カテゴリ:クマグス・デイズ( 5 )

テンギャン・クマグス、漱石と鴎外の「沈黙合戦」を一蹴。そして、縄文革命へ

 
アカエイと淫する南方熊楠翁のガマン汁の元は粘菌である。

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すでに我が国馬関辺では、アカエイの大きなのを捕えて砂上に置くと、その肛門がふわふわと呼吸に連れて動くところへ、漁夫が夢中になって抱きつき、これに婬し、終わるとまた他の男を呼び、喜びを分かつのは、一件上の社会主義とでも言うことができ、どうせ売って食ってしまうものなので、姦し殺したところで何の損にもならない。情欲さえそれで済めば一同大満足で、別に仲間以外の人に見せるのでもないので、何の猥褻罪も構成しない。かえってこの近所の郡長殿が、年にも恥じず、鮎川から来た下女に夜這いし、細君がカタツムリの角を怒らせ、下女は村へ帰っても、若衆連中が相手にしてくれないなどに比べれば、はるかに罪のない話である。 南方熊楠『人魚の話』

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さて、古今東西に並ぶ者なき「森羅万象の巨魁」「知の大巨人」である南方熊楠翁の記憶力、博覧強記ぶりにはほとほとあいた口が塞がらぬ吾輩である。

ある小春日和、武蔵野の小春おばさんの家の縁側で日向ぼっこがてらに『和漢三才図会』の綴じを繕っていた南方熊楠翁が突然、「きみきみ。近頃、中沢新一とかいう小僧がバッハバッハと喧しいようだが、あれはいったいぜんたいどういう料簡なのだ?」と言い、「耳にたいそう小癪なので、行ってどうにかしてきてくれまいかね?」と吾輩を促した。

「先生がどうしてもと仰るのであれば、わたくしとしてはその中沢新一とかいう小僧を野うさぎと一緒に煮るなり、野生野蛮焼きするなり、チベットまで蹴り飛ばすなりいたしますが、どういたしましょうか?」
「どうしてもというほどでもないのだがね。小癪に障るていどなのだがね」
「ではこうしましょうよ、先生。先生秘伝の粘菌汁の大元を少しくわたくしに分けていただけますまいか? ちょいとこのごろ、アレのほうの塩梅がいまいち潤いに欠けておりますもので」
「きみきみ。それはまた随分と難儀なことを申し向けてくるじゃないかよ。吾輩も寄る年波でアッチもコッチもガタが来ているところへもってきて、昨今の愚劣愚鈍な土地開発土地改良によって粘菌どももめっきり数が減っているのだよ。よって、粘菌汁の手持ちは吾輩の分しかない」
「うーん」
「ではこうしようじゃないかよ。アカエイのいいのをつらまえて、きみに極上極楽の思いをする秘法を伝授しようじゃないか」
「ええええええっ! あの湯ぼぼ酒まらを凌ぐとも言われるアカエイボボリコをですか!」
「そうさ」
「是非是非にお願いいたしますよ、先生!」
「よし。わかった。ではさっそくアカエイをばとっつかまえにいこうではないかよ」

こうして、南方熊楠翁と吾輩はアカエイ獲りの仕度に取りかかった。

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「クマグス曼荼羅」発、『河内のオッサンの唄』着

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クマグス曼荼羅、秋艸堂の結界を破る。千曲川のスケッチブックに綴られる海上の道と遠野の里の物語。そして、河内のオッサンの唄


「秋艸堂で釣竿一式借りることにしよう」

クマグス先生は言うが早いかダットサンを上回る脱兎の勢いで走り出した。吾輩もあとにしたがった。クマグス先生の俊足はつとに知られている。和歌山県陸上競技連盟の公式記録には若きクマグス先生が百メートルを10秒代前半で走ったとある。まさに天狗である。実際のところ、クマグス先生は正真正銘の天狗なのであるが。正確には「先祖がえり」の一例である。

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明治通りでスカした舶来車やらRV車どもを蹴散らしながら疾走し、学習院を横目に雑司ヶ谷の墓場際の秋艸堂に到着するなり、クマグス先生は大音声を発した。

「會津はいるか! 八一はおらんのか!」

中からはなにも声がしない。門は固く閉ざされている。と、クマグス先生は右の指先で虚空に梵字をいくつか切り、クマグス曼荼羅を出現させた。それからおもむろにクマグス曼荼羅を口にくわえ、一瞬気配を消したと思うそのすぐ先に一気呵成に「八一の結界」を破る。門は木っ端のように軽々と開いた。

「罷り通る!」

クマグス先生が結界を越えて一歩足を踏み入れた途端に、秋艸堂の庭の樹々がわさわさと喜びの声をあげた。

會津八一はいなかった。あるいはどこかに潜んでいるのかもしれないが姿はみえない。家の者もいない。クマグス先生はさっさと着物を脱いで褌一丁になると大広間の畳の上に大の字になった。そして、すぐに大鼾をかきはじめる。吾輩は手持ち無沙汰に會津八一の蔵書の中からカネになりそうなのを見繕ってさっさと懐におさめた。そして、吾輩もパンツ一丁になり、クマグス先生の横に寝転んだ。

