カテゴリ:GRIP GLITZ( 8 )

GRIP GLITZ#9 周到な準備が勝利を招く1

 
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男は殺しの前に"Amat Victoria Curam"とつぶやく。

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1957年型のフェラーリ 250 GT LWB Berlinetta Tour De Franceが静かに停まった。美しい曲面を描くドアが開き、無駄も一分の隙もない動きで左脚が出てくる。

男が履いている靴はガジアーノ&ガーリングの黒のミッチェルTG73だ。いや、黒ではない。わずかにブルーが混じっている。ミッドナイト・ブルー。6月の梅雨の合間の青空が映り込むくらいによく磨き上げられている。足はギリシャ先広タイプ。サイズ290/ワイズEほど。フレンチ・サイズなら44といったところだ。

「1mmも動くな。動いた途端に頭が吹っ飛ぶからな」

全身が音を立てて固まる。

「いい子だ。Amat Victoria Curam. 周到な準備が勝利を招く」

周到な準備が勝利を招く。男の言うとおりだ。

「おまえのスーツの着こなしはまるでなってない。それが目下のところの一番の懸案事項だ」

言い終えると同時に男は素早い動きで車から降りた。残酷な夏の始まりを告げる男、GRIP GLITZの登場だった。

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by enzo_morinari | 2014-06-05 19:38 | GRIP GLITZ | Trackback

GRIP GLITZ#8 モバードとハミルトンとトロピカル

 
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クルマ。時計。靴。スーツ。自由。友情。流儀。誇り。音楽。映画。読書。長い休暇。貧者の食卓。デイヴィッド・ホックニーのリトグラフ。ラブレスのカスタムメイド・ナイフ。McIntosh MC275。フロマージュ。フロマッジオ。良妻のスープ。アボカド。檸檬。ズッキーニ。万願寺唐辛子。酒。体脂肪率一桁。そして、カネ。── 女の出番は当分ない。E-M-M


昼下がり。街の中心部の裏通り。ヴィンテージのリスト・ウォッチ専門店。看板には「Festina Lente」とある。「"悠々として急げ"だって? 洒落臭い」とGRIP GLITZは低く唸る。寝言は寝て言え。苛立ちを吐き出す。眉間の皺が強く深くなる。GRIP GLITZの機嫌が最悪のレベルに入りつつあることを示す兆候だ。GRIP GLITZはさらに呟く。

「おれは悠々ともしないし、急ぎもしない。踏みつぶし、蹴散らし、姿を消す。それだけだ」

GRIP GLITZは店の扉を右足で蹴り、傲然とした足取りで店に入ってゆく。

「モバードの腕時計をした男を捜しているんだが」
「モバード? 色は? デザインは?」
「ブルー。明るいブルー。三日月形」
「ああ。文字盤とベルトがブルーの」
「そうだ」
「もうこの街にはいませんぜ」
「どこへ?」
「なんでも、”弛むことなき前進”とやらいう集まりに行くとかで」
「弛むことなき前進 ── 。あの野郎」
「旦那、なにか混みいった話ですかい?」
「混みいりすぎて、もう3人死んでる」
「そいつは恐ろしいことだ」
「ほかになにか知ってることはないか?」
「無料の場合はここまでですがね」
時計屋はGRIP GLITZの腕をちらりとみやる。
「おや。旦那、いい時計をしてますな。HAMILTONのVENTURAとは。しかも、オリジナルだ」

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「爺さんの形見だ」
「そいつを欲しがっているコレクターがいるんですがね」

GRIP GLITZの血相が変わった。表情がみるみる曇っていく。1秒刻みで険しさを増す。

「おい。おやじ。まだもう少しは長生きして、クソまずいおまんまをそのへらず口に詰めこみたいんだろう?」

声にそれまでとはちがう凄味が加わる。数知れぬ修羅場と地獄をくぐり抜け、血が迸り、肉が弾け飛び、絶叫と悲鳴が子守唄がわりの戦場を鼻歌まじりに悠然と横切ってきた者の凄味が。

「旦那、旦那。冗談ですよ、冗談」
「はきちがえるなよ、時計屋。時計屋ふぜいがおれと駆け引きするのは百万年早いぜ。身のほどをわきまえるこった。おまえさんは時計のことだけ考えてりゃいいんだ。余計なことに首を突っ込むな。時計に余計は禁物だ。でなけりゃ、正確に時を刻めない。時計屋が余計なことに首を突っ込めば死刑がお待ちかねという寸法だ。まだ死のカウントを刻みたくはないだろう?」

