カテゴリ:ジュークの春( 8 )

ジュークの春#8 『George’s』のジュークボックスの103番のボタン

 
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朝起きて窓をあけ、小鳥のさえずりが聴こえるとミニー・リパートンのことを思いだす時期が2度あった。1度目は『LOVIN' YOU』がヒットした1974年。肉体言語闘争、ストリート・ファイトに明け暮れていた。荒くれ者のくせに妙にナイーヴなガキだったといまにして思う。

2度目はミニー・リパートンが乳癌を患って死んだ1979年の夏から冬にかけて。あれはこたえた。スキーター・デイヴィスの死を知ったときも腹にきたが、すぐに立ち直った。だが、ミニー・リパートンが31歳で死んだことを知ったときの衝撃は強く、深く、長引いた。

夏と秋と冬。みっつの季節をやりすごさねばならぬほどミニー・リパートンの死はこたえた。当時は嵐のような裏切りと諍いとによって、きわめて不安定な日々を送っていたことが影響しているのだろうが、それらの「諸般の事情」を差し引いても、吾輩が彼女の死を重く深く受けとめていたのはまちがいない。

では、いまはもう大丈夫なのかといえば、それはいくつもの山やら谷やら砂漠やら沼地やら湿地帯やら悪い風向きの風やら数えきれないほどの季節やらをくぐりぬけてきたことによる「経験」と「知恵」によって、おのが精神を制御しているにすぎない。酒など飲み、なにがしかのきっかけがあれば、いつでも当時とかわらぬ激情のごときものがよみがえるにちがいない。いまのところはないというだけの話だ。

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あの19歳の春。けっきょく、『George’s』には朝の5時、閉店までいた。9時間もいた勘定だ。

あの春の夜、吾輩は『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを合計27回押した。103番のボタンを押すとかならずミニー・リパートンの『LOVIN' YOU』がかかるのだ。ミニー・リパートンの『LOVIN' YOU』を27回聴くあいだに、吾輩はたったひとつのことを考えていた。

しょせん、みんなここの囚人なんだ。好きなときにチェック・アウトできるが、決して立ち去ることはできない。

「ミニー・リパートンはハーフ・フルな人生を生きた。彼女のグラスは、半分からっぽ(ハーフ・エンプティー)ではなく、いつも半分いっぱい(ハーフ・フル)だった」と言った人物がいた。

ハーフ・フル、半分いっぱい。とてもよく彼女を言い表している言葉だ。彼女のグラスが「いつも半分いっぱい」だったのは誰かのためにいつも半分をシェアしていたからでもあろうか。

溶けだしたアイスクリームが手を汚してもミニー・リパートンは満面の笑みを浮かべている。『LOVIN' YOU』のドーナツ盤の写真を見ると、せつなくなるけれども、元気にもなる。性的なもの(「性的なもの」だあ!? はっきり「チンコとザーメン」と言いやがれ! 腐れ湯川ばばあ!)を連想させると物議をかもしたことが馬鹿馬鹿しくも、なつかしく思いだされる。

きょうまでに六本木にあるSOUL BAR、『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを424回押した。424回目の103番のボタンを押し、何千回目かの『LOVIN' YOU』を聴いてから、吾輩は『George’s』を卒業した。以来、『George’s』には行っていない。

ミニー リパートンは1947年生まれだから、生きていれば還暦をとうに過ぎて66歳か。それを思うとちょっとだけうれしくもなる。だが、やはり、吾輩もそろそろ引退の潮時だな。

引退前に『George’s』でマーヴィン・ゲイとオーティス・レディングとミニー・リパートンを肴に、いまやおっさん街道まっしぐらのストリート・ファイター時代の悪ガキ仲間どもと与太話でもするか。ついでに青っ洟たらした行儀の悪い小僧っこ相手にストリート・ファイト、肉体言語闘争も。たまになら、同窓会もストリート・ファイトも肉体言語闘争も悪くはあるまい。

あの19歳の春は神話世界の出来事のようにさえ思える。なにもかもが遠くかすみ、深い沈黙の闇に沈んで、もはやなにも語ろうとはしない。あの19歳の春の物語に登場する人々のほとんどは鬼籍に名を連ね、その面影は日々うすれゆく。そのことを押しとどめられる者は世界中のどこを探してもいない。

それにしても、「ジュークの春」は遠くなったものだ。指先には27回押した『George’s』のジュークボックスの103番のボタンの感触がかすかに残っている。その感触の正体を確かめたくて指先をみるけれども、痕跡らしきものはなにも残っていない。当然だ。きょうまでの数えきれないほどの春やら夏やら秋やら冬やらの季節が吾輩を通りすぎてゆくあいだになにもかもがすり減り、変わり、失われたのだ。あの19歳の春の日々も。『George’s』の急階段も『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを27回押した感触も痕跡も思いも。「ジュークの春」はミニー・リパートンの5オクターヴ半の天使のささやきほども高く、遠く、そしてちょっとだけせつなくかなしくなつかしい ── 。

