある。風のゆくえを追って赤城山の麓まで行ったことさえある。なにか問題に直面するとすぐにインドに行ってしまう「インド屋」がいるように、私は煮詰まると、星を眺めるか、風に吹かれるかする「星屋」であり、「風屋」なのだ。近々、「夕焼け屋」になろうと企んでもいる。虹が星や風や夕焼けのようにお手軽だったならば、「虹屋」にもなりたい。

本棚をざっと見渡すと、タイトルに「風」のついた書物が多い。『風の歌を聴け』『風の谷のナウシカ』『風の博物誌』『風博士』『汐風の街』『風に吹かれて』『南風』『風の又三郎』『風のちから』『風の音楽』『狂風記』、そして『風に訊け』。

風に吹かれるのはとても気持ちがいい。流れに流されるのも、やっぱり気持ちいい。ときどき、立ち止まればいいんだ。ほんの少しだけ。風に立ち向かったり、流れに逆らって前に進むのなんか、百年に一度でいい。本当の孤独は百年に一度味わえば、それでじゅうぶんなんだ。その孤独に出会うまでは、風に吹かれたり、風の歌に耳を澄ましたり、星に願いをかけたり、夕焼けに心をふるわせたり、虹の彼方に夢を託したり、野うさぎの走りに目を奪われたりしていればいい。そのほうがずっといい。

ときどき立ち止まり、風の歌に耳を澄まそう。答えは風の中でみつけよう。本当の答えはみつからないとしても、風はなにかしらの答えらしきものは孕んでいるはずだから。そして、風のように生き、いつの日か風になろう。

Sunsay and John Forte - Wind Song
 
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by enzo_morinari | 2013-06-20 16:09 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback

ハルキゴンチチ・デイズ外伝#1 横浜本牧シーメンス・クラブにおける「恋の終わりかた」

 
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本牧埠頭の付根にある船員相手のバーレストラン、シーメンス・クラブの窓際のテーブルで、ひとつの恋が終わろうとしていた。恋が終わるに至る詳しい事情はわからない。恋が終わるにあたっては実にさまざまな出来事やら事情やら偶然やら必然やら風向きやらが介在し、そこには、他者には決してうかがい知ることのできない深い「闇」が広がっている。

水道代が原因で終わった恋さえある。私の22歳のときの恋だ。大貫妙子の「さ行」の発音をめぐる議論から泡と消えた恋だってある。これも私だ。「欧米化問題」によって危機に瀕した恋もある。これは私と虹子だ。タカトシには厳重に抗議したいが、この件はまた別の機会に譲る。

暗く湿った谷底を這うように進んだり、灼熱の砂漠を横切ったり、静寂が支配する深い森をさまよったり、色々だ。それでもなお、成就する恋もあれば、成就しない恋もある。シーメンス・クラブで終わろうとしていた恋は成就しないほうの恋である。

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「じゃ、そういうことで。」とは言った。

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「じゃ、そういうことで。」とは答えた。

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前の週の土曜の夜。はやはりシーメンス・クラブの窓際のテーブルにいた。

「エディットに身を捧げたいの」とはまっすぐにを見て言った。「いつものフランスかぶれか」とが思っていたら、彼女は本気だった。飯田橋のフランス語学校に通いだし、肉体改造を始めていた。3歳からつづけていたクラシック・バレエは芽が出ないうちに彼女は30歳になろうとしていた。所属するバレエ団からいつ肩をたたかれてもおかしくない状況に彼女が置かれていることは薄々感じていた。日々の暮らしの端々に彼女の焦りがにじんでいた。それはにしたところでおなじだった。