時計屋の顔から血の気が引いてゆく。唇はわなわなと震えている。それまでとは打って変わって媚び諂うような表情になった。

「で、知ってることを全部話す気になったか? あん? どうなんだ?」
「もちろんですよ、旦那。知っているかぎりのことは全部話しますよ」

時計屋は洗いざらい話した。話す必要のないことまで。ほっておけば母親の浮気の現場のことまで話しはじめそうな勢いだ。

「礼を言うぜ。これはほんの気持ちだ」

GRIP GLITZは浅黒く引き締まった左腕からHAMILTONのVENTURAを外し、ショウケースの上に置いた。そして、最後通牒を言い渡した。

「おれのことをモバードの男のように話すんじゃないぜ。長生きしたきゃな。わかったな?」
「もちろんですよ、旦那。だれにも旦那のことは話しゃしませんよ」
「おれに嘘と冗談は通用しねえからな。おぼえとけ」
「肝に命じますよ、旦那」
「わかりゃいいんだ。わかりゃあな。で、いま店で一番高い時計はどれだ?」
「へいへい。お待ちを」

時計屋は奥の金庫を開け、パテック・フィリップのトロピカル・ゴブリンを恭しく取り出した。GRIP GLITZは眉ひとつ動かさずに受け取り、ケースの傷み具合、ダイアルと文字の劣化、運針音、ゼンマイの巻き上げ具合、竜頭の動きを確かめた。

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「中の機械はちゃんとしてるんだろうな?」
「バッチリですよ、旦那。文句のつけようがありません」
「歯車や雁木車やバネやゼンマイがつぎはぎだらけってことはないな?」
「ワンオーナーもので、メンテナンスは2年に一度、パテックの本社で念入りにやってきたものですよ、旦那。正真正銘、オリジナルのまんまですぜ。これだけのトロピカルにはそうそうお目にかかれるもんじゃございませんですよ」
「できれば前の持ち主の仕事が知りたいんだがな」
「なんでもペリーが浦賀にやってきたころからの老舗の御主人だそうで。ちょっと待ってくださいよ。台帳に書いてあったと思いますので」

時計屋は小刻みに指を震わせながら台帳のページをめくった。目指すページが見つかると知らぬ者のいない老舗の貿易会社の名を言った。GRIP GLITZはそれを聴くと、いかにも満足げにうなずいた。そして、再度、手にしている時計を確かめた。時計屋の言うとおり、コンディションは完璧だった。ダイアルのエナメルもいい状態だ。クラックなどこれっぽっちもないし、灼けてもいない。極上のトロピカルだ。

「いいだろう。こいつをもらおう。いくらだ?」

時計屋は大卒の初任給2年分近い金額を言った。恐る恐るだが。GRIP GLITZは「電話を借りるぜ」と言い、表通りの銀行の支店長に電話した。5分後、太った禿げ頭の男が大汗をかいてやってきた。GRIP GLITZがアゴでショウケースの上を指し示すと、デブハゲ男は札束をショウケースの上に積み上げた。GRIP GLITZはデブハゲが寄越した書類に無造作に書き込んだ。書類を受け取り、デブハゲは来たときよりもさらにあたふたしながら帰っていった。

「また来る。今度は気のいい時計マニアの客としてな。ついちゃあ、ヴァシュロン・コンスタンタンの1958年の手巻きを探しておいてくれ。ミント・コンディションのをな。ケースはトノーのピンク・ゴールド。ダイアルは黒でブレゲ数字。スモール・セコンド。カネに糸目はつけない。こいつは手付金がわりだ」

GRIP GLITZは言い、大層な厚みの札束を放り投げた。青ざめ、震えていた時計屋の顔に光が戻る。

「大急ぎでお探しいたしますよ、旦那!」

踵を返し、出口に向かうGRIP GLITZの背中に時計屋は何度も何度も頭を下げた。明るいブルーの三日月形のモバードがGRIP GLITZの若い愛人の腕に巻かれたのは3日後だ。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-22 08:07 | GRIP GLITZ | Trackback

GRIP GLITZ#7 ハンク・モブレーが「Work Out!」と叫ぶ夜

 
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そもそも世界に「答え」など存在しない。なぜなら、初めから世界のどこにも「問題」が存在しないからだ。「答え」が欲しいなら「問題」をつくるしか手はない。「問題」をつくりたいなら「答え」を探せ。探しているうちに「問題」は出来あがる。それがこの世界の明瞭にして精緻な「仕組み」である。 E-M-M