緑とオレンジのストライプの布団。
水曜の午後の10分足らずの入浴。
親指と人差し指と中指の3本でつまむ熱いアルマイトの食器。

「便水出し止め願います」
「便水出しっぱなし願います」
「朝パン、昼自弁、夜官弁」

ラララララ ラララララ ドゥドゥドゥムドゥ マイヤマイヤマイヤマイヤ…

We will live each day in the springtime.
Cause lovin' you has made my life so beautiful…



忘れかけていた19歳の鉄格子の中の春と青春とアオハルと『George’s』のジュークボックスの103番のボタンのことがせつなくもおぼろによみがえる春の宵である。

Lovin' You - Minnie Riperton

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by enzo_morinari | 2013-05-25 02:34 | ジュークの春 | Trackback

ジュークの春#7 鳴神上人の登場

 
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 吾輩の窮地を救ってくれたのは團藤先生だった。国選弁護人を通じて吾輩の「緊急事態」を知った團藤先生が身柄引き受けのために駆けつけたのだ。
 團藤先生の登場は刑事どもを震え上がらせた。警察署長までもがお出ましになり、コメツキバッタよろしく32ビートで團藤先生に頭を下げつづけた。当然だ。相手は日本刑法学の大家、團藤重光なのだから。彼らが日頃、揉み手擦り手ですり寄っているキャリアの警察官僚や検察官たちが神、仏とも崇める存在。中には実際に團藤重光の弟子もいる。
 ザマミロ。
 吾輩は小声でつぶやいた。團藤先生のうす桃色の大きな耳がぴくりと動いた。途端に普段はホトケさまもかくやとでも言うべき温和な團藤先生の顔が一天にわかにかき曇り、阿修羅、鬼の形相となった。そして、誰憚ることなく大音声を発した。吾輩はそのとき、團藤重光に歌舞伎十八番のひとつ、『雷神不動北山桜』の四幕目『鳴神』、「雷神不動北山桜北山岩屋の場」に登場する鳴神上人をはっきりと見た。
 このたわけ者が!
 吾輩が知るかぎり、生涯にただ一度の團藤重光の大激怒、大憤怒、大雷鳴だった。見れば、團藤先生の眼に涙がいっぱい溜っている。以後、吾輩はやんちゃをしなくなった。「團藤先生を悲しませてはならない」と心に決めたからだ。ただし、半年だけ。半年後には元の木阿弥。悪童、悪党、悪漢ぶりはさらに輪をかけて悪事悪辣に邁進することとなる。以来、30年余。受けた御恩の百万分の一も返せぬうちに團藤先生は死んでしまった。大往生だったが千年も万年も生きていていただきたい人だった。團藤先生のような人物はもう二度と現れまい。

 刑事訴訟法が愛読書の筆頭だった。 
 法を学んでゆく過程では刑事訴訟法がもっとも性に合った。犯罪の端緒から判決に向けて一気に突き進む刑事訴訟法の単純明快さがよかった。手加減なし。容赦なし。刑事訴訟法には感情やら情念やらという厄介で面倒な要素が入り込む余地は一切ない。それが吾輩の性分にも合っていた。三島由紀夫がなにかのエッセイで同じことを書いていたこともあって、吾輩は刑事訴訟法を学ぶことに夢中になった。
 刑事訴訟法は条文を丸暗記した。主要な判例も押さえた。当時は「愛読書」を尋ねられると間髪置かずに「日本国刑事訴訟法」と答えたものだ。肝心の刑法は条文にカタカナが混じっている上に文語体でとっつきにくく、慣れるまでは常に違和感がつきまとった。團藤重光、我妻栄、平野龍一らが名を連ねる刑事法、民事法の学者に比べ、憲法は役者不足の感が否めなかった。宮沢俊義とその弟子の芦部信喜が我が代の春を謳歌する憲法は法律を学ぶというよりも哲学、思想を学ぶ感覚に近かった。頭のスウィッチを切り替えることが必要だった。
 憲法は刑法同様に条文が少ない。前文と11章全103条からなる。憲法は前文から各条文にいたるまでお粗末きわまりない文章と文体で、いかようにも解釈できる曖昧さに腹が立ちどおしであり、突っ込みどころ満載だった。「ノルム・ダー・ノルメン」「法の中の法」「国家の最高法規」がこんなことでいいのかと思った。
 端的に言うならば、法が国家を形づくっている。法は国家そのものであるとさえ言える。木っ端役人どもが法の立案・策定に躍起になるのは、いかに欺瞞と悪徳に彩られた「仕組み」であっても、法による裏付けさえあれば天下御免と押し通すことができるからだ。「天下り」も「税金の無駄遣い」も「公務員の身分保障」も「独立行政法人」も、法に抵触せず、法によって担保されることでまかり通っているのだと言える。木っ端役人どもにとってのメリット、甘い汁を吸うための仕組み作りは、それに合わせるかたちでいかようにも都合よく立法すればいいだけの話であると木っ端役人どもは考えている。ソクラテスが「悪法もまた法なり」と言ったのは、周辺諸国との紛争をかかえながらギリシャ国家が存立を継続維持していくためには「法による支配」を不磨の定律として受け入れる必要があったからだ。そのことを受け入れない者はギリシャ市民たる資格さえないと考えたのだ。
「国会」が国権の最高機関であるとされるのは、国会が国家を形づくる「法」を生む機関だからだ。法なくして国家なく、国家であるためにはかならず法がなければならない。さらに言うならば、三権、すなわち、「立法」「司法」「行政」が分立し、各権力機関が互いに公正に抑制し合っていることが必要となる。この状態が「三権分立」である。近代以降の国家は「三権分立」の体裁が整っていることが絶対条件であり、もしも、これに瑕疵がある国家は近代国家としての条件を満たしていないと言わざるをえない。日本はどうか? まったく十分ではないと言うのが吾輩の考えだ。立法府である国会の国会議員たちは行政府の官僚どもの操り人形にすぎず、官僚はお手盛りで法を立案・策定し、その法に則って法を執行している。「霞が関文学」によって誕生する各法、政令、条令、規則その他はすべて官僚、木っ端役人に都合のいいように作られていると考えてよい。司法もおなじようなものだ。つまり、日本においては「三権分立」とは名ばかりで、実際には官僚による全体主義、「官僚ファシズム」が日本の姿であるというのが吾輩の考えである。

