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BEATNIK DAYS#2 あるスカトリロジー

 
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【開幕】

 2013年冬。クリスマスを目前にした麻布十番商店街。タリーズ麻布十番店のテラスでスカトリロジーの幕は切って落とされた。強烈だった。

「なんかへん。キシキシする」とンー女は言った。
「どこが?」と私は尋ねた。
「お腹」とンー女は答えた。
「あんた、まさか ── 」
「まさかってなにがだよ?」
「ゴカイニン?」
「バーカ。もう1年やってねえよ」
「そうだっけ?」
「そうだっけって、おまえとなんか1回もやってねえだろうが!」
「へ? そうだっけ?」
「そうだよ! おまえの頭の中にはおがくずでも詰まってんのか?」
「養老孟司にはゴルジ体が詰まってるって言われた」

 ンー女はものすごい勢いで私をスルーした。いや、スルーを超えてヌルーだった。

「とにかくキシキシする」
「どうしたらいい?」
「とにかくちょっと歩こう」

 二人同時に立ち上がった瞬間、「ブリッ」とシズル感たっぷりの音がして、悪魔のスカトリルな臭いが襲いかかってきた。

「え?」と私は言葉にならない言葉を発してンー女を見た。「え?」とさらにもう一度。
 ンー女は顔面蒼白だった。ベルサーチのジーンズの裾からたらたらとブラウン・ソースが滴り落ちた。私は有栖川公園の樅の大木を目指して全力疾走した。ビング・クロスビーの歌う『ホワイト・クリスマス』が聴こえたが、ものすごく嘘くさかった。ンー女のブラウン・ソースはもっと臭かった。以来、ンー女とは会っていない。消息も知らない。知りたくもない。カレーが喰えない。


ンー女さんはこんな人です。この機会にマイミクシィになってみてはいかがですか?
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=5*2*7*2
*に任意の整数を代入のこと。「人格権」と「表現の自由」を比較衡量した結果、このような表記がふさわしいと思料した。「群論」の剰余代数を用いれば比較的容易に解は求めうる。順列組合せによれば、その該当ID数は(ry

*これはとりあえずフィクションです。
*これは『なんとなく、フィクショナル』です。
*一日もはやくカレーが食べられるようになりたいフィクションです。
*ジュンヤくんはCOCO壱番屋でスーパーバーイザーしていました。
 
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【幕間】キツい待合室、利己的遺伝子、証拠調べ、300日規定
 
 待たせることだけが新所沢待合室の使命ではない。その者たちが蝟集するキツい待合室に、私は人間の心の闇を観察、計測、解読するためにこそ足を運び、待つ。呼ばれることのない65刹那の連続する時間を1分間に45回転のペースですごす。妻の愛しきハムスターちゃんはスライム色の小鳥を飼っている。嫉妬ムラムラのシットぶりぶりである。
 そもそも、私が離婚裁判の法廷において代理人である三百代言野郎を通じてとはいえ、妻の狂気、誇大妄想、桃色トイチ金利、桃色の夢判断、青空の大いなるギックリ腰について証拠調べ並びに専門家の鑑定を求めたのは、彼女こそが利己的遺伝子の正統なる継承者であり、私こそがセルフィッシュ、虚数魚の化身であることを証明したかったからにほかならない。他意はない。鯛は茶漬けにかぎるし、腐ったら食えない。
 300日規定の縛りに彼女が歓喜の声をあげる様を想像しながら、私は妻がまだ私に恋するフランクフルト・ソーセージだった頃のプチ・プチスカトリロジーな出来事を反芻する。
 妻はセブン-イレブン一之橋店のトイレ前の段差に蹴つまずき、尻餅をつき、その衝撃でゴールデン・ウォーター1年分をお漏らししちゃったのだ。セブン-イレブン一之橋店は一瞬にして凍りつき、古川のドブ水の中に没していった。ざまあなかったが、異臭は街全体を、勿論、北里大学の生命工学研究室のフラクタル・タトゥーまでをも飲み込んだのには、ちょっとびっくりした。びっくりしたが、妻の艶々した尻をぺろりと舐めることは怠らなかった。それでも、我々は互いが他者ではないと、生涯をかけて確認しつづけることはできなかった。人生はかくも過酷である。