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ひとつどきも過ぎた頃か。クマグス先生と吾輩の枕元にとんぼ眼鏡をかけた末生りがこれ見よがしに千曲川の瀬音を響かせながら立っている。

「先生、先生。島崎の野郎が来ましたぜ」
「ん? なに? だれが来たって?」
「島崎ですよ。島崎のハルキンボです」
「あ。ハルキンボめ! ここで会ったが百年目と思え!」

クマグス先生が怒鳴る。震え上がるハルキンボの末生り瓢箪のような肩越しにコケシとホトケさまを足したような風情、たたずまいの柳田國男が満面の笑みを浮かべて大黒柱に抱きついているのがみえる。

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「やいやい、ハルキ! ハルキンボ! おまえ、柳田のひとがいいのをいいことに椰子の実を盗みやがったな?」
「あ。それは、そ、そ、それは ── 」
「ソもラもシもあるか! ファドはポルトガルのブルーズだ! おぼえとけ! 姪っ子と乳繰り合うような下衆外道には椰子の実を盗むくらいはどうということもなかろうけれども、おまえのインチキマヤカシ銀流しは先刻お見通しだ。いったいうすらの女子をどれほどもいてこましたのだ?」
「そ、そ、それは、それは、百と八人ほど」
「きさま! ヤルにこと欠いて煩悩の数だけ天津摩羅命、天照眞良建雄命をおっ勃ておったか! ハルキンボ! ここに八一がいようものなら、おまえただではすまんぞ!」

「天下御免の會津八一である! 會津八一を知らんか!」と大音声を発して入ってきたのは秋艸道人、會津八一であった。

「あ。會津。どうしておまえがここにいる?」と南方熊楠翁やや拍子抜けした様子でたずねた。
「ここはおれんちだ。おれんちにおれがいてなにが悪い。なにか奇矯か? そんなことより、きょうこそはお弟子にしていただくのである!」
「おまえ、いちいち大音声を発せんでも聴こえるから」
「声のでかいのは地である! 天下御免の會津八一である! 會津八一を知らんか!」
「だれもきいてないから。おまえが會津八一であるのはここにいる全員知ってるから」
「秋の日は義淵が深きまなぶたにさし傾けり人の絶え間を」
「聴いてないから!」
「一、ふかくこの生を愛すべし一、かへりみて己をしるべし一、学芸を以て性を養ふべし一、日々新面目あるべしいまよりは天の獅子座のかがやきを大人のまなこと観つつ励まむ」

會津八一は鬼の形相で絶叫をつづける。そのそばから島崎ハルキンボこと島崎藤村が歌いだす。

「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり」
「黙れ! スケコマシ!」
「君がさやけき目のいろも 君くれないのくちびるも 君がみどりの黒髪も またいつか見ん この別れ」
クマグス先生が怒鳴ってもハルキンボはやめない。今度は柳田國男が呪文じみた言葉を吐き出しはじめた。
「ナニャドヤラナニャドヤラナニャドヤラ ナニャドナサレテナニャドヤラナニャドヤレ ナサレデ ノーオ ナニャドヤレナニャドヤラヨー ナニャド ナサレテ サーエナニャド ヤラヨーナニャド ナサレテ ナニャドヤラ ナニャド」
「おまえたち! いいかげんにしろ!]

だれもやめない。

「よおし。おまえたちがそうなら吾輩だって」
南方熊楠翁は言うなり、『ラーマーヤナ』第6巻の「ユッダ・カーンダ」をブラーフミー語で吟じ始めるではないか。こうなっては吾輩も負けてはいられない。深呼吸し、息を整え、愛は思うまま歌った。

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「オイ、ワレ男っちゅうもんわな、酒の一升も飲んじゃってさ、競馬もやっちゃってさ、その為にさ思いっ切り働くんじゃいワレ。てやんでべら坊めやんけ。やんけやんけやんけやんけそやんけワレ。ワレワレワレそやんけ。やんけやんけやんけやんけそやんけワレ。ワレワレワレそやんけ。河内のおっさんの唄。河内のおっさんの唄!」

秋艸堂が一瞬にして静まりかえり、八つの射るような眼差しが吾輩の土手っ腹を轟々と貫いた。秋艸堂の幽けき庭から、マタ・ハリよろしく間諜仰せつかった落窪クソ婆の渋り腹より糞が絞り出されるごぼごぼというおぞましい音が聴こえてきた。

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クマグス先生、島崎藤村の右頬のシミの謂れについて語る。

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クマグス先生のげにも恐ろしき博覧強記、統合力の一端を象徴する話がある。何十年かぶりに故郷に帰還したクマグス先生は飲み屋で地元の者と会った。クマグス先生はそこである娘の「狐憑き」について地元の長老からなにくれと相談を受ける。