 吾輩は釈放後、警察署前からタクシーを飛ばして六本木に向った。FRIDAY'Sで一番でかいハンバーガーを5個いっきに平らげ、ピッチャーサイズのビールを3杯飲んだ。そのあと、Hard Rock CAFEに行き、しばし、ロックした。イーグルスの『HOTEL CALIFORNIA』が繰り返しかかった。
 吾輩の耳元で見知らぬハンバーガー野郎がしきりにつぶやきつづけていた。

 しょせん、みんなここの囚人なんだ。好きなときにチェック・アウトできるが、決して立ち去ることはできない。

 吾輩はうんざりしてHard Rock CAFEを出た。ふやけた道筋の外苑東通りをふやけたツラをさらしたやつらがふやけた足取りで歩いていた。SOUL BARの『George’s』の扉を押したのはオープン直後だった。
 ハンバーガー野郎はしつこく、しかも律儀に吾輩のあとを尾いてきていた。そして、吾輩が考えるとおりのことを言葉にして吾輩の耳元で囁いた。我慢の限界だった。
「おい、ハンバーガー野郎! とっとと失せやがれよ! おまえのバンズのにおいもピクルスのにおいも安物の牛肉のにおいももううんざりなんだよ!」
 吾輩が怒鳴ると、ハンバーガー野郎は瞬時にフィレオフィッシュ爺さんに姿を変え、『George’s』の厨房を抜けて出ていった。その後姿はすこしさびしそうだったが、どうせすぐに元のハンバーガー野郎に戻ってHard Rock CAFEかFRIDAY'Sでふやけた奴の耳元で歯の浮くような御託を並べるにちがいない。世界はそんなふうにできているんだ。望むと望むざるとにかかわらず。まったく馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-24 22:36 | ジュークの春 | Trackback

ジュークの春#6 「取調室」という名の戦場。そして、捜査の神様・平塚八兵衛の登場

 
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 取り調べを担当する捜査官(以下、「取調官」という)は被疑者と「良好な人間関係」を構築することをまず考える。たとえ相手が凶悪非情な殺人犯であろうと冷酷な爆弾魔、テロリストであろうと贓物牙保罪に手を染めた東大出の知能犯であろうと下着泥棒であろうとコソ泥であろうとおなじである。
 取調室は人間関係の戦場である。被疑者に対して取調官が「カツ丼喰わせてやろう」と言うのは利益誘導に抵触するので実際の取り調べの現場で行われることはほとんどない。しかし、被疑者との人間関係を構築してはじめて被疑者から有意な供述を引き出し、証拠能力の高い調書を作ることが可能となる。その意味では優秀な取調官とは被疑者と良好な人間関係を構築する名人であるとも言いうる。件の「カツ丼の話」は腹をへらした被疑者(容疑者/犯人)にカツ丼をおごってやる取調官(刑事)の温情を象徴しつつも、被疑者vs取調官という対立図式ではない人間関係を象徴しているのでもあろう。もちろん、「人を見て法を説け」のブッダの譬えどおり、箸にも棒にもかからないような下衆外道、カスの中のカスには筋肉ダルマゴリラのような強面が効果を発揮する。獣には獣ということだ。

