カテゴリ:ジブリの岸辺( 1 )

いつのまにか少女は

 
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         Shooted by maki+saegusa(SAEGUSA FULCRUM POINT)

 
 その少女の存在を知ったのは1982年の冬だった。世界は「火の七日間戦争」から千年を経て腐海に覆われ、さらに悪いことには土鬼どもが東と西に別れて対立し、人々は「冷戦」という名の冷酷非情な心理戦に翻弄されていた。さらには、少数の富める者と多くの貧しき者たち、持てる者と持たざる者は北と南に別れて対峙し、人々は「搾取」という名の桎梏に繋がれて日々を生き延びることに汲々としていた。

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 世界からはありとあらゆる希望と信頼と調和が失われ、人々は懲りもせずに再び石油と金属とプラスチックとセラミックまみれの旧世界の復活を願っていた。「巨神兵」という名の核兵器に頼ろうとさえした。愚かきわまりもないが、いまもそれはなにひとつ変わっていない。「核の傘」の下で雨宿りをしたところで、待っているのはさらなる核の土砂降りだろう。いくら待っても爽やかで健やかで気持ちのよい晴れ間が出ることなどない。

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 恐ろしい致死の森である腐海は刻々と人々が暮らし、生きる世界を飲みこんでいたが、人々はなすすべもなく腐海の浸食を受け入れるしかなかった。そのような世界に少女は現れた。オデュッセイアを助け、恋に落ち、のちにオルレアンの救国の乙女として生まれ変わり、さらに虫めでる姫君として輪廻転生し、ついに少女は人々を青き清浄の地へ導かんとしていつもいい風の吹く谷の小さな村に再び現れたが、少女の再誕に気づく者はアニメージュ王国の一部のオタク族だけだった。彼らは羨望と憧れをこめて、少女を「風の谷のナウシカ」と呼んだ。

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 2年後の1984年春、少女はメーヴェ、カモメという名の風に乗り、颯爽と広い世界に現れた。2年前より少女の翼が少し疲れてみえたのは私の気のせいだったろう。人々は少女を賞賛した。崇める者がいた。少女に恋をする者さえいた。しかし、それも長くはつづかなかった。人間はやはり懲りもせず、この先もずっと「愚かな道」を歩みつづけるのか? 希望と信頼と調和のない道を。わからない。私の残り時間では本当の答えを知ることはできない。

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 少女の存在を知ってからすでに30年が過ぎた。そのあいだに世界はいい方向に変わっただろうか? 私の知るかぎりにおいては「青き清浄の地」はいまだにみつかっていないし、かたちをかえた腐海が世界を飲み込み、さらに広がっているようにさえ思える。
 いつのまにか少女は彼女を知り、なつかしむ人々とその子孫たちの前に遠慮がちに年に春と夏の2回だけ、2時間足らず姿を現すのみだ。風ではなく、電磁波に乗って。様々の思惑と欲得としがらみにがんじがらめにされて。しかたない。それが時間というものの残酷さだ。

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 30年の歳月を経て、少女の翼はとても年老いたように見える。翼のあちこちには傷みや劣化がある。艶も輝きも1982年の頃よりずっと失われている。くすみ、煤けているようにも感じられる。羽ばたきはしなやかさと力強さを失っているし、風切り音にはいまや鋭さがない。全体の動きは緩慢で俊敏さは影を潜めている。千年後には少女の翼は無惨にも折れ曲がり折れ果て風化して、痕跡さえとどめなくなっているだろう。それを押しとどめることは何者にもできない。

 風を使いこなし、風の通り道を知り、風のゆくえを見届ける次代の「風の谷のナウシカ」はいつ登場するのか?

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 いつのまにか少女は - 井上陽水
 
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by enzo_morinari | 2013-04-26 05:43 | ジブリの岸辺 | Trackback