クマグス先生は娘の家系を遡りつつ、狐憑き娘の一族の縁故由来の種々について縷々延々と述べたあと、「そのような次第なので娘に狐が憑くのは致し方ない」と結論する。その娘とクマグス先生が直接に知り合いだったわけではないし、その娘とその家系について事前に特段の調査、追跡をしていたわけでもない。

クマグス先生の狐憑き娘の家系にかかる話はまことに微に入り細に入っており、その一族のある法事の席の膳にならんだ菜の品目、饗された酒の銘柄、当日の天候、風向きというような当の一族の者でさえ知らぬかおぼえていないことまでをも網羅するものであった。このようなところからも熊楠翁の桁外れの強記ぶりが知られる。天狗にしてみればどうということのない些末事にすぎないのではあるが。ちなみに吾輩のこれまでの言説中にたびたび登場する「冬眠を忘れた熊」とは南方熊楠翁のことである。

さて、クマグス先生、會津八一、島崎藤村、柳田國男、そして吾輩によるてんでばらばらな変則五重唱が一段落し、一同がこれまたてんでばらばらに自家撞着についての反省に耽っているコヒーレントな時間を破ったのは最前より十歳ほども若返ったクマグス先生その人であった。若返りはクマグス先生お得意の「天狗の術」のひとつである。クマグス先生は島崎ハルキンボをぐいと睨みつけて言った。

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「ハルキンボよ。おまえの右の頬の大きなシミの謂れを教えてやろうかい?」
「は、は、はひぃ! 是非にお願い申します」
「かわりと言っちゃあなんだが、麻布笄町の若菜を吾輩によこせよ」
「え、え、ええええ! そ、そ、そんなあ! 若菜はあたくしの命でございますよ、先生」
「吾輩に命を差し出す名誉を土産に冥土へ旅立つがいいさ。冥土への旅立ちの前にアキバのメイド喫茶くらいは連れていってやろうさ」
「……。」
「おまえは先年の春の盛り、正確には五月一日、メーデーの夕刻、姪っ子の若菜の家で若菜とたっぷり御懇ろに及んだのちの帰りの道すがら、ノダフジの枝のひとくれを手折って自宅に持ち帰ったな?」
「な、な、な、なんと! なしてそのことを知っておられますか!」
「吾輩は天下御免天下無双の南方熊楠である! 南方熊楠を知らんか!」
「それはおれの専売だから!」

傍で事態の成り行きをじっと聴いていた會津八一が口を挟むがクマグス先生も島崎ハルキンボも相手にしない。會津八一は「黙す。」とだけ言って、実際、シベリアの永久凍土のように深々と沈黙した。それを見届けたクマグス先生が口を開く。

「ハルキンボよ。おまえの右頬の醜悪なるシミはおまえが手折ったノダフジの精の仕業だ」
「じぇじぇ! じぇじぇじぇのじぇ!」
「きさま! 朝の連ドラぱくりすぎてるから!」
「ゲゲ! ゲゲゲのゲ!」
「それもだから!」

床の間の脇の小さなテレビ受像機から泉ピン子の嘘くさいインチキ付け刃の山形弁による台詞回しが聴こえてきた。泉ピン子の傲岸不遜で耳が腐るような声に虫酸が走り、腑のすべてが煮えくりかえる。思えば、銀山温泉にはいまもポンコツ・スーパーマーケット誕生前史となった話にまつわる土産の品々が埃を被って並んでいる。売れればひとつあたり何十円かが橋田壽賀子と石井ふく子の薄汚れた懐に入る仕組みだ。

橋田壽賀子、石井ふく子一味のやることは茄子事ヤル事脱税事、常に陳腐でまやかしで退屈である。渡る世間はみんなで渡ればこわくもないような甘ちゃん世界であり、鬼の居ぬ間に命の洗濯どころか「オサレなランチ」と「豪華豪勢ステキステキのディナー」の大行列、グロテスクなエゴイズムと愚にもつかぬ「認知欲求」と「親和欲求」にまみれた鬼ごっこばかりである。

頓知協会も顔色なし、『スコブル滑稽面白半分新聞』の腕っこき記者がそのうちそのカラクリを嗅ぎつけて「威武に屈せず富貴に淫せず、ユスリもやらずハッタリもせず、天下独特の肝癪を経とし、色気を緯とす。過激にして愛嬌あり」とばかりに宮武外骨、森鳴燕蔵以下の反骨土性っ骨モッコスイゴッソウジョッパリの面々が駆けつけるのは必定である。そんな重大局面を知ってか知らずか、島崎ハルキンボの末成りボンクラヘッポコスカタンは美醜の戯けごとに御執心の様子である。

「クマグス先生、いったいこのシミを消すにはどうしたらばようござんしょうか?」
「そうだな。まず手始めに姪っ子の若菜を吾輩によこせ」
「またそれでござんすかい?」
「おうよ。それでござんすよ」
「手始めのあとはどうなりましょうか?」
「そいつは漱石と鴎外と芥川に相談だ。岩波のポンコツ茂雄にもな」

漱石山房の御一統様と帝国陸軍メディカル・ギャングスターズの一団の足音が文豪然と近づいてくる。

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漱石と鴎外の「沈黙合戦」を一蹴。テンギャン・クマグスここにあり!