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 真打でやってきたのは平塚八兵衛だった。三億円事件の主任様がおでましとは一体全体どういう風の吹きまわしだ? 吾輩が三億円事件の重要参考人ってか? 三億円事件が発生したときは吾輩はまだ小学生だぜ。事件の公訴時効が迫って天下の警視庁がとち狂ったか?
「捜査の神様のおでましとは驚きだな」
「あんちゃん、あんちゃん。あんちゃんはなにひとつ山を踏んでねえんだろ?」
「えっ!?」
 平塚八兵衛の第一声は吾輩を驚かせるに十分だった。さすが、「捜査の神様」だけのことはある。平塚八兵衛はいままでのデコスケとは眼がちがう。格がちがう。数々の難事件、修羅場をくぐりぬけてきただけのことはあると吾輩は思った。吉展ちゃん事件の下手人、下衆外道したたかな小原保が落ちるのも当然だ。
「あんちゃんにはよお、犯罪のにおいがしねんだよ。犯罪者ってのはな、もっと昏い眼をしてんだ。昏い眼をな。オイタはこのへんにしとけ。な? それがいい」
 有無を言わせぬ迫力だった。「でな、あんちゃんの先生が迎えにきてるぞ。團藤先生が」
「えええええっ!」
「ガラはすぐに釈放だ。あとは帰ってから團藤先生にたっぷり絞られるんだな。ひゃひゃっひゃ!」
 それだけ言うと、平塚八兵衛は取調室をさっさと出ていった。耳の奥で平塚八兵衛の突き抜けた笑い声がいつまでも響いていた。世界にはどう足掻いても太刀打ちできない人間がいることを知った瞬間だった。あのとき、平塚八兵衛が吾輩のところに来たのは偶然だろう。三億円事件の捜査にかかわることで所轄に出向いてきたのかもしれぬ。署長あるいは課長に「厄介な若造がいる」とでも言われて様子をうかがいにきたのにちがいない。
 めぐり合わせのかたちはどうあれ、伝説の人物と直接会うことができたのは僥倖だった。いまでも、ときどき平塚八兵衛の「地獄を見つづけた眼」がふとしたときによみがえり、ふやけ、ゆるんだ魂に鞭をくれる。ありがたいことだ。

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by enzo_morinari | 2013-05-24 15:40 | ジュークの春 | Trackback

ジュークの春#5 筋肉ダルマゴリラ現る。

 
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落としのヤスさんにつづいてやってきたのは年の頃40代半ば、猪首で脳味噌が筋肉でできていそうなダルマゴリラだった。右耳がつぶれて新華楼のギョーザのようになっている。おそらく、一番強面の奴を送り込んできたんだろう。愚かな奴らだ。

「おう。あんちゃん。うちのデカ長をずいぶんいじめてくれたそうじゃねえか。え? どうなんだ?」

吾輩はしばらく筋肉ダルマゴリラを観察分析することにした。筋肉ダルマゴリラの弱みを把握するためだ。

筋肉ダルマゴリラはドブネズミ色の机をその分厚くてうすらでかい手でガンガン叩いた。筋肉ダルマゴリラが机を叩いている間、吾輩は世界をシャットアウトし、ヴェルディ・ミドリカワ・マコの『ジャン=ピエール・ウィミーユとピエール・ヴェイロンのためのル・グルマン24のソネット』とフランツ・ヨーゼフ・ハイドンの『弦楽四重奏曲第41番 ト長調 Vivace Assai』を交互に大脳辺縁系ならびに大脳新皮質で奏でていた。射精寸前の快感が全身に広がった。

2度目の『ジャン=ピエール・ウィミーユとピエール・ヴェイロンのためのル・グルマン24のソネット』第3楽章が終わったところで世界を再び元に戻した。筋肉ダルマゴリラのダミ声が耳に入ってきた。

「ダンマリかよ、あんちゃん。時間はたっぷりあるんだ。じっくりいこうじゃねえかよ。え?」

吾輩は『ジャン=ピエール・ウィミーユとピエール・ヴェイロンのためのル・グルマン24のソネット』と『弦楽四重奏曲第41番 ト長調 Vivace Assai』を交互に大脳辺縁系ならびに大脳新皮質で奏でながら考えていた筋肉ダルマゴリラに言うセリフを一気にまくし立てた。

「おう。ゴリさんよお。ずいぶんと御大層にワルぶってすごんでるけどよ、あんた不良経験あんのか? あん? どうなんだよ。無免もチャンサイもやったことねえんだろ? 殴り合いのケンカしたこともねえんだろ? おう? どうなんだよ」

