カテゴリ:CLOSED BOOK( 4 )

アーキオプテクスの樹の上で震えながら途方に暮れている仔猫ちゃんへ

 
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ミントジュレップを一杯引っかけたあとにこそふさわしい話
ハーブ・エリスの不思議な三角形
ゴンザレスの南、チチリアーノの西。あるいは RIDE ON TIME の男


ミントのできが悪かったからじゃない。寝不足が原因でもないし、門限を破ったからでもない。風邪気味だったのはいくぶんか影響しているかもしれない。でも、本当の理由はほかにある。そうとも。きみは木登りに夢中になりすぎたんだ。
たぶん、きみはいざとなれば誰かが梯子をかけて助けにきてくれると思っていたんだろうけど、誰も助けてくれやしないよ。もちろん、白馬に乗った王子様は現れない。誰もなにもしてくれない。梯子をかけるどころか、手を差しのべることさえね。
雲につかまろうとしたって無駄だよ。雲は霧なんだ。見る場所が変わればね。霧はすべてを閉ざすから、なにも期待しちゃいけない。もちろん、未来に起こることもね。「宇宙について思考するのに都合いいように脳はできているのよ」と言って深い沈黙に入った女の子の話のつづきを聴くことはもうできないんだ。
いいかい? 仔猫ちゃん。きみはアーキオプテクスの樹に登ったときとおなじように、降りるときも自分の力で降りてこなけりゃいけない。アカンソステガの子孫がおぼつかない足取りで海から這い出て、みずから地上にその一歩を刻したようにね。

仔猫ちゃん。きみは自分で決断し、行動し、その結果としていまアーキオプテクスの樹の上で震えている。そのことはすべて自分一人で引き受けなくちゃならない。世界はそんなふうにできあがっているんだ。霧は深くて寒くてなにも見えずなにも聴こえず、すごく心細いだろうけど、こればかりはどうしようもない。作為・不作為はともかく、ペパーミント・グリーンのベッドの上で賭け金を吊り上げたのはほかの誰でもない。きみ自身なんだから。

「おねがい。わたしを見て。あなたを愛しすぎてなにも見えないの」ってきみは言うんだろうけど、それはぼくだっておなじさ。その証拠にたくさん撫でてあげたろう? やさしい言葉だって抱えきれないほどかけた。いっぱい笑わせたしね。もうじゅうぶんじゃないか。いまや、ぼくには切るべき手持ちのカードが一枚もないんだ。

じゃ、ぼくは行くよ。せっかくだから、アカンソステガ・ディアトリマ・ハイエノドント楽団の1000人のヴァリオリン弾きたちが演奏する1000台のヴァイオリンによる『Misty』のCDをかけておく。『Misty』だけじゃなくて、きみの好きな『You Go to My Head』もあるよ。あと、ぼくの好きだった『I've Got a Crush on You』もね。もちろん、きみがアーキオプテクスの樹から自分の力で降りてこられるときまでリピートするようにセットしておいたよ。この不思議な世界をさまようにはうってつけさ。右足と左足の区別もつかず、帽子と手袋と靴下のちがいもわからないきみにはね。

さて、ミント・ジュレップのためのペパーミントを摘みにいく時間だ。霧は濃いけど、今度はうまくやるさ。

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ハーブ・エリスの不思議な三角形

20歳の頃のことだ。その頃、図書館司書か書店の売り子の恋人がほしいと思っていた。幸運にも私のその夢は実現した。しかも同時に。これはたぶん、長年にわたって根気よく勤勉に『ギリシャ・ローマ神話』とプルタルコスの『英雄伝』を繰り返し読みつづけた御褒美だ。
図書館司書あるいは書店の売り子を恋人に持つことのメリットは既刊新刊を問わずに読みたい本をほぼ完璧に手にすることができる点にある。実際、世紀の奇書といわれるサルバトーレ・ルカーニアの『マフィオーソ祈祷書』さえ読むことができた。16世紀末、イタリア・シシリー島の羊飼いによって書かれた『マフィオーソ祈祷書』の最後にはこう記されていた。

音もなく降りしきる春の雨に濡れながら、私は静かに筆を置く。もう二度と筆をとることはない。もうどこにも行かなくていい。ずっとこのまま、ここにいるだけでいい。
雨もいつかは上がるだろう。雨上がりの世界が春のやわらかな陽の光を浴びて息づき、匂い満ち、芽吹くといい。
羊飼いはただ一人、世界の果ての森へ向けて出発する。