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履き古した軍靴の行進のような腹にこたえる地鳴りを響かせて到着するなり、漱石山房の御一統様と鴎外を首領首魁とする帝国陸軍メディカル・ギャングスターズの面々は秋艸堂の幽けき庭で対峙した。漱石と鴎外の両陣営の総大将による直接対決、「沈黙合戦」「黙殺合戦」が始まるのだ。

漱石、鴎外ともに独自の軍配を固く握りしめている。漱石は「個人主義」というカーライル博物館色の軍配を。鴎外は「闘う家長」という大黒柱色の軍配を。その場にいる者の全員が息をのんで事態の推移を見守る中、この極上至極の緊張、威厳をぶち壊したのは「闘わない課長」の月亭可朝だった。

闘わない課長・月亭可朝は性懲りもなく「可朝は七年間不倫してきてその結果~ 警察に御用やで~ 『嘆きのボイン』も今は昔のことやで〜 だれも『嘆きのボイン』なんか知らへんで〜 ウケへんで〜」と歌うも、だれもぴくりともしない。唯一、例外的に、帝国陸軍メディカル・ギャングスターズの特務曹長、北里柴三郎が土筆ヶ岡養生園で秘密裡に開発された細菌兵器を月亭可朝に投げつける素振りをみせた。鴎外が北里柴三郎を制した。

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「コッホ先生が泣くぞ。今度はノーベル医学賞を獲れるように塩梅するからここはこらえなさい。余は石見人、森林太郎である」
「吾輩は神経衰弱の個人主義者である」

やや斜に構えて事の成り行きを見守っていた漱石が言った。横では久米正雄がチビた赤エンピツを舐め舐め、競馬ブックと競馬エイトと優馬の競馬新聞三紙を微苦笑しながら睨みつけていた。生意気にも根岸競馬場場長と目黒競馬場場長の二人をお供に従えている。そうかと思えば、菊池寛の鈍牛野郎は銭勘定に余念がない様子だ。岩波のボンクラ茂雄はいがぐり頭を恒藤恭に瀧川幸辰直伝の「構成要件充足違法性阻却自由皆無人格的責任硬め麺柔らかめ固め」によって締めつけられている。百鬼園・芥川龍之介はと言えば地獄から蜘蛛の糸を遮二無二強欲に躙り登ってきたアソコガ・カンジタ犍陀多のような形相で河童然と牛に繋がれている。

「芥川、なんだその態は?」

大白牛車のフェイクものを牽くべこ牛よろしく馬銜を禍福は糾える縄のごとくに繋がれた芥川に向かって、慈悲観世音菩薩のような悲しいお顔でクマグス先生はたずねられた。

「テンギャン先生、僕の透明な歯車と侏儒の言葉とに彩られた或る阿呆な人生には牛になる事がどうしても必要だったのです。そんなことより、芋粥を喰わせてください。羅生門際の藪の中で獲れた山芋の粥を。そうでないと、僕の悲しいことにはエボナイト棒でオールナイト・ニッポン百叩きの刑がお待ちかねなのです。どうか、僕のいつかの遠い日の夏の木登りのときに地べたに堕ちて折れちまった鼻高々の鼻をさらにさらにへし折ってください」
「承知したぞ、芥川。そのかわり、おまえが嫌悪し、憎悪した字の下手糞な女子どもの始末はどうつけるのだ?」
「テンギャン先生、その件は芋粥を食しながら」
「そうか。そうだな。それがいいな」

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クマグス先生は再び虚空に右の指先で梵字を切り、羅生門際の藪の中で獲れた山芋を百と八本、鍋、薪ざっぽうふた抱え、椀と箸の一揃えを出現させた。一同から「おお」という感嘆の声が上がったが、クマグス先生は意にも介さず、次にいまだ沈黙合戦中の漱石と鴎外に一瞥を加えてから二人に向かってふた息の息吹を吹きかけた。

漱石と鴎外は瞬時に寒山と拾得の置物に変わってしまった。そして、「そこになおっておれ。業突く張り強情っ張り偏屈爺どもめが!」とクマグス先生は吐き捨てた。クマグス先生が吐き捨てたものからは大瀬崎のお社の古代の神々たちの息吹とおなじ山梔子の匂いがした。さらにクマグス先生は言い放った。

「ハルキンボを除けば、ここにいる御仁はみな縄文人である。今日ただいまよりわれらは縄文革命を起こす。異議ありやなしや?」

一瞬の静寂沈黙ののち、ハルキンボ島崎を除いた全員が「異議なし! 縄文革命弥栄!」と会津八一もかくやとでもいうべき大音声で賛意を示した。ハルキンボ島崎だけが多崎つくるの青なり瓢箪のような尻を撫でながら小刻みに震え、ナイーヴなロースハムの蔕をちろちろと苔の生えた舌先で舐めていた。記念すべき縄文革命の始まりだった。

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by enzo_morinari | 2013-07-30 02:51 | クマグス・デイズ | Trackback

クマグス先生、漱石と鴎外の「沈黙合戦」を一蹴。

 
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 漱石と鴎外の「沈黙合戦」を一蹴。テンギャン・クマグスここにあり!


