カテゴリ:Esprit d'Azur( 3 )

ハイデガーの愛人の絶望とCosina Voigtlander NOKTON 58mm f1.4的世界と彼女の寂寥

 
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 なにものも濡れねずみの孤独を癒すことはできない。E-M-M


 銀座4丁目交差点。ライトアップされた和光の時計台が9時の鐘を打つ。強い通り雨。三原橋脇の世紀末ホテルのペイヴメントが銀座の街のあかりを受けて艶かしく光る。
「ハンナ・アーレントがハイデガーの爺さんの愛人だったなんて。そんなこと、死ぬまで知りたくなかった。しかも、こんな夜ふけに」
 彼女は吐き捨てるように言い、青いレインコートの襟を立てた。そして、「世界の果てにある木樵小屋に閉じこめられているような気分よ。日毎夜毎、哲学者の手にいたぶられるひとりぼっちのねずみのほうがまだましだわ。なにもかもが Cosina Voigtlander NOKTON 58mm f1.4 で見ているみたいに青く煙っていく。" 時間性 "について考えるのはきょうかぎり、やめにする。濡れねずみの孤独を癒すことはだれにもできない」とつけ加えた。

 通りをゆくだれもがハネをあげながら早足に家路を急ぐ。あたたかな笑顔と良妻のクリームシチューの湯気が待つ家へ。事前にウェストかルノワールで打ち合わせでもしていたように店々のあかりが順番に無表情に素っ気なく消えてゆく。ドライケーキを踏みつぶしたようなシャッターの音がざらついた心を駆り立てる。通りをゆく人もネオンも街あかりも蒼い河を流れてゆく。二度と引き返せない蒼い河を。
 仕方ない。漕ぎ出そう。ゆっくりと。誰にも気づかれないように。音を立てないように。夜の中へ。夜はやさしい? いつだって夜は深く、残酷で、容赦ない。

 私は孤独なナイトウォーカー。雨の中のナイトウォーカー。みんなひとりぼっちのナイトウォーカー。
 
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by enzo_morinari | 2013-11-25 18:03 | Esprit d'Azur | Trackback

Esprit d'Azur#2 青い魔法を探しにフィラデルフィアにぶっ飛ぶ

 
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 七色のはずの虹子がコート・ダジュールの青さを吸い込みすぎたのとブルーマンデーは御免蒙りたいので、これからちょっくらフィラデルフィアまでぶっ飛んでくる。ついでにBLUE MAGICのメンバーの墓参りも。このちっぽけな事件、枝葉末節、出し物、墓参りの余興に『Sideshow』をカラオケで歌う予定だ。人生はなにごともファンキー&ファニーが肝心要の勧進帳である。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-14 13:40 | Esprit d'Azur | Trackback

Esprit d'Azur#1 コート・ダジュールの海辺における青いハコフグの秘密(1/2)

 
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海の青さと空の青さが飛行艇乗りの心を洗うのだ。PORCO ROSSO

空にはいく筋かの雲がたなびき、海にはバカンスのヨットの一群が浮かび、青と白とオレンジの街並みが空と海の間で輝きを放っている。虹子は波打ち際にしゃがみ込んで、かれこれ2時間も波と戯れている。世界にただ一頭のミニチュア・セントバーナードのポルコロッソはそのうしろで蟹とドッグファイト中だ。

やめておけ。おまえがかなう相手ではない。相手は生まれてこのかた、ずっとコート・ダジュールの青さに洗われてきたキング・アズール・クラブだ。おまえのなまくらなパンチや米粒のような牙なんぞ、屁とも思っちゃいない。キング・アズール・クラブが振りかざす大鉈、マサカリをよく見てみろ。まさに誇り高き勇者のものだ。微塵の迷いもない。いつ死んでもよしと腹をくくった者のみが持つことのできる「勇者の剣」だ。

だが、あきらめるな。勝てなくても、「まいった」を言わないかぎり負けではない。そのうち、風向きが変わり、運がよくなって、運命の扉が音を立てて開くときが必ずやってくる。そのときまで待てるかどうか、孤独を友とし、痛みを飼いならし、厳粛な綱渡りをつづけられるかどうかが本物かただのカスかの別れ道だ。

わが一番弟子のポルコロッソよ。炎の中心に立て。立ちつづけろ。どれほど熱かろうと炎から顔を背けるな。眼をそらすな。決して尻込みするんじゃない。重要なのはガッツだ。確信だ。何者にも恃まず、何者にも頼らず、何者にも与しない孤高と誇りだ。さらには、本物の一流になろうという持続する志だ。インチキまやかしA()C上っ面おべんちゃらきれいごとおためごかしには眼もくれるな。

吾輩のエールが届いたのか、ポルコロッソはキング・アズール・クラブにさらに詰めより、睨みつけている。

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吾輩はと言えばもうすっかり気分は休暇中の紅の豚である。酒をしこたま飲み、うまいものをたらふく喰う。もちろん、夏服に着替えた女どもの腰つきと足首の切れ味を採点することも忘れない。

酒を飲み、いきのいい魚を食べ、コート・ダジュールの海を眺め、空を見上げ、虹子を見守り、ポルコロッソにエールを送り、女どもを採点する。いい休暇だ。あとはこの七つを繰り返せばいいだけである。物事の本質はたゆまぬ反復と継続の中からのみ発見しうる。

「ねえ、ねえ。コート・ダジュールの海にはハコフグさんはいないんですか?」

虹子が吾輩をふりかえってたずねた。ブルーのコットンリネンのワンピースの裾が波に洗われてたっぷりと濡れている。砂粒もこびりついている。

「虹子ちゃん、残念ながらコート・ダジュールの海にハコフグはいないんだよ。本当に残念だけど」
虹子の眼から青みがかった大粒の涙がひと粒こぼれた。
「泣く? そこは泣くところではないだろうよ、虹子ちゃん。わが愛しきワイルド・アイリッシュ・ローズよ、泣いてはいけないよ。わらとけわらとけ。どうしても泣きたいときは乳首の席替えに夢中でIPPONN GRANDPRIXどころではないホリケンと1994年モナコ・グランプリのセナの激走を思いだしてわらとくんだ」
「だってだって」
「だってもあさってもないんだよ、虹子ちゃん」

吾輩が言うと虹子の表情がそれまでとは打って変わって引き締まった。そして、彼女がこどものころからずっと胸に秘めていた「青いハコフグの秘密」を語りはじめた。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-31 17:31 | Esprit d'Azur | Trackback