読みたい本を手にすることができるほかにも、図書館司書と書店の売り子はおおいに私をたのしませくれた。休館日の図書館で催されている秘密の宴のことや本を万引きする人間の見分け方、あるいは深夜の図書館を跳梁跋扈するコトヨミとモノヨミらの怪物たちの話、書店の棚の上のほうに陳列されている本はそのほとんどがフェイクであること、さらには年に一度おこなわれる世界図書館司書シンポジウムのメイン・スポンサーがスタンダード石油とゼネラル・モーターズであることなど、おもわず身を乗り出さずにはいられない話を私は彼女たちからたくさん聴いた。

図書館司書は有栖川公園の一角にある東京都立中央図書館、書店の売り子は六本木通りに面した青山ブックセンターでそれぞれ働いていた。図書館司書と書店の売り子はいずれも私より8歳年上で、二人は誕生日と苗字まで同じだった。図書館司書は田丸ミサト、書店の売り子が田丸チサト。そう、二人は双子の姉妹だったのだ。二人の田丸は麻丘めぐみに似た美人で、特にふくらはぎから足首にかけてのラインがとても魅力的だった。ミサトは右目の斜め下、チサトは左目の斜め下に小さなほくろがあった。

私の部屋のベッドで初めて双子の姉妹のからだにふれたときのことはいまでもはっきりとおぼえている。双子はあらかじめそうすることが決められていたように永遠に交わることのない2本の直線としてベッドに横たわっていた。
私は双子のとても形のよい小さな乳房にそっとふれた。二人の乳房は氷のように冷たかった。乳房だけではなく、全身が凍りついているように思えた。
「きみたちは、なんというか氷の国の妖精みたいだ」
双子の姉妹との奇妙で親密なメイク・ラヴのあとに私が言うと、ミサトとチサトはきれいな首筋を同時にそらせてとても気持ちよさそうに笑った。
「わたしたちが妖精ならあなたはさしずめ魔法使いね。あなたの指は最高の幸福と不幸をもたらしてくれたもの」とミサトが目を潤ませ、私の指先を見ながら言った。
「異議なし」とチサトがすかさず言った。「実際、あなたの指で生まれて初めてわたしたちは本物の絶頂を味わえたのよ。長い28年間だったわ。でも、やっと氷はとけた。問題は残りの1/3」

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私と双子の姉妹がいっしょに暮らすようになったのは出会ってから1週間後だ。ミサトとチサトは仕事を終えて帰ってくると毎日毎日8時間ぶっとおしで牛の精巣とマウスの卵巣のスケッチをした。腱鞘炎にでもなってしまうんじゃないかと心配だったが双子の姉妹は私が考えている以上にタフだった。

ある秋の終わりの夕暮れ。私と双子の姉妹は神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の樹の近くのレストランのテラス席で早めの夕食をとっていた。テラス席にはずっと不思議なにおいのする風が吹いていた。私が甘鯛の香草包み焼きを取り分けているときだ。
「あなたに秘密にしていたことがあるの」とミサトが言った。
「本当はわたしたち双子じゃないのよ」とチサトが言った。
「わたしたち三つ子なの」と二人が同時に言った。言ったと同時に三人目の麻丘めぐみ似の田丸が現れ、空いていた椅子にとても優雅にからだを滑りこませた。
「こんにちは。はじめまして。田丸コサトです。よろしく」

田丸コサトは平凡社世界大百科事典の編集者だった。額の真中に小さなほくろがあった。私がほくろにみとれていると田丸コサトがうれしそうに言った。
「わたしたちのほくろを結ぶと正三角形になるのよ。おもしろいでしょう?」
「もちろんおもしろい。おもしろいし、すごく不思議でエロティックだ」
「この正三角形のほくろはなにかのしるしだというのがわたしたちの考え」
「なにかのしるし。なんのしるしなんだろうな」
「それをつきとめるのがあなたの役目じゃないの!」とミサトが憤慨したように言った。
「ぼくの役目。なにから手をつけたらいいかさっぱりわからないよ」
「とりあえず、4人でセックスすることから始めるのがいいと思う」とチサトが小さな声で言った。

