カテゴリ:STREET4LIFE( 2 )

アメージング・ストリートはアメージング・ストーリー誕生の場へ

 
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 ストリートは驚異と驚嘆にあふれている。


 YouTubeで「Street」をキーワードに検索するとヒットは1億を超える。ゲーム、映画、音楽、そして、パフォーマンス。ヒットするジャンルは種々雑多だ。
 キーワードを「Street drumer」に。44万件。「Street guitar」は112万件。玉石混淆。ピンからキリまで。中にはスカウトされてすでに大成功をおさめた者もいる。
 既存、守旧派のお仕着せや愚にもつかない戦略/マーケティングによるものには到底表現しえない「リアル」が彼らのパフォーマンスにはある。生きている。輝きがある。浮き立つ。
 ストリートへ。事件は現場とストリートとネットで起きている。さらにはネットワークという無限大にも等しいアメージング・ストリートへ。アメージング・ストーリー誕生の瞬間をリアルタイムで目撃せよ。

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Amazing Street Guitarist (Marcello Calabrese) Plays "Stairway to Heaven"
Amazing Street Drummer
 
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by enzo_morinari | 2013-08-28 08:29 | STREET4LIFE | Trackback

STREET4LIFE #1

 
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 路上にはいくつもの物語が転がっている。拾うのは自由だが幾分かの危険がともなう。


 これはあるバイシクル・メッセンジャーの人生最後の1週間の話だ。彼は秋の東京、夕闇の路上で死ぬ。

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 ランディ・クロフォードの歌声を聴くたび、あるバイシクル・メッセンジャーのことを思いだす。男はいつもiPodで音楽を聴いていた。J.S.バッハの『マタイ受難曲』のときもあれば、2PACの『California Love』のときもあれば、マイルス・デイヴィスの『The Doo Bop Song』のときもあった。とりわけて男が好きだったのがザ・クルセイダーズの『Street Life』だ。
 ある夕暮れ、「『Street Life』はおれのテーマ・ソングさ」と男は言った。それから、缶ビールをひと息で飲み干し、空缶を握りつぶすとタトゥーを誇らしげに突き出した。男の右腕には濃いコバルト・ブルーの文字で「STREET4LIFE」と彫られていた。
 男は東京一のメッセンジャーだった。世界一のメッセンジャーと言う者さえいた。実際、男はバイシクル・メッセンジャーの世界大会で二度優勝していた。男を知る誰もが彼を「天才」「怪物」「速い男」と呼んだ。男は25歳の誕生日目前、銀座4丁目交差点、夕闇の晴海通りに消えた。ストリート・ライフを生きた男はストリートに散ったのだ。生前、男はことあるごとに言ったものだ。
「おれはストリートに生きる。ほかにはなにもできない。One Way, One Bike, One Life だ」

 ジノよ。おれは去年、自転車を下りた。ときどき、『Street Life』を聴いておまえのことを思いだす。思いだすが泣きはしない。悲しくもならない。いっしょに夕暮れの晴海通りを疾走したいとは思うが、すべては夢のまた夢、路上に消えた。ジノよ。トーキョー・ストリートはきょうもお祭り騒ぎだ。

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 金曜の夕暮れ。東京・港区汐留。電通本社ビル地下3階メール・ルーム。
 ジノはメッセンジャーたちの熱気でむせ返る部屋を早足に出て、メッセンジャー・バッグのクロス・ストラップを締めなおしながら、汐留から臨海町までの最短ルートを頭の中で2度反芻した。永代橋の「危険な継ぎ目」の位置を思い浮かべているとき、仕事にあぶれた何人かのメッセンジャーがジノに声をかけたが、ジノは彼らに視線を向けることすらしない。
「35分。押して、37分」
 ジノはつぶやき、荷物のピックアップの際、髪の毛を金色に染めた担当者に念を押されたときのことを思いかえす。
「6時までに必着で」
 左手首のG-SHOCKに眼をやる。5時17分。5時20分に出れば、エレベーターの乗り降りにかかる時間を考えても、ぎりぎりだが間に合う。
「スーパー・ラッシュになりますがよろしいでしょうか? 通常料金の倍かかります」
「いいよ。かまわない。でも、ほんとに間に合うの?」
「間に合わせます」
 ジノは表情をかえずに答える。上腕二頭筋の血管が青く膨らむ。
「すごいな。さすが世界チャンピオンだ。あんたくらいのもんだよ、こんなケツカッチン仕事を引き受けるのは。ほかのメッセンジャーはたいてい尻込みする」
 ジノは懸命に笑顔をつくり、ぎこちなく会釈した。そして、手際よく荷札にドロップオフ先の住所を書き込んで控えを渡し、引き換えに荷物を受け取った。2メートルほどもある筒だ。風の抵抗が強くなることを思い、ジノは気づかれないようにそっと舌打ちをする。
「気をつけて」
 うしろから声がしたが、ジノは聴こえないふりをして脇目もふらずにエレベーター・ホールへ急ぐ。エレベーターを乗り継ぎ、地上に出ると街は秋の夕闇に包まれはじめていた。1度だけ深呼吸をしてから、ジノは傷だらけの漆黒のカラビンカに勢いよく飛び乗った。鉄のフレームがかすかに撓む。ジノ、生涯最高にして最後のラッシュのスタートだった。だが、そのことをジノは知らない。