なんのためらいもなく旅立とうとしている彼女がは憎かった。二人の未来より自分の夢を選んだ女。との二度目の冬だった。

幸福な恋を妨げるのはいつも別のかたちの幸福だ。パリに向かう彼女を見送った翌日、雪が降った。粉雪だった。明け方から降りつづいていた雪が視界を奪う。

白濁するスクリーンの向こう側で、エディット・ピアフがいっさいの装飾を排除してなお、それでも輝きを放つ凄絶なパフォーマンスを繰り広げていた。エディット・ピアフの歌う歌の一節一節が揺るぎなき意志の力によって完璧にコントロールされていた。取りつく島のない歌唱だった。その脇でもまた迷いなく歌っていた。まさしくピアフに身を捧げつくしているように見えた。

「やったな、。おまえは確かに夢を実現したんだ」とは思った。多くの人々に気持を削り取られながら、は思い出していた。の迷いのないところがおれは好きだったのだと。好きなあいだは好きでいつづければいい。好きでもないのに好きであろうとすることくらい不毛なことはない。いつか好きだったことを忘れたとしても、そして、そのことを悲しめなくなったとしても、なにひとつまちがってはいない。それが恋の終わりなのか、失恋の終わりなのか。どちらでもかまわないとは思う。

いまでも横浜にはごくたまにしか粉雪は降らないが、にはそれでじゅうぶんだった。あの白いスクリーンに彼女の姿がプレイバックされるのはたまにでいい。

このようにして、伝説のビリヤード台と伝説の歌姫の恋は終わった。恋は終わったが厄介ごとが待ちかまえていた。の子を宿していたからだ。結局、の子を産んだ。その子こそが私だ。
 
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by enzo_morinari | 2013-06-18 18:59 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback

ハルキゴンチチ・デイズ#8 犬どもの家、犬どもの死ぬには手頃な日

 
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私と苦悩するビーバー・カモノハシと青い珊瑚礁の早起きブルーバード、三匹の犬どもがそろって死んだ日のことだ。


われわれは小港橋の脇にある木造モルタル造りのおんぼろアパートに部屋を借りた。6畳一間。風呂なし。台所トイレ共用。敷金礼金前家賃なし。電気ガス水道電話賃食費などの費用はすべて三等分。女人禁制。われわれはその部屋を「犬どもの家」と命名した。数少ないいい点は窓から港が見えることと霧笛が聴こえること、そして、隣りの部屋に目の玉が飛び出そうなほどの美人が住んでいることだった。ジニー・イヴだ。しかし、美人のジニー・イヴにわれわれ三匹の犬は殺された。殺戮された。完全なるノックアウト。再起不能。永遠のテンカウント。三人いっしょに小港橋から身投げすることまで考えた。

「おれは本当の、正真正銘、混じりっけなしのインディアンに会いたい。ラコタ・スー、パヤブヤ族の戦士、タ・シュンカワカン・ウィトコのような勇者に。あるいは耳のうしろに不思議な力を持つ石を挟む男のような深い知恵と広い心を持った賢者に。そして、おれはいつかインディアンになる。トパンガ・ケイヨンロードを時速200マイルでぶっ飛ばす!ホカ・ヘイ! ヤタ・ヘイ! アヒェヒェ!だ!」

苦悩するビーバー・カモノハシはテーブルの上で「戦いの踊り」を始めたが、動きは時計仕掛けのオランジーナの空き瓶のように間が抜けていた。

「けっこうな話だが、われわれがいま直面している問題はジニー・イヴ爆弾の炸裂で受けた深傷をいかに治療するかということだろう」

私が言うと二人とも大きくうなずいた。

「おれの脳味噌はもうジニー・イブのことでいっぱいで破裂しそうだ。わがレーゾンデートルは勃起しっぱなしだし」

青い珊瑚礁の早起きブルーバードは言って、紡錘型に大きく盛り上がったレーゾンデートル・テントをぴしゃりと叩いた。それは私もおなじだった。ジニー・イブのことを考えると、わがレーゾンデートルは固く張りつめ、タートル・ヘッドが擦れて痛いほどだった。結局、われわれはジニー・イブのことを考えながらマスターベーションを始め、ほぼ同時に射精し、死んだ。犬どもの家における三匹の犬どもの死だ。そして、ジニー・イブがやってきた。死ぬには手頃な日はまだ終わっていなかったのである。