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「レヴィ=ストロースが『悲しき熱帯』の最後のほうと『料理の三角形』の序文で言っていたとおりよ。わたしたち三つ子は人類全体の矛盾を孕みつつ、それでも存在しているの」とコサトが言った。コサトは全裸だった。カーテン越しに街をみるコサトの背中はおそらく1970年代末の東京においてもっとも美しく、もっとも孤独だったのではないかと思う。
「矛盾だらけだけど、ともあれ、わたしたちは存在する」
コサトはそう言ったきりもう二度と口を開こうとはしなかった。たぶん、彼女は私をとても憎んでいたんだといまにして思う。コサトだけではない。チサトもミサトもだ。三つ子全員が激しく私を憎悪し、憤怒の炎を燃やしていたのだ。

三つ子にはこの世界で起こるすべての物事についてサンシーブルとアンテリジーブルとの境目をなくし、その合間に新たな均衡を持ち込もうとする風変わりな癖があった。それは癖というよりも「世界」にしがみついているための防衛ラインとも思えた。三つ子はその防衛ラインをこれまでに生きてきたリアルな生活の断片のひとつひとつを懸命に繋ぎ合わせ、補修し、手入れしながら築きあげたのだ。
「感じることと知ること。わたしたちはそれ以外にはまったく興味がない」とミサトがつぶやいた。ミサトは車窓を流れ去る風景を追うような目で私をみつめた。
「わたしたちの28年間の人生はブリコラージュなの。オリジナルなんかなにひとつ残っていない。みんなバラバラに砕け散っちゃった。でもね、それをひとつひとつ根気よく拾い集めて口づけし、頬ずりし、修復し、埋葬してきたのよ。それがどれくらいつらく苦しいことかあなたにわかる?」
チサトが言うと三人は同時に私の顔を覗き込んだ。不思議な正三角形が迫ってくる。それが三つ子の姉妹に関する最後の記憶だ。
いまでもはかない残照を慈しむ気分で三つ子のことを思いだす。そして、三つ子がプレゼントしてくれたハーブ・エリスとオスカー・ピータソン・トリオのLPレコードを聴き、『アレクサンドリア図書館年代記』を読む。世界は人間なしに始まり、人間なしに終わるものなのだと自分自身に言い聞かせながら。


Q.E.F. Quod Erat Faciendum. 後悔先に立たず。

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ゴンザレスの南、チチリアーノの西。あるいは RIDE ON TIME の男

2000トンの雨の中、RIDE ON TIMEの男は不可思議グーゴル・ピーチパイ製の巨大な波を連れて夏の終わりを告げにやってきた。

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休暇届の書き方の問題に端を発した私の誤解から職場を追われるはめになった。今後の展開について作戦を立てるため、雨の日の麹町小学校の放課後の音楽室で「ぼくのクラゲ弁当」による短めの昼食をとった。「ぼくのクラゲ弁当」は故障ぎみでシャープさに欠け、味気なかった。チタニウム合金の味だけが際立っていた。しょんぼりしかけた気持ちに鞭を入れ、「ゴンザレスの失われたファリエロ・マージ」を探す旅に出ることにした。

「いい旅を!」などとは誰も言ってくれないのがわかっていたから自分で自分に言ってみた。言ったとたんに物悲しい気分になった。そして、すごく後悔した。情けなくなった。しかし、この旅の円環はかならず閉じなければならない。旅の仕度をととのえる私の耳元でターコイズブルーのアスタリスク(*)がそっとつぶやいた。

「いかなるときにも、*に気をつけなさい。*は凶星ハドリアヌスターである。それと、あれだ。誤解があるようなのではっきりさせておく。わたくしはノスタルジックなのではない。やや年老いてはいるがね。わたくしはちょっとセンチメンタルなだけなんだ。おぼえておいてくれ」

ターコイズブルーのアスタリスク(*)は年老いてはいるがノスタルジーにひたっているわけではない。センチメンタルなだけだ。その証拠にアスタリスク(*)の瞳には小さな星がいくつも輝いている。
「ターコイズブルーのアスタリスク(*)は年老いてはいるがノスタルジーにひたっているわけではない。センチメンタルなだけだ」と5回繰り返して口にだした。世界観に若干の修正が加えられ、世界は安物のブリキのおもちゃみたいにピカピカと輝き、いくぶんか小躍りしているようにみえた。

