カテゴリ:バラ色の人生/さらば、友よ( 2 )

いまだ会うこともない長き友とのはじまりに

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 このテクストが公開される頃、吾輩はパリ行きの機上のひととなっているはずだ。成田を出発する時刻は定刻では21時55分なので22時30分に公開されるように「予約投稿」という機能を使った。初めて使うのでうまくいくかどうかはわからない。うまくいけば、それはそれでちょっとイカすな。
 これを読んでくれている諸君、短いあいだでしたがありがとうございます。本当のことを言えば、この夏の終りから嵐のごとき頻度でテクストをアップしたのは「遺書」「遺言」を残すような気分だったからだ。吾輩にとって、母国を去るというのは死ぬことと同義だからだ。
 時間がない    そんな思いがこのひと月あまり常につきまとっていた。どこまで自分が納得できたか。そしてこれが一番肝心なことだが、果たして諸君に吾輩の言葉が届いたのか。わからぬ。吾輩の言葉どもはもはや吾輩の手を離れ、インターネットという「虚空」に放たれたからだ。エリック・ドルフィーの言っていた意味がいまわかる。

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 13時間後には吾輩はパリの土を踏んでいる。そして、おそらくはもう二度と日本の土を踏むこともなく本当の「Adieu、Adios」を迎えるんだろう。いくぶんかのさびしさがなくもないが、それもまた人生のひとつのありようだ。
 いま吾輩の心の中には山頭火の「また見ることもない山が遠ざかる」といううたが繰り返し浮かび、消えていく。日本にとどまれば会えたかもしれない友のまだ見ぬ顔が浮かんでは消えてゆく。いまだ会うこともない長き友との始まりに、吾輩はやはり、「漂えど沈まず、悠々として急げ。なにがどうあれ人生はバラ色だ」ということを伝えたい。


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by enzo_morinari | 2012-10-01 22:30 | バラ色の人生/さらば、友よ | Trackback

バラ色の人生/さらば、友よ#1

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 パリの空の下、人生は流れる。
 私はパリ16区の市民病院で生まれた。1958年の冬のことだ。さまざまな事情をかかえて私を身ごもった母は単身パリに渡り、私を産んだ。パリの冬はすべてが色や輝きを失い、身も心も凍る。パリの暗鬱な冬。遠い異国の地でシングル・マザーとなった母がいったいなにを思い、なにをみつめていたのか。いまとなっては知るよしもない。母の顔を間近にみ、母の眼をみつめ、母の小さな手を握り、母の口から直接聴きたいがかなわない。そのことに気づいたとき、私は愕然とし、そして、死は「真実」を永遠の闇の奥に隠すのだということを知った。
 私の母はなにも語らぬまま逝った。陽気で話し好きで社交的な母は、その見かけとは裏腹に胸の奥に多くの「本当のこと」を秘めたまま逝ってしまった。私の耳に残るのは彼女が子守唄がわりに歌って聴かせてくれた『ダニーボーイ』と、家事をこなしながらいつも口ずさんでいた『バラ色の人生』だけである。「それでじゅうぶんじゃないか」と自分に言いきかせることできょうまで生きつづけることができたような気がする。
「いつか、おまえが自分の力で世界中のどこへでも行けるようになったら、最初にパリに行きなさい」
 ことあるごとに母は言った。もちろん、私は母の言いつけを守った。私が誇れるのは母の「言いつけ」をすべて守り、実行したことだけである。

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 パリは世界の天井である。喜びも悲しみも、初めにパリに降りかかる。
 パリは私の「故郷」である。アーネスト・ヘミングウェイは『移動祝祭日』の中で「青春時代の一時期をパリですごした者には生涯パリがついてまわる。なぜなら、パリは移動祝祭日だからだ」と書いたが、5歳の春に日本にやってきて以来、いつも居心地の悪さ、喪失感がついてまわった。その居心地の悪さ、喪失感はヘミングウェイが言ったとおり、私にパリがついてまわっていたからであるということに、このごろやっと気づきはじめた。
 人には「帰りたい場所」「帰れない場所」「帰るベき場所」のみっつの場所がある。このみっつの場所を見誤らず見失わなければどのような場所にいてもいかなる境遇にあっても生きつづけることの困難はほぼやりすごせる。いま、母が逝った年齢をとうに過ぎ、「帰るべき場所」はパリであると確信するにいたった。そして、いまこそ語るべきときがきたのだと感じる。パリの日々を語ることなく逝った母のことを。さらには、きょうまでに出会い、ともに生き、ともに戦い、遠く去っていった友のことを。