「で、ケムリにしたいのは何人なんだ?」
「全部で11人」
「そいつはちょいとお高くつくぜ」
「はい」
「全部まとめてがいいか? それとも一人ずつ仕留めるか? おれのところの料金表では、全部まとめての場合は逆スケール・メリットだ」
「全部まとめてでお願いします。カネに糸目はつけません」
「わかった。標的のリストを今から言うアドレスに送れ。以後、おれとは一切コンタクトを取るな。いいな?」
「わかりました」
「おれとおまえは会ったことも口をきいたこともない。互いの存在すら知らない。いいか? わかったか?」
「すべて仰るとおりにします」
「決行は9月11日。図体のデカい空飛ぶ金食い虫がニューヨークの悲劇を起こした日だ。おまえさんはその日、日本を離れていろ。いいな?」
「わかりました」
「不自然はいかんぜ。なにごとも。日本を離れる理由も辻褄が合うように今から段取りしておくんだ。わかるな?」
「はい」
「11人のお客さんの死に際の写真はどうする? 動画、音声付き音声なし、ただの画像。なんでもござれだ。ただし、別料金。音声付きの動画は高えぜ」
「音声付きの動画でお願いします」
「わかった。みるためのアドレスもあとで知らせる。パスワード付きでな。ダウンロードはできないからな。みるのも1回だけだ。おまえさんが見終わると同時にサイトそのものが消滅する。証拠の消去だ」
「了解です」
「最後にこれだけは言っておく。おれを裏切るような真似だけはするんじゃないぞ。いいな? おれは裏切り者をゆるさない。断じてだ。わかるな?」
「もちろんです」
「聞き分けのいい坊やだ。じゃあな。もう会うこともない」

雨が降り出した。痛い雨が。ラジオではハンク・モブレーがしきりに「Work Out!」と叫んでいる。ジムに行く時間だ。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-18 03:32 | GRIP GLITZ | Trackback

GRIP GLITZ#6 東京ハードボイルド・ナイト#1

 
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東京の街に夜の帳が降りはじめるまで Havana Club をショットグラスにダブルで2杯分ある。

「ゆうべの仕事は久しぶりにきつかった。夜の新宿の雨は痛い。特にいやな仕事のあとの夜の新宿の雨は」

GRIP GLITZの言うとおりだ。新宿の雨は痛い。どれほど小さな雨粒であっても肌に突き刺さる。特に、息の根が停まったのを確認するために近づき、肌の美しい女の死顔をみたあとの新宿の雨は。新宿の雨が痛みを増したのはいつからだったか確認しておく必要がある。

GRIP GLITZは渋谷川沿いに新しくできた Havana Club のテラスでおそすぎる昼めしのテーブルについていた。世界のだれにも晩めしとは言わせない。GRIP GLITZが昼めしと言ったら昼めしだ。たとえマイルス・デイヴィスが世界の片隅で始まりも終りもないステップを踏みはじめる真夜中であってもだ。

昼めしはいつも決まっている。ピッツァが1枚だ。極上のサラミーノ・ディ・ブッファラと良心的なフィオル・ディ・ラッテの二種類のフォルマッジオが等分に領土を分け合っているスタジオーニのマルゲリータにイベリコ豚のプロシュートとバジルをたっぷりのせたピッツァ。メニューになければ作らせる。材料がなければ調達させる。制限時間は1時間だ。料理人に有無は言わせない。是非もない。そもそも、GRIP GLITZの生きる世界に有無も是非も存在しない。なにごとも学び、努力する姿勢が世界をよくする。

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きょうのGRIP GLITZの昼めしには手頃なドルチェがついている。まだ肝心のピッツァが焼き上がらないというのに、すでにドルチェはGRIP GLITZの前で神妙な面持ちで縮こまっている。その顔は遠目でもわかるほどに青ざめている。

「下衆外道がなんの用だ?」
「申し訳ございませんでした」
「謝罪するということはおれが謝罪を受け入れると高をくくったという了解でいいのか?」
「高などくくっておりません」
「で? さっさと用件を言えよ」
「用件はきちんと謝罪したいということです」
「謝罪? その謝罪とやらにはいくら元手がかかってるんだ?」