次の日。揺れる象といっしょに長めの昼食をとり、ケルアックの『路上』を読んでいた昼下がりにRIDE ON TIMEの男は突然現れた。彼がいったいどんな目的でやってきたのかはわからない。そもそも、RIDE ON TIMEの男には目的などなかったのかもしれない。彼の真の目的は「時間に乗ること」だけだからだ。
「このレコードをきみのオーディオ装置で聴かせてくれないかな? マイ・シュガー・ベイブ。夏の日々に本当のさようならを告げるために」
RIDE ON TIMEの男は山下達郎のEPレコードを差し出しながら言った。私はイーベイ・オークションに「三曲がり半のケケ・ロズベルグ」を出品するための作業をしているところだった。
「!? どうやって入ってきたんだよ!?」
「ふふふ。時間の破れ目から」
「時間の破れ目?」
「うん。たぶん、きみならできるよ」
RIDE ON TIMEの男は言うと、勝手知ったる他人の家よろしく手際よくアンプリファイアーの電源を入れ、マイクロ社製砲金ターンテーブルにビニルの黒いレコード盤をのせた。RIDE ON TIMEの男は右の人指し指の腹で針先にさぐりをいれたあとミンダナオ島の宗教儀礼のような雰囲気を漂わせながらドーナツ盤に針を落とした。プチプチというノイズのあとに聴こえてきたのはトニー谷の『家庭の事情』だった。

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RIDE ON TIMEの男はその場にもんどり打って倒れこんだ。それを見た不可思議グーゴル・ピーチパイ製の巨大な波は9月の不思議な桃専門店の鞠屋の前歯を目指し、ものすごい勢いで旅立っていった。マイル君とパプ谷のクリマロ君とバスで見た女がそのあとにつづいた。部屋は青南小学校の放課後の音楽室のような静寂で満たされた。

私は『路上』を閉じ、ブックエンドに戻した。ブックエンド担当のポールとアートが二人同時に「だいじょうぶ。明日には橋を架けてあげるから」と言った。そして、私に肩を貸してくれた。私はあらかじめ失われた誰も知らないアンダーソンの庭を見下ろし、深々とため息をついた。「人生はかくもジズ・イズ過酷かつファンキーかつファニーざんす」と口にしてみたが気持ちはファンキーにもファニーにもならず、過酷なだけの未来が待ち受けているように思えた。

「ゴンザレスの失われたファリエロ・マージ」を探す旅の試練のことを考えているとひとりぼっちのダルメシアンがやってきて私に寄り添った。ポールとアートが貸してくれていたはずの肩は曲がり角のラティスとの百万回の曲がり角のキッスのための逢い引きに行ってしまい、コンドルがくわえた釘めがけてハンマーが振り下ろされようとしていた。
打たれる釘よりハンマーのほうがましだというのをこのときくらい実感したことはない。しかし。本当にそうだろうか? 打たれる釘よりハンマーのほうがましだろうか? 釘だって鉄だ。打てばハンマーだって痛いにちがいない。このことから私はひとつの結論を導きだした。それはつまり、どっちもどっち。
人生も世界もどのような立場であれ、金持ちであれ貧乏であれ、健康であれ病気がちであれ、喧嘩が強かろうと弱かろうと、頭が良かろうと悪かろうと、美人だろうとブスだろうと、シンデレラだろうと眠れる森の美女だろうと白雪姫だろうと、屋根裏部屋だろうと拷問部屋だろうと、結局は五十歩百歩。行き着く先にたいした差はないということだ。だとすれば、私にこの先どんな困難やら危険やら災厄やらが大きな口を開けて待ち受けていても、それはどうってことのない過程のひとつにすぎない。
「勇気だ」と思った。「いや、ちがう。勇気すらもいらない。この世界はどうということのない過程の積み重なりにすぎない」と思った。全身にみるみる力が漲ってきた。