筋肉ダルマゴリラが息を飲むのを吾輩は見逃さなかった。「イジメられっ子が柔道にでも精を出してクソ田舎の県大会で優勝したか? いや、一番ってつらじゃねえな。ぎりぎり6位入賞ってとこがせいぜいだろうぜ。得意の組み手は右の奥襟か? 機動隊じゃあ鉄砲玉だったんだろ? 全学連の小僧っ子どもに鉄パイプだかゲバ棒だかでぶっ叩かれて何回気を失ったんだ?」

筋肉ダルマゴリラは口をもごもごさせた。ここは一気にたたみかけるところだ。

「ようよう。どうしたんだよ。図星で驚いたのか? え? なんとか言いやがれってのよ。脳味噌も筋肉でできてんのか? 憲法読んだことあるか? 刑法は? 刑事訴訟法は? 刑事訴訟規則は? 少年法は? 世界人権宣言は? マグナ・カルタは? 御成敗式目漢字で書けるか? 武家諸法度は? ジャン=ジャック・ルソーの『孤独な散歩者の夢想』を読んだことあるか? なんとか言えよ、能無し!」

筋肉ダルマゴリラはぶるぶると震えだした。顔面蒼白。歯を食いしばっている。歯軋りしている。目に涙を浮かべている。白目充血。鼻腔が大きく膨らんでいる。地団駄を踏んでいる。グロッキー状態。あともうすこしでTKOだ。いや、完全なK.O.だ。

「昇進試験は何回落ちたんだ? まだ警部補になれねえのかよ。うすのろの税金泥棒野郎! 穀潰しのうすらばかめが!」

筋肉ダルマゴリラは完全に戦意喪失していた。

「口惜しいかよ、うすらばかうすのろまぬけの筋肉ダルマゴリラさんよ。どうしたんだよ。袈裟固めでもかけてみるか? 得意なのは寝技だけだろう? あるいは馬鹿のひとつ覚えの一本背負いか? 内股か? なんとか言いやがれよ! このポンコツボンクラヘッポコスカタン!」

筋肉ダルマゴリラがどんどん小さくなっていく。縮んでいく。いいぞ。そのまま跡形もなくなっちまえ。

「特別公務員暴行凌虐罪知ってるか? 知らなきゃ教えてやるよ。刑法第195条だ。7年以下の懲役または禁錮だぞ。馬鹿女房が泣くな。くそガキは学校でイジメられるだろうな! おまえが刑務所に入っているあいだに、おまえの馬鹿女房はどんな野郎と乳繰り合うんだろうな。何人の男のチンポをしゃぶるんだろうな? いまここで椅子から転げ落ちて頭かち割ってやろうか? それとも机に顔面打ちつけるか? そんでおまえにやられたって裁判官に泣きついてやるよ。民事の損害賠償請求もたっぷりしてやるからな。これから先、訴訟の嵐が待ってるぞ。身ぐるみ剥いでけつのケバまで1本残らず抜いてやるからよ。腹くくっとけよ」

吾輩はさらにつづける。

「定年まであと何年だ? 定年後はガードマンか? 薄暗い倉庫で守衛か?」
「もう勘弁してくれよ」
「勘弁しねえよ。てめえが発狂するまでつづけてやる」

筋肉ダルマゴリラは半べそだ。いや。もう滂沱の涙を流している。ざまあない。吾輩は天下御免のNBFMS, ナチュラル・ボーン・ファンキモンキー・サディストだ。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-24 06:41 | ジュークの春 | Trackback

ジュークの春#4 「黙秘します。」

 
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 吾輩は結局、「公務執行妨害」と「銃刀法違反」で緊急逮捕された。銃刀法違反? そうだ。当時の唯一無二の論友であったガジンと「刺しっこ遊び」をするために刃渡り42cmのダガーナイフを持っていたのだ。もちろん、刃渡りが42cmある刃物を所持して街中を歩いていれば当然に銃刀法に抵触する。しかし、逮捕前に、デコスケは裁判官の発した「捜索差押令状(いわゆる「ガサ状」)」のたぐいなしに勝手に吾輩のバッグをあけ、中身をひっかきまわしたのであるから、明らかな「違法」を犯したことになる。違法行為によってえた「証拠」に証拠能力はない。そもそも、違法行為によってえたものは「証拠」ですらない。違法行為によってえたブツを唯一の拠り所とすれば公判維持さえ危うくなる。「違法収集証拠」「毒樹の果実」だからだ。先の厚生労働省を舞台とした贈収賄事案における前田謀なる現職検事らによる「証拠物の偽造改変」は論外である。毒の樹になった実はたとえ無毒無害で美味であったとしても証拠として採用することはできない。刑事訴訟法その他の法令条令等に基づく適正な手続きにしたがってすべての捜査は行われ、証拠は収集されなければならないというのが近代刑事司法の原則なのだ。このことは最高法規たる日本国憲法にもはっきりと規定されている。「令状主義」だ。令状主義の大眼目は捜査機関が捜査の名の下に諸権限を悪用濫用し、不当に人権を侵害することを予防するところにこそある。戦前の大悪法、「治安維持法」がもたらした悪行、悲劇への反省から誕生したと考えてよい。大日本帝国憲法はその第25条において「令状主義」を謳ってはいたが、有名無実、死文であった。実体法、手続法による担保がなされていないからだ。日本においては日本国憲法が令状主義とその例外の大枠を定めている。これらの憲法の規定を受けて刑事訴訟法は令状に基づいて捜査機関が行う捜索・差押等(同法218条)及び逮捕の場合における令状によらない捜索・差押等(同法220条)の手続を定めている。刑事訴訟法第220条に基づく「逮捕の場合における令状によらない捜索・差押等」については憲法違反の疑いがあるとの有力説が多数あり、突っ込みどころは満載だ。参考までに日本国憲法第35条を記す。(ハルキンボなんぞ読んでいるヒマがあったら、そして、吾輩の与太話などにつきあう余裕があるなら、「日本国憲法」を前文から全条文を読み、記憶することを強くすすめる。ひどい「悪文」だが、その思想、哲学には評価すべき点が多々ある。しかも、突っ込みどころは満載である)