アボリジニが酷寒のミル・プラトーの夜に三匹の犬と添い寝することすら知らないわれわれは、漂流するオウムガイのように愚かだった。(Closed BooK)
 
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by enzo_morinari | 2013-06-18 08:19 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback

ハルキゴンチチ・デイズ#7 深夜の山下埠頭で星空を眺める会

 
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いつも心に冬の大三角形を


本牧埠頭D突堤でOOCLの青いコンテナに激突して死んだ友人のうちの一人は在日朝鮮人だった。シーメンズ・クラブで初めて会ったとき、「苦悩するビーバー・カモノハシ」と名乗った。シーメンズ・クラブの4番のビリヤード台に「鯨」と命名した夜だった。苦悩するビーバー・カモノハシの親は伊勢佐木町で大きなサウナを1軒とパチンコ屋と焼肉屋を経営する大金持ちだった。家は根岸台にあって、ホワイトハウスと見まごうような大豪邸だった。

「鯨」でフィリピン船の気のいいセカンド・オフィサーとその日の酒代を賭けて戦っているときに苦悩するビーバー・カモノハシは現れた。私がいやな角度のスマッシュ・ヒットで9ボールをコーナー・ポケットに沈めて勝利した瞬間、それまで腕組みをし、上体をうしろに反らし、やや冷ややかで皮肉な顔つきで戦いのゆくえを見守っていた苦悩するビーバー・カモノハシはゆっくりと3回手を叩いた。『タクシードライバー』のモヒカン・ヘッドにしたロバート・デ・ニーロのように。

「おみごと」
「ありがとう」

悔しがるセカンド・オフィサーを尻目に「鯨」の鮮やかなグリーンの羅紗に投げ捨てられたドル紙幣の束をつかみ、余裕しゃくしゃくでキューをケースにしまおうとすると苦悩するビーバー・カモノハシがたずねた。

「バラブシュカじゃないか!」
「球撞きやるのか?」
「ビリヤード場を1軒持ってる」
「冗談だろう?」
「ほんと」

苦悩するビーバー・カモノハシは曙町にある老舗のビリヤード場の名を言った。

「こりゃ驚いたな」
「いつか来いよ。ただにしてやる」
「ビリヤード代くらい払うさ。貸し借りなしの人生がモットーなもんでね」
「おもしろいやつだ」

かくして、苦悩するビーバー・カモノハシはかけがえのない友人となった。

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「世界はどうにもならない」

気持ちのよい風が吹く春の盛りの深夜の山下埠頭でよく冷えたレーベンブロイを飲んでいるとき、苦悩するビーバー・カモノハシが突然言った。

「まったくだ。世界は本当にどうにもならない」
「ついては深夜の山下埠頭で星空を眺める会を結成しようじゃないか」
「いいね。実にいい」
「もう一人、深夜の山下埠頭で星空を眺める会の会員にしたい奴がいるんだけどな」
「おれと気が合いそうか? 天下御免の人見知りなもんでね」
「合うよ。おれと気が合うんだから」
「なるほどね。で、そいつはいまどこに?」
「もう来てるよ」

苦悩するビーバー・カモノハシは埠頭の先端で黄色いボラードに腰かけ、ウィスキーをラッパ飲みしている男を指差した。苦悩するビーバー・カモノハシとともに激突死することとなる中国人のタカナカだった。タカナカは「青い珊瑚礁の早起きブルーバード」と命名した。タカナカが青い日産ブルーバード501に乗っていたからだ。そして、実際、タカナカは驚くべきほどの早起きだった。履歴書には「趣味:早起き」と書くほどだ。趣味の早起きの一貫として、青い珊瑚礁の早起きブルーバードは新聞配達をやっていた。朝刊のみ。青い珊瑚礁の早起きブルーバードは夕方は昏睡状態と言ってもいいほどに深く眠るのだ。