私のロードバイクが修理から戻ってくるのは1週間後。やることがない。仕方がないので夏の初めに書きはじめた小説のつづきを書くことにした。その小説はこんな感じだ。

O.ヘンリーの書斎で(382) あらかじめ失われた庭を求めて

昼下がりの大手町。
オハイオ・ペニテンシャリーことウィリアム・シドニー・ポーターは『アンダーソンの庭』のフルコーラスを口笛で吹きながら歩いていた。足取りは軽い。『アンダーソンの庭』の軽快なメロディはオフィス・ビルの狭間を風となって吹き抜けてゆく。低く見積もっても大手町界隈の気温は2度下がったはずだ。『アンダーソンの庭』の風が皇居を越え、半蔵門にたどり着けば、麹町大通りはさらに涼しく明るくなる。君住む街までだってひとっ飛びだ。
「オーケー。すべてうまくいく」
ウィリアム・シドニー・ポーターは日本経済新聞社の正面玄関を20メートルほど過ぎたあたりでつぶやいた。自らを鼓舞するためだ。ウィリアム・シドニー・ポーターはこれから東京国税局、東京消防庁を訪ね、最後に天王洲先の東京入国管理局に行かねばならない。しかも、すべての役所で頭の固い役人と丁々発止のやりとりをするのだ。尊大で杓子定規で融通の利かない日本の役人どもにはいままでに散々悩まされてきた。だが、きょうばかりはなんとしてもこちらの主張を通さねばならない。自分と家族の死活問題に関わるからだ。妻のエリコと娘のエリカの顔が交互に浮かんでは消えた。

東京国税局の正門前に到着し、警備員の人を見下したような胡散臭げな視線にさらされながらネズミ色の建物の中に足を踏み入れた。6ボックスにくっきりと割れた腹筋にさらに力が入った。
「オーケー。すべてうまくいく」
ウィリアム・シドニー・ポーターはもう一度、つぶやいた。「いざとなったら、イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノがチチ・マイタイを連れて助けにきてくれるんだ」

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オハイオ・ペニテンシャリーことウィリアム・シドニー・ポーターが東京国税局の木っ端役人に重箱の隅にうずくまるゴマメの歯軋りより耳障りな声を聴かされはじめてから20分が経過してもイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノはチチ・マイタイを連れて助けに来てはくれなかった。
その頃、イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは六本木ヒルズそば、コンセプチュアル・アートとみまごうばかりのコンクリート・ウォールと対峙するかたちで遅く短めの昼食の最中だった。そのコンクリート・ウォールは六本木高校の土台となっていて、上からは浮かれたはしゃぎ声が壁を伝わって聴こえてくる。いかにも屈託がない高校生どもの歓声にイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは海南鶏飯を食う手をやすめて7回舌打ちをした。

「どいつもこいつもお気楽極楽だぜ。おれが毎日毎日、熱く灼けたトタン屋根の上で自転車を漕いでいるってのに」

イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは2000年の春、外苑東通り東宮御所前で「通行区分違反」を犯したとして検挙され、自前で買った Chrome Metro のメッセンジャー・バッグを没収されたうえに都内有数のバイシクル・メッセンジャー会社であるOCHA-Servを解雇されるという憂き目にあっていて、おまけに向こう10年間、バイセクシャレックスの名物馬鹿社長ファット・キマラの厳重な監視のもと、バイシクル・メッセンジャーの血と汗と涙でできあがっていると噂されるバイセクシャレックス・ビルの屋上でローラー台に据付けられた自転車のペダルを毎分120回転、8時間漕ぎつづけなければならないのだ。それがきっかけでイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノはRIDE ON TIMEの男になったという次第だ。さもなくば南方郵便船の船艙でジュートに囲まれて生きるかだ。

大陸風に向ったまま行方不明の父親が本当は雨あがりの王国で靴職人として働きながら開放的な童話を書いていることをイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹は知っていた。イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹は誰も知らないことを知っている。たとえば、シンデレラの屋根裏部屋には無数の貧乏なおばさんたちのため息や嘆きや涙や苦悩や絶望や不幸がコレクションされていることを。そして、シンデレラは夜ごとそれらのコレクションに罵声を浴びせ、嘲笑い、唾を吐きかけていることを。
「いつかわたしが退治してやるわ」とイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹はケイデンスの神に誓う。当のイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは灼けたトタン屋根の上の猫にひどい悪態をついている。水の誘惑に負けたオウムガイの漂流についての顛末は拳骨委員会主催の午後の番犬どもの愚かなパレードが終わってからだ。

Q.E.D. Quod Erat Demonstrandum. 証明終了。
 
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by enzo_morinari | 2014-03-19 06:37 | CLOSED BOOK | Trackback

CLOSED BOOK#3 吾輩は千円札である。

 
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『坊ちゃん』は好きだが、漱石はきらいだ。だから、吾輩の墓はどこにもない。E-M-M