 日本国憲法 第35条 第1項
 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

 日本国憲法 第35条 第2項
 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。


 そのころ、吾輩の下宿先がある文京区本郷周辺では3件の強盗強姦殺人事件が連続して起きていた。未解決。複数の目撃情報から「大柄な若い男」が捜査線上に浮上。大柄な若い男? おれじゃないか。取調べのときに犯行をほのめかすようなことをしゃべればボンクラ刑事どもは手柄を立てようと躍起になり、まちがいなく食らいついてくるはずだ。「冤罪に持ち込むという手もあるな。そうなれば、一躍、時の人だ」と吾輩は考えた。
 天涯孤独な貧しく若い男。強盗強姦殺人という凶悪な犯罪を犯すにはうってつけのキャラクターだ。吾輩は留置場の小さな鉄格子からのぞく満開の桜の樹を眺めながら「筋書き」を考えた。
 連続強盗強姦殺人。最高裁判所によって「永山基準」が示される何年も前だったが、まちがいなく死刑判決が下される事案だ。死刑と無罪(もしくは公訴棄却)。究極の対極。そこに身を置くことは痺れるような高揚感をもたらした。「おれはいままさに国家と逆立しようとしているのだ。ラスコーリニコフだって連合赤軍の奴らだってなしえなかったことだ」と。
 吾輩は「検事パイ」を目論んだ。検察官は「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは公訴を提起しないことができる」という刑事訴訟法第248条に規定される「起訴便宜主義」を逆手に取るのだ。前歴は残るがそんなものはたかが知れている。第一、「前歴」はすでにてんこ盛りで身についていた。 吾輩は「勾留理由開示請求」と「勾留取消の申立」を同時に行った。担当の刑事はものすごく困った顔をした。

 取調室にやってきたのは暗い眼をした年寄りの男だった。おおかた、「落としのヤスさん」とでも呼ばれているにちがいない。老練なベテラン刑事は椅子に座るなり、無言で吾輩の前に3枚の写真を並べた。3枚とも惨たらしい若い女の死体の写真だった。真ん中の写真の女はアルビノのように肌が白く、その白い肌に大量の鮮血が飛び散っていた。しめしめ。引っかかりやがったな。
「この女たち、知ってるか?」
 落としのヤスさんはくぐもったような声で言った。
 吾輩はこのとき、逮捕以後、初めて口を開いた。
「黙秘します。完黙、完全黙秘です。Nemo Tenetur se Detegere, Right to Remain Silent, Aussageverweigerungsrecht, Droit au Silence, 日本国憲法第38条に基づく黙秘権、自己負罪拒否特権を行使します」
 落としのヤスさんの胃のあたりからぎゅるるるという音が聴こえた。顔を睨みつけると落としのヤスさんはすっと眼をそらした。吾輩は「この勝負はおれ様の勝ちだ。もっと凄腕のデカを連れてこい」と思った。そして、死刑宣告を言い渡す大審問官の気分で言い放ってやった。
「あんたじゃ役者不足だ。もっと腕の立つ捜査官を呼ぶんだな。本庁の1課の課長あたりをな」
 落としのヤスさんの削げて青白い顔がさらに削げ、白っちゃけていくのがはっきりわかった。どこかから入り込んだ桜の香りが鼻先をかすめた。

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by enzo_morinari | 2013-05-23 03:51 | ジュークの春 | Trackback

