カテゴリ:JLS氏の無謀なる賭け( 3 )

ジョナサン・リヴィングストン・シーガル氏の無謀なる賭け#3

 
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痛みを飼いならすこと。死を手なずけること。それがレッスン1だ。E-M-M


「おれに逆らえばこうなる」

鮮血に染まった2羽のカモメが青い海に向かって落下してゆくのを表情ひとつ変えずに見つめながらジョナサン・リヴィングストン・シーガルは言った。

「そして、おれはこうやって自分を罰する」

言うが早いか、ジョナサン・リヴィングストン・シーガルは断崖の縁から海に向けて飛び降りた。


青く澄んだ海面から急上昇してきたジョナサン・リヴィングストン・シーガルは断崖を5メートルほど過ぎ、私の頭上を2度旋回してから降りてきた。旋回しているあいだ、ジョナサン・リヴィングストン・シーガルの鋭利に研ぎ澄まされた眼差しがずっと私に注がれていた。

青いカモメは着地する寸前に元の大柄で屈強な初老の男の姿に変わった。ジョナサン・リヴィングストン・シーガルはひゅるりと1回空を切ってから着地した。

「おぼえておけ。おれに逆らえばあいつらのようになる。そして、おれは自分自身を罰する。いいな?」
「はい」
「で、ここにたどり着くのにどれくらいかかったんだ?」
「3日」
「遅い。おれなら1時間だ」
「あんたと僕とじゃ経験がちがうよ」
「経験なんぞ糞の役にも立たない。せいぜいが図太く図々しくなるだけだ」
「臆病で世界に怯えていて、いつも震えてばかりいるよりはましだ。僕は強くなりたい。朝から晩までびくびくしているカナリアじゃなくて、死さえ恐れずに急降下して獲物をつかまえる隼のように」
「おまえが隼? 笑わせるな。おまえはカナリアの雛ですらない」
「あんただって最初は嘴の黄色いヒヨッコだろう?」
「おれは生まれたときから空の王者だ。鷲も鷹も隼も恐れない青いカモメだ」

ジョナサン・リヴィングストン・シーガルの眼差しが突き刺さってくる。痛い。本物の痛みだ。髪の毛の1本1本、血管の1本1本にまで痛みが走る。

「おまえのレッスン1は痛みを飼いならすことだ。肉体の痛みと精神の痛みの両方を飼いならすんだ。いいな?」
「わかった」

痛みはさらに強さを増した。痛みというよりも痺れに近い。小刻みな振動が全身を貫く。細胞のひとつひとつが震えているように感じる。ジョナサン・リヴィングストン・シーガルは苦しむ私の様子を満足げに眺めている。ひどい奴だ。本当にひどい奴だ。いつか強く鋭く速く青い隼になっておまえを八つ裂きにしてやる。
 
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by enzo_morinari | 2013-06-08 16:56 | JLS氏の無謀なる賭け | Trackback

ジョナサン・リヴィングストン・シーガル氏の無謀なる賭け#2

 
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光は光に集まり、闇は闇に集う。 AU-GUST


鏡をのぞく。疲れた初老の男の貌。無精髭。落ち窪んだ眼窩。肌に艶はない。くすんでいる。白眼は黄色みを帯びて濁っている。眼にはひとかけらの力もない。頭髪の半分は白い。

「なんてざまだ」

おもわず口をつく。鏡の中の男も同時におなじことを言った。

「生きた屍だな」

鏡の中の男が言った。同時に私もおなじことを言っていた。

「旅に出ろ」

また鏡の中の男の口が動いた。私もだ。

「旅に出ろ。まだ間に合う」
「どこへ?」
「どこへだけではない。”いつ、どこへ?”だ」
「いつ、どこへ?」
「40年前の海辺の街へだ」

40年前の海辺の街? いまから?

「そうだ。いますぐだ」

青い翼が私の意志とは関係なく動きだす。痛みはない。こわばった感覚もない。軽快でさえある。羽ばたきを試みる。二度。三度。四度。五度。動く。ちゃんと羽ばたいている。さらに羽ばたきに力をこめる。体がその時を待ちかねていたように浮き上がる。

「飛びあがれ! そして、翔びつづけるんだ!」

雲ひとつない5月の空を飛翔しながら、それまで私を縛りつけていた記憶や思い出や憎悪や怒りや悲しみが消えていくのがはっきりとわかった。飛翔する速度を上げれば上げただけ、「過去の消去」も加速した。

すべてを消去しおえたとき、海辺の街の切り立った断崖が見えた。私は旋回しながら、ゆっくりと降下していった。そして、断崖に降り立った。全身に力が漲っている。孤独で明晰な長距離走者のように、スミス少年のように研ぎ澄まされた15歳の私の眼に大柄な男の屈強そうな姿が飛び込んできた。ジョナサン・リヴィングストン・シーガルだった。ジョナサン・リヴィングストン・シーガルは断崖の縁に立ち、身じろぎもせずに紺碧の海をみつめていた。
 
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by enzo_morinari | 2013-06-05 12:16 | JLS氏の無謀なる賭け | Trackback

ジョナサン・リヴィングストン・シーガル氏の無謀なる賭け#1

 
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取り立てて生きる理由はないが、同様に死ぬ理由もない。苦労してまで捨てるほどの価値は人生にない。 J-R


15歳。歯を剥き出し、体中の毛を逆立て、自分自身さえをも傷つける愚かで凶暴で欲望にまみれた季節。

「こんなことではだめだ。あの孤独で明晰な長距離走者のように、スミス少年のように、もっと洗練されたやり方で世界に反旗を翻すんだ! おれはどんなに苦しくとも、自分ひとりの力で世界を駆け抜けてゆく長距離走者なんだ。疾走しろ! 疾走するんだ! ゴールの物干綱など引きちぎってやれ! なんなら、ガンソープもエイレシャムも引き連れて」

反逆の精神と反抗の才能を手に入れるためにアラン・シリトーを探す旅に出てから3日目、15歳の私は海辺の街の断崖でジョナサン・リヴィングストン・シーガルと出会った。1958年生まれ。55歳。ジョナサン・リヴィングストン・シーガルの眼は炯々として辺りを睥睨し、射抜くような眼差しは実際に2羽のカモメを射ころしてしまった。鮮血に染まったカモメの意志を失った骸はひらひらと舞うように青い海面に向かって落下していった。

「おれに逆らえばこうなる」

ジョナサン・リヴィングストン・シーガルは群青色の海をみつめながらつぶやいた。ぞっとした。次の瞬間、ジョナサン・リヴィングストン・シーガルは断崖から飛び出してしまった。

断崖の縁に駆け寄る。海面まであと50メートル。20メートル。ジョナサン・リヴィングストン・シーガルは流線型の青い弾丸に変わっている。目も覚めるような青さ。群青の海がくすむほどの青さ。青い海に向かって突き進む、世界のすべてを撃ち抜く青い弾丸。

落下速度はどんどん速くなっていく。当然だ。生身の人間が重力加速度の影響から逃れることはできない。万有引力の法則からも。

海面まで5メートル。2メートル。1メートルまで迫ったところで、ジョナサン・リヴィングストン・シーガルの大きな体が一瞬にしてコバルト・ブルーのカモメに変わった。青いカモメは眼を凝らさなければ海に溶けいってしまうように思われた。

ジョナサン・リヴィングストン・シーガルは海面すれすれで右の翼を大きくひねり、反転した。それがジョナサン・リヴィングストン・シーガルの危険きわまりない賭けを見た最初だ。
 
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by enzo_morinari | 2013-06-04 18:42 | JLS氏の無謀なる賭け | Trackback