『坊ちゃん』を初めて読んだのはいつだったかというと、小学校に上がる前、幼稚園の年長組のときだ。岩波の『夏目漱石全集』一揃いが母親と二人暮らす貧乏長屋の六畳間にあった。大方、吾輩が世界で一番憎んでいた生物学上の父親が持ち込んだものだろう。

『坊ちゃん』はゲラゲラゲラゲラ笑いながら読んだ。ところが、最後に来て気分は一転、ボロボロボロボロ泣いた。最後の一文。

死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めてください。お墓の中で坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと言った。だから清の墓は小日向の養源寺にある。

この一文の中の「だから清の墓は小日向の養源寺にある。」というところには大層心がふるえた。また、吾輩が考えるリアリティ、リアリズムの原型がこの1行18文字に凝縮されている。叙情も情念も叙事も叙景も、すべてはリアリズムを揺りかごとする。リアリティのない表現になどいささかの価値もない。糞だ。糞にたかる蠅の糞以下である。イカモノ、まやかし、ペテンである。

何年か経って小日向を訪ね、養源寺を探したが養源寺はなかった。養源寺は駒込にあった。「きよの墓」という案内板には漱石の学生時代の友人、米山保三郎の父方の祖母が清のモデルである旨が書かれてあった。

高校1年の夏休みに漱石を再度読み返そうと決意して、『宝島(植草甚一責任編集)』も『ガロ』も『スウィング・ジャーナル』も『ホリデーオート』も『がきデカ』も『あしたのジョー』も『出る単』も『出る熟』も本牧党の集会もセックスも断って、ひたすら『夏目漱石全集』に集中した。赤ん坊に毛の生えたようなこどもの頃にはわからなかったことや新しい発見がいくつもあった。

一番の発見は、『坊ちゃん』の背後、奥深くに隠されていた夏目漱石の深く強い絶望だった。実は赤シャツこそが漱石自身だったのだと気づいたとき、その峻厳冷徹な批評眼に涙した。

学士様で気取り屋。友人の交際相手の女を寝取る卑劣漢。『こころ』で繰り返される漱石のトラウマとも言いうるテーマ。このクライシス・モーメント、クリティカル・モーメントがあったからこそ漱石は文豪となった。親和欲求やら善人ぶりやら取り澄ました教養主義やらバーボン1ショットで忘れられるようなことやら「つながり」やら「素直」やらの甘っちょろいことでえられるものなどたかが知れているということだ。

だから吾輩の墓はどこにもない。鳥に喰われるか風に飛ばされるか海の藻屑になるかだ。ありがたい。ありがたい。


*吾輩は夏目漱石をまともに読んでいない者を一切信用しない。糞をたれて尻を拭かない輩の作っためしを喰わないのとおなじ道理である。

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by enzo_morinari | 2013-09-06 14:15 | CLOSED BOOK | Trackback

余は如何にして東京ラスクの手先剣先であるイカセンセンとなりしか?

 
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 余は如何にして代々木駅前スクランブル交差点脇をかすめて小さなトンネルを過ぎ、代々木ゼミナールイカすバンド天国校の講師として野生種のルッコラ・セルバチカとイタリアン・パセリの森に隠れしスペイン産イベリコ豚の肩ロースのグリルのアンチョビと黒胡椒のオイルソースを愛する烏賊先生の代表であり、東京ラスクの手先剣先であるイカセンセンとなりしか?

 事の始まりは「い」だ。いつだって「い」なのだ。たとえ相手が陰々鬱々としたマーチンD-45凱旋前の井の頭公園であってもだ。米米クラブでたんまり儲けた九州出の田舎者の偶さかの長者ぶりに勘ちがい発狂した還暦間近のドクターショッパーズ・ドクターペッパーズ・リタリンルンルンシスターズであってもだ。北海道山出しの糞腐れ田舎者の銀座3丁目神保夜歩き正恒デンティストの臭い息に鼻が曲がり、目も眩む事態となってもだ。
 始まりはいつも「い」。いつだって「い」。いかなるときにも「い」。いろはの「い」。イクときはいつもいっしょの「い」。いいかげんにしてくれたまえよ、「い」。

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 そして、ついに「い」は威風堂々威武轟々怒り心頭にやってきた。ファンキー・クラース宇宙級のマキ・サエグーサ/三枝点(SAEGUSA FULCRUM POINT)による天上までとどくほどの射出を契機として。
 吾輩は言った。牧神の午後のための前奏曲風に。異化されし半獣神の上半身のためのイオニア風のイングリモングリのために。あるいは牧人に与える若き清き水を汲む気持ちで。