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 私は時間を見ている。それは『永遠』という時間である。 
 私の母は赤坂芸者の娘として生まれ、父親を知らぬまま育った。妾の子。世間は母をそのように呼び、冷ややかな視線を浴びせかけた。
「どんなに着飾っていたって、きれいごとを言ったって、裏じゃなにをやっているかわかりゃしない」
 それが母の口癖だった。私の現在にいたる人間観の基礎となった言葉である。実際、陰でこそこそする輩には虫酸が走る。そのような輩とは金輪際かかわりを持たぬか、やむをえずかかわりを持った場合には完膚なきまでに叩きつぶしてきた。おかげでずいぶんと不愉快で不自由な思いをしたが後悔はなにひとつない。これはもはや情念に属する領域の問題でいかんともしがたい。復讐の心情と言っていい。理屈では説明がつかない。
 母は花街の頽廃と享楽と儚さと空虚を肌で感じつつ育った。一ツ木通りや三筋通りや赤坂通りを我が物顔で闊歩し、ころげまわりながら、いつしか「おそろしくへんな女の子」の称号をえた。東宮御所に忍び込もうとして大騒ぎになった「事件」はいまも町内の語り草になっていると聴く。歴史はめぐる。私も少年時代のほとんどを父親の顔を知らぬまま育った。

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 風に吹かれて
「風向きもいつかかわるさ」と古い友人は言った。1985年の夏のことだ。
「それは本当か?」
「うん。村上春樹もそう言ってる。ボブ・ディランは、答えは風の中にあると歌ってる」
「そうか。じゃあ、信じよう」
 数年後、友人の言うとおり風向きはかわり、私は平均的な会社員が一生のあいだに稼ぐ10倍くらいの大金を手に入れた。だが、風向きはまたしてもかわり、手に入れたすべてを失い、さらにその倍ほどの授業料を払うはめになった。答えは風の中になかったがなぜか心は晴れ晴れとしていた。抱えこんだ負債額やら借りやらを考えると大胆な戦略と緻密な戦術が必要であることはあきらかだったが、幻の虚数魚を飼育するほど難しくはないように思われた。そしてさらに数年後、また風は吹いた。奇跡としか言いようのない大きな風だった。

(風に吹かれるがごとくにつづく)

【背景音楽】
 Edith Piaf『La Vie en Rose [Version Français]』
 Edith Piaf『La Vie en Rose [Version Anglaise]』
 Edith Piaf『Sous le Ciel de Paris』
 Ella Fitzgerald『I Love Paris』
 Sonny Rollins『Afternoon in Paris』
 Stéphane Grappelli『Afternoon in Paris』
 Charlie Parker『I Love Paris』
 Wynton Marsalis『April in Paris』
 Bill Evans『April in Paris』
 Django Reinhardt『Swing from Paris』
 Louis Armstrong『La Vie en Rose』
 Michel Legrand『Sous le Ciel de Paris』
 Jacky Terrasson『Sous le Ciel de Paris』
 Toots Thielemans『Sous le Ciel de Paris (Live)』
 Trio Montmartre『Sous le Ciel de Paris』
 Jazz à Padam『Sous le Ciel de Paris』
 Paloma Berganza『Sous le Ciel de Paris』
 André Previn: London Symphony Orchestra『An American in Paris』
 Joe Pass『April in Paris』
 Joe Yamanaka『The Theme of Proof of Man』
 Keith Jarrett『Danny Boy』
 Sarah Vaughan『Danny Boy』
 Eva Cassidy『Danny Boy』
 Brigid Kildare & Sinead O'Connor『Danny Boy(Private Recording)』
 George Jamison, Norman Stanfield & William Paterson『Danny Boy』
 Michel Petrucciani『Danny Boy』
 Celtic Woman『Danny Boy』
 Charlie Haden & Hank Jones『Danny Boy』
 Bill Evans『Danny Boy』
 Danny Walsh『Danny Boy』
 Bob Dylan, Peter, Paul & Mary, Joan Baez ほか『Blowin' in The Wind』


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by enzo_morinari | 2012-09-23 15:59 | バラ色の人生/さらば、友よ | Trackback