このようにして深夜の山下埠頭で星空を眺める会は結成された。会員3名。会員規約はたったひとつ。「いつも心に冬の大三角形を」だ。われわれ三人のほかには誰も知らない秘密結社だ。(Closed BooK)

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by enzo_morinari | 2013-06-18 03:26 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback

ハルキゴンチチ・デイズ#6 6.21事件の犬

 
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 おまえたちが生まれるずっと前に、おれは世界が洪水になっちまうくらいの涙を流してきた。そのことを教えてやる。 E-M-M

2013年6月21日土曜日、糸居五郎を軽々と超えるラヂオをやる。台本なし、規制なし、おべんちゃらきれいごとおためごかしなし。番組表題は、『最初で最後の、エンゾとガジンの”おまいら、一回死んどけ”』だ。いまから、聴けるように準備万端しておくがいい。あしたから『最初で最後の、エンゾとガジンの”おまいら、一回死んどけ”』で「ねとらじ」で試験放送を流す。ずっと、リッチー・バイラークの『Sunday Song』を流す。流しつづける。耳が腐るほどに聴いておくがいい。おれたちは死ぬまで、くたばるまで「毎日が日曜日」だ。(Opened BooK)
 
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by enzo_morinari | 2013-06-17 01:58 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback

ハルキゴンチチ・デイズ#5 日曜日のうた、光のうた

 
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雨上がりの日曜の世界が光匂い満ちてあるように。 E-M-M


正確に35年ぶりにリッチー・バイラークのピアノ・ソロ作品、『Hubris』を聴いた。1曲目、『Sunday Song』がしみた。とてもしみた。
『Hubris』を手に入れたのはキース・ジャレットをはじめとするECMレーベルの音源をすべて集めようとしているさなかだった。

生まれて間もない嬰児をかき抱くように『Hubris』を抱いて帰った。部屋に着くなり、アンプリファイアーに灯をいれ、DENON DL-103の針先をメンテナンスし、厳粛な儀式に臨むような気分で『Hubris』の汚れのない盤面に針を落とした。1曲目、Sunday Song. かすかなスクラッチ・ノイズのあとに、透明で悲しみさえたたえたピアノの音が聴こえはじめた。

一ヶ所、なんの前触れもなく転調するところでは心が軋み、揺れた。ミニマルとも思えるような主旋律が繰り返される。そのメロディは心の奥深くまで染みこんでくる。染みこみ、静かに、とても静かに揺らす。揺さぶる。揺りかごの中で揺れているようにも思える。母親の白く細い腕と手さえみえるようだ。なぜか涙があふれた。涙は次から次へ、はらはらといくらでも出た。

Sunday Song. 5分24秒の悲しみ。3度目の「5分24秒の悲しみ」が終わろうとするときに電話が鳴った。

「OとTが死んだ。コンテナに突っ込んだ。即死だ。本牧で。本牧埠頭で」

電話の主はうめくように言った。必死に涙をこらえているのがわかった。1978年6月16日金曜日の夕方、雨上がりだった。雨は前の週から1週間も降りつづいていた。

電話をきり、再び、『Sunday Song』、「5分24秒の悲しみ」に針を落とした。そして、繰り返し聴いた。『Sunday Song』が葬送の曲のように聴こえた。早すぎ、惨すぎる死を迎えた二人の友の底抜けの笑顔が浮かんでは消えた。

「いきなり転調しやがって。”革命的な死” ”英雄の死”ってのはこのことかよ。へたくそなポロネーズだ。愚か者めが」

何度目の『Sunday Song』だったか。部屋の中が急に光に満たされた。あたたかくやさしくやわらかな光だった。幾筋もの光の束がまわりで舞っていた。純白の睡蓮の花弁からこぼれでるおぼろげな光。その光の束はジヴェルニーからやってきた淡く儚くおぼろな光だった。

やがて光の束は窓を抜け、晴れ上がった世界のただ中へ帰っていった。それは死んだ友の葬列ともみえた。そして、『Sunday Song』を、『Hubris』を封印した。二人の友の思い出とともに。