 田植えに忙しい第三村人マキ・サエグーサの肋骨を因数分解

 これに対するマキ・サエグーサ/三枝点(SAEGUSA FULCRUM POINT)のイキかけているのを必死にこらえながらの表出はこうだ。

 ⇒ いかがわしい インチキ医師に 因数分解 されて 胃下垂 (奥義、八割「い」固め!! 呵々大笑)

 そして、吾輩は返す。

 ⇒ いつも烏賊にばかり怒りの言いがかりをつけてイジメている伊藤博文にイゴッソウ爆弾投下

 マキ・サエグーサ/三枝点(SAEGUSA FULCRUM POINT)の返し。

 うわーーー! デターーー!!! 秘技9割「い」詰め!! それを出されると、こっちは、もう、一子相伝のあの禁じ手を出すしかないではないか!

 ⇒いい井伊、謂。いい胃、いい飯、いい遺意、いい井。怡怡!

 吾輩、必死の防戦。

 ⇒ イングリモングリなイングリッシュでいい気になっているいとうせいこうの居丈高な言い草に井草町内は陰翳礼讃委員会開催

 そして、ついにIT, 究極の如何物、異化されし烏賊ものは解き放たれた。

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 ⇒如何せん易感染イカセンセン!!!

 →THE IKASENSEN

 レッツ、イカセンセーーーーーーン!!

 異化されし半獣神の上半身のためのイオニア風のイングリモングリが飯倉片町方面に向けて疾走し、ペコリーノ2Fのポルチーニ茸のクリームパスタのウマウマぶりを尻目に明治通りをロッテ通りに変えようとしていた。いまだに喰えない東京ラスクの癒えない弾倉には視えない自由を撃ち抜く視えない銃のための視えない弾丸が大退散できない太田胃散(中身の9割方は重曹。すなわち炭酸水素ナトリウム)も効かないほど胃腸にこたえる荘重壮麗なイ長調の調べとともにこめられた。

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by enzo_morinari | 2013-05-13 03:17 | CLOSED BOOK | Trackback

雷鳴轟くフィネガンのユリシーズ部屋で失われた時を求めるトヨバーバ

 
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捨ててしまえよ。ぼくたちにはすでに用のなくなったものだから。Snufkin


雷鳴轟くフィネガンのユリシーズ部屋で失われた時を求めるトヨバーバは、ことのついでに鎌倉までやってくるとおもむろにとっておきのJapanese Eternity Word-chain Game Spell 尻取り呪文を唱え始めた。

