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マシンガン・タイプライター#1

 
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 タイプライターを永遠に叩きつづければ、猿でもいつの日か『オデュッセイア』と『イーリアス』と『聖書』と『神曲』と『ガルガンチュワとパンタグリュエル』と『カラマーゾフの兄弟』と『失われた時を求めて』と『ユリシーズ』と『フィネガンズ・ウェイク』と『老人と海』と『長いお別れ』と『羊をめぐる冒険』と『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』と『虹のコヨーテ』を書き上げる。

「真夜中、タイプライターの音が聴こえたら気をつけろ」と私は女に言った。女はすすり泣いている。ざまあない。これからおまえには死刑囚の日々がやってくるのだ。私の一言一句はすべておまえへの「死刑宣告」だ。上訴不可。執行命令書にはすぐに署名がなされる。
「いいか? タイプライターの音だぞ。忘れるな。念のために教えておいてやろう。タイプライターはスミス・コロナの機械式タイプ・ライター Royal Quiet DeLuxe Portable 1941だぞ。まちがえるな。Royal Quiet DeLuxe Portable 1941だ」
 私は念を押した。そのたびに女の喉の奥から悲鳴とも喘ぎともつかない奇妙な音が聴こえた。スカイプを通しても女の発する奇妙な音は生々しかった。
「いいか? 忘れるな。条件さえ整えばおまえもおまえの一族も一巻の終わりだ。いいな? わかってるな?」
「条件が整えばって?」
「ふん。手の内を見せるわけにはいかないな。これは命がけのゲームなんだからな」
「ゲームから降りることはできないの?」
「ゲームから降りるだって? そりゃ、無理な相談というものだぜ、お嬢さん。なんせ、あんたは賭け金を吊り上げちまったんだからな。賭け金を吊り上げたのはほかのだれでもない、あんた自身なんだからな。賭け金を吊り上げたうえに複雑にしちまったんだ。この世界には取り返しのつかないことがあるってこった」
 女の嗚咽が大きくなる。笑いがこみあげてくる。のたうちまわり、もがき苦しみ、惨たらしく死んでゆけ。
「なんとかなりませんか?」
「ならない」
「助けてほしい」
「助けない」
「どうしても?」
「どうしてもだ。いいか? おまえは怒らせてはいけない相手の怒りを買ったんだ。それも特大の怒りをな。火遊びはたいがいにしておくべきだったんだ。おまえにできるのはただ座して死を待つことだけだ。のたうちまわり、もがき苦しみ、惨たらしく死んでゆくしか道はない。おまえもおまえの一族もな。もう私の手に負えない地点に来てしまったのさ。わかるな?」
 女が苦しげにうなずいているのが手に取るようにわかった。そうだ。賭け金をレイズした者がゲームから降りることはゆるされない。それは死を意味する。もっとも、女に待ち受けているのは死よりも遥かに苦痛に彩られている日々だが。女の旧式のデイジーホイールのような瞳が浮かぶ。その瞳はいまごろ恐怖で歪んでいるはずだ。Royal Quiet DeLuxe Portable 1941の機関銃の発射音のような乾いたタイピングの音が聴こえはじめた。そのタイピング音は地獄行きのカウントダウンだ。

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by enzo_morinari | 2013-04-21 23:30 | マシンガン・タイプライター | Trackback