35年が経った。もうそろそろ封印をとこう。彼らについて語るときがきたのだ。たとえそれが他者にはどうでもいいようなことであっても、私にはかけがえのない時間、世界、言葉を孕んでいるのだから。彼らを思い、彼らの笑顔を思い、彼らの言葉を思って語りはじめよう。そして、雨上がりの日曜には『Sunday Song』を繰り返し聴くことにしよう。雨上がりの日曜の世界が光匂い満ちてあるように。(Closed BooK)

Sunday Song - Richie Beirach
 
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by enzo_morinari | 2013-06-16 17:37 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback

ハルキゴンチチ・デイズ#4 Sex, Drugs and Rock'n'Roll

 
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Sex and drugs and rock and roll is all my brain and body need.
Sex and drugs and rock and roll are very good indeed.
I-D+C-J


『風の歌を聴け』の鼠は「セックスシーン」がなく、だれも死なない小説を書くことを試みる。だが、これは20世紀末世界においては欺瞞に満ちた行為だ。20世紀末世界においては、だれもかれもが手当り次第にセックスをし、ベトナムを中心とした「戦場」で多くの人が挽肉となって死に、アフリカとバングラデシュでは毎日何百何千という人々が、「文学」やら「ロンパリ・サルトル」やらによっては救いえないかたちで餓死していた。そのような状況の中で「セックスシーン」がなく、人間が死なない小説を書こうするのは、マフィアに「道徳」を説くのとおなじ程度に無意味で不毛だ。あるいは木っ端役人どもに善良さを求めるようにも。

20世紀末世界においては、年端もいかない小学生までもがナパームの慈雨を浴びながらピンクパンサー色のカブトムシとセックスをしていて、緑のおばさんはおぼつかない足取りで横断歩道を渡るニクソン・ベイビーの首を刎ねていたのである。もっとも、20世紀末世界においては世界は無意味と不毛とロックとドラッグで出来上がっていたから、鼠の試みはなにがしかの象徴的な意味を持っていたと言えないこともない。そして、悪いことには、21世紀初頭世界は「性」と「死」の意味はさらに混迷を深めている。

金持ちの友人が一人いた。彼の家は横浜の磯子にある、のちに山王台という高級住宅地となるエリアの地主だった。近くには磯子プリンスホテルがあって、ホテルの敷地は庭先のようなものだった。その友人こそが「森の漫才師サルー」だ。森の漫才師サルーはことあるごとに言ったものだ。

「途方もない額のカネや広大な土地やいったい0がいくつつくのかわからないような財産は人間を愚かにする。守りきれるわけがないのに守ろうと必死になるからだ。おれは金持ちが大嫌いだ。親も兄弟も親戚もみんな嫌いだ。自分自身もね」

そのときの森の漫才師サルーの眼からは怒りと憎しみの炎が吹き出していた。その炎に焼かれ、実際に何度か火傷したほどだ。火傷の跡はいまでも右腕の上腕二頭筋に残っている。

「でも、そのおかげでおれたちは七里ガ浜の別荘で1985年のひと夏をたのしめたんだ。愉快で痛快で爽快な『アール・クルー日和』をすごせたんだ。おまえが満足げに乗り回しているロールスロイスだって、おまえの家が金持ちだから手に入れることができたんじゃないか。おまえのそういう態度をこそ”欺瞞”て言うんだ」

森の漫才師サルーは反論できなかった。反論できるはずもない。森の漫才師サルーは金持ちであることによってあらゆる快楽と不思議と冒険を手に入れていたからだ。

小田実は『何でも見てやろう』の結論として、「カネがないことによって、本来、旅のさなかに経験できるはずのことが限定されてしまうくらいばかばかしいことはない」と言ったが、旅にかぎったことではない。この腐った世界はカネがなければ見ることも聴くことも食べることもできない。