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 月曜の朝。目覚ましがわりにタイマー・セットしておいたCDプレイヤーからザ・クルセイダーズの『Street Life』が流れる。もう何年も同じ朝の目覚めだ。
「同じことの繰り返し。そうやって齢をとり、いつか死ぬ」
 ジノは眼を閉じたままつぶやく。
「なあ、そうだろう? 兄弟」
 ベッドの上で上半身を起こし、重い目蓋をこじあけ、部屋の壁に貼りつけてあるポスターの2PACに同意を求める。もちろん、返事はない。2PACは鉛の弾をしこたま撃ちこまれ、とっくの昔に死んだからだ。死者は黙して語らぬものと相場は決まっている。ジノはベッドを離れ、オーディオ装置の音量を少し上げ、再びつぶやく。
「これがオレ様のストリート・ライフ。本日も問題なし。だが、仕事はきらいだ」

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 部屋の真ん中で腕組みをし、日曜日のストリート・レースで落車したときにできた右膝の傷に眼をやる。少し肉がえぐれている。鮮紅色の肉、滲んだ血。
「生きてるから赤いんだ。生きてる証拠なんだ。死んでりゃ、血も出やしない」
 ジノが落車したとき、銀座4丁目の交差点周辺はちょっとした騒ぎになった。ジノは晴海通りを皇居方面から信号無視で交差点に進入し、右折しようとしたのだ。タイヤのグリップ力が進入速度に耐えきれず、後輪がロックした直後にジノの体はアスファルトに削られた。見ていた誰もが息をのんだ。ジノの数センチ先を何台かの車がけたたましくクラクションを鳴らしながら走り抜け、ジノは挽肉にならずにすんだ。「東京選手権10連覇」の夢が消えてなくなっただけだ。
 全身に鈍い痛みがある。筋肉繊維の一本一本が軋んでいるのがわかる。ジノは首を数回まわし、窓から差し込む秋の朝の光に眼を細める。そして、窓の向こう側に広がる東京の街に朝の御挨拶だ。
「きょうもたんまり稼がせてくれ」
 曲がクレイグ・デイヴィッドの『7 Days』にかわったところでジノは腕立て伏せを始める。200回。そして、コーヒーをマグカップで2杯飲み、朝めしを喰う。これがジノの朝だ。

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 メッセンジャーは生き方そのものだとジノは思う。もちろん、生き方はさまざまだ。区役所の戸籍係として慎ましく生涯をまっとうするやつもいれば、日がな一日、日比谷公園のベンチで鳩どもを相手に世界の共同主観的存在構造について思いをめぐらせるやつもいれば、インターネット・ラジオのDJとして、マイクとディスプレイに向かって朝から晩まで愚にもつかないことをしゃべりつづけるやつもいれば、真夜中の麻布十番商店街を素っ裸で走り抜けることに全存在をかけるやつもいる。ひとそれぞれだ。善し悪しを言う権利は誰にもない。
 ジノはバイシクル・メッセンジャーとして東京の街を自転車で縦横無尽に走りまわる生き方を選んだ。1996年、17歳の秋の終わりのことだ。その年の秋の初めにはジノのアイドルだったヒップホップ・アーチストのトゥパック・アマル・シャクール、2PACが4発の銃弾を浴びてこの世からさっさとオサラバしていた。2PACの死を知ったとき、ジノは理解した。未来は信じるに値しない。世界も信じるに値しない。信じるに値するのは自分の精神と肉体と物心ついたときから常にかたわらにあった自転車だけだと。そう気づいた翌朝、ジノは通っていた高校に退学届を出し、その足でソクハイに面接に行った。バイシクル・メッセンジャーとして走りはじめた月からジノは桁外れの売り上げを記録した。すぐに、東京のメッセンジャーでジノを知らぬ者はいなくなった。
 だれもが敬意と憧れと諦めを込めて、ジノを「天才」「怪物」「化け物」「速い男」と呼んだ。赤坂のサントリー本社から汐留の電通まで4分弱。ジノは外堀通りのセンターライン上をひたすら走り、ときに前を走るタクシーの後部にぎりぎりまで迫って風よけに使い、17ヶ所ある交差点の信号をすべて無視した。そのようにして、いまも「ジノ伝説」のひとつとして残る記録をつくった。

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 バイシクル・メッセンジャーは東京の中心部を自転車で一日に100kmほど走りまわり、ビジネス文書やら印刷原稿やら商品見本やら証券類やらをデリバリーする仕事だ。拳銃や違法薬物などの御禁制品とおぼしきものを運ぶこともある。生後間もないナポリタン・マスチフや魚沼産コシヒカリ20kg、一抱えほどもある真っ赤なバラの花束を運ぶことすらある。ごくまれにだが、「わたしをカレの元へ運んで」という依頼もある。依頼主はニューハーフだ。新宿2丁目界隈からの依頼は注意が必要である。闇金融屋でピックアップしたレンガ2個、つまりは2000万円の現ナマをネコババし、トンズラを決め込んだ剛の者がいたが、これは例外中の例外である。ことほどさように、なんでも運ぶ運び屋がメッセンジャーだ。荷物をピックアップし、走り、届け、さらに走り、さらにピックアップし、さらに届ける。この繰り返しだ。単純極まりないが、いままで見えなかったことどもが見えてくることもあるし、見えていたと思っていたことどもが実はまったくの見当ちがいだったと気づくこともある。なにごともやってみて初めてわかるということだ。
 下げたくもない頭を下げ、言いたくもないお愛想を口にしなければならない場面はもちろんある。だが、それらの鬱陶しいことどもは、行く手をふさぐタクシーやら大型トラックやら路線バスやらの隙間を白刃の切っ先をかわすがごとくにすり抜ければすぐにも失せてなくなるていどのことだ。どうということはない。
 あるいは朝の青山通りを、あるいは昼時の丸の内を、あるいは夕暮れの西新宿の高層ビル群の間隙を疾走しながら、ジノはたったひとつのことを考えていた。
「ゴールなんかない。ゴールなんかあるはずがない。走り、走りつづけ、走り抜け、そして死ぬ」
 
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by enzo_morinari | 2013-03-17 04:17 | STREET4LIFE | Trackback