ジュークの春#3 ナチュラル・ボーン・サディスト

 
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パトカーは3台やってきた。雪崩を打つように路地に入ってくるなり、荒々しくドアが開いた。中からいかにも屈強そうな男たちが6人飛び出してきた。「こんなゴリラどもに警らをやらせる理由はなんだ?」と思ったが、考えても無駄だった。警官にさよならを言う方法がないことと、彼らにまともな「論理」を求めても無駄なことはフィリップ・マーロウとコンチネンタル・オプがとっくの昔に証明している。

ゴリラどものうち、一番年寄りのゴリラがジョンソン&ジョンソンのシャット巡査くんになにごとかを耳打ちした。クサイにおいは元から絶たなきゃダメ巡査くんは涙目で何度もうなずいてから吾輩のほうを見もせずにその場から去っていった。そして、年寄りゴリラが吾輩に近づいてきた。

「あんた、名前は?」

今度は本当に息がウンコちゃんだった。それも糞袋に三日も四日も御滞在あそばした逸品のウンコちゃん。吐きそうになった。いや、実際吐いた。年寄りゴリラの息は臭いだけではなくて、いやな熱を帯びていた。ウンコちゃん臭いといやな熱とが腕を組んで吾輩の顔面にまとわりつく。吾輩は鼻で息をしないように注意しながら年寄りゴリラの眼を見据えて言った。

「名前? なんで見ず知らずのあんたに言わなきゃならないんだ?」

年寄りゴリラはほんの少しだけうろたえた。吾輩はすかさずたたみかけた。「警職法に基づいてまず警察手帳を提示しろよ」

吾輩と年寄りゴリラのやりとりをすぐそばで見ていたゴリラどもが間合いを詰めはじめた。年寄りゴリラはそれを制するように手を振り、胸のポケットから警察手帳を取り出した。

「見えない。もっと近くに」

年寄りゴリラは警察手帳を開き、吾輩の鼻先まで近づけた。あ。指先がイカ臭い。ひどいじじいだと吾輩は思った。息はいやな熱を帯びたウンコちゃんで、指先はイカ臭いなんて警察官はそうそういるものではあるまい。吾輩は鼻に指を突っ込んだ。

「名前その他を書き留めさせてもらうぜ」

吾輩は銀杏のシンボルマークの入った大学ノートに年寄りゴリラの名前を書き留めた。
「で、どうする?」と吾輩は言った。
「仕事だから」と年寄りゴリラが言った。
「主語も目的語も抜けているからあんたの言いたいことはまったく伝わらない」
「名前と住所を教えてくれよ」
「教えなければならない義務はない。犯罪の嫌疑でもあるのかよ」
「ないよ」
「ないなら答える必要はないじゃねえか」
「だから仕事なんだよ。訊くのが」
「あんたにとっちゃ仕事でもおれにとっては不愉快で臭くて時間の無駄なんだよ」

楽しくなってきた。すごく楽しくなってきた。吾輩はNBS, ナチュラル・ボーン・サディストだ。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-22 18:50 | ジュークの春 | Trackback

ジュークの春#2 クサイにおいは元から絶たなきゃダメ!

 
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 若い巡査くんは通せんぼよろしく両腕を広げ、路地奥の行き止まりに追いつめられた吾輩に迫ってきた。
「無駄な抵抗はするな」
 無駄な抵抗? 走り、立っていることが抵抗なのか? まあ、いい。
「なんで逃げたんだ?」
 吾輩は黙っていた。
「なんで逃げたかと訊いてるんだ!」
「あんたの息が臭くて吐きそうだったからだよ」
 デコスケくんはぎょっとした顔になった。手のひらに息を吹きかけてにおう仕草をみせた。
「あんた、昼めしにうんこでも食べたんじゃないのか?」
 吾輩は小動物をいたぶるような気分で言った。「あんたのように息の臭い奴をおれの街ではウンコちゃんと呼んで、 クサイ、クサイ! クサイにおいは元から絶たなきゃダメ!って馬鹿にされたうえにジョンソン&ジョンソンのシャットを丸々1本飲まされるんだ。あんたも飲めよ」
 新米デコスケくんの表情がみるみる曇っていく。そして、彼はついにぶち切れた。
「きっさまあああああ!」
 デコスケくんが絶叫しながら迫ってくる。吾輩は内心、「いいぞいいぞ。その調子だ。新米巡査くん。これでおれの勝利は確定だ」とほくそ笑んだ。吾輩がほくそ笑んだのとほぼ同時にパトロール・カーのけたたましいサイレンの音が路地に反響した。事態は吾輩の想定していたのとはちがう方向に動きはじめた瞬間だった。

(つづく)
 
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by enzo_morinari | 2013-05-22 12:39 | ジュークの春 | Trackback

ジュークの春#1 弁護士か検察官か

 
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大学の合格発表当日の昼下がり、カルガモどもが暢気に群れ泳ぐ三四郎池のほとりで、小説家になるか革命家になるか弁護士になるか検察官になるか政治家になるか官僚になるか、それとも世界一の大金持ちになるかを考えた。考えあぐねた末、弁護士と検察官に絞った。両者とも、バッジがイカしていると思ったからだ(もちろん、理由はそれだけではない)。