黙り込むドルチェ。

「命を差しだす覚悟はできてるんだろうな?」

さらに黙り込むドルチェ。息づかいが荒くなる。息づかいの荒いドルチェにはそうそうお目にかかれるものではない。ドルチェはたいていの場合、柔和で甘美で穏やかな表情をみせているものだ。だが、GRIP GLITZは足首の引き締まった美人には目がないが、それ以外、息づかいが荒かろうが柔和で甘美で穏やかであろうが、ガッバーナ婆さんの焼いたタルト・タタン以外の甘いものを口にはしないし、甘口のワインなどは憎んでさえいる。

「おれがおまえさんに言いたいことはただひとつだ。のたうちまわり、もがき苦しみ、むごたらしく死んでゆけ」

はらわたがよじれるほどいい香りを辺りに撒き散らすピッツァがやってきた。ドルチェは震えながら死刑台のエレベーターに乗った。明日の今頃には天国の扉を押しているか、さもなくば、地獄の釜を覗きこんでいるだろう。打ちひしがれたドルチェをGRIP GLITZはちらともみない。GRIP GLITZにとってはありふれた日常のひとこまにすぎないからだ。GRIP GLITZが水牛チーズのほうのピッツァをひと切れつまみ上げると同時に夜の帳が深々と降りてきた。GRIP GLITZはつぶやく。

「いい昼めしが人生を楽しく愉快にする。フィデル・カストロもくたばる前にそう言うはずだ」

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by enzo_morinari | 2013-07-15 04:40 | GRIP GLITZ | Trackback

GRIP GLITZ#5 クロノスの大鎌

 
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ついにクロノスの大鎌をふるうときはやってきた。待ちに待っていた。この瞬間を。この愉悦のときを。


「あのひとは必ずわたしを殺しにくる」

女の顔には深い皺と苦痛が刻まれている。アルビノのように白い肌は青黒くくすみ、眼のまわりには大きく濃い隈が張りついている。薄い唇は潤いを失って干涸び、息は猛烈に臭い。死神に見入られている者の姿だ。そして、女の最大の不運は「あのひと」がこの私であることだ。

女は私が「あのひと」であるなどとはこれっぽっちも考えていない。それどころか、女にとって私は世界で唯一、女を支え、勇気づけ、守る存在であるとさえ考えている。だが、そろそろ、クロノスの大鎌をふるう頃合いだ。

「脱げ。そして、跪け」

女はいつもどおり、私の命令に従う。服の脱ぎ方、畳み方は実に丁寧で、気品さえ漂っている。

女が跪く。そして、懇願するように私を見上げる。不調和に大きな眼と長い睫毛と乳白色の肌。渾身の力をこめて平手打ちを喰らわす。女の口から愉悦と苦痛が入り混じった声が漏れる。

「もっとお願いします。もっともっと強く痛くにお願いします。破壊しつくしていただきたいのです」
「ふん。もうお遊びはおしまいだ」

女が「え?」という表情をする。踏みつけたくなる衝動をこらえる。女の顔のかたちが変わるまでスパンキング・ラケットを振るいたくなるのも我慢する。女の肉が裂け、鮮血が迸るのをみたい衝動を抑えつける。だが、それも限界だ。最後にもう一度だけだ。
ハリバートンのゼロを開け、黒いスパンキング・ラケットを取り出す。これ見よがしに何度か手のひらを叩くと、にわかに女の表情に喜びと欲望の色が現れた。

「お願いいたします。肉が裂けるくらいに強くお願いいたしま ──」

女が言い終える前に全身を撓らせてスパンキング・ラケットをふるう。クロノスの大鎌をふるう気分で。大審問官の威厳と傲岸と不遜をもって。

裸電球ひとつの暗い地下室に大きな破裂音と肉の裂ける音が反響した。その残響はいつまでも消えない。死神の笑い声とも聴こえる。

「XYZで乾杯したい気分だ」
「え?」
「これでおしまい。おさらばってことだ」
「どういうことでしょうか?」
「私がおまえを殺しにくる”あのひと”だってことだよ」
「まさか。そんな ──」
「そのまさかだ。おまえはこの地下室で死ぬんだ。闇の中でな。娘のことは心配するな。すでに私の手中にある。そして、調教の第2段階はもうすぐ終了だ」
「やめてください! いやな冗談は!」
「右の第三肋骨にある大きな傷痕に蝋燭を垂らすとすごくよろこぶよ」
「まさか ──」
「そのまさかなんだ。おまえのことが憎くてしょうがないそうだ。早く死んでほしいといつも言っている」
女の大きな眼がさらに大きく見開かれ、大粒の涙が溢れ出す。その涙のゆくえを見届けぬまま、地下室を出た。扉を閉めるときの音はいまでも耳に残っている。4年前の春の盛りのことだ。
 