口笛ひとつ吹くにもなにがしかのカネがいる。指パッチン1回につき500ドル徴収する街がアメリカ南部にはあるし、パリのフォーブル・サントノーレ通りにはウィンドウ・ショッピングしていると8フラン請求してくるブティックがある。バゲットが2本買える値段だ。まったくもってふざけた世界だ。

カネにからむ問題は間尺に合わないことだらけである。しかし、それがわれわれが生きている世界の実態でもある。さらにばかばかしいのは、それほど幅をきかせているカネが実は国家という暴力装置、夜郎自大が生み出し、押しつけているつまらぬ「幻想」にすぎないということだ。どんな高額紙幣であっても尻ひとつ満足に拭けやしないことを忘れるべきではない。大陸風に向ってたどりつけるのは苛酷酷寒のミル・プラトー、ゴビ砂漠にすぎない。ミル・プラトーとゴビ砂漠には拭く尻すらない。(Closed BooK)
 
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by enzo_morinari | 2013-06-15 19:39 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback

ハルキゴンチチ・デイズ#3

 
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世界はヤクルト大洋戦の消化試合のように退屈である。 E-M-M


『風の歌を聴け』の主人公の友人である鼠という人物の口ぐせは「はっきり言って」だ。そっくりそのまま真似してはつまらないので、少し手を加えて自分の口ぐせのひとつにした。「端的に言って」だ。

「端的に言って、きみのレーゾンデートルはとても臭い」
「端的に言って、ホットケーキのコーラがけは不誠実きわまりない食べものだ」
「端的に言って、人間は快楽と拡張と沈黙とハンバーガーのために生きている」
「端的に言って、動物園のミツユビナマケモノくらい勤勉で懸命で愉快な生き物はいない」
「端的に言って、マイルス・デイヴィスの沈黙はチャーリー・パーカーの饒舌の裏焼き、ネガなんだ」
「端的に言って、あんたの考え方は中世の荘園制度華やかなりし頃の枠組みから一歩も抜け出ていない」

こんな具合だ。この頃の口ぐせはほかにもたくさんある。いくつかあげてみる。

何?
倍音。
もう御免だ。
のんきな奴だ。
世界は不思議に満ちている。
紀元前にも臆病な人間はいた。
がまんなどしない。
世情は臆病な猫のようなもんだ。
界面活性剤を大脳辺縁系に塗れ。
中心に立つ者の分け前が一番多いのだ。
でれでれしてるんじゃねえ!
愚にもつかないことだ。
かつて卑怯だった者はいまも卑怯だ。
なんてこった!
夜が呼んでいる。
にやけてるんじゃねえ!
嘆きの壁に拳を叩き込め。
きのうのことは忘れるにかぎる。
のんびり行こうぜ、俺たちは。
ため息がでる。
めんどうくさいことはきらいだ。
息ができるうちは死んじゃいない。
とっとと帰れ!
のんきな野郎だ。
戦闘態勢に入った。
いつだって心の中は土砂降りだ。
にやけた野郎ばかりだな。
あっと驚くジャン・ポール・サルトルだ。
けったいな奴だ。
くその役にも立たない。
レーゾンデートルはこの拳が知っている。
てめえの命を差し出せ。
いいかげんにしろ! ガジン!
たのむから嘘だと言ってくれ。


口ぐせがあるのはとてもクールであるように思えた。口ぐせのあることがクールである時代がかつて確かに存在したのだ。しかし、そのクールさについて、「霜取り装置の壊れた冷蔵庫のようなクールさであってもクールであることにかわりはない」とまでは言わない。

「『霜取り装置の壊れた冷蔵庫』はただのポンコツ、ガラクタにすぎず、クソの役にも立たない。即刻、夢の島13号地に廃棄してしまわなければならない。世界はそんなふうにできあがっている」というのが吾輩の決して譲歩できない世界観だったからだ。