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【終幕】
 
「生きたようにしか死ねないのよ」とグリコ・プッチンプリン脳みそ女は言った。グリコ・プッチンプリン脳みそ女の言うとおりだった。人間の死にざまには生きざまが凝縮されるのだ。
「問題は国道138号線沿いのファミリー・マートの”いつもきれいにお使いいただきましてありがとうございます。”の誤謬まみれながらも確実な効果、そして、”いつもきれいにお使いいただきましてありがとうございます。”を目撃することなく脱糞したあんたの勇気がこれから先、いったい何処へ向かうのかということだ」
 私が言うと、グリコ・プッチンプリン脳みそ女は少しだけ顔を赤らめた。「それと、あれだ」と私はつづけた。「あんたは前回のセットで”シットむっちゃう!”と叫んだあと、ほんとにシットを漏らしたけれども、あれはいただけない。まったくいただけません!」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「”シットむっちゃう!”というのは大いに魅惑的なシニフィエだけれども、リアル・シットを受け入れるだけの度量は僕にはまだないよ。わかるね?」
「ンー」
「よし。いい子だ」
「ンー」
「あれ? あんたンー女?」
「ンー」
「やれやれ。とうとう運の尽きってわけか」
「ンー。まだ、ちょっとついてるみたい」
 タリーズ麻布十番店向かいのドラッグストアの色白ぽっちゃりサプリメント女はきょうも上機嫌だ。タリーズ麻布十番店テラス席右サイドの榛色のグレートデーンを連れたタトゥー女はきょうも不機嫌にiPhone 5Sをいじくりまわしながらイングヴェイ・マルムスティーンを聴いている。


 White Christmas - Bing Crosby
 
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by enzo_morinari | 2013-09-22 20:35 | BEATNIK DAYS | Trackback

McIntosh MC275と『Memories of You』とビートニク・ガール

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 29歳になる春、奇妙でビートのきいたとびきりの恋がはじまった。恋の相手はビートニク・ガール。2歳年上だった。「恐縮です」と言って現れたビートニク・ガールは、初登場以後、私の前から忽然と姿を消すまで常に私の死角に入り込もうとする油断のならない人物であった。油断はならないがビートニク・ガールは見た目も性格もシマリスに似た愛すべき人物でもあって、いかなる状況下にあっても無条件でデコピン8連発をやらせてくれるところがすごく好きだった。
「あたしはシマリスだけど、あんたはアライグマだね。ぼのぼのは誰にする?」
「ふたりで東京中を走りまわって探そうぜ」
「すてきね! すてきね! アライグマくん」
「シマリス! これでも喰らえ!」
 顔を輝かせ、全身を震わせるビートニク・ガールを押さえつけてヘッドロックをかけ、デコピン8連発を3セット喰らわせてやった。ビートニク・ガールは手足をばたばたさせてよろこんだ。白のパンダがやってくるのはまだ何年も先だった。
 初めて会った次の日、われわれは千駄ヶ谷のサイクル・ショップで16段変速のロード・レーサーを買った。ビートニク・ガールはチェレステ・ブルーのビアンキを選び、私はミッドナイト・ブルーのデ・ローザを選んだ。もちろん、コンポーネントはカンパニョロのレコードを組込んだ。このようにして、ビートニク・ガールと私のぼのぼのを探し求めて自転車で東京中を走り回る日々は幕をあけたわけだが、それはまた別の話だ。