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by enzo_morinari | 2013-06-17 17:18 | GRIP GLITZ | Trackback

GRIP GLITZ#3 バーゼル帰りのゴテゴテ男と藤色のベルサーチを着たチャラチャラ・プワゾン野郎#1

 
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(『ニュルンベルクの歌合戦』の演奏中に居眠りしていた若いコンサート・マスターに対して)
とっとと帰りやがれ!ワグナーはガキの音楽じゃねえってんだ! オットー・クレンペラー


バーゼル帰りだというその男は左手首に巻かれたBREVAのGénie 01をこれ見よがしにバー・カウンターの上に突き出し、不自然きわまりなくしきりと動かしつづけた。「いけ好かない野郎だ」と思った。世界はすべて「シンプル・イズ・ベスト」で出来上がっているんだ。おまえのようなゴテゴテ野郎の居場所はない。

腹立たしかった。おまけに肝心の仕事の話はどう考えてもゴテゴテ野郎に分がある。ゴテゴテ野郎には黙っていても年に10万ユーロのゼニが転がりこむ勘定だ。

はらわたは煮えくりかえる寸前だった。そんなところへ今度はこの話を持ち込んできたチャラチャラ野郎が現れた。15分の遅刻だ。少し前なら、席を蹴り飛ばし、テーブルをひっくり返し、ついでにその場にいる奴らを一人残らず、誰彼かまわずに叩きのめして帰っているところだ。

チャラチャラ野郎はきょうもあいかわらず文句のつけようのない金ピカ、チャラチャラ野郎だった。ベルサーチ(いまどき? 冗談かなにかだよな?)のウィスタリア・パープルのダブル・ブレステッドのスーツ。靴はテストーニのピカピカ光るエナメル、時計は宝石がジャラジャラついたピンク・ゴールドのロレックス・デイデイト(これも冗談のつもりか? これから年間1億ユーロにもなるビジネスの話をしようってときに?)。おまけに髪の毛をエルモア・レナードさえ顔色を失いそうな金ピカに染め、ジェルを1本丸ごと塗りたくっているのではないかというほど大量に塗ってオールバックにしている。つけているフレグランスはディオールのプワゾン。しかもシャワーで浴びたのではないかというほどに。気が狂っているとしか思えない有様だ。野村沙知代が上品に思えてくる。

どうかしてる。世界は本当にどうかしている。ゴテゴテ男とチャラチャラ・プワゾン野郎はもちろん、店にいるお高く止まった腑抜けどももまとめてウージー・マシンガンで皆殺しにしてしまいたかった。それで世界はいくぶんかはすっきり、シンプルになる。

「はやいところ話を済ませてしまいましょう」

ゴテゴテ男が3秒に1度の割合で見ていた左腕の BREVA Génie 01 から眼を外しながら言った。

「そんなにお忙しいなら、この話、他へ持っていったらどうですかね? 急ぎ仕事、急ぎ働きは性に合わないもんでね」

悪意と敵意と蔑みを潜ませて言ってやる。ゴテゴテ男のこめかみに浮かぶ血管がぷくりと膨らんだ。

「まあまあ。あんたがいなけりゃ、この話は一歩も先へ進まないことはわかってるだろう。ひとが悪いぜ。あいかわらず」

ふん。そんなことは先刻承知の助だ。でなけりゃ、いきなり右フックを繰り出すもんかよ、愚か者めが。

「ここは気分なおしに一杯飲んで、なにか喰おうじゃないか。な? いいだろう?」

チャラチャラ・プワゾン野郎は場を取りなそうと躍起だ。だが、ここは連打しておくところだ。ゴテゴテ男が隙をみせるのを待つ局面だ。自ら墓穴を掘るのを。

「気分を害してしまったなら謝りますよ」

ゴテゴテ男が神妙な面持ちで頭を下げた。ゴテゴテ男の墓穴が見えた。大量失点を喰らわせ、大量得点するチャンスだ。

「害してしまったならだって? あんた、それはおれに喧嘩を売っていると受け取っていいのか?」
「とんでもない! とんでもありませんよ! あなたに喧嘩を売るなんて!」
「これだけはおぼえておけよ。誇りと流儀にかかわることはおれの前で一切口にするな。生きて帰りたきゃな。足元が明るいうちに帰りたきゃな。首が胴体に繋がっているうちに帰りたきゃな。わかったか?」