いまは多少なりとも譲歩できる。「霜取り装置の壊れた冷蔵庫」は市役所の戸籍係に電話して引き取ってもらうべきだ。もしも、このとき、市役所の戸籍係が「担当がちがう」といったようなぜんざい公社的言説で言い逃れをしたら、そいつはまちがいなく冥王星の税務署のまわし者だ。即刻、夢の島13号地に廃棄してしまわなければならない。放課後の音楽室のようなクールさで。(Closed BooK)
 
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by enzo_morinari | 2013-06-15 10:21 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback

ハルキゴンチチ・デイズ#2

 
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ハルキンボ・ムラカーミとゴンチチの日々は海の底でさまよいつづけるクラゲのような日々でもあった。


村上春樹は『風の歌を聴け』の初めのほうでとても印象的なことを書いた。ひとつめは、「完璧な文章などといったものは存在しない。 完璧な絶望が存在しないようにね。」という大学教授の言葉。

ふたつめは、すべてを数値化するということ。『風の歌を聴け』の主人公にならってすべてを数値化した。この試みは愉快だった。眼に映るもの、耳に聴こえるもの、口にするもの、指先で触れたもの、考えたこと。すべてを数字に置き換えた。そのおかげで、いつも神経が研ぎ澄まされていた。

数値化の試みは完璧だった。友人たちとガールフレンドが去ったことを除いては。彼らは吾輩の数値化の作業が不愉快だったのだ。非礼を詫びようと思って友人の一人に七里ガ浜駐車場の公衆電話から電話をしたが、「おまえの顔など二度と見たくないし、声も聴きたくない!」と言って一方的に電話を切られた。その直後、初めて「風の歌」を聴いた。風は「なにも考えるな。もう終わったことじゃないか」と歌っていた。吾輩は「Think of Nothing Things, Think of Wind. もうなにも思うまい。ただ風を思おう」と繰り返し口にした。七里ガ浜駐車場レフト・サイドには強くて熱い南風が吹いていた。それが、困難な問題や厄介事が起こると強い南風が吹きつける七里ガ浜駐車場レフト・サイド行くようになるきっかけだった。

吾輩は一度は『風の歌を聴け』を完璧に暗記した。『風の歌を聴け』を暗記すれば完璧に絶望し、完璧な文章が書けるようになると思ったからだ。

『風の歌を聴け』の暗記の試みは1979年11月23日の金曜日のスパゲティ・バジリコと車海老の団子とアボカドのサラダによるきわめて村上春樹的な晩ごはんを食べたあとに始めて、11月26日、雨の月曜日の朝に終わった。完璧だった。暗記は完璧だったが、村上春樹が書いたとおり、絶望も文章も完璧さとはほど遠かった。そのことを思い知らされて、吾輩は雨の東京の朝、蝙蝠傘を抱いて死んでしまいたかった。実際にはそうしなかったわけだが、もし、パリにいたら100パーセントの確率で死んでいたと思う。蝙蝠傘を落下傘がわりにしてエッフェル塔から飛び降りるのだ。

ホットケーキのコーラがけについては、村上春樹宛に厳重な抗議文を送った。「ホットケーキのコーラがけのおかげでガールフレンドを失った。ホットケーキのコーラがけくらい不誠実な食べものはない」とかなんとか。2週間後、村上春樹からとても丁寧な謝罪の手紙が来た。「DOG OF WAR」とプリントされたちくちくする黒いTシャツといっしょに。ホットケーキのコーラがけは不誠実きわまりなかったが、村上春樹は誠実で礼儀正しい人物だと思った。大江健三郎ほどではないにしても。この点については、この頃の村上春樹は評価していいと思う。短めの昼食くらいは。(Closed BooK)
 
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by enzo_morinari | 2013-06-15 05:35 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback

ハルキゴンチチ・デイズ#1

 
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ルイスウェイン・キャットは死んだ。ルイスウェイン・キャットは、今蘇る。かくして、言語は破壊されるのを待つ。 GA-JIN