 ジャック・ケルアックの『路上』が世界中をビートきかせて疾走しはじめた翌年、私は生まれた。ビートニク・ガールが生まれたのはまだ『路上』がフランシス・スコット・フィッツジェラルドの書斎の紫色の揺り籠の中で静かな寝息を立てていた頃だ。アレン・ギンズバーグの蒼白い手が16ビートで揺り籠を揺らしていた。すなわち、われわれは『路上』を挟んで誕生した反逆反骨の前衛サンドウィッチというわけだ。そのことについては、ビートニク・ガールとも意見の一致をみている。
 ふたりでひとつ。あるいは、ひとつでふたり。当然、われわれはBLTでおそい朝食をとるとき、かならずサンドウィッチを食べた。BLTでのおそい朝食のみならず、われわれはことあるごとに、それどころか、理由も動機もなく、やたらとサンドウィッチを食べた。おいしくて良心的で気のいいサンドウィッチばかりだったが、中には箸にも棒にもかからない性格の悪いサンドウィッチもいた。レタスの歯ごたえがまったくなくて、濡れたセロハン紙みたいだったり、ピクルスが酸っぱすぎて安物のビネガーの味しかしなかったり、肝心のパンが岩波文庫味だったりするやつらだ。そういうたちの悪いサンドウィッチはひと口食べたあと地べたに投げつけ、ふたりで手をつないで思いきりジャンプし、踏みつぶしてやった。そのときの性悪サンドウィッチどもの湿った悲鳴は天上の音楽に聴こえた。

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 私にはビートニク・ガールと出会う以前、はるか昔から、どうしても実現したいちっぽけな夢があった。「McIntosh」のロゴがプリントされた真空管(出力管KT88×4, ミニチュア管12AX7×3, 同12AT7×4)を実装した1961年第1世代オリジナルのMcIntosh MC275でベニー・グッドマンの『Memories of You』のモノーラル盤を聴くこと。それが、私の長年の夢だった。ベニー・グッドマンの『Memories of You』のモノーラル盤はすでにミント・コンディションのものを米国のオークションで入手済みだった。音響機器についてはKSL-2/Krell(プリ・アンプリファイアー)、TD-126/THORENS(ターン・テーブル)、そして、THE VOICE OF THE THEATER-A7/ALTEC(スピーカー・システム)が主役のMcIntosh MC275がやってくるのを待ちかまえていた。
 McIntosh MC275は75W/chの管球式パワー・アンプリファイアーだ。オリジナルの発売は1961年。私とほぼ同世代である。McIntosh MC275は力強さと温もりをあわせもった音質の素晴らしさもさることながら、とにかく美しかった。そのデザインは一見すると無骨そのものだがステンレス・スティール製の筐体は鏡のごとく完全無比に磨き上げられ、KT88をはじめとする11本の真空管が筐体表面に映り込むところに私は強く魅せられた。
 私がMcIntosh MC275の存在を知ったのは17歳、高校2年のときだ。当時の私がMcIntosh MC275を手に入れることは新人DFがリーガ・エスパニョーラの初めての試合でリアル・マドリッド相手にハットトリックを達成するよりも難しかった。その後も経済的に入手できる状況であってもタイミングが合わなかったり、タイミングがよくても財布の中身が空っぽだったりという具合に私とMcIntosh MC275は幸福な関係を築けなかった。

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 母親に連れていかれた横浜・伊勢佐木町の裏通りにある小さな映画館で観た『ベニー・グッドマン物語』が、私にとっては初めての映画だった。「JAZZ」という言葉さえ知らない頃である。スティーヴ・アレン演じるベニー・グッドマンが舞台上から恋人にクラリネットの演奏で求婚するシーンには心打たれた。そのときの曲が『Memories of You』だった。以来、愛の告白と『Memories of You』は私にとっては蝙蝠傘とミシン同様にわかちがたいものとなった。

 20年の月日が流れ、いくつもの春やら夏やら秋やら冬やらが去って私の恋と夢ははかなくも消えたが、それでもなお私には聴こえ、見える。私の胸をときめかさずにはおかないビートニク・ガールの少女のような笑い声と笑顔と遠く去ったMcIntosh MC275の甘くせつなく美しくあたかい音と出力管KT88の灯が映りこむ鏡面筐体が。私に残ったのはたった一度だけレコード針を落とされたベニー・グッドマンのビニルのレコードのみだ。それでも、後悔はなにひとつない。不条理やら無常やらを感じることもなくはないけれども、いくばくかの記憶をたぐり寄せ、反芻することでたいていのことどもはやりすごせる。夢は確実に粉々に砕け散るが、新しい夢を何度でもみればいい。サンドウィッチはいまでもよく食べる。だが、BLTには行かない。


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by enzo_morinari | 2012-09-26 03:25 | BEATNIK DAYS | Trackback