 履き古した軍靴の行進のような腹にこたえる地鳴りを響かせて到着するなり、漱石山房の御一統様と鴎外を首領首魁とする帝国陸軍メディカル・ギャングスターズの面々は秋艸堂の幽けき庭で対峙した。漱石と鴎外の両陣営の総大将による直接対決、「沈黙合戦」「黙殺合戦」が始まるのだ。漱石、鴎外ともに独自の軍配を固く握りしめている。漱石は「個人主義」というカーライル博物館色の軍配を。鴎外は「闘う家長」という大黒柱色の軍配を。その場にいる者の全員が息をのんで事態の推移を見守る中、この極上至極の緊張、威厳をぶち壊したのは「闘わない課長」の月亭可朝だった。闘わない課長・月亭可朝は性懲りもなく「可朝は七年間不倫してきてその結果~ 警察に御用やで~ 『嘆きのボイン』も今は昔のことやで〜 だれも『嘆きのボイン』なんか知らへんで〜 ウケへんで〜」と歌うも、だれもぴくりともしない。唯一、例外的に、帝国陸軍メディカル・ギャングスターズの特務曹長、北里柴三郎が土筆ヶ岡養生園で秘密裡に開発された細菌兵器を月亭可朝に投げつける素振りをみせた。鴎外が北里柴三郎を制した。

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「コッホ先生が泣くぞ。今度はノーベル医学賞を獲れるように塩梅するからここはこらえなさい。余は石見人、森林太郎である」
「吾輩は神経衰弱の個人主義者である」
 やや斜に構えて事の成り行きを見守っていた漱石が言った。横では久米正雄がチビた赤エンピツを舐め舐め、競馬ブックと競馬エイトと優馬の競馬新聞三紙を微苦笑しながら睨みつけていた。生意気にも根岸競馬場場長と目黒競馬場場長の二人をお供に従えている。そうかと思えば、菊池寛の鈍牛野郎は銭勘定に余念がない様子だ。岩波のボンクラ茂雄はいがぐり頭を恒藤恭に瀧川幸辰直伝の「構成要件充足違法性阻却自由皆無人格的責任硬め麺柔らかめ固め」によって締めつけられている。百鬼園・芥川龍之介はと言えば地獄から蜘蛛の糸を遮二無二強欲に躙り登ってきたアソコガ・カンジタ犍陀多のような形相で河童然と牛に繋がれている。
「芥川、なんだその態は?」
 大白牛車のフェイクものを牽くべこ牛よろしく馬銜を禍福は糾える縄のごとくに繋がれた芥川に向かって、慈悲観世音菩薩のような悲しいお顔でクマグス先生はたずねられた。
「テンギャン先生、僕の透明な歯車と侏儒の言葉とに彩られた或る阿呆な人生には牛になる事がどうしても必要だったのです。そんなことより、芋粥を喰わせてください。羅生門際の藪の中で獲れた山芋の粥を。そうでないと、僕の悲しいことにはエボナイト棒でオールナイト・ニッポン百叩きの刑がお待ちかねなのです。どうか、僕のいつかの遠い日の夏の木登りのときに地べたに堕ちて折れちまった鼻高々の鼻をさらにさらにへし折ってください」
「承知したぞ、芥川。そのかわり、おまえが嫌悪し、憎悪した字の下手糞な女子どもの始末はどうつけるのだ?」
「テンギャン先生、その件は芋粥を食しながら」
「そうか。そうだな。それがいいな」

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 クマグス先生は再び虚空に右の指先で梵字を切り、羅生門際の藪の中で獲れた山芋を百と八本、鍋、薪ざっぽうふた抱え、椀と箸の一揃えを出現させた。一同から「おお」という感嘆の声が上がったが、クマグス先生は意にも介さず、次にいまだ沈黙合戦中の漱石と鴎外に一瞥を加えてから二人に向かってふた息の息吹を吹きかけた。漱石と鴎外は瞬時に寒山と拾得の置物に変わってしまった。そして、「そこになおっておれ。業突く張り強情っ張り偏屈爺どもめが!」とクマグス先生は吐き捨てた。クマグス先生が吐き捨てたものからは大瀬崎のお社の古代の神々たちの息吹とおなじ山梔子の匂いがした。

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by enzo_morinari | 2013-05-10 01:22 | クマグス・デイズ | Trackback