ヒマワリと天秤の弁護士バッジ。菊の花弁と葉の秋霜烈日徽章。弁護士も検察官も司法試験に合格すればいいだけの話だと思った。他愛ないといえば他愛ないが、18歳の小僧っこにしてはなにがしかのリアリティがある。

弁護士に魅かれたのは『八海裁判 有罪と無罪の十八年』をはじめとする正木ひろし弁護士の一連の著書を読んだことだった。「八海事件」「丸正事件」「三鷹事件」「チャタレイ裁判」等における正木弁護士の八面六臂の活躍は痛快だった。冤罪を晴らすために墓を掘り起こすことさえ厭わぬ徹底した「真実追求」の姿勢には心ふるえたものだ。「冤罪」は無実無辜の者に悲劇と不幸をもたらすだけでなく、永遠に真犯人を取り逃してしまうのだということも知った。

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一方、検察官に魅かれたのは当時の日本を揺るがせていたロッキード事件の影響が大きい。ロッキード事件における東京地検特捜部の活躍にはヒーロー活劇を見ているときのような胸の高鳴りを覚えたものだ。事件の登場人物と事象の数々はまさに一流のエンターテインメントだった。アメリカ合衆国大統領と日本国総理大臣の密約、総理大臣の犯罪、前総理大臣の逮捕、暗躍する政治家の群れ、世界有数の航空機メーカー、航空会社、大物右翼、商社、政商、CIA、GHQの元諜報員、関係者とジャーナリストの相次ぐ不審死、セスナ機特攻、謀略に手を染める風変わりな裁判官、「ピーナツ」「ピーシーズ」などの暗号めいた言葉、指揮権発動、石油メジャーの意を受けたヘンリー・キッシンジャーによる陰謀、ホテル地下駐車場での金銭の受け渡し、元妻による「蜂のひと刺し」「蜂は一度刺して死ぬ」という法廷証言。

事件と対峙する検察はまさにきら星のごとき陣容だった。検事総長の布施健、最高検担当検事の伊藤栄樹、東京地検トップの高瀬礼二、東京地検特捜部副部長の秋霜烈日居士・吉永祐介、河上和雄、堀田力、宮崎礼壹。のちの日本検察の屋台骨を支える人物ばかりである。検察官は一人一人が独立した官庁であるというのも魅力だった。

検察官は公訴権を独占する。起訴独占主義だ。こどもの頃から他者との親和欲求がほとんどない吾輩には、「たった一人の軍隊」とも言いうる検察官は天職とも思われた。

司法試験受験を決め、法を学んで1年。吾輩は19歳になっていた。仲間うちで「警察官職務執行法(いわゆる「警職法」)に逆立するのが流行っていた。ターゲットは新米の巡査くん。若くて人の良さそうなのを狙う。目的は自分の法律知識がどの程度のレベルにあるかを試し、どこまで否応のない「現実」と対峙できるか確認すること。度胸、根性、経験、冒険、面白半分というタームもあった。

「警察学校でお仕着せの勉強しかしていない奴らだ。『毒樹の果実理論』『カルネアーデスの板の法理に基づく緊急避難』『人的抗弁の切断』すら知るまい。へたをすれば刑事司法の大原則である『罪刑法定主義』をまともに理解しているかどうかさえあやしい。そんな奴らなど赤子の手をひねるようなものだ」と吾輩は高をくくっていた。デコスケ(警察官)が繰り出すと予想されるのは「公務執行妨害罪(いわゆる「コーボー」)」「傷害罪」「暴行罪」「脅迫罪」だ。

大通りを白チャリに乗ったデコスケがやってくる。年の頃、27、8。10メートルほど手前でデコスケと目を合わせ、すぐに目を反らして顔を背ける。すれちがいざま、デコスケが声をかけてくる。

「オイ、コラ、オマエ!」

ぷっ。オイ、コラ、オマエ!って。当時のデコスケどもが吐くあまりにもな定番ぜりふ。しかも、ひどい北関東訛り。栃木か茨城。福島の可能性もある。いずれにしても巡査くんが田舎者であることはまちがいない。大の「田舎者ぎらい」である吾輩の闘志に火がついた。メラメラと音を立てて。

猛ダッシュ。路地を曲がる。行き止まりなのは確認済みだ。後ろから怒声が聞こえる。

「待て! ゴルラァァァァ!」

待たない。そう簡単に待っていては面白くない。悪いね。すまんね。巡査くん。悪いともすまないともこれっぽっちも思っていなかったが、とりあえずそのように心の中でつぶやいた。

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(つづく)
 
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by enzo_morinari | 2013-05-22 02:27 | ジュークの春 | Trackback