ハルキンボ・ムラカーミが腐敗したマーケティングに身を委ねた以上、残された道は破壊するか破壊されるか、ふたつにひとつだ。 E-M-M


村上春樹の『風の歌を聴け』を読んだとき、二十歳だった。主人公と同い年だった。「スパゲティ・バジリコで世界を喰い破れるもんか!」と思った。

元町から本牧の麦田に抜ける古ぼけて薄暗いトンネルが唯一の「思考場」だった。「読書室」だった。揺りかごだった。馬車道の有隣堂ユーリンファボリ1Fのゲームセンターで「笑わない漫才師」の異名をえた。オリヂナルジョーズで吐くほどピザを喰った。山田ホームレスでレゲエ野郎に7回めしをおごった。長者町の怪しげなスナックにあるスリーフリッパーのスペースシップを17回蹴飛ばして杉浦組の若衆にすごまれた。大桟橋で数えきれないほどの貨物船を見送った。山下公園の水の守護神の噴水の縁に座って「紅い靴履いてた女の子」を3回歌った。真夜中、氷川丸の船室に7回忍び込んだ。氷川丸から数えて3番目の横浜港に面したベンチで寝袋なしで1週間ビバークした。ビバーク・ベンチ前方の柵から横浜港に7度飛び込んだ。2度は港湾局のクソまじめな木っ端役人にへなちょこ抗議を受けた。クリスマス直前の山下埠頭でギリシャ船の船員と出会った。アリストテレス・ソクラテス・キクラデスだ。今でもつきあいがある。哲学とセクソロジーのきわめて個人的な教師でもある。レッスン料はただの一度も払っていない。たまにメールで催促がくるが、知ったことか! クリスマス直後の世界を叩き割りたいくらいに寒い深夜の山下埠頭で流れ星を21個見た。セックスを124回し、65回射精した。124回のセックスのうち、27回の相手は中学のときの理科の先崎先生だ。先崎先生はこの春、78歳で死んだ。少しだけ涙が出た。早稲田鶴巻町の「SEASON」でチーズバーガーを377個食べ、「SEASON」で一番の人気者だったアッコちゃんを14回口説いた。悉く失敗に終わった。チャーリー・パーカーの『CONFIRMATION』を625回聴いた。ジョン・コルトレーンの『至上の愛』PART2を1257回聴いた。ソニー・ロリンズの『SAXOPHONE COLOSSUS』のリフを口笛で316回吹いた。ジャッキー・マクリーンの吹く『LEFT ALONE』を聴いて203回泣いた。グローヴァー・ワシントンJr.の『Paradise』をオーディオ・チェックのリファレンス盤用に3枚買った。スパゲティ・バジリコを174回作った。本を672册読んだ。刑事訴訟法と刑事訴訟規則をすべて暗記した。リキシャルームの左の頬に深い疵のあるバーテンダーに2度説教された。小港橋の欄干から42回小便をした。司法試験の短答と論文をクリアしたが、口のひん曲がった試験官に口述で泥船に乗せられた。シーメンズ・クラブのジミーがゲイであることを一発で見抜いた。シーメンズ・クラブのビリヤード台の4番に「鯨」と命名した。本牧埠頭D突堤で友人を二人同時に失った。二人はOOCLの青いコンテナに激突して死んだ。数少なく、信頼できる友人だった。

これが吾輩の1979年、すなわち、「二十歳の青春」「二十歳の墓標」「二十歳の原点」「二十歳のエチュード」の数値的なすべてだ。意味も価値もひとかけらだってない。髭が濃くなり、ピンボールとビリヤードがうまくなり、逃げ足が速くなり、ストリート・ファイト、肉体言語闘争が強くなり、元町ポピーのタイの目利きになり、本牧のリンディとアロハ・カフェとイタリアン・ガーデンの常連になり、酒の飲み方をおぼえたほかは、えたものなどなにもない。このとき、ゴンチチはすでに誕生していたが、遠い世界の出来事だった。ゴンチチの音を聴くまで、まだ5年待たなければならなかった。脇役であるとも知らずに。(Closed BooK)

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by enzo_morinari | 2013-06-14 22:14 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback