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コトバドライヴ#1 村上春樹をめぐるハルキンボ・ムラカーミさんへの手紙

 
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ナイーヴな街のナイーヴな肉屋に売っているナイーヴなロースハムはロストボールのようなものだ。 E-M-M


気のいいアラスカ鱒の胸びれのような色をした『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を初版本で3册所有していることに慚愧忸怩憤憤のわたくしでございますが、そんなものはスティーブ・ガッドの32ビートを42分乃至は54回も浴びれば雲散霧消してしまうことにやっと気づきましたのです。

遥か遠い昔々の大昔、1980年。カストリ雑誌に毛の生えた「文學界」に載った『街と、その不確かな壁』を原型とする『世終、ハボ&ワラ』でありますが、吉本隆明大言師が「御苦労さん」の一言をもってバッサリサッパリしたことがなつかしく思いだされる夏の初めです。

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、新潮の「書き下ろし純文学作品」の中では出色、司修の画、ブックデザインともに群を抜くもののように思えるので、書棚デザイナーとしては是非とも加えておきたい一冊です。問題は「その後のハルキンボ・ムラカーミ氏」です。

ノルウェイの森? うーん。困ります。1Q84? さらに困ります。色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年? もっとも困ります。村上春樹のノーローン・アローン・アゲイン・ロンリー・クローン羊であるハルキンボ・ムラカーミさん。あなたのリアリティ、「切実さ」はいったいどこにあるんですか? 一体全体、いつまでゼニカネ亡者のメディアのお先棒担ぎよろしく、愚にもつかぬ中国行きのマーケティング・ボートに乗りつづける気ですか? 噴飯ものたることきわまりもありません。

『風の歌を聴け』ではT-Cを、『1973年のピンボール』ではO-Kさんの『万延元年のフットボール』を、そして、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』ではスキーター・デイヴィスとボブ・ディランを、それぞれ臆面もなく「いただきちゃん」したことには目を瞑りましょう。しかし! やみくろ氏を闇に葬り、羊博士と羊男と二組の双子の女の子たちと邪悪な闇どもが支配する雑木林でいまなお欅の木にぶら下がったまま揺れている直子さんとセックス・シーンと「死」を描かぬまま死んだ鼠さんたちの脳味噌をチューチュー吸い、蛸かいなしたあなたが、セルシオ乃至はレクサスの後部座席にふんぞり返っている姿は見たくありませんでした。「醜悪なる風景」でした。

住宅ローンを抱えたことのないハルキンボ・ムラカーミさん。少なくともあなたは1980年代の手入れの行き届いた「白いカローラ」を自ら運転するべきです。それが整合性というものです。たとえ「霜取り装置の壊れた冷蔵庫」のクールさが黒猫のヤマトにタンゴのリズムで蹴散らされたとしてもです。当代一のベストセラー作家となり、ノーベル小学校入学が内定し、億万長者、おセレブさんになり、佐々木マキさんのチープきわまりもないイラストが司修さんのモダンアートにかわり、最低クラスの中質紙がクレーム・ブリュレ色の上質紙にかわっても、それはおなじであるとわたくしは考えるものです。それがあなたが再三、さんざっぱら言いつづけてきたナイーヴさ、誠実さではないでしょうか?
 
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by enzo_morinari | 2013-06-28 12:07 | コトバドライヴ | Trackback