虎屋の起死回生一気呵成乾坤一擲結婚記念日汚名返上名誉挽回御成敗式目三国志魏誌東夷伝倭人の条で包まれた虎焼き ⇒ 木島則夫のモーニングショーに出ていた栗原玲児は栗原はるみの旦那だが嫌なやつと聞く ⇒ 車寅次郎がくるまやでラーメンを食べていたとしてなにが問題なのかは誰も知らない ⇒ 今田耕司司会の今でショーに出演中に全身齲蝕で死亡した歯科医の人的抗弁の切断手術 ⇒ つい先頃死んだゴータマのマタンキが野分のまたの日をまたの機会にと言い繕った件は演劇史においては特筆すべき演技で純豆腐を食べながら鑑賞するに値する真実に迫っているつまり迫真 ⇒ 真紀三枝逗子店の毒樹の果実問題に端を発するシースルーとシエクルとシラブルの三つ巴寿司の誕生を慶ぶアレクサンドリア図書館またの名を完全無欠図書館司書の既知の基地の機知でアナグラムされた不知火つまり不火知(以下、異化して移動祝祭日の医家的烏賊ソーメン風にやや手抜き) ⇒ 知ったか鰤と知らぬ存ぜぬ梭魚と知ったこっちゃない氷下魚の漁父の利 ⇒ 利休の鼻毛抜き役はへうげものの古田織部を睨むゲゲ ⇒ 猊下お気を確かにと介抱するふりをしながら懐の本門の戒壇を盗む浦霞 ⇒ 霞町は西麻布の旧町名だが九丁目はない ⇒ 忌みの意味について質問する意味なし芳一の胡乱な物言いにうんざりの垂れ耳 ⇒ 耳毛の長いミミズクがいるなら一度会ってみたいものだが世の中そう簡単に耳毛の長いミミズクがみつかるほど甘くはないしミミズクが木菟と書くといくらオヅラトモアキが冷蔵庫のような体躯を冒頭のうんざり退屈トークでぶちかましてもまったく意味がないよな楠木正成の薬師の楠 ⇒ 楠の古木の祠に住みついたキタキツネの愛人のキタキ ⇒ キはけっこうきっついねとキミが言ったから五月四日はキ印記念日 ⇒ ビジンとガジンの美人薄命伝説をめぐる冒険に連れ回されるイトウビーマルネズミ ⇒ ⇒ ネズミの魂はいくつまでに完成するのかと気が気でないミンミンゼミが水曜の午後の動物園で食べるのはミンミンの冷やし餃子タンメンライス入りマコ緑 ⇒ 緑色のスライムにそっくりのライチャス・ブラザースの右のほうのライムライトなラムネ味を飲みほしてからサム・ライミはライムハウス・ブルースを口ずさんでから死霊のはらわたを貪り食ったうえにXYZマーダーズをギフトがわりにはじまりの戦いに向かう小津安二郎に贈った ⇒ 田圃の中の針によって封鎖された中野坂上界隈におけるヘビメタの体重制限該当者の動向がどうしても気になって気になってしかたないノリンノリンとコリンコリン ⇒ リンゴリンゴロンゴロンゴギャング一味が目の敵にするルーンストーンズのメンバーの移動手段はヘックキャトルという古代牛 ⇒ 牛蒡党に党名変更を企む民ス党のボンクラポンコツヘッポコどもの党旗の色は緑らしいよう ⇒ うつみみどりの整形は大失敗であり群馬のくそ田舎者の峰竜太が竜雷太と勘ちがいされたことをいいことになにを気取りやがって通ぶってつまらぬ言説を垂れ流すのがどうしてもゆるせない整形失敗海老名みどりのこぶ平ほか一名の弟と安物泰葉と安めぐみは犬猿険悪の中でたがいに相手に対して持っているのはすさまじいばかりの敵意と悪意 ⇒ 意味なし放逸逸見の息子は親の七光りを悪用してヤリまくっているという情報 ⇒ 報復兵器V1飛行爆弾の直撃を受けた国後島の現状を取材すべく報道フロアから飛び出した北方領土問題担当の新米美人記者をストーキング中に幻の旗を振って純文学臭プンプンの北方兼三 ⇒ 三つ子のタマ静かにしなさい ⇒ いつもいつも思ってたサルビアの花に鞭をくれるサルトルの猿野郎が嘔吐する姿 ⇒ 姿三四郎と忌野清志郎ではどっちが今際の際に強いか殺人プログラミングを途中で投げ出して一年でいちばん暗い夕暮れに考えているうちに忌野清志郎が死んでしまったのでおまんこラジオFMトーキョーにチューンしたらゲストはなんと汚辱のゲームに敗北してヴェロシティ1丁目1番地1号を脱出して邪教集団トワイライトの追撃から逃亡中の悪魔が夜はばたくことを知る世界で二番目に善良な男であるディーン クーンツ ⇒ つくしんぼうみなみはお顔のおっきいイラストレーターにしてダボ ⇒ 帽子に水銀で脂肪死 ⇒ 死がこわいのか生の終りがこわいのかに関する議論に首ったけのボビー・コールドウェルのジャケットを見ていると全身が隔靴掻痒 ⇒ 痒い買い物中にパイドパイパー・ヴァイパーにまたがる阿藤海 ⇒ 海苔と祝詞でのりのり紀香激太り ⇒ 輪郭関数の責苦に苛まれる平櫛田中が中田平櫛だったらと思った途端に落としたモノは櫛 ⇒ 櫛を駆使して歯石除去に勤める平櫛田中を英雄視 ⇒ しっかりいっそ鎌倉で仕事をして逗子に住んでベルナール・パコーの店で夜ふけに賄い料理を食べていた加藤隼戦闘隊と紫電改の鷹好きの門衛右為電雷 ⇒ 雷鳴轟くフィネガンのユリシーズ部屋で失われた時を求めるトヨバーバ ⇒ バスガイド付き猫バス ⇒ 捨ててしまえよ。ぼくたちにはすでに用のなくなったものだからやねん ⇒ スナフキン死亡。
 
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by enzo_morinari | 2013-05-04 00:30 | CLOSED BOOK | Trackback