ゴテゴテ男もチャラチャラ・プワゾン野郎もうつむき、黙り込む。二人とも青ざめている。1回の表の先制攻撃は成功だ。だが、まだゲームは8回と半分残っている。9回裏が終わり、アンパイアの「ゲームセット!」の宣言がスタジアムに響きわたるまで気は抜けない。
 
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by enzo_morinari | 2013-06-06 12:05 | GRIP GLITZ | Trackback

GRIP GLITZ#2 吐いた唾とケツの拭き方

 
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視えない銃の銃口は常にわれわれの心臓の真中に向けられている。 E-M-M


「ちょっと待った。吐いた唾を飲むのか?」

それまで無表情と言ってもいいほどに静かだった男の顔が修羅の形相に変わった。修羅そのものだった。

「そういうわけでは・・・」
「そういうわけもこういうわけもあるか! ケツの拭き方ひとつろくに知らんおまえのような不作法者に、滑ったの転んだのと能書き御託を並べられるおぼえはない。なんなら、この場でおまえの素っ首切り落としてやろうか?」

胃が口から飛び出しそうだった。胃だけではない。食道も腸も肝臓も腎臓も、そして心臓までもが口から飛び出て世界中に撒き散らされてしまいそうだった。

ちらと男の顔をみる。すさまじい。眉間に寄った幾筋もの皺はもはや皺というよりも現代彫刻のようにくっきりとエッジが立ち、しかもぷるぷると小刻みに震えている。「生き物だ」と思った。男の眉間の皺は別の生き物だと思った。その眉間の皺からは見る者を射ころす力が発せられているように思われた。

「どうしたらいいんでしょうか?」

たずねた。男は黙っている。瞬きもせず、身じろぎもせず、黙っている。そして、私を、私の心の奥底を見据えている。

「生かしてやる。生きろ。だが、一度、死んでおけ」

男はスーツの内側に静かに手を入れた。そして、45口径マグナム自動拳銃を優雅な動きで抜き出した。カチリ。撃鉄が引き上げられる。

大きな銃口が眉間数ミリのところにある。狙いは定まった。ついに死が訪れるのだ。「死」をものともしない男によってもたらされる死。「死」を飼いならし、手なずけた男に押しつけられる死。論理も情念も叙情も正義も悪も不条理さえも踏みつぶしてきた男による私への最終解答。

「最後に教えてやろう。吐いた唾は飲むな。自分のケツは自分で拭け。わかったか?」
「わかりました」
「きょうはひさしぶりにうまい酒が飲めた。礼を言うぜ」

男が言い終えると同時に鼓膜の破れる音がした。世界が紅蓮に燃え、酷寒のミル・プラトーが迫ってきた。
 
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by enzo_morinari | 2013-06-05 21:12 | GRIP GLITZ | Trackback

GRIP GLITZ#1 輝ける金ピカの闇

 
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「GRIP GLITZ」と男は言い、黄金に輝くイスラエル・ミリタリー・インダストリーズ社製デザート・イーグル Mark XIX .50AE Goldの銃口を私の口の中に突っ込んだ。

「GRIP GLITZ」

男は再度言った。男の眼はデザート・イーグル Mark XIX .50AEの輝ける闇の入口のような銃口とおなじ色をしていた。唾を飲み込んだ。2度。さらにもう1度。唾は血の味がした。焼け焦げた血の味が。

「GRIP GLITZ」

さらに男は言った。眼の色は2度目より冷たく輝いている。私は噛んだ。かちりと音がした。

「もっと強く噛め」

少しだけ強く噛む。

「もっとだ」

眼を閉じ、ありったけの力で噛んだ。上の前歯が2本、ひしゃげたような音を立てて折れた。錆びた鉄の味が口の中に広がった。

「それでいい」

男の眼から陰惨で容赦のない冷酷、揺るぎない非情さをともなった熱情がゆっくりと消えていった。デザート・イーグル Mark XIX .50AEの銃口は静かに引き抜かれた。

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by enzo_morinari | 2013-05-19 06:28 | GRIP GLITZ | Trackback