クマグス先生、島崎藤村の右頬のシミの謂れについて語る。

 
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 クマグス先生のげにも恐ろしき博覧強記、統合力の一端を象徴する話がある。何十年かぶりに故郷に帰還したクマグス先生は飲み屋で地元の者と会った。クマグス先生はそこである娘の「狐憑き」について地元の長老からなにくれと相談を受ける。クマグス先生は娘の家系を遡りつつ、狐憑き娘の一族の縁故由来の種々について縷々延々と述べたあと、「そのような次第なので娘に狐が憑くのは致し方ない」と結論する。その娘とクマグス先生が直接に知り合いだったわけではないし、その娘とその家系について事前に特段の調査、追跡をしていたわけでもない。クマグス先生の狐憑き娘の家系にかかる話はまことに微に入り細に入っており、その一族のある法事の席の膳にならんだ菜の品目、饗された酒の銘柄、当日の天候、風向きというような当の一族の者でさえ知らぬかおぼえていないことまでをも網羅するものであった。このようなところからも熊楠翁の桁外れの強記ぶりが知られる。天狗にしてみればどうということのない些末事にすぎないのではあるが。ちなみに吾輩のこれまでの言説中にたびたび登場する「冬眠を忘れた熊」とは南方熊楠翁のことである。

 さて、クマグス先生、會津八一、島崎藤村、柳田國男、そして吾輩によるてんでばらばらな変則五重唱が一段落し、一同がこれまたてんでばらばらに自家撞着についての反省に耽っているコヒーレントな時間を破ったのは最前より十歳ほども若返ったクマグス先生その人であった。若返りはクマグス先生お得意の「天狗の術」のひとつである。クマグス先生は島崎ハルキンボをぐいと睨みつけて言った。

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「ハルキンボよ。おまえの右の頬の大きなシミの謂れを教えてやろうかい?」
「は、は、はひぃ! 是非にお願い申します」
「かわりと言っちゃあなんだが、麻布笄町の若菜を吾輩によこせよ」
「え、え、ええええ! そ、そ、そんなあ! 若菜はあたくしの命でございますよ、先生」
「吾輩に命を差し出す名誉を土産に冥土へ旅立つがいいさ。冥土への旅立ちの前にアキバのメイド喫茶くらいは連れていってやろうさ」
「……。」
「おまえは先年の春の盛り、正確には五月一日、メーデーの夕刻、姪っ子の若菜の家で若菜とたっぷり御懇ろに及んだのちの帰りの道すがら、ノダフジの枝のひとくれを手折って自宅に持ち帰ったな?」
「な、な、な、なんと! なしてそのことを知っておられますか!」
「吾輩は天下御免天下無双の南方熊楠である! 南方熊楠を知らんか!」
「それはおれの専売だから!」
 傍で事態の成り行きをじっと聴いていた會津八一が口を挟むがクマグス先生も島崎ハルキンボも相手にしない。會津八一は「黙す。」とだけ言って、実際、シベリアの永久凍土のように深々と沈黙した。それを見届けたクマグス先生が口を開く。
「ハルキンボよ、おまえの右頬の醜悪なるシミはおまえが手折ったノダフジの精の仕業だ」
「じぇじぇ! じぇじぇじぇのじぇ!」
「きさま! 朝の連ドラぱくりすぎてるから!」
「ゲゲ! ゲゲゲのゲ!」
「それもだから!」
 床の間の脇の小さなテレビ受像機から泉ピン子の嘘くさいインチキ付け刃の山形弁による台詞回しが聴こえてきた。泉ピン子の傲岸不遜で耳が腐るような声に虫酸が走り、腑のすべてが煮えくりかえる。思えば、銀山温泉にはいまもポンコツ・スーパーマーケット誕生前史となった話にまつわる土産の品々が埃を被って並んでいる。売れればひとつあたり何十円かが橋田壽賀子と石井ふく子の薄汚れた懐に入る仕組みだ。
 橋田壽賀子、石井ふく子一味のやることは茄子事ヤル事脱税事、常に陳腐でまやかしで退屈である。渡る世間はみんなで渡ればこわくもないような甘ちゃん世界であり、鬼の居ぬ間に命の洗濯どころか「オサレなランチ」と「豪華豪勢ステキステキのディナー」の大行列、グロテスクなエゴイズムと愚にもつかぬ「認知欲求」と「親和欲求」にまみれた鬼ごっこばかりである。頓知協会も顔色なし、『スコブル滑稽面白半分新聞』の腕っこき記者がそのうちそのカラクリを嗅ぎつけて「威武に屈せず富貴に淫せず、ユスリもやらずハッタリもせず、天下独特の肝癪を経とし、色気を緯とす。過激にして愛嬌あり」とばかりに宮武外骨、森鳴燕蔵以下の反骨土性っ骨モッコスイゴッソウジョッパリの面々が駆けつけるのは必定である。そんな重大局面を知ってか知らずか、島崎ハルキンボの末成りボンクラヘッポコスカタンは美醜の戯けごとに御執心の様子である。

「クマグス先生、いったいこのシミを消すにはどうしたらばようござんしょうか?」
「そうだな。まず手始めに姪っ子の若菜を吾輩によこせ」
「またそれでござんすかい?」
「おうよ。それでござんすよ」
「手始めのあとはどうなりましょうか?」
「そいつは漱石と鴎外と芥川に相談だ。岩波のポンコツ茂雄にもな」
 漱石山房の御一統様と帝国陸軍メディカル・ギャングスターズの一団の足音が文豪然と近づいてくる。

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by enzo_morinari | 2013-05-08 19:59 | クマグス・デイズ | Trackback

「クマグス曼荼羅」発、『河内のオッサンの唄』着

 
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 クマグス曼荼羅、秋艸堂の結界を破る。千曲川のスケッチブックに綴られる海上の道と遠野の里の物語。そして、河内のオッサンの唄


「秋艸堂で釣竿一式借りることにしよう」
 クマグス先生は言うが早いかダットサンを上回る脱兎の勢いで走り出した。吾輩もあとにしたがった。クマグス先生の俊足はつとに知られている。和歌山県陸上競技連盟の公式記録には若きクマグス先生が百メートルを10秒代前半で走ったとある。まさに天狗である。実際のところ、クマグス先生は正真正銘の天狗なのであるが。正確には「先祖がえり」の一例である。

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 明治通りでスカした舶来車やらRV車どもを蹴散らしながら疾走し、学習院を横目に雑司ヶ谷の墓場際の秋艸堂に到着するなり、クマグス先生は大音声を発した。
「會津はいるか! 八一はおらんのか!」
 中からはなにも声がしない。門は固く閉ざされている。と、クマグス先生は右の指先で虚空に梵字をいくつか切り、クマグス曼荼羅を出現させた。それからおもむろにクマグス曼荼羅を口にくわえ、一瞬気配を消したと思うそのすぐ先に一気呵成に「八一の結界」を破る。門は木っ端のように軽々と開いた。
「罷り通る!」
 クマグス先生が結界を越えて一歩足を踏み入れた途端に、秋艸堂の庭の樹々がわさわさと喜びの声をあげた。

 會津八一はいなかった。あるいはどこかに潜んでいるのかもしれないが姿はみえない。家の者もいない。クマグス先生はさっさと着物を脱いで褌一丁になると大広間の畳の上に大の字になった。そして、すぐに大鼾をかきはじめる。吾輩は手持ち無沙汰に會津八一の蔵書の中からカネになりそうなのを見繕ってさっさと懐におさめた。そして、吾輩もパンツ一丁になり、クマグス先生の横に寝転んだ。

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 ひとつどきも過ぎた頃か。クマグス先生と吾輩の枕元にとんぼ眼鏡をかけた末生りがこれ見よがしに千曲川の瀬音を響かせながら立っている。
「先生、先生。島崎の野郎が来ましたぜ」
「ん? なに? だれが来たって?」
「島崎ですよ。島崎のハルキンボです」
「あ。ハルキンボめ! ここで会ったが百年目と思え!」
 クマグス先生が怒鳴る。震え上がるハルキンボの末生り瓢箪のような肩越しにコケシとホトケさまを足したような風情、たたずまいの柳田國男が満面の笑みを浮かべて大黒柱に抱きついているのがみえる。

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「やいやい、ハルキ! ハルキンボ! おまえ、柳田のひとがいいのをいいことに椰子の実を盗みやがったな?」
「あ。それは、そ、そ、それは   
「ソもラもシもあるか! ファドはポルトガルのブルーズだ! おぼえとけ! 姪っ子と乳繰り合うような下衆外道には椰子の実を盗むくらいはどうということもなかろうけれども、おまえのインチキマヤカシ銀流しは先刻お見通しだ。いったいうすらの女子をどれほどもいてこましたのだ?」
「そ、そ、それは、それは、百と八人ほど」
「きさま! ヤルにこと欠いて煩悩の数だけ天津摩羅命、天照眞良建雄命をおっ勃ておったか! ハルキンボ! ここに八一がいようものなら、おまえただではすまんぞ!」
「天下御免の會津八一である! 會津八一を知らんか!」と大音声を発して入ってきたのは秋艸道人、會津八一であった。
「あ。會津。どうしておまえがここにいる?」と南方熊楠翁やや拍子抜けした様子でたずねた。
「ここはおれんちだ。おれんちにおれがいてなにが悪い。なにか奇矯か? そんなことより、きょうこそはお弟子にしていただくのである!」
「おまえ、いちいち大音声を発せんでも聴こえるから」
「声のでかいのは地である! 天下御免の會津八一である! 會津八一を知らんか!」
「だれもきいてないから。おまえが會津八一であるのはここにいる全員知ってるから」
「秋の日は義淵が深きまなぶたにさし傾けり人の絶え間を」
「聴いてないから!」
「一、ふかくこの生を愛すべし 一、かへりみて己をしるべし 一、学芸を以て性を養ふべし 一、日々新面目あるべし いまよりは天の獅子座のかがやきを大人のまなこと観つつ励まむ」
 會津八一は鬼の形相で絶叫をつづける。そのそばから島崎ハルキンボこと島崎藤村が歌いだす。
「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり」
「黙れ! スケコマシ!」
「君がさやけき目のいろも 君くれないのくちびるも 君がみどりの黒髪も またいつか見ん この別れ」
 クマグス先生が怒鳴ってもハルキンボはやめない。今度は柳田國男が呪文じみた言葉を吐き出しはじめた。
「ナニャドヤラナニャドヤラナニャドヤラ ナニャド ナサレテ ナニャドヤラナニャドヤレ ナサレデ ノーオ ナニャドヤレナニャドヤラヨー ナニャド ナサレテ サーエ ナニャド ヤラヨーナニャド ナサレテ ナニャドヤラ ナニャド」
「おまえたち! いいかげんにしろ!]
 だれもやめない。
「よおし。おまえたちがそうなら吾輩だって」
 南方熊楠翁は言うなり、『ラーマーヤナ』第6巻の「ユッダ・カーンダ」をブラーフミー語で吟じ始めるではないか。こうなっては吾輩も負けてはいられない。深呼吸し、息を整え、愛は思うまま歌った。

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「オイ、ワレ男っちゅうもんわな、酒の一升も飲んじゃってさ、競馬もやっちゃってさ、その為にさ思いっ切り働くんじゃいワレ。てやんでべら坊めやんけ。やんけやんけやんけやんけそやんけワレ。ワレワレワレそやんけ。やんけやんけやんけやんけそやんけワレ。ワレワレワレそやんけ。河内のおっさんの唄。河内のおっさんの唄!」
 秋艸堂が一瞬にして静まりかえり、八つの射るような眼差しが吾輩の土手っ腹を轟々と貫いた。秋艸堂の幽けき庭から、マタ・ハリよろしく間諜仰せつかった落窪クソ婆の渋り腹より糞が絞り出されるごぼごぼというおぞましい音が聴こえてきた。

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by enzo_morinari | 2013-05-08 11:52 | クマグス・デイズ | Trackback

アカエイと淫する南方熊楠翁のガマン汁の元は粘菌である。#1

 
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 すでに我が国馬関辺では、アカエイの大きなのを捕えて砂上に置くと、その肛門がふわふわと呼吸に連れて動くところへ、漁夫が夢中になって抱きつき、これに婬し、終わるとまた他の男を呼び、喜びを分かつのは、一件上の社会主義とでも言うことができ、どうせ売って食ってしまうものなので、姦し殺したところで何の損にもならない。情欲さえそれで済めば一同大満足で、別に仲間以外の人に見せるのでもないので、何の猥褻罪も構成しない。かえってこの近所の郡長殿が、年にも恥じず、鮎川から来た下女に夜這いし、細君がカタツムリの角を怒らせ、下女は村へ帰っても、若衆連中が相手にしてくれないなどに比べれば、はるかに罪のない話である。 南方熊楠『人魚の話』

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 さて、古今東西に並ぶ者なき「森羅万象の巨魁」「知の大巨人」である南方熊楠翁の記憶力、博覧強記ぶりにはほとほとあいた口が塞がらぬ吾輩である。
 ある小春日和、武蔵野の小春おばさんの家の縁側で日向ぼっこがてらに『和漢三才図会』の綴じを繕っていた南方熊楠翁が突然、「きみきみ。近頃、中沢新一とかいう小僧がバッハバッハと喧しいようだが、あれはいったいぜんたいどういう料簡なのだ?」と言い、「耳にたいそう小癪なので、行ってどうにかしてきてくれまいかね?」と吾輩を促した。
「先生がどうしてもと仰るのであれば、わたくしとしてはその中沢新一とかいう小僧を野うさぎと一緒に煮るなり、野生野蛮焼きするなり、チベットまで蹴り飛ばすなりいたしますが、どういたしましょうか?」
「どうしてもというほどでもないのだがね。小癪に障るていどなのだがね」
「ではこうしましょうよ、先生。先生秘伝の粘菌汁の大元を少しくわたくしに分けていただけますまいか? ちょいとこのごろ、アレのほうの塩梅がいまいち潤いに欠けておりますもので」
「きみきみ。それはまた随分と難儀なことを申し向けてくるじゃないかよ。吾輩も寄る年波でアッチもコッチもガタが来ているところへもってきて、昨今の愚劣愚鈍な土地開発土地改良によって粘菌どももめっきり数が減っているのだよ。よって、粘菌汁の手持ちは吾輩の分しかない」
「うーん」
「ではこうしようじゃないかよ。アカエイのいいのをつらまえて、きみに極上極楽の思いをする秘法を伝授しようじゃないか」
「ええええええっ! あの湯ぼぼ酒まらを凌ぐとも言われるアカエイボボリコをですか!」
「そうさ」
「是非是非にお願いいたしますよ、先生!」
「よし。わかった。ではさっそくアカエイをばとっつかまえにいこうではないかよ」

 こうして、南方熊楠翁と吾輩はアカエイ獲りの仕度に取りかかった。

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by enzo_morinari | 2013-05-08 04:08 | クマグス・デイズ | Trackback